はじめに——なぜ今、この3条文が重要なのか
スポーツ基本法は、2011年(平成23年)の制定から14年を経て、2025年(令和7年)6月13日、参議院本会議で可決・成立し、初の本格的な改正が行われた(令和7年法律第71号)。スポーツ庁次長通知(第714号・715号、令和7年6月20日付)が発出され、同年9月1日から施行されている。
改正の重点は、スポーツ・インテグリティの強化(暴力等の防止、不正操作の防止、ガバナンスの確保)にあるが、今回解説する第11条・第12条・第13条は、その「土台」をなす規定である。指導者の質、施設の安全、学校施設の地域開放——これらが適正に機能しなければ、どれほど立派なインテグリティ規定を作っても砂上の楼閣に終わる。
第11条——指導者等の養成等
条文(全文)
第十一条 国及び地方公共団体は、スポーツの指導者その他スポーツの推進に寄与する人材(以下「指導者等」という。)の養成及び資質の向上並びにその活用のため、系統的な養成システムの開発又は利用への支援、研究集会又は講習会(以下「研究集会等」という。)の開催その他の必要な施策を講ずるよう努めなければならない。
1. 条文の構造と趣旨
第11条は、国及び地方公共団体の努力義務として、指導者等の養成・資質向上・活用に係る施策の実施を定めた規定である。本条は今回の改正で条文の文言に直接の変更はないが、改正法が新設した第29条(暴力等の防止)・第29条の5(ガバナンスの確保)と密接に連動する点で、実務上の重要性が大きく増している。
「指導者等」とは、コーチ・監督・トレーナーといった競技指導者にとどまらず、「スポーツの推進に寄与する人材」を広く含む。スポーツ医・栄養士・スポーツ心理士・マネジメント担当者・審判員なども射程に入りうる。
「系統的な養成システム」とは、育成カリキュラムが段階的・体系的に設計されていることを意味する。場当たり的な研修の積み上げではなく、目標→カリキュラム→評価という一貫した設計が求められる。
2. ガバナンス・コンプライアンスとの接続
指導者の養成システムとコンプライアンスは、切っても切れない関係にある。
私がバレーボールの全日本高校選抜として強化合宿に参加した際、指導者の言葉は絶対だった。「怒鳴られることが指導だ」という空気が当時は当たり前で、誰も異を唱えなかった。しかし今振り返れば、あの指導法の多くは現在の基準ではパワーハラスメントに該当しかねないものだった。指導者がハラスメントを「指導」と信じ込んでいる限り、どれほど規定を整備しても不祥事は繰り返される。
建設業界やIT業界での850回を超えるコンプライアンス研修の経験から言えることは、不祥事の根本原因の大半は「指導者・管理職の意識と知識の欠如」にあるという事実だ。スポーツ界も例外ではない。工事現場における安全管理と、グラウンドにおける選手管理の構造は驚くほど似ている。指導者が安全・コンプライアンスを内面化していなければ、ルールは形骸化する。
3. 第11条を軽視した場合のリスク
① ハラスメント不祥事リスク
コンプライアンス教育を受けていない指導者は、暴力・パワハラ・セクハラを「熱心な指導」と錯認するリスクが高い。2025年改正で新設された第29条第2項は、スポーツ団体が「暴力等によりスポーツを行う者の環境が害されることのないよう努める」義務を定めた。この努力義務を果たすためには、指導者養成段階でのコンプライアンス教育が不可欠である。
② 資格・認定の形骸化リスク
系統的な養成システムがなければ、指導者資格が更新研修なしに形式的に維持されるだけとなる。指導者の質が担保されない状態では、選手の怪我・事故が増加し、団体の法的責任が問われる。
③ 人材流出・組織崩壊リスク
優秀な選手・指導者は、ガバナンスが機能していない組織を敬遠する。指導者の質が低下すれば競技水準も下がり、スポンサー・助成金の獲得にも支障が生じる。
4. 実務上の対策
① 指導者向けコンプライアンス研修の定期実施 年1回以上、ハラスメント防止・個人情報保護・SNS利用ルール・内部通報制度の周知を内容とする研修を実施すること。外部専門家を活用することで客観性と実効性が担保される。
② 系統的研修カリキュラムの文書化 育成段階ごとの学習目標・評価基準・資格更新要件を文書化し、組織内で共有する。スポーツ庁が策定する「スポーツ団体の適正な運営に関する指針」(第29条の5第2項に基づく)との整合性も確認すること。
③ 指導者評価制度の導入 指導者の資質を多面的に評価する仕組み(選手・保護者・同僚からのフィードバック)を設ける。評価結果を指導者育成に反映させるPDCAサイクルを回すことが肝要である。
第12条——スポーツ施設の整備等
条文(全文)
第十二条 国及び地方公共団体は、国民が身近にスポーツに親しむことができるようにするとともに、競技水準の向上を図ることができるよう、スポーツ施設(スポーツの設備を含む。以下同じ。)の整備、利用者の需要に応じたスポーツ施設の運用の改善、スポーツ施設への指導者等の配置その他の必要な施策を講ずるよう努めなければならない。
