1 条文原文(令和7年法律第62号による改正後・令和8年12月1日施行)
(定義)
第二条 この法律において「公益通報」とは、次の各号に掲げる者が、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、当該各号に定める事業者(法人その他の団体及び事業を行う個人をいう。以下同じ。)(以下「役務提供先」という。)又は当該役務提供先の事業に従事する場合におけるその役員(法人の取締役、執行役、会計参与、監査役、理事、監事及び清算人並びにこれら以外の者で法令(法律及び法律に基づく命令をいう。以下同じ。)の規定に基づき法人の経営に従事している者(会計監査人を除く。)をいう。以下同じ。)、従業員、代理人その他の者について通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を、当該役務提供先若しくは当該役務提供先があらかじめ定めた者(以下「役務提供先等」という。)、当該通報対象事実について処分(命令、取消しその他公権力の行使に当たる行為をいう。以下同じ。)若しくは勧告等(勧告その他処分に当たらない行為をいう。以下同じ。)をする権限を有する行政機関若しくは当該行政機関があらかじめ定めた者(次条第一項第二号及び第六条第一項第二号において「行政機関等」という。)又はその者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者(当該通報対象事実により被害を受け又は受けるおそれがある者を含み、当該役務提供先の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある者を除く。次条第一項第三号及び第六条第一項第三号において同じ。)に通報することをいう。
一 労働者(労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第九条に規定する労働者をいう。以下同じ。)又は労働者であった者 当該労働者又は労働者であった者を自ら使用し、又は当該通報の日前一年以内に自ら使用していた事業者(次号に定める事業者を除く。)
二 派遣労働者(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(昭和六十年法律第八十八号。第四条第一項第一号において「労働者派遣法」という。)第二条第二号に規定する派遣労働者をいう。以下同じ。)又は派遣労働者であった者 当該派遣労働者又は派遣労働者であった者に係る労働者派遣(同条第一号に規定する労働者派遣をいう。第四条第一項において同じ。)の役務の提供を受け、又は当該通報の日前一年以内に受けていた事業者
三 特定受託業務従事者(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和五年法律第二十五号)第二条第二項に規定する特定受託業務従事者をいう。以下同じ。)又は特定受託業務従事者であった者 当該特定受託業務従事者に係る特定受託事業者(同条第一項に規定する特定受託事業者をいう。以下同じ。)又は特定受託事業者であった者に業務委託(同条第三項に規定する業務委託をいう。以下この号及び第五条において同じ。)をし、又は当該通報の日前一年以内に業務委託をしていた事業者
四 前三号に定める事業者が他の事業者との請負契約その他の契約に基づいて事業を行い、又は行っていた場合において、当該事業に従事し、又は当該通報の日前一年以内に従事していた労働者若しくは派遣労働者(以下この号及び第十一条第二項において「労働者等」という。)若しくは労働者等であった者又は特定受託業務従事者若しくは特定受託業務従事者であった者 当該他の事業者
五 役員 次に掲げる事業者
イ 当該役員に職務を行わせる事業者
ロ イに掲げる事業者が他の事業者との請負契約その他の契約に基づいて事業を行う場合において、当該役員が当該事業に従事するときにおける当該他の事業者
2 この法律において「公益通報者」とは、公益通報をした者をいう。
3 この法律において「通報対象事実」とは、次の各号のいずれかの事実をいう。
一 この法律及び個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律として別表に掲げるもの(これらの法律に基づく命令を含む。以下この項において同じ。)に規定する罪の犯罪行為の事実又はこの法律及び同表に掲げる法律に規定する過料の理由とされている事実
