1 条文原文
(遺言の撤回)
第千二十二条 遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
(前の遺言と後の遺言との抵触等)
第千二十三条 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
2 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。
(遺言書又は遺贈の目的物の破棄)
第千二十四条 遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。
(撤回された遺言の効力)
第千二十五条 前三条の規定により撤回された遺言は、その撤回の行為が、撤回され、取り消され、又は効力を生じなくなるに至ったときであっても、その効力を回復しない。ただし、その行為が錯誤、詐欺又は強迫による場合は、この限りでない。
(遺言の撤回権の放棄の禁止)
第千二十六条 遺言者は、その遺言を撤回する権利を放棄することができない。
(負担付遺贈に係る遺言の取消し)
第千二十七条 負担付遺贈を受けた者がその負担した義務を履行しないときは、相続人は、相当の期間を定めてその履行の催告をすることができる。この場合において、その期間内に履行がないときは、その負担付遺贈に係る遺言の取消しを家庭裁判所に請求することができる。
読解に必要な関連条文を挙げる。
(遺言能力)
第九百六十一条 十五歳に達した者は、遺言をすることができる。
第九百六十三条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
(自筆証書遺言)
第九百六十八条第三項 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
(遺言の効力の発生時期)
第九百八十五条 遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。
(詐欺又は強迫)
第九十六条第一項 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
(遺言書の保管の申請の撤回)
法務局における遺言書の保管等に関する法律第八条第一項 遺言者は、特定遺言書保管所の遺言書保管官に対し、いつでも、第四条第一項の申請を撤回することができる。
2 節の位置づけ
相続編第七章第五節は「遺言の撤回及び取消し」と題され、この六か条で構成される。遺言者が一度書いた遺言を後から白紙に戻す場面を扱う。
節の骨格は三つに分けられる。第一に、撤回の自由(第1022条)とその裏づけ(第1026条)である。第二に、遺言者が撤回という言葉を使わなくても撤回とみなされる場面(第1023条、第1024条)である。第三に、撤回の効果の後始末(第1025条)である。第1027条だけは性質が異なり、遺言者ではなく相続人が家庭裁判所に請求して遺言を失効させる制度であり、負担付遺贈を扱う第1002条と第1003条の続きに位置づけられる。
3 「撤回」と「取消し」
条文を読む前に用語の整理をしておく。
平成16年法律第147号による現代語化の前、この節の見出しも条文も「取消」の語を用いていた。旧第1022条は「遺言者ハ何時ニテモ遺言ノ方式ニ従ヒ其遺言ノ全部又ハ一部ヲ取消スコトヲ得」と定めていた。現代語化にあたり、いったん有効に成立した行為の効力を将来に向けて失わせる行為は「撤回」と呼び、瑕疵ある行為の効力を遡って失わせる行為を「取消し」と呼ぶ整理に従って、第1022条から第1025条までの「取消」が「撤回」に改められた。
古い判例の本文に「取消」とあるのはこのためである。判決文の表現と現行条文の表現がずれていても、指している内容は同じである。
これに対し、第1027条は現代語化の後も「取消し」の語を残している。家庭裁判所の裁判によって遺贈の効力を失わせる制度であり、遺言者の一方的な意思表示による撤回とは仕組みが違うからである。
なお、遺言そのものが詐欺または強迫によってされた場合、遺言者は第96条第1項により遺言を取り消すことができる。遺言者の死後は、相続人がその取消権を承継する。制限行為能力を理由とする取消しの規定は遺言には適用されない(第962条)。