2 前項の規定によりスポーツ施設を整備するに当たっては、当該スポーツ施設の利用の実態等に応じて、安全の確保を図るとともに、障害者等の利便性の向上を図るよう努めるものとする。
3 国及び地方公共団体は、スポーツ施設の整備及び活用に当たっては、スポーツ施設、他の施設及び周辺地域の総合的かつ複合的な整備並びにスポーツ産業の事業者その他の関係者との連携により、まちづくりとの一体的な推進を図り、地域経済の活性化及び地域内外の交流の促進等を通じて、活力ある地域社会の形成に資するよう努めるものとする。
1. 条文の構造と2025年改正のポイント
第12条は3項構成に整理されており、第3項が2025年改正で新設された。
第1項:施設の「整備」「運用改善」「指導者配置」の3軸による努力義務を定める。「身近にスポーツに親しむ」(生涯スポーツ)と「競技水準の向上」(エリートスポーツ)の双方を目的に掲げている点が重要で、これら二つの目的の間でしばしば資源配分の対立が生じる。
第2項:安全確保と障害者等の利便性向上を求める。「利用の実態等に応じて」という文言が入っており、画一的な対応ではなく実態把握に基づく個別対応を求めている。
第3項(新設):いわゆる「スポーツコンプレックス」構想を法定化した規定である。施設単体ではなく、周辺地域・他施設・民間事業者との複合的な整備を求め、まちづくりと一体的に推進する方向性を示す。これはスポーツ施設を「公共インフラ」から「地域経済の中核」へと位置づける発想の転換を意味する。
2. スポーツ団体との関係
第12条の名宛人は「国及び地方公共団体」であり、スポーツ団体は直接の義務主体ではない。しかし、スポーツ団体が施設を自ら所有・運営するケース(プロスポーツクラブが球場・アリーナを管理する場合など)では、施設管理者としての安全配慮義務が別途民事・刑事上の問題として生じる。また、第3項の「スポーツ産業の事業者その他の関係者」として、スポーツ団体が行政との連携主体に位置づけられる場面は増加していく。
3. 第12条を軽視した場合のリスク
① 施設事故と法的責任
スポーツ施設の安全管理が不十分な場合、選手・利用者の怪我・死亡事故が発生し、管理者の民事上の損害賠償責任および刑事上の過失致死傷責任が問われる。第14条(スポーツ事故の防止等)も連動して解釈されるべき規定であり、改正法では同条に「スポーツの実施のための環境の整備」と「気候の変動への対応への特別な留意」が追加されている。熱中症対策の不備も法的リスクの対象となりうる。
② バリアフリー対応の不備
第2項が求める「障害者等の利便性の向上」は、障害者差別解消法(平成25年法律第65号)との整合性においても求められる。共生社会の実現を掲げる第2条第5項の基本理念と照らせば、施設のアクセシビリティは「努力義務」の域を超えた実質的な要請と理解すべきである。
③ 不正経理・不透明な業者選定
施設整備に伴う工事発注・物品購入において、特定業者との癒着や随意契約の濫用が生じやすい。これは単なるコンプライアンス問題にとどまらず、補助金適正化法違反・背任罪として刑事責任を問われる可能性がある。
4. 実務上の対策
① 施設安全点検の定期化と記録管理 月次・年次の点検チェックリストを整備し、記録を5年以上保存する。外部専門家による第三者点検の実施を推奨する。
② 調達プロセスの透明化 工事・物品購入に係る入札基準・選定基準を規程化し、理事会への報告義務を設ける。一定金額以上の案件は複数見積もりを必須とする。
③ バリアフリー計画の策定 既存施設の利用実態・利用者ニーズを調査し、改善ロードマップを策定・公表する。
第13条——学校施設の利用
条文(全文)
第十三条 学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第二条第二項に規定する国立学校及び公立学校並びに国(国立大学法人法(平成十五年法律第百十二号)第二条第一項に規定する国立大学法人を含む。)及び地方公共団体(地方独立行政法人法(平成十五年法律第百十八号)第六十八条第一項に規定する公立大学法人を含む。)が設置する幼保連携型認定こども園(就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律(平成十八年法律第七十七号)第二条第七項に規定する幼保連携型認定こども園をいう。)の設置者は、その設置する学校の教育に支障のない限り、当該学校のスポーツ施設を一般のスポーツのための利用に供するよう努めなければならない。
2 国及び地方公共団体は、前項の利用を容易にさせるため、又はその利用上の利便性の向上を図るため、当該学校のスポーツ施設の改修、照明施設の設置その他の必要な施策を講ずるよう努めなければならない。
1. 条文の構造と趣旨
第13条は「学校施設の地域開放」を定める規定である。改正法による文言変更はなく、今回は現行維持となっている。
第1項の名宛人は「設置者」(国・地方公共団体・国立大学法人・公立大学法人等)であり、「教育に支障のない限り」という留保付きで、学校スポーツ施設を一般利用に供する努力義務を課す。
