一 第969条(公正証書遺言)の条文原文
(公正証書遺言) 第九百六十九条 公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。 一 証人二人以上の立会いがあること。 二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。 2 前項の公正証書は、公証人法(明治四十一年法律第五十三号)の定めるところにより作成するものとする。 3 第一項第一号の証人については、公証人法第三十条に規定する証人とみなして、同法の規定(同法第三十五条第三項の規定を除く。)を適用する。
二 第969条の2(公正証書遺言の方式の特則)の条文原文
(公正証書遺言の方式の特則) 第九百六十九条の二 口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合には、遺言者は、公証人及び証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し、又は自書して、前条第一項第二号の口授に代えなければならない。 2 公証人は、前項に定める方式に従って公正証書を作ったときは、その旨をその証書に記載し、又は記録しなければならない。
三 趣旨・立法背景
公正証書遺言は、公証人という第三者の専門家が関与して作成される遺言であり、自筆証書遺言に比べて方式違反による無効のリスクが低いとされる遺言形式である。民法969条1号が証人二人以上の立会いを求めるのは、証人に遺言者の口授と公証人による記載内容とを対照させ、遺言書作成の適正を担保する目的による。969条2号が遺言者本人による口授を求めるのは、代理人による遺言作成を認めず、遺言者の真意を確保するためである。
969条の条文構造は、令和5年法律第53号(民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律)による公証人法改正に伴い、令和7年10月1日付で変更された。改正前の969条1項は、証人の立会い(1号)、遺言者の口授(2号)に加え、公証人による筆記・読み聞かせ又は閲覧(3号)、遺言者及び証人による筆記の正確性の承認・署名押印(4号)、公証人による付記・署名押印(5号)までを1項の中に列挙していた。
今回の改正は、公証人法が公正証書作成手続全般を定める一般法であり、969条は公正証書遺言に固有の要件を定める特別法にあたるという整理のもとで行われた。公証人法の規定と重複する3号から5号までを削除し、証人の立会いと遺言者本人による口授という公正証書遺言に固有の要件のみを1項に残した。その結果、969条2項が新設され、1号・2号を除く作成手続は公証人法の定めるところによるものとされた。3号(筆記・読み聞かせ・閲覧)の内容は公証人法37条1項・40条1項に、4号(筆記の正確性の承認・署名押印)は公証人法40条1項・5項に、5号(公証人による付記・署名押印)は公証人法40条4項に、それぞれ対応する規律が置かれている。
969条3項は、969条1項1号の証人(公正証書遺言に必須の証人)を、公証人法30条が定める証人(嘱託人が視覚障害等により文字を認識することが困難な場合に必要となる証人)とみなし、公証人法上の証人に関する規定(31条、35条、37条2項、38条等)を適用する規定である。ただし公証人法35条3項が定める証人の欠格事由は適用除外とされ、これに代えて特別法である民法974条の欠格事由(未成年者、推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族、公証人の配偶者・四親等内の親族・書記及び使用人)が適用される。974条の欠格事由の範囲は公証人法35条3項の欠格事由よりも狭いため、公正証書遺言の証人については民法の規律が優先する。
969条の2についても同様の見直しが行われた。改正前は、口がきけない者が通訳人の通訳又は自書により口授に代える規定(1項)、遺言者又は証人が耳の聞こえない者である場合に読み聞かせを通訳人の通訳に代える規定(2項)、公証人による付記義務(3項)の3項構成であった。969条1項3号(読み聞かせ)が削除されたことに伴い、これに対応していた旧2項(読み聞かせの代替規定)も削除され、現行は1項(口授の代替)と2項(公証人による記載・記録義務)の2項構成となっている。読み聞かせに関する障害者対応は、一般法である公証人法29条(通訳人)に整理された。もっとも公証人法29条が対象とする障害の範囲は、改正前の969条の2の1項・2項が対象としていた範囲よりも狭く解されており、公証人法29条の通訳人に該当しない場合であっても、嘱託人が任意に通訳等の補助者を立ち会わせることは妨げられないと解されている。