4 第1022条(遺言の撤回)
4.1 趣旨・立法背景
遺言は、遺言者が死亡して初めて効力を生じる(第985条)。作成から効力発生までの間に、家族関係も財産の構成も遺言者の考えも変わる。書いた時点の意思に縛られるとすれば、最終意思を尊重するという遺言制度の根幹が崩れる。
第1022条は、遺言者がいつでも自由に遺言を撤回できることを定めた。理由は要らず、誰の同意も要らない。受遺者に不利益が生じても、受遺者は遺言者の死亡まで何らの権利も取得していないから、保護すべき期待もない。
4.2 文理解釈
「いつでも」は、時期の制限がないことを意味する。作成の翌日でも、何度でもよい。回数に上限はない。
「遺言の方式に従って」は、撤回もまた遺言でしなければならないという意味である。撤回は遺言事項であり、口頭で「あの遺言はやめた」と告げても、手紙で受遺者に伝えても、第1022条の撤回にはならない。
撤回する遺言の方式は、撤回される遺言の方式と同じである必要がない。公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回することも、自筆証書遺言を公正証書遺言で撤回することもできる。ただし、撤回する側の遺言が方式を満たしていなければ撤回の効力は生じない。自筆証書で撤回するなら、全文、日付、氏名の自書と押印(令和8年改正の施行後は押印が任意化される)という方式を守る必要がある。
撤回の遺言をする時点でも、遺言能力が必要である(第961条、第963条)。認知症が進んだ後に書かれた撤回の遺言は、能力を欠くとして無効になりうる。
「全部又は一部」とあるから、遺言の一部だけを撤回することもできる。「令和6年5月1日付け自筆証書遺言のうち、第2条を撤回する」という形になる。
撤回の記載例としては、次のような形が用いられる。「遺言者は、令和6年5月1日に作成した自筆証書遺言の全部を撤回する。」
4.3 実務での使い方
新しい遺言を作るときは、前の遺言との関係を明示しておくのが確実である。第1023条の抵触による撤回擬制に頼ると、どこまでが抵触するのかをめぐって争いが起きる。「遺言者は、本遺言以前に作成した遺言の全部を撤回する。」という一文を冒頭に置けば、疑義は残らない。
公正証書遺言を作り直す場合、公証役場では原本が保管され続けるため、古い遺言書そのものは物理的には残る。それでも、新しい遺言に撤回の条項があれば、古い遺言は効力を失う。
法務局の遺言書保管制度を利用している場合は、保管の申請を撤回すれば遺言書が返還される(法務局における遺言書の保管等に関する法律第8条第1項)。ただし、保管の申請の撤回それ自体は、返還を受ける手続であって、遺言の内容を撤回する行為ではない。返還を受けた遺言書は手元に残るから、内容を撤回したいのであれば、新たな遺言で撤回するか、返還を受けた遺言書を破棄する必要がある。
5 第1023条(前の遺言と後の遺言との抵触等)
5.1 趣旨
遺言者が「撤回する」と書かなくても、内容の食い違いから撤回の意思を読み取れる場面がある。第1023条は、その場合に撤回があったものとみなす。遺言者の最終意思を尊重するという第1022条と同じ理念に立つ。
5.2 第1項(後の遺言との抵触)
「甲土地を長男に相続させる」と書いた後、別の遺言で「甲土地を二男に相続させる」と書けば、二つは両立しない。後の遺言が優先し、前の遺言のうち抵触する部分は撤回されたものとみなされる。
抵触しない部分は生き残る。前の遺言に乙建物の処分が書かれ、後の遺言がそれに触れていなければ、乙建物に関する部分は有効なままである。二通の遺言が併存し、全体として一つの処分を形づくることもある。
前提として、どちらが後の遺言かを決められなければならない。日付の記載が方式要件とされている理由の一つがここにある。日付のない自筆証書遺言は方式違反で無効であり、同じ日付の遺言が複数あって先後を決められない場合、抵触する部分についてはいずれの効力も認められないと解されている。