「一般のスポーツのための利用」とは、地域住民・スポーツクラブ・一般市民が学校外でのスポーツ活動に利用することを指す。これは改正法が新設した第17条の2(中学校の生徒が継続的にスポーツに親しむ機会の確保)・第21条(地域スポーツクラブへの支援)とも密接に連動する。部活動の地域移行が進む中で、学校施設の開放は地域スポーツクラブの活動基盤として不可欠な位置づけになっている。
第2項の名宛人は「国及び地方公共団体」であり、改修・照明施設設置等のハード整備支援を求める。
2. 部活動地域移行との連動
改正法は、新設の第17条の2において、地方公共団体に対し、中学校の生徒が地域においてスポーツに親しむ機会を確保するための施策を求めている。この「地域移行」推進のためには、学校施設を地域スポーツクラブが利用できる環境が前提となる。第13条の地域開放義務は、現下の政策文脈において当初の制定時よりもはるかに重い意味を持つに至っている。
3. 第13条を軽視した場合のリスク
① 利用調整の不透明さによるトラブル
施設利用の優先順位・利用料・申込手続きが不明確なまま運用されると、特定の団体・部活動OB組織等に不当に優先的な利用を許す事態が生じる。これは利用者間の不公正であり、ひいては行政の信頼を損なう。
② 安全管理責任の所在の不明確化
学校施設を一般開放する際に、管理責任の所在(学校・教育委員会・利用団体のいずれか)が不明確なまま運用されると、事故発生時の責任の押しつけ合いが生じる。
③ 施設老朽化と放置リスク
第2項の支援施策が実施されないまま老朽化した施設を開放すれば、事故リスクが増大する。施設の現況調査なしに開放を続けることは、設置者の安全配慮義務違反となりうる。
4. 実務上の対策
① 施設利用規程の整備と公開 利用資格・優先順位・申込手続き・利用料・禁止事項・事故発生時の連絡体制を規程として明文化し、ウェブサイト等で公開する。
② 利用団体との責任分担協定の締結 地域スポーツクラブ等との利用協定において、管理責任・賠償責任の所在を明確化する。スポーツ安全保険等の加入を利用条件とすることも有効である。
③ 定期的な施設点検の実施 一般開放に供するスポーツ施設は、学校施設本体と同様に定期安全点検の対象とし、記録を保存する。
総括——3条文に共通する実務的論点
第11条・第12条・第13条に共通して浮かび上がる実務的論点は次の3点である。
第一に、「努力義務」の実質化である。いずれの条文も「努めなければならない」または「努めるものとする」という努力義務の文言を用いているが、これを「やらなくても責任を問われない」と解釈するのは誤りである。努力義務は、何もしないことの免責条項ではなく、合理的な努力を尽くすことへの法的要請である。スポーツ庁の施行通知(7ス庁第715号)も、スポーツ団体に対し「格段の御配慮」を求めている。
第二に、記録と公表の重要性である。第29条の5第2項は、スポーツ団体に対し「指針に従って講じた措置の状況等を公表する」努力義務を新設した。指導者養成・施設整備・施設開放に係る取り組みを記録し、外部に発信することが、ガバナンスの証明となる。
第三に、内部通報制度との連動である。指導者の問題行動・施設管理の不備・利用ルールの恣意的運用——これらの不正を早期に把握するためには、実効的な内部通報制度が不可欠である。単に窓口を設けるだけでなく、外部の専門機関を窓口とすることで、通報者の心理的安全性が大幅に向上する。
スポーツ団体の理事・マネジメント層へ——今すぐ取り組むべきこと
改正スポーツ基本法が令和7年9月1日に施行された今、スポーツ団体に求められることは明確だ。
- 指導者向けコンプライアンス研修を年1回以上実施すること
- 施設の安全点検記録を整備し、公表できる体制を作ること
- 外部の専門家による内部通報窓口を設置すること
- 運営の公正性・透明性を確保するための自主基準を作成し、公表すること
これらは「やれたらいい」ではなく、改正法・スポーツ庁の施行通知・スポーツ団体ガバナンスコードが求める、今すぐ着手すべき実務的課題である。
ご相談・お問い合わせ
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参考法令・資料
- スポーツ基本法及びスポーツにおけるドーピングの防止活動の推進に関する法律の一部を改正する法律(令和7年法律第71号)
- スポーツ基本法及びスポーツにおけるドーピングの防止活動の推進に関する法律の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(政令第302号)
- スポーツ基本法等改正法公布通知(7ス庁第714号・715号、令和7年6月20日、スポーツ庁次長)
- スポーツ庁 https://www.mext.go.jp/sports/index.htm
- 改正法関係資料 https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop01/list/1371905.htm

