特別職だけが研修の空白地帯になっている

地方公共団体の研修体系を眺めると、奇妙な空白に気づく。新規採用職員研修、係長研修、課長研修、部局長研修と、一般職には階層別研修が整然と用意されている。ところが、組織の最上位に立つ知事、市町村長、副知事、副市長、そして議会の議員、すなわち特別職に対する研修は、多くの団体で制度上も運用上も存在しない。

最も大きな権限を持ち、最も重い説明責任を負う者が、最も研修を受けていない。この逆転構造が、特別職の不祥事が後を絶たない一因である。

相次ぐ特別職の不祥事

令和8年に入ってからの報道を追うだけでも、事態の深刻さは明らかである。1月には、政令指定都市の人事部長が、市長のハラスメント疑惑について実名で公益通報を行い、記者会見を開くという極めて異例の事案が発生した。人事管理の責任者が内部の手続では是正できないと判断し、公の場での告発に踏み切った事実は、首長という最高権力者に対して既存の内部統制が機能しにくいことを示している。

5月には、第三者委員会がセクシュアルハラスメントを認定した市長が辞任を表明した。セクシュアルハラスメントを理由に辞職した前知事の退職金の扱いが議論となった県もある。町長の言動をめぐり百条委員会が設置された町、複数の議員による職員へのパワーハラスメントが問題化した町もある。

入札関係も同様である。副市長が官製談合防止法違反と公契約関係競売入札妨害の容疑で逮捕・起訴された市、元副市長の官製談合事件を受けて第三者委員会が再発防止策の報告書をまとめた市、前市長が収賄容疑で逮捕された市が、この1、2年の間に相次いでいる。官製談合防止法第8条は、職務に反して入札等の秘密を教示するなどした職員に5年以下の拘禁刑又は250万円以下の罰金を定めており、特別職や幹部職員が刑事責任を問われる事案は珍しくなくなった。

なぜ特別職に研修が届かないのか

理由は三つある。

第一に、特別職には上司がいない。一般職であれば上司の指導や人事評価が行動を規律するが、特別職を日常的に規律する仕組みは選挙と議会しかなく、いずれも即時性を欠く。

第二に、選挙で選ばれたという正統性の自覚が、規範は自分の下にあるという錯覚に転化しやすい。ハラスメント事案の第三者委員会報告書には、この心理構造がしばしば記録されている。

第三に、供給側の問題として、特別職に正面から研修を実施できる講師がほとんど存在しない。一般職員向けの研修講師は多数いるが、知事や市長を受講者として、ハラスメント、内部通報、個人情報保護を遠慮なく講義できる講師は限られる。研修担当課としても、首長に研修の受講を進言すること自体に心理的障壁がある。結果として、需要はあるのに市場が成立しない空白地帯が生まれている。

兵庫県知事・副知事等への研修で確認できたこと

当オフィスは昨年、兵庫県において、知事・副知事等の特別職と一般職の最上級職員を対象とする研修を実施した。研修の様子は動画共有サイトで公開されており、どなたでも確認できる。テーマは組織マネジメントであり、柱は心理的安全性、アンガーマネジメント、個人情報保護法、内部通報の四つである。

令和8年7月には、政令指定都市において市長・副市長等の特別職と局長級を対象に、ほぼ同一の構成による研修を実施する。大阪府内の別の地方公共団体からも、トップと幹部を対象とする同様の依頼を受けており、地方議会の議員研修の実績もある。

これらの経験から言えるのは、特別職研修は決して実現不可能ではないということである。むしろ、先例の存在が最大の推進力になる。他の団体で知事や市長が受講した研修であるという事実は、研修担当課が庁内で提案する際の強力な根拠となる。

令和8年の二つの法定期限が研修の好機である

特別職研修を提案するうえで、令和8年には二つの明確な期限がある。

一つは、令和8年10月のカスタマーハラスメント防止措置の義務化である。改正労働施策総合推進法により、事業主にはカスタマーハラスメントから労働者を守る措置が義務づけられる。窓口業務を大量に抱える地方公共団体は、組織としての方針決定をトップが行う必要があり、特別職の理解なしに対応は進まない。

もう一つは、令和8年12月1日に施行される改正公益通報者保護法である。公益通報を理由とする解雇又は懲戒を行った者に対し、6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金という直罰規定が新設され、法人等に対する罰金は3000万円以下に引き上げられた。通報後1年以内の解雇・懲戒は通報を理由とするものと推定される規定も導入される。地方公共団体において通報者への不利益取扱いを最終的に決裁するのは首長であり幹部職員である。すなわちこの改正の直接の名宛人は、まさに特別職と幹部職員にほかならない。

特別職の不祥事が発生した際、第三者委員会や議会が必ず確認するのは、組織として研修を実施していたかである。研修の不存在は予防義務の懈怠と評価される。特別職研修の実施は、首長個人を守り、組織を守り、ひいては住民の信頼を守る行為である。

当オフィスの特別職研修のご案内

当オフィスの特別職・幹部職員向け組織マネジメント研修は、単独実施で2時間半程度、コンプライアンス研修全体への組込みで1日の構成である。カリキュラムとテキストは兵庫県等で実際に使用したものを基礎に、各団体の規模、直近の事案、議会構成等に応じて調整する。講師は全国40を超える都道府県で通算850回超の研修登壇実績を持ち、外部公益通報窓口の受託運営を通じて通報実務の現場を知る行政書士が務める。

企画書、カリキュラム、見積りは無料で提供している。詳細は下記まで問い合わせいただきたい。

中川総合法務オフィス(京都府長岡京市) 代表 行政書士 中川恒信 TEL:075-955-0307 https://compliance21.com/


参考資料 ・消費者庁「公益通報者保護制度」(改正法:令和7年法律第62号、令和8年12月1日施行) ・政府広報オンライン「公益通報者保護法が改正されました」 https://www.gov-online.go.jp/article/202402/entry-5717.html ・入札談合等関与行為の排除及び防止並びに職員による入札等の公正を害すべき行為の処罰に関する法律(官製談合防止法)第8条 ・前橋市官製談合再発防止対策第三者委員会報告書(令和6年12月24日)

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