条約の効力
条文原文
(条約の効力)
第五条 著作者の権利及びこれに隣接する権利に関し条約に別段の定めがあるときは、その規定による。
趣旨・立法背景
著作権法は属地主義を基本としつつも、著作物の利用は国境を越えて行われる性質を持つ。そのため、日本国内でのみ通用する規律だけでは、外国人の著作物や海外での利用行為を適切に処理できない場面が生じる。第5条は、著作者の権利及び著作隣接権に関して条約に国内法と異なる定めがある場合には、条約の規定を優先させることを明文で確認したものである。
現行著作権法は昭和45年(1970年)に全部改正されたが、その時点で既に日本はベルヌ条約に加盟しており、条約上の義務を国内法秩序にどう位置づけるかが立法上の課題であった。第5条は、条約の規定が国内法に優先するという条約優位の原則を著作権法の中に明示することで、国際約束の履行を確実にする趣旨で置かれている。
なお、第6条から第9条の2は、外国人の著作物・実演・レコード・放送等が日本の著作権法の保護を受けるための要件を定めており、その中に「条約により我が国が保護の義務を負う」という受け皿規定が置かれている。第5条は、この受け皿を通じて条約が国内的効力を持つことを裏づける規定として機能する。
日本国憲法第98条2項は、締結した条約及び確立された国際法規の遵守を定めており、条約は国内法としての効力を有するとされる。第5条は、この憲法上の原則を著作権分野において具体化したものと位置づけられる。
用語解説
著作者の権利:著作権及び著作者人格権を指す。著作権法における著作物の創作者に帰属する財産的権利と人格的権利の総称である。
これに隣接する権利:著作隣接権を指す。実演家、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者に認められる権利であり、著作物の創作者ではないが、その伝達に重要な役割を果たす者を保護する権利である。
条約に別段の定めがあるとき:条約が国内著作権法と異なる基準や取扱いを定めている場合を意味する。例えば、保護期間の相互主義(本国での保護期間が日本より短い場合はその期間による旨を定める規定)や、内国民待遇の原則などが該当する。
その規定による:条約の規定が国内著作権法の規定に優先して適用されることを意味する。ただし、これは条約が自動執行力(self-executing)を持つ規定である場合に妥当し、条約の内容によっては国内法での担保立法を要する場合もある。
現行実務における適用関係と最新動向
属地主義と準拠法選択の問題
第5条自体は条約の優先適用を定めるにとどまり、渉外的な著作権侵害事案でどの国の著作権法を適用するかという準拠法選択の問題は、条約と国際私法の解釈によって決せられる。ベルヌ条約第5条2項の解釈をめぐっては学説上の対立があるが、実務上は行為地の著作権法が適用されるという理解が定着している。企業が海外拠点で著作物を利用する場合や、越境的な配信サービスを展開する場合には、行為地ごとに準拠法が異なりうる点に留意する必要がある。
内国民待遇と外国人の著作物
著作権法第6条は、日本国民の著作物、国内で最初に発行された著作物に加え、条約により我が国が保護の義務を負う著作物を保護対象とする。ベルヌ条約は内国民待遇の原則を採用しており、加盟国は他の加盟国民の著作物に対して自国民の著作物と同等の保護を与える義務を負う。企業が海外の著作物(ソフトウェア、デザイン、コンテンツ等)を利用する場合、当該著作物が条約を通じて日本の著作権法の保護対象となるか否かの確認が必要になる。
保護期間の相互主義
ベルヌ条約は、本国において定められる著作権の保護期間が条約締約国の国内法による期間より短い場合には、本国の期間による旨の規定(いわゆる保護期間の相互主義)を置いている。日本の著作権保護期間は著作者の死後70年に延長されているが、本国の保護期間がこれより短い外国著作物については、短い方の期間が適用される場合がある。海外コンテンツのライセンス契約や利用許諾契約を扱う企業は、この点を契約条件や保護期間の判断に反映させる必要がある。
近年の条約整備と生成AI関連の論点
生成AIの学習データとして海外の著作物を利用する場合、当該著作物がどの条約を通じて日本法の保護対象となるか、また当該外国における権利制限規定との異同がどう扱われるかが、AIガバナンス上の論点として浮上している。TRIPS協定第13条が定める権利制限の三要件(特別な場合であること、著作物の通常の利用を妨げないこと、権利者の正当な利益を不当に害さないこと)は、日本の著作権法第30条以下の柔軟な権利制限規定や、AI学習における著作物利用を巡る国際的な議論の基準としても参照される。自治体や企業がAI利用ガイドラインを策定する際には、国内法だけでなく、条約上の権利制限の許容範囲も視野に入れる必要がある。
現在有効な主要著作権関連条約
第5条は条約の規定を確認する条文であるため、日本が締結し現在効力を有する主要な著作権関連条約を整理する。
文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(1886年作成、日本は1899年加盟):無方式主義、内国民待遇、遡及効、最低保護期間(死後50年以上)などを定める著作権分野の基本条約である。現行の実体規定は1971年のパリ改正条約に基づく。
万国著作権条約(1952年作成、日本は1956年加盟):ベルヌ条約に未加盟の国との橋渡しを目的として作成された条約である。各国が国内法を整備してベルヌ条約に加盟していったことから、現在では法的意義は実質的に失われている。
実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約(ローマ条約)(1961年作成、日本は1989年加入):著作隣接権の国際的保護に関する基本条約であり、実演家・レコード製作者・放送機関の権利を規定する。
知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)(1994年作成、1995年発効、日本はWTO加盟国として自動的に適用):ベルヌ条約の実体規定を組み込みつつ、権利制限の三要件やコンピュータプログラムの著作物としての保護など、貿易面からの権利保護水準を定める。WTO紛争処理制度の対象となる点がベルヌ条約と異なる。
著作権に関する世界知的所有権機関条約(WIPO著作権条約・WCT)(1996年作成、2002年発効、日本は2000年加入):インターネット送信等のデジタル環境に対応するため、公衆への提供・利用可能化権や技術的保護手段の保護義務を追加した条約である。
実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(WIPO実演・レコード条約・WPPT)(1996年作成、2002年発効、日本は同年加入):実演家及びレコード製作者の権利について、デジタル化に対応した保護を定める。
視聴覚的実演に関する北京条約(2012年作成、2020年発効、日本は締約国):映画等の視聴覚的実演について、実演家に人格権及び財産的権利を付与する条約である。ローマ条約及びWPPTでは限定的であった俳優等の視聴覚的実演の保護を全面的に規定した点に意義がある。
なお、盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者のためのマラケシュ条約については、日本は現時点で締結していない。条約の締結状況は変動しうるため、渉外案件を扱う際は最新の締結状況を確認する必要がある。
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