遺言者が前の遺言の存在を忘れていた場合でも、本条は適用される。撤回の意思の有無ではなく、内容の抵触という客観的な事実で判断されるからである。
5.3 第2項(生前処分その他の法律行為との抵触)
遺言後に、遺言者が自分の財産を処分することは自由である。「乙土地を甲に遺贈する」と書いた後に乙土地を第三者へ売却すれば、遺言の執行は不可能になる。第2項は、この場合に遺言のうち抵触する部分が撤回されたものとみなす。
対象は「生前処分その他の法律行為」であり、売買、贈与、交換といった財産行為に限られない。養子縁組や離縁のような身分行為も含まれると解されている。この点を判断した最高裁判所の判例は、後掲のとおりである。
抵触の範囲をどう捉えるかが実務の焦点になる。判例は、後の処分を実現すると前の遺言の執行が客観的に不能となる場合だけでなく、諸般の事情から見て後の処分が前の遺言と両立させない趣旨のもとにされたことが明らかである場合も含むとしている。客観的な執行不能に限らない、という点が結論を左右する。
遺言の目的物に抵当権を設定した場合、遺言の執行が不能になるわけではないから、当然には抵触とならない。目的物の一部を売却した場合は、残部について遺言が効力を保つ。
6 第1024条(遺言書又は遺贈の目的物の破棄)
6.1 趣旨
遺言書を自ら破り捨てる行為には、その遺言を無かったことにする意思が表れている。第1024条前段は、これを撤回とみなす。後段は、遺贈の目的物を遺言者自身が壊した場合を同じように扱う。
6.2 前段(遺言書の破棄)
「破棄」は、焼却、裁断、文面の抹消のように、遺言書を物理的に壊し、または内容を読み取れなくする行為を指してきた。文面に斜線を引く行為が破棄に当たるかについては見解が分かれていたが、最高裁判所が判断を示した(後掲)。
「故意に」という要件が置かれている。火災や水害で遺言書が失われた場合、遺言者が誤って捨てた場合、家族が勝手に処分した場合は、撤回とはならない。この場合、遺言そのものは効力を失わないが、遺言書が現存しないため、内容と成立の証明が壁になる。写しや作成時の事情から遺言の存在と内容を立証できれば、遺言に基づく請求は可能である。
公正証書遺言では、遺言者が手元の正本や謄本を破り捨てても撤回にならない。原本が公証役場に保管されており、破られたのは写しにすぎないからである。公正証書遺言を撤回するには、新たな遺言を作る必要がある。
法務局に保管された自筆証書遺言も、遺言者の手元にないため破棄のしようがない。保管の申請を撤回して返還を受けたうえで破棄するか、新たな遺言で撤回することになる。
自筆証書遺言の一部を書き直す場合は、第968条第3項の方式に従わなければ変更の効力が生じない。方式を満たさない加筆や訂正は無視され、元の記載のまま効力を保つ。書き直したつもりが元のまま残るという結果を避けるには、新しい遺言書を一から作り、古い遺言書を破棄するのが確実である。
6.3 後段(遺贈の目的物の破棄)
遺言者が遺贈の目的物を自ら壊した場合も撤回とみなされる。遺贈する予定の建物を取り壊す、絵画を焼却するといった場合である。
第1023条第2項との住み分けは、財産を他人に渡したか、自ら滅ぼしたかにある。売却は生前処分として第1023条第2項、取壊しは破棄として第1024条後段である。結論はいずれも撤回擬制であり、結果に差はない。
前段と同じく「故意に」が要件であり、第三者の放火や自然災害による滅失は撤回にならない。この場合は第999条の物上代位により、保険金や損害賠償の請求権が遺贈の目的になると推定される。
7 第1025条(撤回された遺言の効力)
7.1 趣旨
第1遺言を第2遺言で撤回し、その後に第2遺言が撤回され、または効力を失った場合、第1遺言はよみがえるのか。第1025条本文は、回復しないと定めた。非復活主義と呼ばれる。
理由は、撤回行為が失効したからといって、遺言者が第1遺言の内容に戻る意思を持っていたとは断定できないからである。復活を認めれば、どの遺言が生きているのかが分かりにくくなり、相続人の地位も不安定になる。
7.2 文理解釈
本文が想定するのは、撤回の行為が「撤回され」た場合、「取り消され」た場合、「効力を生じなくなるに至った」場合である。第2遺言が方式違反で無効であった場合や、第2遺言の受遺者が先に死亡して失効した場合がこれに当たる。