旧969条の2第3項の「その旨をその証書に付記しなければならない」という文言が、現行2項では「その旨をその証書に記載し、又は記録しなければならない」に改められているのも、公正証書を電磁的記録として作成することが可能になったデジタル化改正に対応するものである。
四 用語解説
口授 遺言者が言語をもって遺言の趣旨を公証人に申し述べることをいう。単なる肯定・否定の挙動を示すのみでは口授にあたらないとされる。筆談による意思表示も口授には該当しない。
公証人法 公証人による公正証書の作成手続一般を定める法律(明治41年法律第53号)。令和5年法律第53号による改正で、公正証書の作成・保存を電磁的記録によることを原則とする規定や、ウェブ会議方式による手続を可能とする規定が新設された。
みなし証人 969条3項により、969条1項1号の証人(公正証書遺言に必須の証人)を公証人法30条の証人とみなす扱いをいう。これにより、969条1項1号の証人にも公証人法上のウェブ会議方式による立会いに関する規定が適用される。
通訳人 公証人法29条により、嘱託人が日本語に通じない場合、又は聴覚・言語機能・音声機能の障害により意思疎通が困難であり、かつ視覚障害等により表現の認識が困難な場合等に立ち会わせることが義務付けられる者をいう。手話通訳士等の特定の資格を有する者に限られないと解されている。
欠格事由 証人又は立会人となることができない事由をいう。民法974条は、未成年者、推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族、公証人の配偶者・四親等内の親族・書記及び使用人を欠格者として定める。
五 判例・裁判例
最高裁判所判決昭和43年12月20日 公証人があらかじめ第三者から聴取した遺言内容を筆記して清書したうえで、遺言者本人に読み聞かせ、遺言者がこれと同趣旨の内容を口授して承認し署名押印した事案について、口授と筆記・読み聞かせの順序が969条の定める順序と前後していても、遺言者の真意を確保し正確を期するという同条の法意に反しない限り、方式違反にはあたらないと判示した。実務上、公証人が事前に聴取した内容を基に文案を準備し、当日に遺言者が口授で確認するという運用が広く行われている根拠となっている判例である。
最高裁判所判決昭和51年1月16日 遺言者が公証人の質問に対し、言語による陳述を伴わずに単に肯定又は否定の挙動を示したにとどまる場合には、969条2号にいう口授があったとはいえないと判示した。口授の要件は、身振りや反応のみでは満たされないことを示す判例である。
東京地方裁判所判決平成20年11月13日 遺言者が公証人と手を握り、公証人による読み聞かせに対して手を握り返したにとどまる事案について、口授の要件を満たさないと判断された。
最高裁判所判決平成13年3月27日 遺言公正証書の作成に際し、974条により証人となることができない者が同席していた場合であっても、その者によって遺言の内容が左右されたり、遺言者が真意に基づいて遺言をすることを妨げられたりするなどの特段の事情がない限り、作成手続を違法ということはできず、当該遺言は無効とならないと判示した。
最高裁判所判決昭和55年12月4日 目の見えない者が証人となって作成された公正証書遺言について、有効であると判断した判例である。「…公証人による筆記の正確なことを承認するためには、証人は、……公証人の読み聞かせたところとそれぞれ耳で聞いたところを対比することによってすれば足り……筆記したところを目で見て……対比することまでは……必要がない」
大審院判決大正7年3月15日 遺言執行者が証人となることができるとした判例である。これに対しては反対説もある。
大審院判決大正7年3月9日 公証人による筆記は、遺言者の口述を一言一句そのまま書き取る必要はなく、その趣旨に従って筆記すれば足りるとした判例である。
東京地方裁判所判決平成20年10月9日 発話が困難な遺言者について、特別な資格を持たない介助者が公証人による読み聞かせに対する遺言者の反応を読み取って遺言を作成した事案で、当該介助者による伝達が969条の2にいう通訳としての機能を果たしたと評価された事案である。
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