1 条文原文

(包括受遺者の権利義務)
第九百九十条 包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する。

(受遺者による担保の請求)
第九百九十一条 受遺者は、遺贈が弁済期に至らない間は、遺贈義務者に対して相当の担保を請求することができる。停止条件付きの遺贈についてその条件の成否が未定である間も、同様とする。

(受遺者による果実の取得)
第九百九十二条 受遺者は、遺贈の履行を請求することができる時から果実を取得する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。

読解に直結する関連条文を並べておく。

(遺言の効力の発生時期)
第九百八十五条 遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。
2 遺言に停止条件を付した場合において、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、遺言は、条件が成就した時からその効力を生ずる。

(受遺者に対する遺贈の承認又は放棄の催告)
第九百八十七条 遺贈義務者(遺贈の履行をする義務を負う者をいう。以下この節において同じ。)その他の利害関係人は、受遺者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に遺贈の承認又は放棄をすべき旨の催告をすることができる。(後段略)

(遺贈義務者による費用の償還請求)
第九百九十三条 第二百九十九条の規定は、遺贈義務者が遺言者の死亡後に遺贈の目的物について費用を支出した場合について準用する。
2 果実を収取するために支出した通常の必要費は、果実の価格を超えない限度で、その償還を請求することができる。

2 三か条の位置づけ

民法第五編第七章第三節「遺言の効力」に置かれた一群のうち、第990条は包括遺贈を受けた者の法的地位を一般的に定める規定であり、第991条と第992条は遺贈の目的物をめぐる遺贈義務者と受遺者の利益調整を定める規定である。第964条が「遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる」と定め、遺贈を包括遺贈と特定遺贈に分ける。第990条は、このうち包括遺贈の側についてだけ、効果をまとめて示している。

第991条と第992条は、条文上は「受遺者」と書かれており、包括遺贈と特定遺贈を区別していない。もっとも、実際にこの二か条が働く場面は特定遺贈に集中する。理由は第3節から第5節で述べる。

3 第990条(包括受遺者の権利義務)

3.1 趣旨・立法背景

包括遺贈は、「全財産を甲に遺贈する」「遺産の3分の1を乙に遺贈する」のように、個々の財産を特定せず、遺産全体またはその割合を示して与える遺言上の処分である。与えられるのは個別の物や権利ではなく、遺産に対する割合的な地位であるから、経済的な実質は相続分の指定に接近する。プラスの財産だけが移り、借入金や保証債務が遺言者の相続人にだけ残るとすれば、遺言者の意思にも、債権者の期待にも反する。

そこで第990条は、包括受遺者を相続人と同じ権利義務に立たせ、積極財産と消極財産をあわせて割合的に承継させる仕組みを採った。相続人が複数いる場合や包括受遺者が複数いる場合には、遺産は当然にこれらの者の共有となり(第898条)、分け方は遺産分割の手続によって決まる(第906条、第907条)。包括受遺者が債務超過を避けたいときは、特定遺贈の放棄(第986条)ではなく、相続の放棄や限定承認の手続に乗る。

この規定は明治民法の制定時から置かれ、平成16年法律第147号による民法の現代語化で表記が改められたものである。文言そのものは、制定以来実質的な変更を受けていない。

3.2 文理解釈

条文は「相続人とみなす」とも「相続人となる」とも書いていない。書かれているのは「相続人と同一の権利義務を有する」である。ここが解釈の出発点になる。

すなわち、承継の効果の面では相続人と同じ扱いを受けるが、身分としての相続人になるわけではない。したがって、相続人であることそれ自体を要件とする制度は、包括受遺者には及ばない。逆に、遺産を包括的に承継する地位から導かれる規律は、包括受遺者にも及ぶ。この切り分けが、以下の当否を分ける基準になる。

もう一点、「同一の権利義務」は割合的なものである。遺産の4分の1を包括遺贈された者は、積極財産についても債務についても4分の1の限度で関与するにとどまる。全部包括遺贈であれば、遺産の全体に及ぶ。

3.3 包括受遺者に及ぶ規律

承継の効果に関する規律は、包括受遺者にも働く。

  • 被相続人の財産に属した一切の権利義務の承継(第896条)
  • 相続人が複数あるときの遺産共有(第898条)と、相続分に応じた権利義務の承継(第899条)
  • 遺産分割の当事者となること(第906条、第907条)。包括受遺者を除外してされた遺産分割協議は効力を生じない
  • 相続分の取戻権(第905条)
  • 承認と放棄に関する規律。自己のために包括遺贈があったことを知った時から3か月の熟慮期間(第915条第1項)、限定承認(第922条以下)、放棄の方式としての家庭裁判所への申述(第938条)、法定単純承認(第921条)
  • 遺贈の承認と放棄に関する第986条から第989条までの規定は特定遺贈を対象とするものであり、包括遺贈には働かない

