地方公務員法第8節「福祉及び利益の保護」のうち、第1款「厚生福利制度」の中核をなすのが第43条の共済制度であり、第2款「公務災害補償」の根拠規定が第45条である。両条とも、職員本人及びその被扶養者の生活保障を目的とする点で共通するため、本稿では見出しを一つにまとめた上で、条文ごとに個別に解説する。なお、第44条は削除されており、現行条文は存在しない。
第43条 共済制度
条文原文
第四十三条 職員の病気、負傷、出産、休業、災害、退職、障害若しくは死亡又はその被扶養者の病気、負傷、出産、死亡若しくは災害に関して適切な給付を行なうための相互救済を目的とする共済制度が、実施されなければならない。
2 前項の共済制度には、職員が相当年限忠実に勤務して退職した場合又は公務に基づく病気若しくは負傷により退職し、若しくは死亡した場合におけるその者又はその遺族に対する退職年金に関する制度が含まれていなければならない。
3 前項の退職年金に関する制度は、退職又は死亡の時の条件を考慮して、本人及びその退職又は死亡の当時その者が直接扶養する者のその後における適当な生活の維持を図ることを目的とするものでなければならない。
4 第一項の共済制度については、国の制度との間に権衡を失しないように適当な考慮が払われなければならない。
5 第一項の共済制度は、健全な保険数理を基礎として定めなければならない。
6 第一項の共済制度は、法律によつてこれを定める。
(e-Gov法令検索「地方公務員法」より引用。最終改正令和2年3月31日法律第11号時点で本条に実質改正はなく、原始規定の内容が維持されている。)
趣旨・立法背景
本条は、職員及びその被扶養者に生じる病気、負傷、出産、退職、障害、死亡等の生活上の事故に対し、相互救済の仕組みによって適切な給付を行う共済制度の実施を義務付けるものである。地方公務員法の制定時、地方公務員の身分保障の一環として厚生福利制度の整備が求められ、その具体的な柱として共済制度が第41条以下に位置付けられた。
第2項及び第3項が定める退職年金制度は、単なる功労報償ではなく、相当年限忠実に勤務した職員又は公務による傷病により退職若しくは死亡した職員及びその遺族について、退職後又は死亡後の生活を継続的に維持する所得保障としての性格を持つ。第4項の国との権衡規定は、国家公務員共済組合法に基づく国家公務員の共済制度との間で給付水準に不均衡が生じないようにするための調整原理であり、第5項の保険数理規定は、共済制度が長期的な財政均衡を保った制度として運営されるべきことを定める。第6項により、共済制度の具体的内容は条例ではなく法律事項とされ、全国一律の地方公務員等共済組合法(昭和37年法律第152号)によって実施されている。
用語解説
相互救済とは、多数の職員が掛金を拠出し合い、事故に遭った構成員に対して給付を行う仕組みをいう。保険原理に基づく点で、単なる恩恵的給付とは区別される。
保険数理とは、将来の給付に必要な費用を予測し、それに見合う掛金及び負担金の水準を数理的に算定する技術をいう。共済制度が長期にわたり安定して機能するためには、この保険数理に基づく財政運営が不可欠である。
退職年金に関する制度とは、地方公務員等共済組合法上の退職等年金給付を指す。同法は平成27年10月の被用者年金一元化により、旧来の職域加算部分に代えて年金払い退職給付(退職等年金給付)を導入しており、厚生年金保険の給付と併せて職員の老後所得保障を担う二階建て・三階建て構造となっている。
国家公務員法との対比
国家公務員法自体には、地方公務員法第43条に相当する共済制度の実施義務を直接定めた条文はなく、共済制度は専ら国家公務員共済組合法(昭和33年法律第128号)によって設けられている。同法第1条の目的規定は、地方公務員等共済組合法第1条とほぼ同一の文言で、国家公務員及びその被扶養者の病気、負傷、出産、休業、災害、退職、障害若しくは死亡に関する相互救済を目的とする共済組合の制度を設けることを定めている。地方公務員法第43条第4項が国の制度との権衡を明文で要求しているのは、この国家公務員共済組合法上の給付水準を基準として、地方公務員の共済給付が不利にならないようにする趣旨である。