ただし書は、撤回の行為が錯誤、詐欺または強迫によるものであった場合を例外とする。この場合、撤回は遺言者の真意によるものではないから、第1遺言を復活させるのが遺言者の意思に沿う。
条文の「錯誤」は、平成29年法律第44号による債権法改正に伴って加えられた。改正前は錯誤の効果が無効であったため、錯誤による撤回は本文の「効力を生じなくなるに至ったとき」で処理され、ただし書には詐欺と強迫だけが挙げられていた。錯誤の効果が取消しに改められたことで、ただし書に錯誤が明記された。適用は令和2年4月1日からである。
7.3 判例による修正
条文を文字どおり読めば、撤回する遺言をさらに撤回しても第1遺言は復活しない。しかし、第3遺言に第1遺言の復活を望む意思がはっきり書かれているなら、その意思を無視することは遺言制度の趣旨に反する。最高裁判所は、ただし書の法意に照らして復活を認める余地があるとした(後掲)。
実務では、判例に頼るより確実な方法がある。第1遺言と同じ内容を第3遺言に書き直すことである。復活させるのではなく、改めて同じ内容の遺言をすれば、解釈の余地は残らない。
8 第1026条(遺言の撤回権の放棄の禁止)
8.1 趣旨と文理解釈
遺言者が「この遺言は今後撤回しない」と遺言に書いても、その定めは効力を持たない。受遺者との間で撤回しない旨の契約を結んでも同じである。
撤回の自由は、遺言者の最終意思を尊重するという制度の根幹に属する。当事者の合意で削れる性質のものではない。第1026条は、その趣旨を明文で確認した規定である。
負担付遺贈であっても変わらない。受遺者が負担を履行する準備を進めていたとしても、遺言者は遺言を撤回できる。受遺者の期待は、遺言者の意思の自由に劣後する。
8.2 死因贈与との比較
死因贈与は、贈与者の死亡によって効力を生じる贈与契約である(第554条)。契約であるから、遺言のように一方的な撤回を認めてよいのかが問題となる。
最高裁判所は、死因贈与について遺言の撤回に関する第1022条が準用されるとした。ただし、準用されるのは撤回の自由という部分であり、遺言の方式に関する部分は準用されない。死因贈与の撤回に遺言の方式は要らない。
もっとも、負担付死因贈与について、負担の全部または一部が既に履行されている場合には、特段の事情がない限り撤回できないとした判例がある。受贈者が現実に負担を果たしている以上、その信頼を保護すべきだという判断である。
負担付遺贈と負担付死因贈与で結論が分かれる点は、実務で押さえておく価値がある。生前の介護を条件に財産を与えたいとき、遺言によるか死因贈与契約によるかで、後から翻せるかどうかが変わる。
9 第1027条(負担付遺贈に係る遺言の取消し)
9.1 趣旨と文理解釈
負担付遺贈の受遺者が負担を履行しない場合、相続人は相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がなければ、家庭裁判所に遺言の取消しを請求できる。
この節の他の条文が遺言者自身の行為を扱うのに対し、本条だけは遺言者の死後に相続人が起こす手続である。負担が履行されないまま受遺者が財産だけを保持する事態を防ぐ。
取消しが認められると遺贈は効力を失い、受遺者が受けるはずだったものは第995条により相続人に帰属する。請求できるのは相続人であり、遺言執行者も請求できるとする見解がある。負担の利益を受ける者が相続人でない場合、取消しが認められてもその者に利益は入らないという構造上の問題があることは、第1002条の記事で触れたとおりである。
一部の履行があっても、それでは負担付遺贈の目的を達せられない場合には取消しが認められ、未履行の部分がわずかな場合には認められないとされる。不履行が受遺者の責めに帰すべき事由によることも求められる。
負担付の特定財産承継遺言についても、第1027条の類推適用を認めた裁判例がある(後掲)。
10 用語解説
撤回
有効に成立した行為の効力を、将来に向けて失わせること。遺言では理由も同意も要らない。
取消し
