第38条の2は、離職後に営利企業等の地位に就いた元職員による働きかけを禁止する実体規定であった。今回取り上げる第38条の3から第38条の7までは、この働きかけ規制が実際に守られているかを確認し、違反が疑われる場合にどのような手続で対応するかを定めた管理手続規定である。制度の骨格は平成26年法律第34号による地方公務員法改正で導入され、平成28年4月1日から施行されている。令和8年4月1日現在においても、条文の実体的な内容に変更はなく、以下の条文がそのまま現行法として適用されている。
第38条の3(違反行為の疑いに係る任命権者の報告)
条文原文
第三十八条の三 任命権者は、職員又は職員であつた者に前条の規定(同条第八項の規定に基づく条例が定められているときは、当該条例の規定を含む。)に違反する行為(以下「規制違反行為」という。)を行つた疑いがあると思料するときは、その旨を人事委員会又は公平委員会に報告しなければならない。
趣旨・立法背景
この条文は、任命権者が規制違反行為の疑いを把握した段階で、人事委員会又は公平委員会という第三者機関に報告する義務を課すものである。任命権者と職員との関係は身内同士の関係になりやすく、任命権者だけの判断で違反の有無を扱わせると、調査が形だけのものに終わる懸念がある。そこで、疑いが生じた最初の段階から第三者機関に情報を共有させ、その後の調査過程を監視できる体制を整えた。総務省が示す退職管理の適正確保に関する説明資料でも、任命権者は違反行為の疑いを把握したとき、調査を開始するとき、調査が終了したときのそれぞれの段階で人事委員会又は公平委員会への報告又は通知を行わなければならないとされており、第38条の3はこの三段階の報告義務のうち最初の段階を定めたものである。
「規制違反行為」の定義がこの条文で置かれ、以下の第38条の4から第38条の7までを通じて共通して用いられる。前条第8項に基づく条例、すなわち地方公共団体が独自に上乗せした働きかけ規制の条例が定められている場合は、その条例違反も規制違反行為に含まれる点に注意を要する。
用語解説
任命権者とは、地方公務員法第6条に定める職員の任命、人事評価、休職、免職及び懲戒等の権限を有する者をいい、地方公共団体の長、教育委員会、公安委員会などがこれに当たる。人事委員会及び公平委員会は、地方公務員法第7条に基づき地方公共団体が条例で設置する第三者機関であり、都道府県及び指定都市には人事委員会の設置が義務付けられ、人口15万以上の市及び特別区には人事委員会又は公平委員会のいずれかを、それ以外の市町村及び地方公共団体の組合には公平委員会を置くこととされている。「思料するとき」とは、確定的な証拠までは不要であるが、単なる噂や憶測を超えて合理的な疑いを抱くに至った状態を指す用語として用いられる。
判例・裁判例
第38条の3は手続を定めた規定であり、この条文自体の適用が直接争われた裁判例は現時点で確認されていない。もっとも、任命権者が第38条の2の実体規定に違反したとして懲戒処分を行った場合、その懲戒処分の適法性が事後に争われることは想定される。懲戒処分に関する一般的な判断枠組みとしては、地方公務員法第29条に基づく懲戒処分について任命権者に裁量権が認められるものの、社会通念上著しく妥当性を欠くと認められる場合には裁量権の逸脱又は濫用として違法になるとする最高裁判所の判断枠組みが妥当する。免職処分については結果が重大であることから、判断は特に慎重に行われるべきものとされている。
国家公務員法との対応
国家公務員法では、第106条の16(違反行為の疑いに係る任命権者の報告)が同趣旨の規定であり、任命権者は職員又は職員であった者に再就職等規制違反行為を行った疑いがあると思料するときは、再就職等監視委員会に報告しなければならないとされている。地方公務員法の人事委員会又は公平委員会に相当する機関が、国では再就職等監視委員会という独立性の高い第三者機関である点が異なるが、報告義務そのものの構造は共通している。地方公務員向けの実務では、国の再就職等監視委員会のような専属の監視機関を置かず、既存の人事委員会又は公平委員会に権限を持たせている点を押さえておけば足りる。
第38条の4(任命権者による調査)
条文原文
