1 条文原文
(遺言執行者が数人ある場合の任務の執行)
第千十七条 遺言執行者が数人ある場合には、その任務の執行は、過半数で決する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
2 各遺言執行者は、前項の規定にかかわらず、保存行為をすることができる。
(遺言執行者の報酬)
第千十八条 家庭裁判所は、相続財産の状況その他の事情によって遺言執行者の報酬を定めることができる。ただし、遺言者がその遺言に報酬を定めたときは、この限りでない。
2 第六百四十八条第二項及び第三項並びに第六百四十八条の二の規定は、遺言執行者が報酬を受けるべき場合について準用する。
(遺言執行者の解任及び辞任)
第千十九条 遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる。
2 遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができる。
(委任の規定の準用)
第千二十条 第六百五十四条及び第六百五十五条の規定は、遺言執行者の任務が終了した場合について準用する。
(遺言の執行に関する費用の負担)
第千二十一条 遺言の執行に関する費用は、相続財産の負担とする。ただし、これによって遺留分を減ずることができない。
読解に必要な関連条文を挙げる。
(受任者の報酬)
第六百四十八条第二項 受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第六百二十四条第二項の規定を準用する。
3 受任者は、次に掲げる場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき。
二 委任が履行の中途で終了したとき。
(委任の終了後の処分)
第六百五十四条 委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない。
(委任の終了事由の対抗要件)
第六百五十五条 委任の終了事由は、これを相手方に通知したとき、又は相手方がこれを知っていたときでなければ、これをもってその相手方に対抗することができない。
2 五か条の位置づけ
第1006条から始まった遺言執行の規定は、この五か条で締めくくられる。複数の執行者がいる場合の意思決定(第1017条)、対価(第1018条)、途中での交代(第1019条)、終わり方(第1020条)、費用の負担(第1021条)である。
地味な条文が並ぶが、実際の紛争はここに集中する。遺言の内容そのものより、執行者が動かない、報酬が高い、費用の負担先が分からないといった点をめぐって相続人と執行者が対立する。遺言を作る段階でこの五か条を意識しておけば、避けられる争いは多い。
3 第1017条(遺言執行者が数人ある場合の任務の執行)
3.1 趣旨
第1006条第1項が「一人又は数人の遺言執行者」を指定できると定める以上、複数いる場合の決め方が必要になる。財産の種類ごとに専門家を分ける、遺言者の親族と専門家を組み合わせるといった指定は実務でも見られる。
全員一致を求めれば一人の反対で執行が止まり、各自が単独で動けるとすれば方針が食い違う。第1017条は過半数決という中間の仕組みを採った。
3.2 文理解釈
「過半数で決する」のは任務の執行の方針である。二人の場合は意見が一致しなければ決せられないため、指定は三人以上の奇数にするか、職務を分担させる定めを置くのが実際的である。
過半数で決したうえで、誰が実際に行為をするかは別の問題である。決定に従って一人が代表して手続をすることもできる。
ただし書により、遺言者が別段の意思を表示していればそれに従う。「不動産に関する事務は甲が、預貯金に関する事務は乙が単独で行う」という職務分担の定めや、「全員の合意によらなければならない」という加重の定めが考えられる。複数の執行者を指定するなら、この定めを置いておくほうが実務は円滑に進む。
第2項の「保存行為」は、財産の現状を維持する行為である。建物の修繕、時効の完成猶予の措置、不法占有者に対する明渡請求がこれに当たる。急を要する場面で過半数の形成を待てば財産価値が損なわれるため、各自が単独でできる。共有物の保存行為を各共有者が単独でできるとする第252条第5項と同じ発想である。
4 第1018条(遺言執行者の報酬)
4.1 趣旨
遺言執行は、相続人の調査、財産の調査と目録の作成、登記や解約の手続、相続人への報告と、相当な労力を要する。無償を原則とすれば、専門家が執行者に就くことをためらい、遺言の実現が遅れる。
第1018条第1項は、遺言者が報酬を定めていない場合に、家庭裁判所が報酬を定められるとした。定めていれば遺言の定めが優先する。
4.2 文理解釈
「相続財産の状況その他の事情」が考慮要素である。遺産の額と構成、執行の難易、要した期間、執行者の職業と専門性が判断材料となる。家庭裁判所に報酬付与の審判を申し立てる手続で決まる。
遺言に定めがある場合、家庭裁判所は関与しない。専門家に依頼する場合は、遺言作成の段階で報酬の算定方法を遺言に書き込んでおくのが一般的である。遺産総額に対する一定の割合とする例、最低額を定める例が多い。
報酬を受ける者が相続人である場合も、報酬の請求は妨げられない。もっとも、相続人が執行者を兼ねる遺言で報酬の定めがないときは、他の相続人との間で争いになりやすい。