瑕疵のある行為の効力を、遡って失わせること。第1027条の取消しは家庭裁判所の裁判による。
撤回擬制
遺言者が撤回の意思を明示していなくても、一定の事実があれば撤回したものとみなす扱い。第1023条と第1024条がこれに当たる。
抵触
前の遺言と後の遺言、または遺言と生前処分とが両立しない関係にあること。
生前処分
遺言者が生きている間にする財産の処分。売買、贈与、交換などがこれに当たる。
非復活主義
撤回された遺言は、撤回行為が失効しても復活しないという立法主義。第1025条本文が採用する。
死因贈与
贈与者の死亡によって効力を生じる贈与契約(第554条)。
遺言能力
遺言をするのに必要な能力。15歳に達していること(第961条)と、遺言をする時に意思能力を有すること(第963条)が求められる。
11 改正の経緯と現行法の状況
11.1 現行法までの経緯
この六か条は、明治民法の規定を受け継いでいる。平成16年法律第147号による現代語化で、第1022条から第1025条までの「取消」が「撤回」に改められた。第1027条は「取消し」のまま残された。
平成29年法律第44号による債権法改正に伴い、第1025条ただし書に「錯誤」が加えられた。令和2年4月1日からの適用である。
平成30年法律第72号による相続法改正では、この六か条は改正の対象外であった。もっとも、同じ改正で創設された法務局の遺言書保管制度(法務局における遺言書の保管等に関する法律、令和2年7月10日施行)により、自筆証書遺言を自宅で保管しない選択肢が生まれた。保管された遺言書は遺言者の手元にないため、第1024条前段の破棄という撤回方法が事実上使えなくなる。保管制度の利用は、撤回の方法にも影響を及ぼしている。
11.2 令和8年改正による変更(公布済み・未施行)
令和8年6月24日に公布された民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)は、第1024条に手を入れている。法務省が公表した新旧対照条文によれば、見出しは「遺言書等又は遺贈の目的物の破棄」となり、前段は「遺言者が故意に遺言書等を破棄したときは」と改められる。
ここでいう「遺言書等」は、改正後の第1004条第1項が定義する概念であり、遺言書に加えて、新設される船舶遭難者などの特別方式の遺言(改正後の第979条の2)で録音と録画を同時に行う方法により記録された電磁的記録を含む。記録媒体やデータを遺言者が故意に消去または破壊した場合にも、撤回とみなされることになる。
同じ改正で新設される保管証書遺言については、遺言書保管法の改正により、保管の申請を撤回したときはその保管証書遺言書について遺言を撤回したものとみなす旨の規定が置かれる。保管証書遺言は法務局に保管されることが効力要件とされているため、保管をやめることが遺言の撤回に直結する仕組みである。自筆証書遺言の保管制度では、保管の申請の撤回と遺言の撤回が別であることと対照的であり、混同しやすい点になる。
第1022条、第1023条、第1025条、第1026条、第1027条は、この改正の対象に含まれていない。施行日は政令で定められる。
12 判例・裁判例
12.1 遺言書の文面全体への斜線と「破棄」(最高裁判所判決平成27年11月20日)
最高裁判所判決平成27年11月20日民集69巻7号2021頁は、自筆証書遺言の文面全体に赤色のボールペンで一本の斜線が引かれていた事案について判断した。
遺言者は昭和61年に、遺産の大半を長男に相続させる内容の自筆証書遺言を作成していた。その遺言書には、文面全体の左上から右下にかけて赤色のボールペンで斜線が引かれていた。長女が、遺言者が故意に破棄したものであり遺言は撤回されたと主張して、遺言無効確認の訴えを提起した。
第一審と控訴審は、斜線を引いた後も元の文字が判読できる以上、第1024条前段の破棄には当たらないとして、遺言は有効であるとした。