放棄の方式の違いは、市民が最もつまずきやすい部分である。特定遺贈であれば遺贈義務者に対する意思表示で足りるのに対し、包括遺贈では家庭裁判所への申述を要し、期間制限もかかる。放置すれば単純承認とみなされ、債務も割合に応じて確定的に引き受けることになる。

3.4 包括受遺者に及ばない規律

相続人という身分に結び付いた制度は及ばない。

  • 遺留分。包括受遺者は遺留分権利者ではない(第1042条は兄弟姉妹以外の相続人を権利者とする)。他方で、包括遺贈は遺留分侵害額請求の対象にはなるから、請求される側には立つ
  • 代襲。包括受遺者が遺言者より先に死亡した場合、遺贈はその効力を生じない(第994条第1項)。受遺者の子が地位を引き継ぐ仕組みは用意されていない
  • 特別受益の持戻し(第903条)と寄与分(第904条の2)。いずれも共同相続人間の調整制度である
  • 放棄による帰属の連動。共同相続人の一人が相続を放棄しても、包括受遺者の受遺分は増えない。逆に包括受遺者が放棄した場合、その分は相続人に帰属する

なお、胎児に関する第886条と相続欠格に関する第891条は、第965条により受遺者に準用される。ここは身分規定でありながら遺贈に及ぶ例外であり、混同しやすい。

法人も包括受遺者となりうる。公益法人や社会福祉法人への全財産の包括遺贈は、相続人のいない高齢者の遺言で選択されることがある。

3.5 登記手続の実務

包括遺贈による不動産の取得には、登記が対抗要件として必要になる。これは第990条の文言にかかわらず、物権変動の一般原則(第177条)による。この点は第8節で裁判例とともに扱う。

申請手続は、受遺者が相続人であるかどうかで分かれる。

  • 相続人に対する遺贈による所有権移転登記は、受遺者が単独で申請できる(不動産登記法第63条第3項)。令和5年4月1日施行の取扱いであり、添付情報として相続があったことを証する情報と、遺贈によって所有権を取得したことを証する情報を提供する
  • 相続人以外の第三者に対する遺贈は、従前どおり登記権利者と登記義務者の共同申請による。遺言執行者がいればその者が登記義務者側に立つ

令和6年4月1日から始まった相続登記の申請義務(不動産登記法第76条の2)は、相続による取得と、相続人に対する遺贈による取得を対象とする。相続人ではない包括受遺者は申請義務の対象から外れるが、対抗要件を備えないまま放置すれば第三者に権利を失う危険が残る。義務の有無と、権利を守る必要性は別の問題である。

3.6 税務上の位置

包括受遺者が取得した財産には、贈与税ではなく相続税が課される。相続税法は債務控除の対象者に相続人と並べて包括受遺者を掲げており(相続税法第13条第1項)、承継した債務を控除できる。他方、基礎控除の計算に用いる法定相続人の数には含まれず、被相続人の一親等の血族と配偶者以外の者であれば税額の2割加算を受ける(相続税法第18条第1項)。具体的な申告は税理士の領域であるが、遺言を書く段階で総額の見込みを把握しておく意味は大きい。

4 第991条(受遺者による担保の請求)

4.1 趣旨・立法背景

遺贈に始期が付されている場合や停止条件が付されている場合、遺言者の死亡から履行までに時間が空く。その間、遺贈の目的物は遺贈義務者の手元にある。目的物が処分され、担保に入れられ、あるいは管理を怠って価値を落とせば、期限の到来や条件の成就を待って履行を求めた時には、受遺者の期待が空振りに終わる。

第991条は、待たされる立場に置かれた受遺者に、あらかじめ相当の担保を求める権利を与えて、この危険に備えさせる。債務者が担保を供しないときに期限の利益を失わせる第137条第3号や、権利を失うおそれがある買主に代金支払の拒絶を認める第576条と、発想を共有する。