二 この法律及び別表に掲げる法律の規定に基づく処分に違反することが前号に掲げる事実となる場合における当該処分の理由とされている事実(当該処分の理由とされている事実がこの法律及び同表に掲げる法律の規定に基づく他の処分に違反し、又は勧告等に従わない事実である場合における当該他の処分又は勧告等の理由とされている事実を含む。)
4 この法律において「行政機関」とは、次に掲げる機関をいう。
一 内閣府、宮内庁、内閣府設置法(平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項若しくは第二項に規定する機関、デジタル庁、国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項に規定する機関、法律の規定に基づき内閣の所轄の下に置かれる機関若しくはこれらに置かれる機関又はこれらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員
二 地方公共団体の機関(議会を除く。)
(沿革表示 平二四法二七・令二法五一・令三法三六・令七法六二・一部改正)
2 令和7年改正による新旧の異同
第2条は今回の改正で三か所が動いた。条文が長いため、変わった箇所だけを取り出して対照する。
(1) 第1項第3号の新設(フリーランスの追加)
| 区分 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 第1号 | 労働者・労働者であった者 | 同左 |
| 第2号 | 派遣労働者・派遣労働者であった者 | 同左 |
| 第3号 | (取引先事業者の従事者) | 特定受託業務従事者・特定受託業務従事者であった者【新設】 |
| 第4号 | (役員) | 取引先事業者の労働者等・特定受託業務従事者(旧第3号を繰下げ・対象者を拡張) |
| 第5号 | ― | 役員(旧第4号を繰下げ) |
改正法要綱は、この点を「公益通報者の範囲に、特定受託業務従事者及び特定受託業務従事者であった者を追加すること(第二条第一項第三号関係)」と説明する。あわせて新第4号に「労働者等」という略称が置かれ、第11条第2項(体制整備義務の周知対象)でも用いられる。
(2) 第3項(通報対象事実)への「この法律」の取込み
改正前の第3項は、別表に掲げる法律(政令指定を含む)に規定する犯罪行為・過料対象行為だけを通報対象事実としていた。改正後は第1号・第2号のいずれにも「この法律及び」の文言が加わり、公益通報者保護法それ自体に違反する行為が通報対象事実に取り込まれた。別表は改正されていないため、別表を眺めても本法の名は見当たらない。取込みは本文の文言で行われている。
なお別表(第2条関係)は、第1号から第7号までに刑法、食品衛生法、金融商品取引法、日本農林規格等に関する法律、大気汚染防止法、廃棄物処理法、個人情報保護法の7本を個別に掲げ、第8号で「前各号に掲げるもののほか、個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律として政令で定めるもの」と定める構造をとる。実務で参照すべき数百本の法律は、この第8号を受けた政令(公益通報者保護法別表第八号の法律を定める政令)で指定されている。別表を条文で読んでも7本しか出てこない理由はここにある。
この改正の実体的な意味は、令和7年改正で本法に新たな罰則が設けられたことにある。公益通報を理由とする解雇・懲戒に対する直罰(第21条第1項、6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金。法人は3,000万円以下の罰金)、従事者の守秘義務違反(第22条)、体制整備に関する命令違反・検査拒否等(第21条第2項)、報告義務違反の過料(第24条)が置かれた。したがって、通報者を解雇した事実、従事者が通報者の氏名を漏らした事実そのものが、次の公益通報の対象になる。通報者を潰そうとする行為が、新たな通報の材料を生むという二重の構造ができあがった。
(3) 引用条項の形式的整理
第3条・第6条が改正で項建てとなったため、「次条第二号」は「次条第一項第二号」に、「第六条第二号」は「第六条第一項第二号」に改められた。第2条第2項(公益通報者の定義)、第4項(行政機関の定義)に変更はない。