最高裁判所はこれを覆した。遺言者が自筆証書である遺言書に故意に斜線を引く行為は、その斜線を引いた後になお元の文字が判読できる場合であっても、赤色のボールペンで文面全体の左上から右下にかけて引かれているという事実関係のもとでは、その行為の一般的な意味に照らして、遺言書の全体を不要のものとし、そこに記載された遺言のすべての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当であるとし、第1024条前段の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するとした。
判読可能かどうかという形式的な基準ではなく、行為の一般的な意味から遺言者の意思を読み取る立場である。この判断は、赤色のボールペンで文面全体に斜線という具体的な事実関係のもとでのものであり、一部への取消線や一部の塗りつぶしがすべて破棄になるわけではない。自筆証書の一部変更には第968条第3項の方式があり、これを満たさない加除訂正は効力を生じない。書き直したいなら、新しい遺言書を作って古いものを処分するのが確実である。
12.2 遺言後の協議離縁と「抵触」(最高裁判所判決昭和56年11月13日)
最高裁判所判決昭和56年11月13日民集35巻8号1251頁は、身分行為が第1023条第2項の抵触に当たるかを判断した。
夫婦は、終生自分たちを扶養することを前提として、ある夫婦と養子縁組をし、その六日後に所有する不動産の大半を養子夫婦に遺贈する公正証書遺言を作成した。ところが翌年、養子の一人が経営する会社の借入金の担保として、遺贈の目的である不動産に無断で根抵当権を設定していたことが発覚した。養子は根抵当権の抹消と借入金の返済を約束したが履行せず、養親は不信を深めて協議離縁した。その後に養親が死亡し、養子夫婦が遺言に基づいて所有権移転登記を求めた。
最高裁判所は、第1023条の法意が遺言者の最終意思を重んじることにあるとしたうえで、同条第2項にいう抵触とは、後の生前処分を実現しようとするときに前の遺言の執行が客観的に不能となる場合にとどまらず、諸般の事情から観察して後の生前処分が前の遺言と両立させない趣旨のもとにされたことが明らかである場合をも含むと判示した。そして、終生扶養を前提として縁組し遺贈をした遺言者が、その後に不信を深めて協議離縁し、法律上も事実上も扶養を受けないことにした以上、協議離縁は遺贈と両立させない趣旨のもとにされたものであるとして、遺言は撤回されたものとみなされるとした。
同様の解釈は大審院判決昭和18年3月19日にも示されている。抵触が客観的な執行不能に限られないという枠組みは、生前贈与、担保設定、離婚、離縁といった行為の評価に広く影響する。
12.3 撤回する遺言をさらに撤回した場合(最高裁判所判決平成9年11月13日)
最高裁判所判決平成9年11月13日民集51巻10号4144頁は、非復活主義の例外を認めた。
遺言者は複数回にわたって遺言を作成していた。第1遺言は相続人らへの遺産分割の方法を細かく指定するものであり、第2遺言はそれと異なる分割方法を指定したうえで、それ以前に作成した遺言の全部を取り消す旨を記載していた。その後に第3遺言が作成され、第2遺言を撤回する内容が記されていた。第1遺言が復活するかが争われた。
最高裁判所は、遺言を遺言の方式に従って撤回した遺言者が、さらにその撤回遺言を遺言の方式に従って撤回した場合において、遺言書の記載に照らし、遺言者の意思が原遺言の復活を希望するものであることが明らかなときは、第1025条ただし書の法意にかんがみ、遺言者の真意を尊重して原遺言の効力の復活を認めるのが相当であるとした。
条文の文言を超えた判断であり、適用には「遺言書の記載に照らし」「明らかなとき」という絞りがかかる。第3遺言に復活の意思が読み取れなければ、原則どおり復活しない。
12.4 死因贈与と撤回(最高裁判所判決昭和47年5月25日、昭和58年1月24日)
最高裁判所判決昭和47年5月25日民集26巻4号805頁は、死因贈与について、その性質に反しない限り遺言の取消しに関する規定が準用されるとし、第1022条がその方式に関する部分を除いて準用されると判断した。死因贈与は契約であるが、贈与者の最終意思を尊重すべき点で遺言と共通するためである。