特別法
第43条第6項を受けた実施法として、地方公務員等共済組合法(昭和37年法律第152号)が存在する。同法は組合の設立、組合員資格、短期給付(保健給付、休業給付、災害給付)、長期給付(退職給付、廃疾給付、遺族給付)、費用負担、審査請求手続等を包括的に定める。国家公務員側の対応法は国家公務員共済組合法(昭和33年法律第128号)である。
判例・裁判例
第43条は制度実施を国及び地方公共団体に義務付ける根本基準規定であり、条文そのものの解釈が直接争われた著名な判例は乏しい。実務上の紛争の多くは、地方公務員等共済組合法に基づく個別の給付決定(不支給決定、年金額の算定等)に関する審査請求及び取消訴訟として現れる。共済年金の給付内容や算定方法の変更が争われる事案では、財政方式の変更や被用者年金一元化に伴う経過措置の合理性が主たる争点となることが多く、制度の目的が本人及び遺族の生活維持にあるという第43条第3項の趣旨に立ち返って判断される傾向にある。
第45条 公務災害補償
条文原文
第四十五条 職員が公務に因り死亡し、負傷し、若しくは疾病にかかり、若しくは公務に因る負傷若しくは疾病により死亡し、若しくは障害の状態となり、又は船員である職員が公務に因り行方不明となつた場合においてその者又はその者の遺族若しくは被扶養者がこれらの原因によつて受ける損害は、補償されなければならない。
2 前項の規定による補償の迅速かつ公正な実施を確保するため必要な補償に関する制度が実施されなければならない。
3 前項の補償に関する制度には、次に掲げる事項が定められなければならない。
一 職員の公務上の負傷又は疾病に対する必要な療養又は療養の費用の負担に関する事項
二 職員の公務上の負傷又は疾病に起因する療養の期間又は船員である職員の公務による行方不明の期間におけるその職員の所得の喪失に対する補償に関する事項
三 職員の公務上の負傷又は疾病に起因して、永久に、又は長期に所得能力を害された場合におけるその職員の受ける損害に対する補償に関する事項
四 職員の公務上の負傷又は疾病に起因する死亡の場合におけるその遺族又は職員の死亡の当時その収入によつて生計を維持した者の受ける損害に対する補償に関する事項
4 第二項の補償に関する制度は、法律によつて定めるものとし、当該制度については、国の制度との間に権衡を失しないように適当な考慮が払われなければならない。
(e-Gov法令検索「地方公務員法」より引用。本条も原始規定から実質改正を経ていない。)
趣旨・立法背景
本条は、職員が公務に起因して死亡、負傷若しくは疾病にかかった場合、又はこれらに起因して死亡若しくは障害の状態となった場合に、本人又はその遺族若しくは被扶養者が受ける損害を補償する制度の実施を義務付けるものである。民間労働者について労働基準法及び労働者災害補償保険法が定める災害補償と並行する制度として、公務員には別途、公務災害補償制度が設けられている。
第3項各号は、療養補償、休業補償、障害補償、遺族補償という四類型の給付事項を列挙しており、これは労働基準法第75条以下の災害補償の体系に対応する。制定当初の地方公務員法では、この補償制度の具体化は各地方公共団体の条例に委ねられていたため、団体ごとに給付内容が区々であり、常勤職員と非常勤職員、現業職員と非現業職員との間で不均衡が生じていた。この不統一を解消するため、昭和42年に地方公務員災害補償法(昭和42年法律第121号)が制定され、全国統一的な補償制度が整備された。第4項が国の制度との権衡を求めるのは、国家公務員災害補償法に基づく国家公務員向けの補償水準との均衡を確保する趣旨である。
用語解説