第三十八条の四 任命権者は、職員又は職員であつた者に規制違反行為を行つた疑いがあると思料して当該規制違反行為に関して調査を行おうとするときは、人事委員会又は公平委員会にその旨を通知しなければならない。 2 人事委員会又は公平委員会は、任命権者が行う前項の調査の経過について、報告を求め、又は意見を述べることができる。 3 任命権者は、第一項の調査を終了したときは、遅滞なく、人事委員会又は公平委員会に対し、当該調査の結果を報告しなければならない。
趣旨・立法背景
第38条の3が疑いを把握した段階の報告義務であるのに対し、第38条の4は実際に調査に着手する段階、調査の途中経過、調査終了後の結果報告という三つの局面をまとめて規定する。任命権者による調査は身内による調査という性格を免れないため、第2項で人事委員会又は公平委員会に経過報告を求め又は意見を述べる権限を与え、調査の公正性を担保する仕組みとしている。総務省の説明資料も、人事委員会又は公平委員会は任命権者が行う調査が公正に行われるよう、調査の開始から終了までを監視することを想定していると説明している。
用語解説
「意見を述べることができる」とは、人事委員会又は公平委員会が任命権者に対して調査方法や認定の在り方について所見を伝えることができるという意味であり、任命権者の調査行為そのものを差し止めたり、調査結果を拘束したりする法的効果を持つものではない。「遅滞なく」とは、正当な理由がある場合を除き、直ちに行うべきことを意味する法令用語であり、「直ちに」よりはやや猶予が認められるが、「速やかに」よりは厳格に解される。
判例・裁判例
第38条の4に関する裁判例は確認されていない。第2項に基づく人事委員会又は公平委員会からの意見と、任命権者が最終的に行う判断とが食い違った場合の法的処理については、条文上、意見が任命権者を拘束するとは書かれていないことから、任命権者が意見と異なる結論を採ったこと自体が直ちに違法となるものではないと解される。ただし、後述の補論で触れるとおり、意見を全く顧みずに調査を進めた場合の手続的瑕疵の評価は、行政法上の論点として残る。
国家公務員法との対応
国家公務員法第106条の17(任命権者による調査)が対応する規定であり、条文構造は地方公務員法第38条の4とほぼ同一である。任命権者が調査に着手する際に再就職等監視委員会へ通知し、委員会が経過報告を求め又は意見を述べることができ、調査終了後に結果を報告するという三段階の構成が共通している。相違点としては、国の再就職等監視委員会が内閣府に置かれる独立性の強い合議制機関である一方、地方の人事委員会又は公平委員会は当該地方公共団体の内部機関である点が挙げられるが、条文上の手続構造そのものに大きな差はない。
第38条の5(任命権者に対する調査の要求等)
条文原文
第三十八条の五 人事委員会又は公平委員会は、第三十八条の二第七項の届出、第三十八条の三の報告又はその他の事由により職員又は職員であつた者に規制違反行為を行つた疑いがあると思料するときは、任命権者に対し、当該規制違反行為に関する調査を行うよう求めることができる。 2 前条第二項及び第三項の規定は、前項の規定により行われる調査について準用する。
趣旨・立法背景
第38条の3及び第38条の4が任命権者を起点とする報告・調査であるのに対し、第38条の5は逆に人事委員会又は公平委員会が起点となって任命権者に調査を求める規定である。情報源としては、第38条の2第7項に基づく元職員からの働きかけを受けた職員の届出、第38条の3による任命権者からの報告のほか、住民からの通報や報道など「その他の事由」も含まれる。人事委員会又は公平委員会が独自に疑いを認識した場合でも、実際の調査権限自体は任命権者に委ねられており、人事委員会又は公平委員会は調査を求める立場にとどまる構造となっている。第2項により、この求めに基づく調査についても前条の経過報告請求・意見陳述・結果報告の規定が準用される。
用語解説
「その他の事由」は限定列挙ではなく例示列挙であり、住民監査請求に類する住民からの情報提供、内部通報、報道機関による報道などが含まれ得ると解されている。「求めることができる」という文言から分かるとおり、この規定は人事委員会又は公平委員会に調査実施の勧告的権限を与えるものであり、任命権者に対して調査実施を法的に強制する規定ではない。
判例・裁判例
第38条の5についても、これを直接の争点とした裁判例は確認されていない。
国家公務員法との対応