4.3 第2項(準用される報酬規定)
準用されるのは次の規定である。
- 第648条第2項 報酬は事務を履行した後でなければ請求できない。期間で定めた場合は期間経過後に請求できる
- 第648条第3項 執行者の責めに帰することができない事由で履行ができなくなったとき、または執行が中途で終了したときは、既にした履行の割合に応じて報酬を請求できる
- 第648条の2 成果に対して報酬を支払う約定があるときの規律
後払いが原則である。執行の途中で解任された場合や、遺言が無効とされて執行ができなくなった場合でも、それまでの履行割合に応じた報酬は請求できる。
第648条の2の準用は、平成29年法律第44号による債権法改正に伴って加えられたものであり、令和2年4月1日から適用されている。平成30年の相続法改正の時点では、第2項は第648条第2項と第3項のみを準用していた。二つの改正が近接した時期に重なった箇所であり、古い条文を掲載したままの解説も残っている。
5 第1019条(遺言執行者の解任及び辞任)
5.1 趣旨
遺言執行者の地位は、遺言者の意思の実現という公益的な面を持つ。相続人の都合で自由に交代させられるとすれば、遺言者にとって不利な内容の執行が妨げられる。逆に、執行者の側が自由に投げ出せるとすれば、執行が宙に浮く。
第1019条は、解任にも辞任にも正当な事由と家庭裁判所の関与を求め、双方向から地位の安定を図っている。
5.2 第1項(解任)
請求できるのは利害関係人である。相続人、受遺者、相続債権者がこれに当たる。相続人が話し合いで解任することはできない。
解任事由は「その任務を怠ったとき」と「その他正当な事由があるとき」である。前者の典型は、就職しながら長期間何もしないこと、財産目録を交付しないこと、報告に応じないことである。後者には、病気、長期の不在、行方不明のように任務の遂行が困難な事情や、一部の相続人と親密な関係にあるなど公正さを疑わせる事情が含まれる。
解任の審判が確定するまでには一定の期間を要する。その間も執行者は職務を続けられるため、急を要する場合には、家事事件手続法第215条第1項により職務の執行を停止し、職務代行者を選任する保全処分を申し立てることができる。
解任されると遺言執行者はその地位を失う。その後の執行が必要であれば、第1010条により新たな執行者の選任を求めることになる。
5.3 第2項(辞任)
辞任には正当な事由と家庭裁判所の許可が必要である。正当な事由としては、疾病、長期の出張、職務を遂行する能力の不足、相続人との間に深刻な対立が生じて公正な執行が困難になったことが挙げられる。
就職を承諾する前であれば、自由に断ることができる。承諾してしまえば、家庭裁判所の許可なしには降りられない。この違いが、就職の判断を慎重にすべき理由である。
第1016条の復任とも区別される。第三者に任務を行わせても、執行者の地位は残り、責任も負う。地位そのものを離れるには辞任の手続が必要になる。
6 第1020条(委任の規定の準用)
6.1 趣旨と文理解釈
遺言執行者の任務は、執行の完了、死亡、辞任、解任によって終了する。破産手続開始の決定を受ければ第1009条の欠格事由に該当し、資格を失う。
任務が終了しても、直ちに手を引いてよいとは限らない。第654条の準用により、急迫の事情があるときは、相続人が事務を処理できるようになるまで、必要な処分をしなければならない。管理していた不動産の火災保険が切れる直前に辞任した場合、更新の手続を放置してよいことにはならない。
第655条の準用により、任務の終了事由は、相続人に通知したとき、または相続人が知っていたときでなければ、相続人に対抗できない。辞任の許可を得ながら相続人に知らせずにいると、その後の行為について終了を主張できない場面が生じうる。
任務が終了したときは、第1012条第3項が準用する第645条により、遅滞なくその経過と結果を相続人に報告しなければならない。第646条により、受け取った金銭その他の物を引き渡す必要もある。第1020条の準用と合わせて、執行の締めくくりの作法が定まっている。
7 第1021条(遺言の執行に関する費用の負担)
7.1 趣旨と文理解釈
遺言の執行は、遺言者の意思の実現のために行われる。その費用を執行者個人や特定の相続人に負わせる理由はない。第1021条本文は、相続財産の負担とした。
費用に含まれるのは、相続人と相続財産の調査に要する費用、戸籍の取得費用、財産目録の作成費用、公証人に目録を作成させた費用、検認の申立費用、登記の登録免許税と司法書士報酬、相続財産の管理費用、執行者の報酬である。
含まれないものもある。相続税の申告に要する費用は相続人が負担すべきものであり、遺言の執行に関する費用とは区別される。遺言の有効性をめぐる訴訟の費用も、原則として執行費用には当たらない。
ただし書は、執行費用によって遺留分を減らすことはできないと定める。執行費用が過大になれば、遺留分権利者が受け取るべき額が目減りする。その事態を防ぐ趣旨である。平成30年改正で遺留分侵害額請求が金銭債権化された後も、この規定はそのまま維持されている。
8 用語解説
保存行為
財産の現状を維持する行為。修繕、時効の完成猶予の措置、不法占有者に対する明渡請求などがこれに当たる。
