条文原文

第三十九条 職員には、その勤務能率の発揮及び増進のために、研修を受ける機会が与えられなければならない。

2 前項の研修は、任命権者が行うものとする。

3 地方公共団体は、研修の目標、研修に関する計画の指針となるべき事項その他研修に関する基本的な方針を定めるものとする。

4 人事委員会は、研修に関する計画の立案その他研修の方法について任命権者に勧告することができる。

令和8年4月1日現在の地方公務員法において、本条の文言に改正は加えられていない。会計年度任用職員制度の運用見直しやこども性暴力防止法対応など周辺制度の改正は続いているが、第39条自体は昭和25年の制定当初からの骨格を保っている。

趣旨・立法背景

地方公務員法第1条は、地方公共団体の行政の民主的且つ能率的な運営を保障することを目的として掲げる。第39条はこの目的を人材面から支える規定であり、職員個人に対する能力開発の機会保障と、任命権者に対する研修実施責任の付与という二つの側面を持つ。

第1項は権利規定としての性格を持つ。職員には勤務能率の発揮及び増進のために研修を受ける機会が与えられなければならないとし、研修を受けることを職員の恩恵ではなく、地方公務員制度の運営上不可欠な要素として位置づけている。

第2項は実施主体を任命権者と定める。地方公務員法上、任命権者とは地方公共団体の長、教育委員会、公安委員会、各種委員会等、職員の任命、分限、懲戒等の権限を有する機関を指す(地方公務員法第6条)。研修の企画立案から実施までの一次的責任は各任命権者に帰属し、人事委員会や地方公共団体の長に一元的に集約されているわけではない。

第3項は地方公共団体自体に対し、研修の目標、計画の指針となるべき事項、その他研修に関する基本的な方針を定める義務を課す。ここでいう地方公共団体は任命権者よりも広い概念であり、複数の任命権者が併存する自治体(首長部局と教育委員会など)を横断した全庁的な方針の策定を想定する規定である。総務省が平成9年に「地方自治・新時代における人材育成基本方針策定指針」を発出し、令和5年12月にはこれを全面改正した「人材育成・確保基本方針策定指針」を公表しているが、これらはいずれも本項の実施を支援する技術的助言の位置づけにある。

第4項は人事委員会に対し、研修に関する計画の立案その他研修の方法について任命権者への勧告権を与える。人事委員会は地方公務員法第7条に基づき都道府県及び指定都市に設置が義務付けられ、人口15万以上の市及び特別区は条例により人事委員会又は公平委員会を選択設置できる。研修そのものの実施権限は人事委員会にはなく、勧告という間接的な関与にとどまる点が、給与や任免に関する人事委員会の権限(同法第8条)と異なる。

用語解説

勤務能率の発揮及び増進 職員が現に有する能力を職務遂行において十分に発揮すること、及び将来に向けてその能力水準を高めることの両方を指す。第1項の文言は現在の能率の発揮と将来の能率の増進を並列させており、研修が現職対応型と将来対応型の双方を含むことを条文上明らかにしている。

任命権者 地方公務員法第6条に定める、職員の任命、休職、免職及び懲戒等を行う権限を有する者をいう。地方公共団体の長のほか、教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会、警視総監及び道府県警察本部長、消防長等が該当する。

人事委員会 地方公務員法第7条以下に定める専門的・中立的な人事行政機関であり、給与、勤務条件、不利益処分審査等を所掌する。研修に関しては実施権限を持たず、勧告権にとどまる点が第4項の特徴である。

研修計画の指針 各任命権者が個別に策定する研修計画の上位にあって、その方向性を規律する全庁的な基準を指す。人材育成基本方針が典型例である。

各項の解説

第1項 研修を受ける機会の保障

第1項は職員本人に具体的な受講請求権を与える規定ではない。判例上、研修命令や研修不参加をめぐる争いは、職務命令の適法性や懲戒処分の裁量統制の枠組みで審査されており、第1項を根拠とする給付請求や研修実施の義務付け訴訟が認容された例は確認されない。第1項の規範的意味は、任命権者が研修の機会を恣意的に奪ってはならないという消極的統制と、研修施策を全く講じない不作為を正当化しないという行政上の指針にある。

第2項 実施主体の明示

研修の実施主体を任命権者とする規定である。地方公共団体内に複数の任命権者が併存する場合、それぞれが自らの所管する職員について研修を実施する責任を負う。首長部局の一般研修と教育委員会が所管する教職員研修が別個の体系で運用されているのはこの構造による。教育公務員については教育公務員特例法第22条が研修を受ける機会の保障を重ねて規定し、同条2項は授業に支障のない範囲での勤務場所を離れた研修を、同条3項は現職のままでの長期研修を認めるなど、地方公務員法第39条よりも手厚い規律を置いている。

第3項 基本方針策定義務

地方公共団体に対し、研修の目標及び計画の指針となるべき事項その他基本的な方針の策定を義務付ける。総務省の人材育成・確保基本方針策定指針に係る報告書によれば、令和4年4月1日時点でほぼすべての地方公共団体が何らかの人材育成基本方針を策定済みとされる。もっとも策定済みであることと、方針が実効的に機能していることは別の問題であり、この点は付録で後述する。