4.2 文理解釈

「遺贈が弁済期に至らない間」とは、遺贈に期限が付され、その履行期がまだ到来していない状態を指す。後段の「停止条件付きの遺贈についてその条件の成否が未定である間」は、期限ではなく条件が付された場合を並べたものであり、条件が成就すれば遺贈の効力が生じ(第985条第2項)、不成就が確定すれば遺贈は効力を失う。いずれに転ぶか分からない宙づりの期間が、担保請求の対象時期である。

「遺贈義務者」は、遺贈の履行をする義務を負う者をいう(第987条括弧書)。具体的には相続人であり、包括受遺者が遺贈義務を負う場合もある。遺言執行者が選任されていれば、その者が履行の主体となる(第1012条)。

「相当の担保」は、抵当権のような物的担保に限られない。保証人を立てさせること、金銭の供託、目的物の保管方法の変更も、事案によっては相当と評価しうる。相当性は、遺贈の目的物の性質と価額、履行期までの長さ、遺贈義務者の資力を見て判断される。遺贈義務者が任意に応じなければ、受遺者は担保の提供を求めて訴えを提起できる。

条文は「受遺者」と書くが、包括受遺者がこの規定を使う場面は乏しい。包括受遺者は遺言者の死亡と同時に遺産共有の持分を取得し、共有者として保存行為ができる立場にあるためである。停止条件付きの包括遺贈に限って、条件成否未定の間に問題となりうる。

4.3 実務での使い方

第991条に関する最高裁判所の判例は見当たらない。条文が用意する担保請求よりも、民事保全法による仮差押えや処分禁止の仮処分のほうが迅速で、実効性の面でも勝るためと考えられる。裁判例の蓄積が薄いことは、この規定が不要であることを意味しない。遺言を作る段階で、期限付きや条件付きの遺贈を置くのであれば、次の手当てを併せて検討するのが穏当である。

  • 遺言執行者を指定し、財産目録の作成と交付を通じて目的物の現状を明らかにさせる(第1011条)
  • 目的物を金融機関の貸金庫や信託で分別管理させる
  • 期限到来前の処分を禁じる趣旨を遺言に明記する

5 第992条(受遺者による果実の取得)

5.1 趣旨・立法背景

遺贈の効力が生じた時点と、目的物が現実に受遺者へ引き渡される時点は一致しない。遺言書の検認、相続人の調査、遺言執行者の就職、登記手続と、間に置かれる作業は多い。その空白期間に賃貸不動産から賃料が生じ、果樹園から収穫があった場合、誰のものになるのかを決めておく必要がある。

第992条は、その基準を引渡しの時ではなく、履行を請求することができる時に置いた。請求した日を基準とする立法例もあるが、日本法は請求可能な状態になった時点を採り、遺贈義務者の履行遅滞によって受遺者が不利益を受けない構造にしている。

5.2 文理解釈

「遺贈の履行を請求することができる時」は、次のように定まる。

  • 条件も期限もない通常の遺贈では、遺言者が死亡した時(第985条第1項)
  • 停止条件付きの遺贈では、条件が成就した時(第985条第2項)
  • 始期付きの遺贈では、期限が到来した時

「果実」は第88条の定義による。天然果実は物の用法に従って収取される産出物であり、農作物や家畜の産子がこれにあたる。法定果実は物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物であり、賃料や地代がこれにあたる。

ただし書は、遺言者の別段の意思を優先させる。「引渡しの日までの賃料は長男が取得する」と遺言に書けば、その定めが本文に優先する。遺言の解釈で意思が読み取れる場合も同様である。

第992条が実質的に機能するのは特定遺贈の場面である。包括遺贈では、包括受遺者が相続人と同じ立場で遺産共有に加わるため、遺産から生じた収益は遺産共有と遺産分割の枠組みで処理される。

5.3 第993条との関係

受遺者が果実を取得する反面、遺贈義務者は目的物のために費用を支出している。第993条第1項は留置権者の費用償還請求に関する第299条を準用し、必要費と有益費の償還を認める。同条第2項は、果実を収取するために支出した通常の必要費について、果実の価格を超えない限度で償還を求められるとする。

賃貸アパートの遺贈を例にとる。遺言者の死亡後、引渡しまでの間に遺贈義務者が管理会社に払った管理費や、入居者対応のための小修繕費は、通常の必要費として、同期間の賃料収入の範囲内で受遺者に請求できる。屋根の全面葺き替えのように価値を増やす支出は有益費として扱われ、価値の増加が現存する場合に、所有者の選択に従って支出額または増加額が償還される。