国家公務員法第106条の18(任命権者に対する調査の要求等)が対応する。国の規定では、第106条の23(旧規定における職員の届出)や第106条の16の報告等を情報源として掲げ、再就職等監視委員会が任命権者に調査を求めることができるとする点で共通する。加えて国家公務員法には、第106条の19(共同調査)、第106条の20(委員会による調査)、第106条の21(勧告)という、地方公務員法にはない追加の規定が置かれている。これは、再就職等監視委員会が任命権者と共同で調査を行ったり、自ら調査を行ったり、任命権者に是正を勧告したりする権限を持つことを意味し、国の第三者機関の方が地方の人事委員会又は公平委員会よりも強い介入権限を有する制度設計になっている。地方公務員法がこうした共同調査権や勧告権を置いていない点は、地方公務員向けの解説では明確に押さえておくべき相違点である。
補論 人事委員会・公平委員会による関与の行政法上の性質
第38条の4第2項及び第38条の5に基づく人事委員会又は公平委員会の「報告を求め、又は意見を述べる」権限及び「調査を行うよう求める」権限は、いずれも任命権者に対する法的拘束力を条文上明示していない。この点は、行政法における「勧告」や「意見」の法的性質という一般論点と関わる。行政指導や勧告は、相手方に事実上の対応を促すものであっても、それ自体が抗告訴訟の対象となる処分性を有しないと解されるのが一般的な理解であり、最高裁判所も行政指導について、それが相手方の任意の協力を求めるものにとどまる限り、行政事件訴訟法上の処分に当たらないとする判断を重ねてきた。第38条の5に基づく調査の求めについても、これを受けた任命権者が調査を行わなかった場合に、人事委員会又は公平委員会が直接に義務付け訴訟等でその履行を強制できるかは条文上明らかではなく、実務上は人事委員会又は公平委員会と任命権者との協議・監視という運用に委ねられている。もっとも、任命権者が調査の求めを合理的な理由なく放置した場合には、任命権者自身の職務懈怠が問題となり得る点は、第38条の3以下の規定全体が実効性を持つための前提として意識しておく必要がある。
第38条の6(地方公共団体の講ずる措置)
条文原文
第三十八条の六 地方公共団体は、国家公務員法中退職管理に関する規定の趣旨及び当該地方公共団体の職員の離職後の就職の状況を勘案し、退職管理の適正を確保するために必要と認められる措置を講ずるものとする。 2 地方公共団体は、第三十八条の二の規定の円滑な実施を図り、又は前項の規定による措置を講ずるため必要と認めるときは、条例で定めるところにより、職員であつた者で条例で定めるものが、条例で定める法人の役員その他の地位であつて条例で定めるものに就こうとする場合又は就いた場合には、離職後条例で定める期間、条例で定める事項を条例で定める者に届け出させることができる。
趣旨・立法背景
第38条の6は、これまでの報告・調査手続を離れ、地方公共団体全体として退職管理の適正を確保するための努力義務及び条例制定権を定める規定である。第1項は、国家公務員法における退職管理の規定の趣旨及び当該地方公共団体における職員の離職後の就職状況を勘案して、必要な措置を講ずるものとする努力義務を課す。第2項は、条例により元職員に対して再就職情報の届出を義務付けることができる旨を定める。総務省の資料では、届出義務違反に対して条例で10万円以下の過料を科すことができるとされ、実務例としては各都道府県が独自に「職員の退職管理に関する条例」や「職員の退職管理に関する人事委員会規則」を定め、氏名、離職時の職、離職日、再就職日、再就職先の名称、再就職先における地位などを届け出させ、これを公表する運用を行っている団体がある。
第2項の届出制度は、既に離職して職員でなくなった者に対して新たに義務を課すものであることから、届出の対象者の範囲及び義務付け期間は、その趣旨や目的を踏まえた合理的な範囲にとどめる必要があるとされている。
用語解説
「退職管理」とは、職員の在職中から離職後にわたる人事管理のうち、特に再就職に関する規律を中心とした管理をいう。「勘案」とは、複数の考慮要素を総合的に考慮するという意味の法令用語であり、いずれか一方のみを機械的に適用すれば足りるという意味ではない。「条例で定めるものに就こうとする場合又は就いた場合」という文言から分かるとおり、届出義務は再就職の前後いずれの時点でも課すことができる制度設計になっている。