第4項 人事委員会の勧告権

人事委員会は研修計画の立案及び研修方法について任命権者に勧告することができる。勧告に法的拘束力はなく、任命権者が勧告に従わなかった場合の是正措置は条文上規定されていない。人事委員会を置かない市町村(人口15万未満)では公平委員会が設置されるが、公平委員会には第4項に相当する研修勧告権は付与されていない。この差異は、公平委員会の所掌事務が不利益処分の審査請求等に限定され(地方公務員法第8条2項)、給与勧告や研修勧告のような積極的な人事行政への関与を予定していないことによる。

補論 研修命令の法的性質と裁量統制

研修をめぐる法的紛争の多くは、研修を受ける権利の侵害という形ではなく、任命権者が発する研修受講命令の適法性、及びこれに従わない場合の懲戒処分の当否という形で顕在化する。この点で行政法上の裁量統制論が直接関わってくる。

研修命令の処分性については、指導力不足教員に対する長期特別研修命令の取消訴訟において、東京高等裁判所平成15年12月24日判決及びこれを維持した最高裁判所平成16年3月9日判決が、研修命令は職務命令の一種にとどまり、身分や給与に異動を生じさせるものではないとして、命令期間経過後の訴えの利益を否定した。この判断は、研修命令それ自体が独立の不利益処分(行政事件訴訟法上の処分性を有する行為)とは性質を異にすることを示している。

もっとも研修という名目を用いた業務命令が、実質において懲罰的な性格を帯びる場合には別の統制が働く。JR東日本(本荘保線区)事件(最高裁判所第二小法廷平成8年2月23日判決)は、就業規則の書き写し等を命じた教育訓練について、目的及び態様において不当であり、労働者の人格権を侵害する違法なものであるとして、業務命令権の裁量を逸脱したと判断した。この判例は民間の労働契約関係を対象とするが、研修と称する措置が本来の能力開発目的を離れ、見せしめや懲罰の手段として用いられた場合には裁量権の逸脱が認定されうることを示す先例として、地方公務員の研修命令の適法性審査にも参照される。

研修受講拒否を理由とする懲戒処分の量定審査については、最高裁判所大法廷昭和52年12月20日判決(神戸税関事件)の示した一般法理が妥当する。同判決は、懲戒処分を行うか否か、いかなる処分を選択するかは懲戒権者の裁量に委ねられ、裁判所は懲戒権者と同一の立場に立って処分の当否を審査するのではなく、処分が社会観念上著しく妥当性を欠き裁量権の範囲を逸脱又は濫用したと認められる場合に限り違法と判断するとした。研修受講命令への不服従が懲戒事由とされる場合も、この裁量権濫用の枠組みで審査されることになる。

以上を整理すると、研修命令をめぐる行政法上の統制構造は、命令自体の処分性を否定しつつ、命令の内容が実質的に懲罰化した場合の裁量逸脱審査、及び命令違反を理由とする懲戒処分の裁量濫用審査という二段階で機能している。第39条第1項が研修を職員の権利として位置づけていることは、この裁量統制における考慮要素の一つとなりうるが、権利保障規定であることそれ自体から研修命令の違法性が直接導かれるわけではない。

判例・裁判例

最高裁判所大法廷昭和52年12月20日判決(神戸税関事件) 懲戒処分の選択に関する懲戒権者の裁量とその司法審査基準(社会観念上著しく妥当性を欠く場合に限り違法とする基準)を示した。研修拒否を理由とする懲戒処分の量定審査における一般的な枠組みとして参照される。

最高裁判所第二小法廷平成8年2月23日判決(JR東日本本荘保線区事件) 教育訓練と称する業務命令が目的及び態様において不当であり人格権を侵害するとして、業務命令権の裁量逸脱を認めた。研修の名を借りた懲罰的措置に対する統制法理を示す。

最高裁判所平成16年3月9日判決(指導力不足教員長期特別研修命令事件、原審東京高等裁判所平成15年12月24日判決) 研修命令は職務命令の一種であり、身分・給与に異動を生じさせる処分ではないとして、研修期間経過後の取消訴訟の訴えの利益を否定した。研修命令の処分性に関する裁判例として参照される。

国家公務員法との対比

地方公務員法第39条に相当する規定は、国家公務員法では第70条の5及び第70条の6に置かれている。国家公務員法第70条の5は、研修が現に就いている官職又は将来就くことが見込まれる官職の職務遂行に必要な知識及び技能を習得させ、職員の能力及び資質を向上させることを目的とすると定め、地方公務員法第39条第1項の勤務能率の発揮及び増進という文言よりも踏み込んだ目的規定を置く。

国家公務員法第70条の6は、人事院、内閣総理大臣及び関係庁の長という3機関それぞれに研修計画の樹立及び実施の努力義務を課す。人事院は国民全体の奉仕者としての使命の自覚及び研修方法に関する専門的知見の活用という観点から、内閣総理大臣は政府全体を通じた幹部候補育成という観点から、関係庁の長は各省庁の実務に即した観点から、それぞれ役割を分担する構造になっている。地方公務員法が任命権者という単一の実施主体に研修実施を委ねているのに対し、国家公務員法は中央人事行政機関相互の役割分担を条文上明示している点が対照的である。