補足として、施行期日と経過措置は本法本体の附則ではなく、公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)の附則に置かれている。施行日は同法附則第1条を受けた令和7年政令第408号により令和8年(2026年)12月1日と定められた。同法附則第2条は、改正後の規定(罰則を除く)を、施行前にされた旧法第2条第1項の公益通報にも原則として適用すると定める。施行日前の通報であっても、施行日後の対応は新法の枠組みで評価され得る。
3 趣旨と立法背景
(1) 第2条が担う機能
第1条が保護の目的を宣言する条文であるのに対し、第2条は保護の入口を画する条文である。ここに定義された「公益通報」に当たらなければ、第3条以下の解雇無効・不利益取扱い禁止・損害賠償請求の制限は働かない。実務上、内部通報規程の適用範囲、窓口の受付対象、従事者指定の要否は、すべてこの条文から逆算して設計される。
公益通報の成立要件は、条文を分解すると次の6要素になる。
- 第1項各号に掲げる者(労働者・派遣労働者・フリーランス・退職者・元フリーランス・役員)が
- 不正の目的でなく
- 役務提供先又はその役員・従業員・代理人その他の者について
- 通報対象事実が
- 生じ、又はまさに生じようとしている旨を
- 第1項に定める通報先(役務提供先等・行政機関等・その他の外部通報先)に通報すること
(2) なぜフリーランスが加えられたか
労働基準法第9条の労働者概念は、使用従属性を基準に判断される。最高裁は、自己所有のトラックで運送に従事していた者について、業務の依頼に対する諾否の自由、時間的場所的拘束の程度、報酬の性格等を総合して労働者性を否定した(横浜南労働基準監督署長事件・最判平成8年11月28日)。就労実態が組織に深く組み込まれていても、契約形式が業務委託であれば労働者に当たらない場面がある。
改正前の公益通報者保護法は、この労働者概念を借用していたため、業務委託で継続的に組織の内部情報に接する者が、通報しても法の保護を受けられない空白地帯にいた。契約を切られる形の報復は、解雇と経済的効果が変わらないにもかかわらず、法の射程外だった。令和7年改正は、この空白を埋めるため、フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)の定義を引用して通報主体を拡張し、第5条で業務委託契約の解除、取引数量の削減、取引停止、報酬減額その他の不利益取扱いを禁止した。
(3) なぜ本法違反が通報対象事実になったか
令和2年改正で導入された体制整備義務は、行政措置(助言・指導・勧告・公表)による担保にとどまり、実効性への疑問が残されていた。令和7年改正は命令権と刑事罰を追加したうえで、本法違反行為を通報対象事実に組み入れた。通報者への報復や従事者の情報漏えいを、通報制度自身の監視対象に置く設計である。
4 用語解説
新任担当者がつまずきやすい順に整理する。
(1) 事業者
法人その他の団体及び事業を行う個人をいう。指針は、営利の有無を問わず、一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行を行う者であり、法人格を有しない団体、国・地方公共団体などの公法人も含むと説明する。株式会社に限らず、公益法人、協同組合、特定非営利活動法人、個人事業主が含まれる。規模による限定はなく、社長と従業員1名の会社も事業者である。
(2) 役務提供先・役務提供先等
役務提供先は、通報者が役務を提供している(退職者・元フリーランスの場合は提供していた)事業者を指す。勤務形態ごとに次のようになる。
| 通報の主体 | 役務提供先 |
|---|---|
| 労働者 | 雇用元。雇用元が請負契約等で取引先事業者の事業に従事している場合は当該取引先事業者 |
| 派遣労働者 | 派遣先。派遣先が取引先事業者の事業に従事している場合は当該取引先事業者 |
| 退職者 | 通報の日前1年以内の雇用元・派遣先・取引先事業者 |
| 特定受託業務従事者 | 業務委託元。業務委託元が取引先事業者の事業に従事している場合は当該取引先事業者 |
| フリーランスであった者 | 通報の日前1年以内の業務委託元・取引先事業者 |
| 役員 | 役員を務める事業者。当該事業者が取引先事業者の事業に従事している場合は当該取引先事業者 |