報酬付与の審判
家庭裁判所が遺言執行者の報酬を定める審判。遺言に報酬の定めがない場合に申し立てる。
履行の割合に応じた報酬
事務が途中で終了した場合に、それまでに処理した割合に応じて請求できる報酬(第648条第3項)。
任務懈怠
就くべき職務を果たさないこと。解任事由の典型である。
職務執行停止の保全処分
解任の審判が確定するまでの間、遺言執行者の職務の執行を停止し、職務代行者を選任する裁判(家事事件手続法第215条第1項)。
急迫の事情
放置すれば損害が生じるおそれのある差し迫った事情。
遺言の執行に関する費用
遺言の内容を実現するために必要な費用。相続財産の負担となる。
9 改正の経緯と現行法の状況
第1017条、第1019条、第1020条、第1021条は、明治民法の規定を平成16年法律第147号で現代語化したものであり、それ以降、文言は改められていない。平成30年法律第72号による相続法改正でも、この四か条は改正の対象外であった。
第1018条第2項は、平成29年法律第44号による債権法改正に伴い、第648条の2の準用が加えられた。適用は令和2年4月1日からである。第1項は明治民法以来変わっていない。
令和8年6月24日に公布された民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)は、成年後見制度の一元化と遺言制度の見直しを内容とするものであり、法務省が公表した新旧対照条文によれば、第1017条から第1021条までは改正の対象に含まれていない。
10 判例・裁判例
10.1 目録の交付と報告に応じない場合(大阪高等裁判所決定平成17年11月9日)
大阪高等裁判所決定平成17年11月9日は、遺言執行者が相続人から相続財産目録の作成と交付、事務の報告を求められたのにこれに応じない場合について、任務を怠ったと評価されうるとした。
第1011条の目録交付義務と、第1012条第3項が準用する第645条の報告義務は、単なる手続上の作法ではない。これを果たさないことが、そのまま解任事由となる。相続人からの問い合わせを放置することの危うさが、この裁判例に示されている。
10.2 自己の利益を図る行為(東京高等裁判所決定平成23年9月8日)
東京高等裁判所決定平成23年9月8日は、遺言執行者が、株式会社の代表取締役である相続人に対し、自らの子を著しく高額な給与で同社に雇用させた行為について、相続人がその地位を維持するために執行者の求めを拒否できない立場にあったことを踏まえ、地位を利用して自己の利益を図るものであり、解任を正当とする事由に当たるとした。
任務の懈怠がなくても、公正さを疑わせる行為は解任事由となる。遺言執行者の地位が相続人に対して事実上の影響力を持つことを前提とした判断である。
10.3 保管を第三者に委ねた場合(大阪高等裁判所決定昭和33年6月30日)
大阪高等裁判所決定昭和33年6月30日は、遺贈された動産の保管について、遺言執行者は善良な管理者の注意をもって滅失、毀損、紛失、盗難を防がなければならないとしつつ、第三者に保管を任せても滅失や毀損のおそれがない以上、任務を怠ったことにはならないとした。
解任事由の判断が、形式的な取扱いではなく、財産の安全が確保されているかという実質によることを示している。第1016条が復任を原則として認める形に改められた現在、この判断の方向はいっそう自然なものとなっている。
10.4 五か条をめぐる最高裁判所の判例の状況
第1017条から第1021条までを正面から扱った最高裁判所の判例は見当たらない。解任と辞任は家庭裁判所の審判事項であり、争いは高等裁判所の決定で決着することが多い。報酬と費用は個別の事情に左右され、法律問題として上級審に持ち上がりにくい。
その反面、下級審の判断は蓄積されている。解任の可否を検討する際には、家庭裁判所の実務の傾向を踏まえた検討が欠かせない。
11 実務上の留意点
遺言を作る側への助言は次のとおりである。
- 遺言執行者を複数指定するなら、職務の分担か決め方を遺言に書く。二人だけの指定は意見が割れると動かなくなる
- 報酬は遺言に定めておく。定めがなければ家庭裁判所の審判を経ることになり、相続人との協議も要する
- 専門家に依頼する場合は、報酬の算定方法と、実費の扱いを明確にしておく
- 相続人を執行者に指定するときは、報酬の有無をはっきり書く。書かなければ他の相続人との対立の火種になる
遺言執行者への助言は次のとおりである。
- 財産目録の交付と報告の求めには必ず応じる。応じないことが解任事由になる
- 報酬は後払いが原則である。中途で終了した場合も、履行の割合に応じて請求できる
- 辞任には正当な事由と家庭裁判所の許可が必要である。就職を承諾する前に見通しを立てる
- 任務が終了しても、急迫の事情があれば必要な処分をしなければならない。終了したことは相続人に通知する
- 執行費用の支出は、費目と金額を記録し、相続財産から支出したことを説明できるようにしておく
相続人への助言は次のとおりである。
- 執行者が動かない、説明しないという状態が続くなら、まず書面で目録の交付と報告を求める
- それでも改まらなければ、家庭裁判所に解任を請求できる。急を要する場合は職務執行停止の保全処分もある
- 執行費用は相続財産の負担となるが、遺留分を減らすことはできない