国家公務員法第18条の2は、内閣総理大臣が職員の能率、厚生、服務等に関する事務を所掌すると定め、これが研修に関する政府全体の総合調整機能の根拠となっている。地方公務員法にはこれに相当する全国統一的な調整機関は置かれておらず、各地方公共団体が第3項の基本方針を独自に策定する分権的な構造をとる。この差異は、国と地方の人事行政における集権性と分権性の違いをそのまま反映したものである。

国家公務員倫理法及び同法施行規程は、研修そのものを直接の規律対象とはしていない。もっとも人事院は国家公務員倫理審査会を通じて職務に係る倫理の保持に関する事務を所掌し(国家公務員法第3条の2)、倫理研修の実施はこの所掌事務の一環として行われている。地方公務員については国家公務員倫理法に相当する単独法は制定されておらず、多くの地方公共団体が要綱又は条例で独自の職員倫理規程を定め、その中で倫理研修の実施根拠を置いている。

付録 地方公務員研修の実施機関と現況

全国レベルの研修実施機関

自治大学校(総務省) 都道府県及び市区町村の幹部候補職員を対象とする中央研修機関であり、政策立案演習を含む長期課程を提供する。3年ごとに「地方公務員の研修実態等に関する調査」を実施し、全国の研修動向を公表している。

市町村職員中央研修所(市町村アカデミー、千葉市) 公益財団法人全国市町村研修財団が運営し、市町村職員を主対象とする実務研修を提供する。

全国市町村国際文化研修所(国際文化アカデミー、大津市) 同財団が運営するもう一つの拠点であり、多文化共生、DX推進、海外実地研修等、国際化・先進事例研究に重点を置いた研修を実施する。

東北自治研修所、自治研修協会等 各地域ブロックに設置された研修機関であり、広域自治体が共同で職員派遣を行う。

都道府県及び指定都市の公務研修所 各都道府県及び指定都市が独自に設置する研修施設であり、新任研修から管理職研修までの階層別研修を実施する。市町村職員に対しても、都道府県の約8割が域内市町村職員向けの研修を提供しているとされる(自治大学校調査)。

実施状況の現況

自治大学校が令和7年3月に公表した「地方公務員研修の実態に関する調査」によれば、自治体職員研修にかける予算総額は新型コロナウイルス感染症流行以降低迷を続けていたが、令和6年度予算で流行前の水準を初めて上回った。人材育成基本方針については、令和3年度以降に改正を行った81団体のうち48団体、比率にして59.3パーセントが方針改正に伴って研修計画自体も改正している。

デジタル・トランスフォーメーション人材育成の分野では課題が顕著である。研修担当部門がDX推進リーダー育成研修を受講している割合は1割程度にとどまり、その理由として受講対象者の受講時間確保の困難、研修実施のための人員・予算不足、教材や研修技法に関する情報不足がそれぞれ4割から5割の回答を占めている。

民間調査会社が令和5年に全国885自治体を対象に実施した調査では、職員の人材育成を行っていると回答した自治体は59パーセント、そのうち何らかの職員研修を実施していると回答した自治体は80パーセントであった。人材育成を実施していないと回答した自治体からは、人手不足により人材育成に工数を割けない、人材育成計画の立案自体が難しく参加すべき研修の選定に迷うといった意見が寄せられている。

現在の課題

第一に、財政規模及び職員数の小さい市町村ほど、研修専任の担当者を置くことが難しく、研修計画の立案から外部委託先の選定までを一人又は少数の職員が兼務している実態がある。総務省の指針が推奨する研修の広域化及び都道府県による支援は、この規模格差を補う施策として位置づけられている。

第二に、DX関連分野を中心に、庁内に研修を企画・実施できる専門知見を持つ職員が不足しており、外部委託に依存せざるを得ない状況が続いている。外部委託自体は本来自治体職員では対応しきれない専門分野を補う機能を期待されているが、その委託に充てる人員や予算自体が不足しているという二重の制約が生じている。

第三に、人材育成基本方針の策定率が高水準に達している一方で、方針の存在と実際の研修計画への反映度合いには乖離がある。前掲調査では方針改正を行った団体のうち約6割にとどまる研修計画改正率が、この乖離を裏付けている。

第四に、会計年度任用職員に対する研修機会の確保も継続的な論点である。会計年度任用職員には地方公務員法上の服務規律が常勤職員と同様に適用される一方、第39条の研修機会保障をどこまで実質化するかは各任命権者の運用に委ねられており、対応にはばらつきがある。

第五に、教育公務員特例法の適用を受ける教員と、地方公務員法のみの適用を受ける一般行政職員との間で、研修機会及び研修義務の重さに制度的な非対称性がある。教員には初任者研修や中堅教諭等資質向上研修の体系的実施が任命権者に義務付けられているのに対し、一般行政職員の研修は各任命権者の裁量に委ねられる部分が大きく、この非対称性が職種間の人材育成投資の差につながっているとの指摘がある。

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