第992条と第993条は、収益と費用を同じ基準時で対応させる一組の規定として読むのが筋である。

6 用語解説

包括遺贈
遺産の全部または割合を示してする遺贈。個々の財産を特定しない。「甲土地を与える」は特定遺贈、「遺産の2分の1を与える」は包括遺贈である。特定の財産を除いた残り全部を与える処分も、積極財産と消極財産をまとめて承継させる趣旨であれば包括遺贈と扱われる。

包括受遺者
包括遺贈を受ける者。自然人に限らず、法人も含まれる。

遺贈義務者
遺贈の履行をする義務を負う者(第987条括弧書)。相続人、包括受遺者、遺言執行者、相続財産清算人が場面に応じてこれにあたる。

弁済期
債務を履行すべき時期。第991条では、遺贈に付された期限が到来する時点を指す。

停止条件
成就によって法律行為の効力を発生させる条件(第127条第1項)。「大学を卒業したときは甲土地を与える」といった定めがこれにあたる。

相当の担保
被担保債権の額と危険の程度に見合った担保。抵当権や質権のような物的担保のほか、保証や供託も含みうる。

果実
物から生じる収益(第88条)。賃料のような法定果実と、農作物のような天然果実に分かれる。

遺贈の履行
目的物の引渡しや登記手続など、遺贈の内容を現実化する行為。

熟慮期間
承認するか放棄するかを決める3か月の期間(第915条第1項)。包括受遺者にも働く。

7 改正の経緯と現行法の状況

第990条から第992条までの三か条は、明治民法の制定時に置かれ、平成16年法律第147号による現代語化で表記が改められた後、実質的な内容の変更を受けていない。平成30年法律第72号による相続法改正でも、この三か条は改正の対象外であった。

もっとも、周辺規定の変動が本条の実務に影響を与えてきた。

平成30年改正では、遺贈義務者の引渡義務に関する第998条が改められ、遺贈の目的物は相続開始の時の状態で引き渡せば足りる旨が明確にされた。同時に新設された第899条の2は、相続による権利の承継について、法定相続分を超える部分は対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないとした。遺贈はこの規定の対象ではなく、第177条や第467条の一般原則によるが、特定財産承継遺言と遺贈の取扱いの差が縮まった意味は小さくない。

令和3年法律第24号による改正で、相続財産管理人は相続財産清算人に改められた(第952条)。令和5年4月1日からは相続人に対する遺贈の単独申請が可能となり(不動産登記法第63条第3項)、令和6年4月1日からは相続登記の申請義務が始まった(同法第76条の2)。

令和8年6月17日に成立し、同月24日に公布された民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)は、成年後見制度について後見と保佐を廃止して補助に一元化し、遺言制度について電子データで作成して法務局が保管する保管証書遺言を創設する内容である。施行日は、成年後見制度の見直しが公布日から2年6月以内、遺言の押印の任意化が1年以内、保管証書遺言の創設がシステム改修を要するため3年以内の、それぞれ政令で定める日とされている。この改正で第990条から第992条までの文言に変更は加えられていない。遺言の作成方法が広がることで包括遺贈の利用が増える可能性はあるため、施行政令の公布を注視されたい。

8 判例・裁判例

8.1 全部包括受遺者がいる場合と相続人不存在の手続

最高裁判所第二小法廷判決平成9年9月12日民集51巻8号3887頁は、相続人のいない者が全財産を第三者に包括遺贈した事案において、民法第951条にいう「相続人のあることが明らかでないとき」にはあたらないと判断した。理由として、第951条から第959条までの規定は相続財産の帰属すべき者が明らかでない場合の管理と清算の方法を定めたものであるところ、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有し、遺言者の死亡の時から原則として一切の権利義務を承継するため、これらの手続を行わせる必要がないことを挙げる。

実務上の帰結は明快である。身寄りのない依頼者が全財産の包括遺贈を内容とする遺言を残していれば、相続財産清算人の選任を申し立てる必要はなく、遺言執行者が手続の主体となる。第990条の「同一の権利義務」が、清算手続の要否という具体的な場面で機能した例である。なお、一部包括遺贈にとどまり、残余部分の帰属先が定まらない場合には、相続人不存在の手続が必要となりうる。

8.2 遺贈と登記

最高裁判所第二小法廷判決昭和39年3月6日民集18巻3号437頁は、不動産の遺贈を受けた者が所有権移転登記をしない間に、相続人の一人に対する債権者がその相続人に代位して相続による持分取得の登記をし、強制競売の申立てをして登記簿に記入された事案について、その債権者は第177条にいう第三者にあたると判断した。受遺者は、登記を備えなければ遺贈による取得を対抗できない。