判例・裁判例
第38条の6を直接の争点とした裁判例は確認されていない。条例に基づく過料の賦課そのものについて争いが生じた場合は、地方自治法上の過料に関する一般的な不服申立て手続によることになる。
国家公務員法との対応
第38条の6は、国家公務員法中の退職管理に関する規定の趣旨を勘案することを求めているが、これは特定の条文同士の一対一の対応関係を定めたものではなく、国の制度全体の趣旨を参照する努力義務にとどまる。国では、内閣総理大臣への届出(国家公務員法第106条の24)、内閣総理大臣による報告及び公表(同法第106条の25)、退職管理基本方針(同法第106条の26)といった規定が置かれ、管理職職員であった者の再就職状況を内閣がとりまとめて毎年度公表する仕組みが整備されている。地方公務員法第38条の6は、こうした国の枠組みを参考にしつつ、実際の制度設計を各地方公共団体の条例に委ねる建て付けを採っており、条文の内容が倫理保持そのものに直結する規定ではないため、国家公務員法個別条文との詳細な比較解説は要しない。
第38条の7(廃置分合に係る特例)
条文原文
第三十八条の七 職員であつた者が在職していた地方公共団体(この条の規定により当該職員であつた者が在職していた地方公共団体とみなされる地方公共団体を含む。)の廃置分合により当該職員であつた者が在職していた地方公共団体(以下この条において「元在職団体」という。)の事務が他の地方公共団体に承継された場合には、当該他の地方公共団体を当該元在職団体と、当該他の地方公共団体の執行機関の組織若しくは議会の事務局で当該元在職団体の執行機関の組織若しくは議会の事務局に相当するものの職員又はこれに類する者として当該他の地方公共団体の人事委員会規則で定めるものを当該元在職団体の執行機関の組織若しくは議会の事務局の職員又はこれに類する者として当該元在職団体の人事委員会規則で定めるものと、それぞれみなして、第三十八条の二から前条までの規定(第三十八条の二第八項の規定に基づく条例が定められているときは当該条例の規定を含み、これらの規定に係る罰則を含む。)並びに第六十条第四号から第八号まで及び第六十三条の規定を適用する。
趣旨・立法背景
第38条の2以下の働きかけ規制は、元職員が在職していた地方公共団体の執行機関の組織等を基準に規制の範囲を画定する仕組みになっている。ところが市町村合併などの廃置分合により、元職員が在職していた地方公共団体そのものが消滅し、その事務が他の地方公共団体に承継される事態が生じ得る。このような場合に規制の適用対象が失われてしまうと、規制の実効性が損なわれる。そこで第38条の7は、廃置分合により事務を承継した他の地方公共団体を元在職団体とみなし、承継先の組織の職員等を元在職団体の組織の職員等とみなすことによって、第38条の2から第38条の6までの規定及びこれらに係る罰則規定を適用可能にする擬制規定を置いている。
「廃置分合」とは、地方自治法上の用語であり、地方公共団体の廃止、設置、分割、合併の総称をいう。市町村合併により旧市町村が消滅し、新設合併又は編入合併によって新たな地方公共団体又は既存の地方公共団体がその事務を承継する場合が典型例である。
用語解説
「みなして」とは、実際には異なる事実関係であっても、法律上は同一のものとして取り扱うという法令上の技術であり、反証を許さない点で「推定する」とは区別される。「元在職団体」とは、この条文で用いられる略語であり、廃置分合前に職員であった者が実際に在職していた地方公共団体を指す。
判例・裁判例
第38条の7についても、これを直接の争点とした裁判例は確認されていない。市町村合併に伴う職員の身分承継に関する裁判例は他の条文(地方自治法上の廃置分合に伴う職員引継ぎの規定など)に関するものが中心であり、退職管理規制の適用範囲に関する争いは現時点で顕在化していない。
国家公務員法との対応
国家公務員法には、国の機関の統廃合という概念はあっても地方公共団体の廃置分合に相当する制度が存在しないため、第38条の7に対応する規定は置かれていない。この条文は地方公務員法に固有の技術的規定であり、国家公務員法との比較解説を要しない。
以上で第38条の3から第38条の7までの検討を終える。次回は第39条以降、研修及び福祉共済制度に関する規定に進む。

