条文原文

第三条 著作物は、その性質に応じ公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物が、第二十一条に規定する権利を有する者若しくはその許諾(第六十三条第一項の規定による利用の許諾をいう。以下この項、次条第一項、第四条の二及び第六十三条を除き、以下この章及び次章において同じ。)を得た者又は第七十九条の出版権の設定を受けた者若しくはその複製許諾(第八十条第三項の規定による複製の許諾をいう。以下同じ。)を得た者によつて作成され、頒布された場合(第二十六条、第二十六条の二第一項又は第二十六条の三に規定する権利を有する者の権利を害しない場合に限る。)において、発行されたものとする。

2 二次的著作物である翻訳物の前項に規定する部数の複製物が第二十八条の規定により第二十一条に規定する権利と同一の権利を有する者又はその許諾を得た者によつて作成され、頒布された場合(第二十八条の規定により第二十六条、第二十六条の二第一項又は第二十六条の三に規定する権利と同一の権利を有する者の権利を害しない場合に限る。)には、その原著作物は、発行されたものとみなす。

3 著作物がこの法律による保護を受けるとしたならば前二項の権利を有すべき者又はその者からその著作物の利用の承諾を得た者は、それぞれ前二項の権利を有する者又はその許諾を得た者とみなして、前二項の規定を適用する。

一 趣旨・立法背景

著作権法は「発行」という言葉を条文中で繰り返し用いるが、その意味内容は日常語としての「本を出す」「刊行する」よりもはるかに厳格である。第3条は、この「発行」という法律用語の定義を置く規定であり、後続の多くの条文(出版権の存続期間、翻訳権に関する経過措置、障害者のための複製・公衆送信、レコードに関する規定など)が第3条の定義を前提として組み立てられている。

立法趣旨は、ベルヌ条約における「発行(publication)」概念との整合を図ることにある。ベルヌ条約は、著作物の保護期間の起算や内国民待遇の適用範囲を検討する際に、単に著作物が世に出たという事実だけでなく、公衆の需要に応じられるだけの複製物が市場に供給されたかどうかを問題にしてきた。日本の著作権法第3条は、この国際的な発行概念を国内法化したものであり、権利者の意思に基づかない海賊版の頒布や、ごく少部数の頒布によって法的な「発行」があったとみなされることを防ぐ機能を持つ。

第2項は、二次的著作物である翻訳物が発行された場合に、原著作物についても発行があったものとみなす規定である。これは、翻訳という形式を通じて原著作物が実質的に市場に供給されたと評価できる場合に、原著作物の権利者保護と発行概念の整合性を確保するための規定である。第3項は、著作権法による保護を受けるべき地位にある者(保護を受けるとしたならば権利を有すべき者)についても、同様に発行の主体として扱うための補充規定であり、外国の著作物など日本法上の権利発生に条件が付されている場合の適用関係を明確にしている。

二 用語解説

相当程度の部数とは、著作物の性質に応じて公衆の需要を満たすことができる分量を意味し、固定的な数値基準があるわけではない。学術書と一般小説とでは想定される需要規模が異なるため、著作物の種類・性質・想定読者層に照らして個別に判断される。数部程度の頒布や、特定少数への配布は、通常この要件を満たさない。

頒布とは、有償・無償を問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいう(著作権法第2条第1項第19号)。第3条にいう発行は、この頒布が現実になされたことを要件としており、単に複製物を作成しただけでは足りない。

第21条に規定する権利とは複製権を指し、権利者又はその許諾を得た者(第63条第1項の利用許諾を得た者)による頒布であることが要件とされている。無断複製された海賊版がいかに多く流通しても、それによって法的な発行があったことにはならない。

出版権及び複製許諾は、第79条・第80条に定める制度であり、著作権者から出版権の設定を受けた出版社等が、複製許諾を得て頒布した場合も、第3条にいう発行の主体として扱われる。

