条文原文
(相続財産法人の不成立)
第九百五十五条 相続人のあることが明らかになったときは、第九百五十一条の法人は、成立しなかったものとみなす。ただし、相続財産の清算人がその権限内でした行為の効力を妨げない。
(相続財産の清算人の代理権の消滅)
第九百五十六条 相続財産の清算人の代理権は、相続人が相続の承認をした時に消滅する。
2 前項の場合には、相続財産の清算人は、遅滞なく相続人に対して清算に係る計算をしなければならない。
(相続債権者及び受遺者に対する弁済)
第九百五十七条 第九百五十二条第二項の公告があったときは、相続財産の清算人は、全ての相続債権者及び受遺者に対し、二箇月以上の期間を定めて、その期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、同項の規定により相続人が権利を主張すべき期間として家庭裁判所が公告した期間内に満了するものでなければならない。
2 第九百二十七条第二項から第四項まで及び第九百二十八条から第九百三十五条まで(第九百三十二条ただし書を除く。)の規定は、前項の場合について準用する。
(権利を主張する者がない場合)
第九百五十八条 第九百五十二条第二項の期間内に相続人としての権利を主張する者がないときは、相続人並びに相続財産の清算人に知れなかった相続債権者及び受遺者は、その権利を行使することができない。
趣旨・立法背景
相続財産法人は、相続人の存否が不明な間、相続財産を無主状態に置かないための暫定的な技術的擬制にすぎない。相続開始によって権利義務は本来相続人に承継される(民法第八百九十六条)ものであり、相続人の存在が後日判明すれば、法律関係を本来あるべき姿、すなわち相続開始時からの相続人への承継という状態に戻す必要がある。第九百五十五条本文が、相続財産法人を「成立しなかったものとみなす」と定めるのは、この復帰を遡及的に実現するためである。
もっとも、遡及効を無制限に貫くと弊害が生じる。相続財産法人の成立を前提に清算人が行った弁済や財産処分の効力まで事後的に覆るとすれば、清算人と取引した相続債権者や第三者は不測の損害を被る。そこで同条ただし書は、清算人が権限内で行った行為の効力を維持し、取引の安全と清算実務の継続性を確保している。
第九百五十六条が定める代理権消滅の起点は「相続人があることが明らかになった時」ではなく「相続人が相続の承認をした時」である。相続人の存在が判明しても、その者が相続放棄をすれば再び相続人不存在の状態に戻る可能性があるため、判明した時点で直ちに清算人の権限を失わせると、管理の空白が生じかねない。承認によって承継主体が確定して初めて清算人の代理権を消滅させる構成をとることで、この空白を回避している。同条二項が清算人に相続人への計算義務を課すのは、委任契約における受任者の報告義務・計算義務(民法第六百四十五条、第六百四十六条)と同様の趣旨であり、清算人が管理していた財産の帰結を相続人に開示させるものである。
第九百五十七条は、相続財産清算人が相続債権者及び受遺者に対して行う公告及び弁済手続を定める。令和三年改正(令和三年法律第二十四号、令和五年四月一日施行)前は、相続人捜索の公告に先立ち、相続債権者・受遺者に対する公告、相続人捜索の公告という三段階の公告構造がとられていたが、改正後は、第九百五十二条二項の相続人捜索公告と、本条一項の相続債権者・受遺者に対する請求申出公告の二段階に整理された。本条一項が定める二箇月以上の申出期間は、相続人捜索公告の期間内に満了しなければならないとされており、両公告が並行して進行する構造になっている。二項が限定承認における清算手続(第九百二十七条二項から四項まで及び第九百二十八条から第九百三十五条まで)を準用するのは、相続人不存在の場合の債権者・受遺者への弁済も、限定承認と同様に、複数の債権者間の公平を図りながら財産を清算する必要があるためである。ただし第九百三十二条ただし書(担保権者の別除権的取扱い)は準用から除外されている。
第九百五十八条は、第九百五十二条二項の相続人捜索公告期間内に相続人としての権利主張がなかった場合の効果を定める。この期間内に権利主張がなければ、相続人並びに清算人に知れなかった相続債権者及び受遺者は、その権利を行使できなくなる。これにより相続人の不存在が確定的なものとなり、後続の特別縁故者に対する財産分与(第九百五十八条の二)及び残余財産の国庫帰属(第九百五十九条)の手続に進むことになる。
用語解説
遡及的不成立 相続財産法人が、成立時に遡って法律上存在しなかったものとして扱われること。第九百五十五条本文の効果であり、相続財産は相続開始時から相続人に帰属していたものとして整理される。
清算に係る計算 清算人が管理・処分した相続財産の収支を明らかにし、相続人に報告すること。委任契約における受任者の計算義務に相当する処理であり、相続人が財産の帰結を把握するために必要となる。
請求申出の公告 相続財産清算人が、相続債権者及び受遺者に対し、一定期間内に債権や遺贈に基づく請求を申し出るよう促す公告。第九百五十七条一項に基づき、二箇月以上の期間を定めて行う。
限定承認の清算規定の準用 限定承認がなされた場合の相続財産清算手続(第九百二十七条から第九百三十五条まで)の規定を、相続人不存在の場合の清算にも適用すること。債権者間の公平な弁済を図る仕組みが共通するため準用される。
知れなかった相続債権者及び受遺者 清算人に対して自らの債権や受遺者としての地位を申し出ず、清算人においてもその存在を把握できなかった者。第九百五十八条により、相続人捜索公告期間の経過後は権利行使ができなくなる。
判例・裁判例
最高裁判所平成六年十月十三日判決は、特別縁故者に対する相続財産分与の審判(第九百五十八条の二)がされる前に、自らを特別縁故者に当たると主張する者が提起した遺言無効確認の訴えについて、訴えの利益を欠くと判断した。特別縁故者として相続財産の分与を受ける地位は家庭裁判所の審判によって初めて形成される権利にすぎず、審判前の段階では私法上の権利として存在しないというのがその理由である。同判決はあわせて、相続人が不存在である場合、遺言無効確認の訴えについて訴えの利益を有するのは相続財産清算人のみであるとの整理を示した。
この判示は第九百五十五条から第九百五十八条までの手続構造と密接に関わる。相続人の不存在が確定するまでの間、相続財産法人及びその代表者たる清算人が相続財産に関する法律関係の唯一の当事者として扱われ、相続人となりうる地位を主張する者や特別縁故者となりうる地位を主張する者は、それぞれの手続(相続人捜索の公告、特別縁故者に対する財産分与の審判)を経て初めて具体的な権利を取得するという段階構造を、同判決は訴訟法の場面から裏付けている。


