1. マタニティハラスメントとは何か:定義とその背景

(1) 「マタニティハラスメント」という言葉

「マタニティハラスメント」、通称「マタハラ」は、「maternity(妊娠・出産)」と「harassment(嫌がらせ)」を組み合わせた和製英語です。英語圏では「Pregnancy Discrimination(妊娠差別)」という言葉がこれに相当し、妊娠や出産を理由とした不当な扱いや差別を指します。

(2) マタニティハラスメントの明確な定義

マタニティハラスメントとは、職場において行われる上司や同僚からの言動により、妊娠・出産した女性労働者や育児休業などを申し出・取得した男女労働者の就業環境が害されることを指します。具体的には、厚生労働省のガイドラインでは、以下の二つの類型に分類されます。

  • 制度等利用への嫌がらせ型: 産前休業、育児休業などの制度や措置の利用に関する言動により、就業環境が害されるものです。例えば、育児休業の取得を相談した際に「休みを取るなら辞めてもらう」と迫られたり、育児時間取得を理由に嫌味を言われたりするケースが該当します。
  • 状態への嫌がらせ型: 女性労働者が妊娠・出産したことに関する言動により、就業環境が害されるものです。例えば、妊娠を理由に降格処分にしたり、自宅待機を命じたり、自主退職を強要したり、つわりがひどいのに「妊娠は病気ではない」と配慮を拒否したりする行為が挙げられます。最悪の場合、妊娠しないことを雇用の条件にするようなケースもこれに該当します。

これらの行為は、労働者の心身の健康に悪影響を及ぼすだけでなく、企業の生産性の低下や社会的信用の失墜にも繋がります。

2. マタニティハラスメントに関する重要な最高裁判決

【「マタニティハラスメント」最高裁判決 平成26年10月23日】

この最高裁判決は、マタニティハラスメントを巡る法解釈に大きな影響を与えました。判決の要旨は以下の通りです。

女性労働者につき労働基準法第65条第3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(男女雇用機会均等法)」第9条第3項の禁止する取扱いに当たるとされました。

ただし、以下の特段の事情が存在する場合は、同項の禁止する取扱いに当たらないと判断されました。

  • 当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき。
  • 事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易な業務への転換をさせることに、円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないと認められる特段の事情が存在するとき。

この判決は、妊娠を理由とする不利益取り扱いの違法性を明確にし、企業側にその防止と適切な対応を強く求める契機となりました。

3. 行政の追随と法整備の進展

最高裁判決を受け、厚生労働省は「妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いに関する解釈通達」を発出しました。

男女雇用機会均等法第9条第3項や育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法)第10条等では、妊娠・出産、育児休業等を「理由として」解雇等の不利益取扱いを行うことを禁止しています。

「契機として」の不利益取扱いについて

妊娠・出産、育児休業等を「契機として」不利益取扱いを行った場合は、例外に該当する場合を除き、原則として男女雇用機会均等法に違反すると解されます(特に妊娠中の軽易業務への転換を「理由として」降格したと解される場合)。

しかし、以下の場合は違法ではないとされています。

  • 降格することなく軽易業務に転換させることに業務上の必要性から支障がある場合であって、その必要性の内容・程度、降格による有利・不利な影響の内容・程度に照らして、均等法の趣旨・目的に実質的に反しないと認められる特段の事情が存在するとき。
  • 軽易業務への転換や降格により受ける有利・不利な影響、降格により受ける不利な影響の内容や程度、事業主による説明の内容等の経緯や労働者の意向等に照らして、労働者の自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき。

4. 立法措置と企業の防止措置義務

これらの動きを受け、平成28年3月に男女雇用機会均等法等が改正され、いわゆるマタハラ防止措置義務が新設されました。この改正は平成29年1月1日から施行されています。

事業主には、上司・同僚が職場において、妊娠・出産・育児休業・介護休業等を理由とする就業環境を害する行為をすることがないよう、以下の防止措置を講じることが義務付けられています。

  • 労働者への周知・啓発の徹底
  • 相談体制の整備(相談窓口の設置、担当者の配置など)
  • 事実関係の迅速かつ正確な確認と、被害者への適切な配慮措置
  • 行為者への厳正な措置
  • 再発防止に向けた措置の実施

これらの措置は、単に法律を遵守するだけでなく、企業が健全な職場環境を維持し、優秀な人材を確保するために不可欠です。

5. ダイバーシティ経営の試金石としてのマタニティハラスメント対策

女性活躍推進法が施行されて以来、企業は「ダイバーシティ(多様性)マネジメント」を重要な経営戦略として位置づけています。その中で、マタニティハラスメントへの企業の対応は、まさにそのダイバーシティ経営が本物であるかどうかの試金石となります。

妊娠・出産は、女性がキャリアを継続する上で大きなライフイベントです。この時期にハラスメントを受けることは、個人の尊厳を傷つけるだけでなく、企業全体の生産性や士気を低下させ、ひいては企業の成長を阻害する要因となります。

特に、男性社会が当たり前としてきたこれまでの社会常識が転換できない中高年管理職にとっては、この変化への適応が大ピンチであり、意識改革と具体的な行動が強く求められます。全職員に対してマタニティハラスメントに関する十分な周知徹底と、具体的な対応策を盛り込んだ研修を定期的に実施することが、企業に課せられた喫緊の課題と言えるでしょう。

真のダイバーシティ経営を実現するためには、妊娠・出産・育児という「個人のライフイベント」を「企業の成長機会」と捉え、柔軟な働き方やサポート体制を整備することが不可欠です。マタニティハラスメントの防止は、単なる法令遵守を超え、企業の持続的な成長と発展のための重要な投資なのです。


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