「役務提供先等」は、役務提供先に加えて「役務提供先があらかじめ定めた者」を含む。社外弁護士、外部委託の通報受付窓口、労働組合などがこれに当たる。窓口を外部委託していても内部公益通報の受け皿になるのは、この文言による。
ここでいう「取引先事業者」は、請負契約の相手方に限られない。卸売業者等との継続的な物品納入契約、清掃業者等との継続的な役務提供契約、コンサルティング会社等との継続的な顧問契約の相手方も含まれる。自社に常駐する協力会社の従業員が自社の不正を通報すれば、自社が役務提供先となる。
(3) 労働者
労働基準法第9条の労働者をいう。正社員、契約社員、パートタイマー、アルバイト、派遣労働者が含まれ、公務員も含まれる。地方公務員は、第2条の適用上は労働者であり、通報先である地方公共団体は事業者である。地方自治体のコンプライアンス担当者は、自らが「事業者側」であると同時に、職員が公益通報者になり得る立場にあることを二重に意識する必要がある。
(4) 特定受託業務従事者(フリーランス)
フリーランス法第2条第2項に規定する者をいう。同法上の特定受託事業者は、従業員を使用しない個人、又は代表者以外に役員がなく従業員を使用しない法人であり、その業務を行う個人が特定受託業務従事者である。公益通報者保護法上の役務提供先は、この者に業務委託をした(又は通報の日前1年以内に業務委託をしていた)事業者となる。
一人親方、業務委託の講師、フリーの技術者、個人契約の配送員などが典型である。実務では、契約書の名称ではなく、フリーランス法上の要件(従業員を使用していないか、法人であれば代表者以外の役員がいないか)で判定する。
(5) 退職者・フリーランスであった者
いずれも通報の日前1年以内という期間制限が付く。退職者は雇用終了・派遣就業終了から1年以内、フリーランスであった者は業務委託関係の終了から1年以内である。起算点は通報の日であり、退職日から1年を1日でも超えれば主体から外れる。窓口では受付日を記録し、退職日・契約終了日との関係を確認する運用が要る。
(6) 役員
取締役、執行役、会計参与、監査役、理事、監事、清算人が列挙され、これら以外でも法令の規定に基づき法人の経営に従事している者が含まれる。会計監査人は括弧書きで除かれる。会計監査人は会社法上の機関ではあるが、法人の経営に従事する立場ではなく、公認会計士法・金融商品取引法に基づく別個の職責と情報開示の経路を持つためである。
役員が保護されるのは、第6条により報酬減額その他の不利益取扱い(解任を除く)が禁止され、解任された場合には損害賠償請求が認められるという形をとる。労働者と異なり解任そのものは無効とならない。また役員の外部通報には、第6条第1項第2号イが調査是正措置をとる努力を求めるなど、労働者より重い前置的な要件が課される。経営に関与する立場ゆえの区別である。
(7) 不正の目的
「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的」でないことが要件となる。消費者庁の解説は、不正の利益を得る目的を公序良俗に反する形で自己又は他人の利益を図る目的、他人に不正の損害を加える目的を、社会通念上通報のために必要かつ相当な限度内にとどまらない財産上の損害・信用の失墜その他の有形無形の損害を加える目的と整理する。
押さえるべきは次の二点である。第一に、報奨金や情報料を得る目的であっても、公序良俗に反する不正な利益といえないものは「不正の利益を得る目的」に当たらない。第二に、専ら公益を図る目的であることまでは要求されない。交渉を有利に進めようとする目的や事業者への反感が併存していても、それだけで不正の目的とはならない。窓口担当者が「動機が不純だから公益通報ではない」と即断する運用は、条文の読み方として誤りである。
(8) 通報対象事実
三つの類型がある。
- 犯罪行為の事実。本法及び別表に掲げる法律(これらに基づく命令を含む)に規定する罪に当たる行為。窃盗・横領(刑法)、有害物質を含む食品の販売(食品衛生法)、無許可の産業廃棄物処分(廃棄物処理法)、価格カルテル(独占禁止法)など。
- 過料の理由とされている事実。無資格者による完成検査(道路運送車両法)、勧誘方針を定めないこと(金融サービス提供法)など。
- 最終的に刑罰又は過料につながる行為。処分に違反することが犯罪行為・過料対象行為となる場合の、当該処分の理由とされている事実。食品表示法では、表示基準違反→指示→指示違反→命令→命令違反→刑罰という段階を踏むが、この経路上の表示基準違反・指示違反の段階が通報対象事実に含まれる。