括弧書きにある第26条(頒布権)、第26条の2第1項(譲渡権)、第26条の3(貸与権)を害しない場合に限るとの限定は、複製権者による適法な複製・頒布であっても、映画の著作物の頒布権者など、別の権利者の権利を侵害する態様での頒布であった場合には、発行として扱われないことを意味する。複製権と頒布・譲渡・貸与に関する権利が異なる主体に帰属する場合があり得るため、両者の整合を図る趣旨である。

三 改正法の内容や変化

第3条は昭和45年の現行著作権法制定当初から置かれている基本規定であり、条文の骨格自体はその後も維持されている。もっとも、条文中で引用される条番号は、その後の各種改正によって累次修正されてきた。平成11年の改正により出版権に関する第79条・第80条の規定が整備され、平成26年の改正では電子書籍に対応した出版権制度の見直しに伴い、第79条・第80条の内容が拡張されたことで、第3条における出版権関連の引用箇所も実務上の重要性を増している。

第3条の発行概念は、条文上直接改正されていなくても、関連制度の解釈に影響を及ぼす場面が近年増えている。たとえば、マラケシュ条約の国内担保法制として整備された視覚障害者等のための複製・公衆送信に関する第37条第3項の運用では、「発行された書籍等」であることが前提となる場面があり、電子書籍のみで提供され紙媒体としての頒布実体を伴わない著作物について、第3条の発行要件をどう当てはめるかが実務上の論点となる。企業が自社コンテンツを紙媒体を介さず電子配信のみで提供する場合、頒布権・譲渡権の適用関係とあわせて、発行に該当するかどうかを整理しておく必要がある。

四 関連判例

第3条自体は定義規定であるため、この条文の解釈それ自体が正面から争われる訴訟は多くない。もっとも、第3条が定める頒布及び発行の概念は、頒布権の適用範囲や消尽の可否をめぐる紛争の前提として機能しており、企業の著作物流通実務との関係では、いわゆる中古ゲームソフト事件(最高裁平成14年4月25日第一小法廷判決、民集56巻4号808頁)が重要な参考例となる。

同事件では、家庭用テレビゲームソフトの著作権者が、中古ソフト販売業者に対し、映画の著作物に認められる頒布権に基づいて販売差止めを求めた。最高裁は、ゲームソフトの映像は映画の著作物に該当し得るとした上で、頒布権自体は認めつつも、公衆への提示を目的としない家庭用ゲームソフトの複製物については、適法な第一譲渡によって頒布権のうち譲渡に関する権利が消尽し、その後の再譲渡には及ばないと判断した。最高裁は、著作権者が自ら著作物の複製物を譲渡した場合には、譲渡人が有していた権利を譲受人が取得する形で市場流通に置かれることになり、特許権の消尽に関する判例法理が著作物の譲渡についても原則として妥当するという考え方を示した。

この判断は劇場用映画の配給制度を前提とした頒布権の消尽論に一石を投じたものであるが、第3条が定める発行概念、すなわち権利者側の意思に基づき公衆の需要を満たす部数の複製物が市場に置かれたことをもって著作物の法的地位が変化するという発想と軌を一にしている。企業がソフトウェアやコンテンツを商品として市場に供給する際には、第一譲渡の時点で著作権法上どのような権利が働き、どの範囲で消尽するのかを、頒布権・譲渡権・発行概念の相互関係の中で理解しておくことが望ましい。

生成AIとの関係では、AIが学習用に大量の著作物データを収集する行為自体は第3条の発行概念と直接結びつくものではないが、AI事業者が生成物を商品として市場に供給する場面や、学習データの取得元となった著作物が発行済みであるかどうかが、権利制限規定の適用範囲を検討する前提事実となる場合がある。AIガバナンス体制の構築にあたっては、自社が扱う著作物データについて、発行の有無、発行時期、発行主体を管理台帳等で把握しておくことが、後の権利処理判断を円滑にする。


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