最高裁判所判決昭和58年1月24日民集37巻1号21頁は、負担付死因贈与について、負担の全部または一部の履行がされた場合には、特段の事情がない限り、第1022条と第1023条の規定は準用されないとした。受贈者が現実に負担を履行した信頼を保護する趣旨である。
遺言による負担付遺贈では、第1026条により撤回権を放棄できない。負担付死因贈与では、負担が履行されていれば撤回が制限される。同じ目的を達する二つの手段の間に、この違いがある。
12.5 負担付の特定財産承継遺言と第1027条(仙台高等裁判所決定令和2年6月11日)
仙台高等裁判所決定令和2年6月11日は、負担付の「相続させる」旨の遺言について、遺贈に類似するとして第1027条の類推適用を認めた。もっとも、遺言の文言が「二男の生活を援助するものとする」という抽象的なものであり、義務の内容が定まれば履行する意思を長男が示していたことから、不履行にはやむを得ない事情があるとして、遺言の取消しは認めなかった。
負担の内容を具体的に書かなければ、取消しという制裁は働きにくい。詳細は第1002条の記事で扱ったとおりである。
13 実務上の留意点
遺言を作り直す人への助言は次のとおりである。
- 新しい遺言の冒頭に、前の遺言を撤回する条項を必ず入れる。抵触による撤回擬制に頼らない
- 撤回は遺言の方式で行う。口頭やメモでは効力を生じない
- 撤回する遺言の方式は、撤回される遺言と同じでなくてよい。公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回できる
- 自筆証書遺言を書き直すなら、部分的な訂正ではなく全部を作り直す。第968条第3項の方式を欠く訂正は効力を生じない
- 古い遺言書は処分する。公正証書遺言の正本を捨てても撤回にはならない
- 法務局に保管した遺言書は、保管の申請を撤回しても遺言の内容が撤回されるわけではない。内容を撤回するには新たな遺言が必要である
- 前の遺言の内容に戻したいときは、復活を期待せず、同じ内容を新たに書く
遺言後に財産を処分する人への助言は次のとおりである。
- 遺言の目的物を売却すれば、その部分は撤回とみなされる。他の部分への影響を確認する
- 財産構成が大きく変われば、遺言を作り直す
相続人と受遺者への助言は次のとおりである。
- 遺言書が複数出てきたら、日付を確認し、抵触する部分を整理する
- 遺言書に線が引かれていたら、誰がいつ引いたかが争点になる。現状を写真に残し、家庭裁判所の検認を受ける
- 遺言書が見当たらない場合でも、遺言が無効とは限らない。写しや作成の経緯から立証できることがある
- 生前の介護を条件に財産を受け取る約束をしたなら、遺言より死因贈与契約のほうが撤回されにくい
14 参考資料・参考サイト
- e-Gov法令検索 民法(明治29年法律第89号) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00222.html
- 法務省「民法等の一部を改正する法律案」(新旧対照条文ほか) https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00389.html
- 法務省民事局「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html
- 法務省「自筆証書遺言書保管制度」 https://www.moj.go.jp/MINJI/01.html
- 裁判所 裁判例検索 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/search1
- 最高裁判所判決平成27年11月20日民集69巻7号2021頁(判タ1421号105頁)
- 最高裁判所判決昭和56年11月13日民集35巻8号1251頁
- 大審院判決昭和18年3月19日
- 最高裁判所判決平成9年11月13日民集51巻10号4144頁
- 最高裁判所判決昭和47年5月25日民集26巻4号805頁
- 最高裁判所判決昭和58年1月24日民集37巻1号21頁
- 仙台高等裁判所決定令和2年6月11日
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