対象となる法律は、別表第1号から第7号までに掲げられた7本と、別表第8号を受けた政令で指定された法律から成り、令和8年6月1日現在で509本ある。個別の該当性は消費者庁ウェブサイトの「公益通報者保護法において通報の対象となる法律について」で確認できる。労働基準法、独占禁止法、不正競争防止法、著作権法、特定商取引法、建築基準法、道路運送車両法、医薬品医療機器等法などが政令指定に含まれる。
(9) 行政機関・処分・勧告等
第4項が定義する。国の側は内閣府、宮内庁、デジタル庁、国家行政組織法第3条第2項の機関などが列挙され、地方公共団体については機関一般が対象となる一方、議会が除かれる。議会は議決機関であって、通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を行使する立場にないためである。
処分は命令、取消しその他公権力の行使に当たる行為、勧告等は勧告その他処分に当たらない行為をいう。2号通報が保護されるのは、当該通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関等に対して行われた場合であり、権限のない役所に送っても要件を満たさない。通報者から相談を受けた自治体窓口が、権限所管の確認を怠って受け流すと、通報者の保護を事実上奪う結果になり得る。
5 判例・裁判例
第2条の各要件がどのように認定されるかは、裁判例に現れている。以下は消費者庁が公益通報者保護制度の検討資料として整理した近時の裁判例を中心とする。
(1) 通報対象事実該当性と不正の目的を肯定した例
横浜地判令和4年4月14日(判時2543・2544合併号104頁)は、パチンコ店の従業員が、出玉が少なくなる遊技釘の調整の様子を撮影して警察に告発した事案である。裁判所は、当該調整が公安委員会の許可を得ずに行われた風営法違反の犯罪構成要件に該当するとして第2条第3項第1号の通報対象事実に当たると認め、警察への通報を第2条第1項第1号の公益通報と認定した。会社側は「経営者を排除する不正の目的だった」と主張したが、告発に先立ち調整をやめるよう要請していたこと、告発が当然に経営者の排除につながるものではないことから、主要な目的が不正の目的であったとはいえないと退け、減給処分と普通解雇をいずれも無効とした。
(2) 不正の目的を肯定した例
東京地判平成25年3月26日(労経速2179号14頁)は、いったん是正勧告と関係者への厳重注意で決着した通報内容を、長期間経過後に、自らの異動希望を実現させるという個人的目的のために蒸し返した事案について、第2条にいう不正の目的に出た通報であると認定した。同判決は同時に、事業者のコンプライアンス増進以外の動機が併存すること自体や、再度の通報であること自体をもって法の適用を否定するのは相当でないとも述べている。不正の目的が認められるのは、通報に理由がないことを知りつつ別目的の実現のために行うといった、限定された場面である。
(3) 不正の目的を否定した例
東京地判令和3年3月18日(労判1260号50頁)は、宗教法人の幹部職員が、法人の不動産が不当に安く売却されたとする文書を理事・評議員ら多数に交付した事案である。裁判所は、公益通報者保護法の趣旨は懲戒権濫用(労働契約法第15条)の判断でも考慮されるとしたうえで、組織内部で是正を求めることが困難であったため多数派を形成して人事を一新することで是正しようとした目的は不正な目的とはいえないとし、懲戒解雇と降格減給処分を無効とした。第2条の要件を満たさない通報であっても、その趣旨が労働契約法の解釈に流れ込む点は、懲戒処分を検討する側が押さえておくべきである。
(4) 通報対象事実・通報先該当性を否定した例
東京地判令和5年8月10日は、離婚に関する親族間のトラブルを出版社・テレビ局に情報提供した事案について、通報された事実がいかなる法令に基づく通報対象事実か具体的に主張立証されていないこと、情報提供の目的が長男に会う手段であったことから、被害拡大の防止に必要とも解されないとして、3号通報としての通報先該当性も否定した。
東京地判令和3年7月28日は、子会社従業員による親会社役員へのメール送信について、第3条第1号(役務提供先等への通報)に該当せず、相当の理由も認められないとして第3号通報にも当たらないとした。企業グループ内の通報経路をどう設計するかは、第2条の役務提供先概念と直結する論点である。
(5) 労働者性に関する参考判例