最高裁判所第三小法廷判決昭和46年11月16日民集25巻8号1182頁は、この理が推定相続人相互の間でも妥当することを示した。

大阪高等裁判所判決平成18年8月29日判時1963号77頁は、包括遺贈についても第177条が適用されることを明らかにしている。第990条があるからといって、包括受遺者が登記を省けるわけではない。

対照的に、最高裁判所第二小法廷判決平成14年6月10日家月55巻1号77頁は、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言について、その権利の移転は法定相続分または指定相続分による相続と本質において異ならないとして、登記なくして第三者に対抗できると判断していた。この取扱いは、平成30年改正で新設された第899条の2により、法定相続分を超える部分について対抗要件が必要とされる形に改められている。遺贈と特定財産承継遺言のどちらを選ぶかによって登記の要否が変わるという、かつての設計はすでに過去のものである。

8.3 遺産分割前に生じた賃料債権の帰属

最高裁判所第一小法廷判決平成17年9月8日民集59巻7号1931頁は、相続開始から遺産分割までの間に遺産である賃貸不動産から生じた賃料債権について、遺産とは別個の財産であり、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するとし、その帰属は後にされた遺産分割の影響を受けないと判断した。

この判断は包括受遺者にも及ぶ。包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有し、遺産共有の当事者となるためである。遺産に収益物件が含まれる場合、分割の成立を待たずに賃料は割合に応じて分かれていく。特定遺贈の受遺者が第992条によって果実を取得するのとは、根拠も処理も異なる。実務では、収益物件を包括遺贈する遺言を作成する際に、分割成立までの収益の扱いを遺言または遺産分割協議で明示しておくことが、紛争の予防につながる。

8.4 第991条と第992条をめぐる裁判例

第991条と第992条を正面から扱った最高裁判所の判例は見当たらない。第991条については、前述のとおり民事保全の手続が代替しているためと考えられる。第992条については、果実の帰属それ自体が単独で争われることが少なく、目的物の帰属をめぐる紛争のなかで付随的に処理されているためと考えられる。争点として表に出にくいことは、条文の適用が不要であることを示すものではない。遺言執行の場面では、引渡しまでの収益の清算を誰との間でどの範囲で行うかが、第992条と第993条を根拠に日常的に問題となる。

9 実務上の留意点

遺言を作る側への助言として、次の点を挙げる。

  • 包括遺贈は債務も承継させる。受遺者に負担をかけたくない財産がある場合、特定遺贈との使い分けを検討する
  • 相続人以外の者に包括遺贈するときは、遺言執行者を指定する。登記が共同申請となり、相続人の協力が必要になるためである
  • 期限付きや停止条件付きの遺贈を置くときは、条件成否が未定の間の管理方法を遺言に書き込む
  • 収益物件を対象とする場合、引渡しまでの収益と費用の清算方法を定めておく

包括遺贈を受けた側への助言は次のとおりである。

  • 熟慮期間は3か月である。財産と債務の全体像を早期に把握する
  • 放棄するなら家庭裁判所への申述が必要であり、受遺者に対する意思表示では足りない
  • 不動産があれば速やかに登記する。申請義務の対象外であっても、対抗要件を備えなければ第三者に権利を主張できない
  • 遺産分割協議には当事者として参加する。除外された協議は効力を生じない

10 参考資料・参考サイト

  • e-Gov法令検索 民法(明治29年法律第89号) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
  • 法務省民事局「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について(令和8年6月30日) https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html
  • 法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00222.html
  • 法務局「相続登記・遺贈の登記の申請をされる相続人の方へ(登記手続ハンドブック)」 https://houmukyoku.moj.go.jp/homu/page7_000001_00014.html
  • 最高裁判所第二小法廷判決平成9年9月12日民集51巻8号3887頁
  • 最高裁判所第二小法廷判決昭和39年3月6日民集18巻3号437頁
  • 最高裁判所第三小法廷判決昭和46年11月16日民集25巻8号1182頁
  • 最高裁判所第二小法廷判決平成14年6月10日家月55巻1号77頁
  • 最高裁判所第一小法廷判決平成17年9月8日民集59巻7号1931頁
  • 大阪高等裁判所判決平成18年8月29日判時1963号77頁

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