公務上の災害とは、公務に起因する負傷、疾病、障害及び死亡をいう。認定に当たっては、公務遂行性(職員が任命権者の支配下で公務に従事していたこと)と公務起因性(公務と災害との間に相当因果関係があること)の二要件を満たす必要があるとされる。
公務起因性とは、単に公務と災害との間に条件関係があるだけでは足りず、公務が災害発生の相対的に有力な原因であると客観的に認められることをいう。負傷の場合は公務遂行性が認められれば公務起因性も比較的容易に肯定されるが、疾病、とりわけ精神疾患や脳・心臓疾患の場合には、業務の質的過重性や時間外勤務の状況等を総合的に考慮して慎重に判断される。
療養補償、休業補償、障害補償、遺族補償とは、それぞれ治療に関する給付、療養中の所得喪失に対する給付、後遺障害による所得能力の低下に対する給付、死亡した職員の遺族に対する給付をいう。
国家公務員法との対比
国家公務員法第93条から第95条までが、地方公務員法第45条に相当する規定である。第93条は、職員が公務に基づき死亡し、負傷し、若しくは疾病にかかり、若しくはこれに起因して死亡した場合における本人及びその直接扶養する者の損害を補償する制度の樹立実施を定め、同条第2項でその具体化を法律に委ねる。第94条は、経済的困窮に対する保護、所得能力の毀損に対する補償、遺族に対する補償という給付事項を列挙し、地方公務員法第45条第3項とほぼ対応する内容となっている。第95条は、人事院に対し補償制度の研究及び国会・内閣への報告を義務付けており、地方公務員法には対応する条文はない。
地方公務員法第45条第1項が、国家公務員法第93条にはない船員である職員の行方不明の場合を明示的に含めている点は、地方公共団体には船員法の適用を受ける職員(船舶職員等)が存在することを踏まえた規定である。
特別法
第45条第2項及び第4項を受けた実施法として、地方公務員災害補償法(昭和42年法律第121号)が存在する。同法は、地方公務員災害補償基金による公務上の災害及び通勤による災害の認定、療養補償・休業補償・障害補償・遺族補償・葬祭補償等の給付内容、実施機関に対する審査請求手続を定める。同法附則第69条は、職員以外の地方公務員(非常勤職員等)について、条例で労働者災害補償保険法との均衡を失しない補償制度を定めるべきことを規定している。国家公務員側の対応法は国家公務員災害補償法(昭和26年法律第191号)である。
判例・裁判例
公務起因性の判断枠組みについて、近時、最高裁判所第二小法廷令和7年3月7日判決(労働判例1341号71頁、静岡県警察職員自殺事件)が注目される。本件は、警察官が自殺したことについて遺族が地方公共団体に対し安全配慮義務違反等に基づく損害賠償を求めた事案であり、最高裁は原審の判断を維持して上告を棄却した。この判決に付された三浦守裁判官の補足意見は、地方公共団体の安全配慮義務違反の有無を判断するに当たり、地方公務員災害補償法に基づく公務災害の認定基準である平成24年3月16日付け認定基準に加え、労働者災害補償保険法上の精神障害の労災認定基準に示された医学的知見をも参考にし得ると述べた。もっとも同補足意見は、公務災害補償及び労災保険給付がいずれも無過失の危険責任に基づく制度であって損害賠償責任とは趣旨を異にすること、認定基準はいずれも法令ではなく経験則上の知見にとどまることを併せて指摘しており、認定基準の形式的な当てはめではなく、諸事情を総合的に考慮すべきことを求めている。
この判決は、地方公務員災害補償法の運用実務において、公務起因性の判断に労災認定基準の知見を参照する余地を最高裁が肯定した点で実務上の意義が大きい。地方公共団体の担当者は、精神疾患による公務災害の申請及び審査に際して、認定基準と労災認定基準の双方の考え方を踏まえた事実認定が求められることになる。
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