横浜南労働基準監督署長事件(最判平成8年11月28日)は、自己所有のトラックを持ち込んで運送に従事していた者について、業務内容や遂行方法に関する指揮監督の程度、時間的場所的拘束の程度、報酬の性格等を総合し、労働基準法上の労働者に当たらないと判断した。令和7年改正でフリーランスが通報主体に加えられた背景を理解するうえでの前提知識となる。
(6) 通報者探索が違法とされた例
東京地判平成28年10月7日(労判1155号54頁)は、偽装請負を労働局に申告した従業員に対し、会社が「顧客の情報を第三者(行政機関を含む)に提供したことがあるか」と問う質問票を送付した事案で、みだりに申告者の意思に反して申告者を特定しようとする行為は相当でないとし、質問票への回答拒否を解雇理由とすることはできないと判示した。
福岡地判令和3年10月22日は、被通報者の親族であり人事に影響力を持つ立場の者が、通報者に対し内部通報の有無を繰り返し確認し、認めなければ支店長を辞めさせるなどと述べた行為を違法と認め、損害賠償を命じた。同一の事実関係について強要未遂罪の成立も認定されている(福岡地判令和3年6月8日)。令和7年改正で新設された第11条の3(通報者探索の禁止)は、こうした実務の積み重ねを条文化したものである。
6 企業の内部通報の事例
(1) 通報者を特定させる事項の漏えい
東京地判令和3年3月23日(労判1244号15頁)では、生命保険会社のライフプランナーが同僚の内部規程違反を支社長に伝えたところ、支社長が別の同僚に通報の事実を伝え、さらに「通報者が秘密録音していた」という虚偽の情報まで伝達した。通報者は同僚から嫌がらせを受けるに至り、裁判所は虚偽情報の伝達を不法行為と認めた。窓口以外の上司が受けた報告も内部公益通報になり得ることを、管理職教育の中で周知しておく必要がある。
(2) 通報が制度に乗らなかった事例群
自動車のリコール隠し、乳業製品の産地偽装、電力会社の検査データ改ざんなど、2000年代初頭の企業不祥事の多くは、内部からの通報を端緒に表面化した。近年でも自動車メーカーの認証試験不正やエンジン排出ガス試験の不正では、社内に窓口が存在していたにもかかわらず、現場の問題が長期間にわたり通報されなかったことが第三者委員会等で指摘されている。窓口の設置と、窓口が使われる状態の実現とは別物である。
(3) フリーランス・取引先従事者からの通報
令和8年12月以降、業務委託先の個人が自社の法令違反を通報した場合、その者は公益通報者となり、業務委託契約の解除、取引数量の削減、取引停止、報酬減額は第5条により禁止される。実務では次の点が争いの火種になる。
- 業務委託契約の秘密保持条項が、事実上の通報禁止として機能していないか(第11条の2の通報妨害に当たる余地がある)
- 契約更新の見送りが、通報を理由とするものと評価されないか
- 常駐する協力会社スタッフに対して、自社の窓口が周知されているか
(4) 通報対象事実に本法違反が加わることの実務的帰結
通報者に対する報復的な配転や懲戒を行った場合、その事実自体が第2条第3項第1号の通報対象事実となり、別の従業員から行政機関へ通報される可能性がある。人事部門と法務・コンプライアンス部門が、報復の疑いを持たれる処分について事前協議する仕組みを持たない企業は、この経路のリスクを負う。
7 地方公共団体の事例
(1) 兵庫県文書問題
兵庫県の元西播磨県民局長が知事らに関する疑惑を記載した文書を報道機関等に送付し、翌月には県の公益通報制度を利用して同内容の通報を行った事案について、県が設置した第三者調査委員会は2025年3月19日に報告書を公表した。報告書は、告発文の内容が収賄罪・背任罪に当たり得るとして通報対象事実の要件を満たすと指摘して当該文書を公益通報に該当すると認定し、県が行った通報者探索を違法と判断した。知事が探索の理由として挙げた誹謗中傷の拡大阻止という事情は、指針にいう「やむを得ない場合」に当たらないとされた。
この事案が示すのは、第2条の該当性判断を組織の長に近い側が行うことの危うさである。文書の体裁が匿名の告発文であっても、記載内容が犯罪行為の事実に及ぶ以上、通報対象事実の要件は満たし得る。受領時点で「怪文書」と整理してしまうと、その後の探索・処分がすべて違法の連鎖に入る。
(2) 京都地判令和元年8月8日(労判1217号67頁)
市の児童相談所職員が、市の公益通報処理窓口の外部担当弁護士に対し、児童養護施設で発生したと疑われる虐待事案に児童相談所が適切に対応していないと通報した際、児童に関する記録データを複写して自宅に持ち出した行為が懲戒事由に当たるかが争われた。裁判所は、既に同一内容の文書を通報先に交付していたことなどから資料持出しの必要性を認めず違法性阻却は否定したが、処分の相当性の判断において、当該行為が市の要綱上の内部通報に付随して行われ、原因や動機に強く非難すべき点はないことを考慮し、停職3日の懲戒処分を裁量権の逸脱・濫用として取り消した。
自治体固有の論点として、法定の公益通報に当たらない通報であっても、条例・要綱に基づく内部通報として保護される場合があり、懲戒処分の相当性判断で通報目的が有利に働く点がある。
(3) 令和7年改正が自治体に及ぼす効果
地方公共団体向けガイドラインは、令和7年改正により、公益通報を理由として分限免職又は懲戒処分が行われた場合、任命権者であるか否かを問わず、実質的な意思決定をした者やそれに関与した者が罰則の対象になり得ると注意を促す(形式的に処分の意思表示をした者が直ちに罰則の対象となるわけではない)。決裁ラインに乗った幹部職員が個人として刑事責任を問われ得る構造であり、第2条の該当性判断を誰がどの資料に基づいて行ったかの記録が、そのまま防御の材料にも責任追及の材料にもなる。
なお、地方公共団体の機関のうち議会は第4項第2号から除かれるため、議会に対する通報は2号通報としての保護を受けない。議員への情報提供を「行政機関への通報」と説明する運用は、条文上の根拠を欠く。
8 令和8年12月1日に向けた実務対応
第2条の改正は、規程の細部にまで波及する。施行日までに以下を点検されたい。
- 内部通報規程の通報主体の定義に、特定受託業務従事者と業務委託関係終了後1年以内の者を追加する。「役職員」という語だけで括っている規程は書き換えが要る。
- 取引先事業者の労働者・派遣労働者・フリーランス・役員が自社に通報し得ることを前提に、受付範囲を明示する。継続的な物品納入、清掃、警備、顧問契約の相手方も対象に含まれる。
- 窓口の周知対象を拡大する。改正後の第11条第2項は労働者等に対する周知を体制整備義務の内容として明示しており、指針は、フリーランス及び業務委託関係終了後1年以内の者に対しても受付窓口の周知を行うこととしている。委託先へ配布する資料や契約締結時の説明資料に組み込む方法が実際的である。
- 業務委託契約書・秘密保持契約書の条項を点検し、通報を封じる合意と評価され得る文言を修正する。
- 通報受付時に公益通報該当性を厳密に判定してから対応を始める運用を改める。該当性の判断は最終的に裁判所が行う。窓口段階では広く受け付け、調査に入る設計が、通報者保護と組織防衛の双方に資する。
- 本法違反行為が通報対象事実となることを踏まえ、通報者に対する人事措置について、通報の事実を知る者から独立した確認プロセスを置く。
- 退職者・元フリーランスからの通報に備え、受付日と役務提供終了日を記録する様式を整える。1年の期間制限は起算点の記録がなければ判定できない。
- 自治体では、内部規程(条例を含む)の改正、外部窓口の設置、従事者の書面指定、幹部からの独立性確保の措置を、施行日から逆算して着手する。
9 参考資料
- 公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(令和3年8月20日内閣府告示第118号、令和8年3月31日一部改正内閣府告示第15号)
- 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針の解説」
- 公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報/外部の労働者等からの通報)
- 消費者庁「公益通報者保護法に関するQ&A(基本的事項)」https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/faq/faq_001
- 消費者庁「公益通報者保護制度に関する近時の裁判例」
- 消費者庁「公益通報者保護法において通報の対象となる法律について」
次回は第3条(労働者に対する不利益取扱いの禁止等)を取り上げる。令和7年改正で新設された立証責任の転換と直罰が、実務にどのような変化をもたらすかを扱う。
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