1 条文原文
第1050条(特別の寄与)
第一項 被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続の放棄をした者及び第八百九十一条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は、相続の開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる。
第二項 前項の規定による特別寄与料の支払について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から六箇月を経過したとき、又は相続開始の時から一年を経過したときは、この限りでない。
第三項 前項本文の場合には、家庭裁判所は、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、特別寄与料の額を定める。
第四項 特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない。
第五項 相続人が数人ある場合には、各相続人は、特別寄与料の額に第九百条から第九百二条までの規定により算定した当該相続人の相続分を乗じた額を負担する。
参照条文
第725条(親族の範囲) 次に掲げる者は、親族とする。 一 六親等内の血族 二 配偶者 三 三親等内の姻族
第904条の2第1項(寄与分) 共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする。
2 この条文の位置づけ
第1050条は、民法第五編(相続)の最終条文である。第882条に始まる相続編は、この一か条をもって閉じられる。
条文の置かれた場所は第十章「特別の寄与」であり、第九章「遺留分」の次に独立した章を与えられている。遺産分割にも遺留分にも属さない、相続人以外の者の権利を定める規定だからである。
平成30年法律第72号による相続法改正で新設され、令和元年7月1日から施行された。改正の中でも、配偶者居住権と並んで、市民の生活実感に近いところで働く制度である。実務では請求の件数こそ多くないが、遺産分割の協議に参加できない親族の不満を法的な請求に転換する手段として機能している。
3 趣旨・立法背景
3.1 旧法が生んでいた不均衡
被相続人の療養看護を長年担ったのが、相続人ではない親族であることは珍しくない。典型は、長男の妻が義父母を在宅で介護してきた場合である。
旧法の下では、この妻は相続人ではないから遺産分割に加われない。第904条の2の寄与分は「共同相続人中に」寄与をした者がある場合の規定であって、相続人以外の者には適用されない。妻が10年にわたり介護を担い、そのために仕事を辞めていたとしても、法律上は何も受け取れなかった。
他方、介護に一切関与しなかった相続人は、法定相続分どおりに遺産を取得する。この結果は、多くの人の公平感に反した。
3.2 旧法下の迂回手段とその限界
実務では、いくつかの迂回策が用いられてきた。
一つは、介護を担った親族の配偶者(前例では長男)の寄与分として主張する方法である。相続人本人が直接介護していなくとも、その配偶者の行為を相続人の履行補助者による寄与と構成して、相続人の寄与分に取り込む。法務省の民法(相続関係)部会に提出された参考資料でも、相続人以外の者の寄与を相続人の寄与として評価した裁判例が整理されている。しかし、この構成は、介護を担った本人が相続人の配偶者である場合にしか使えない。長男が既に死亡していれば、妻は代襲相続人でもなく、拠り所を失う。
もう一つは、不当利得返還請求や準委任契約に基づく報酬請求である。しかし、親族間の無償の介護について契約の成立を立証することは難しく、利得の額の算定も容易でない。
遺言や生前贈与で報いる方法もあるが、被相続人がその手当てをしないまま死亡すれば意味をなさない。
3.3 立法の決断
改正は、相続人以外の親族に、相続人に対する独自の金銭請求権を認めるという形で応えた。
ここで採られた構成は、相続分を調整する方法ではない。妻を相続人に準じる者として遺産分割に参加させると、分割手続が複雑化し、相続人の範囲が不安定になる。そこで、遺産分割とは切り離し、相続人に対する金銭債権として構成した。特別寄与料をめぐる争いが長引いても、遺産分割は独自に進められる。
一方で、この構成の代償として、相続人がいない場合には請求先が存在しないという帰結が生じる。相続人不存在の場合は、第958条の2の特別縁故者に対する財産分与によることになる。
4 第1項の文理解釈
4.1 「被相続人の親族」——請求できる者の範囲
特別寄与者となり得るのは「被相続人の親族」である。第725条により、六親等内の血族、配偶者、三親等内の姻族がこれにあたる。長男の妻は一親等の姻族であるから含まれる。被相続人の兄弟姉妹、甥姪、いとこも範囲内である。
括弧書により、次の者は除かれる。相続人、相続の放棄をした者、第891条の欠格事由に該当する者、廃除によって相続権を失った者である。
相続人が除かれるのは、相続人には第904条の2の寄与分があるためである。二つの制度が重複して適用されることはない。
相続放棄をした者が除かれる点は注意を要する。放棄をすれば初めから相続人でなかったものとみなされる(第939条)から、形式的には相続人に当たらないが、括弧書は明文で除いている。相続放棄をした者が特別寄与料を請求することはできない。負債超過を理由に放棄した親族が、介護の対価だけは請求したいと望んでも、条文がこれを認めない。放棄の判断をする前に、この点を説明しておく必要がある。
範囲外の者として、内縁の配偶者、事実上の養子、同性のパートナー、親族関係のない友人や近隣の住民がいる。これらの者がどれほど手厚い介護を行っても、第1050条による請求はできない。法制審議会の審議でも対象範囲は議論されたが、相手方を明確にし紛争の拡大を防ぐという観点から、親族に限定された。これらの者については、相続人不存在の場合に第958条の2の特別縁故者として財産分与を求める道があるにとどまる。制度の限界として認識しておきたい。
4.2 「無償で」
対価を受けていないことを要する。介護の報酬として金銭を受け取っていた場合、あるいは被相続人の財産から給与に相当する支払を受けていた場合は、無償性が否定される。
被相続人と同居し、生活費を被相続人が負担していたときの扱いは、事案による。生活費の負担が介護の対価としての性質を持つのか、単なる同居に伴う家計の共同にすぎないのかを、金額や生活の実態から評価する。家賃相当額の免除を受けていたことをもって直ちに有償とされるわけではないが、相続人側からは無償性を争う主張が出される。介護を始めた時期の家計の状況を記録しておくと、後の立証に役立つ。
4.3 「療養看護その他の労務の提供」——寄与分との差
第904条の2第1項が「事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により」としているのに対し、第1050条第1項は「療養看護その他の労務の提供」に限っている。
この違いは意識的なものである。金銭を出捐した、不動産を贈与した、被相続人の債務を代わりに弁済したといった財産給付型の寄与は、第1050条の対象とならない。財産の給付であれば、不当利得や求償といった一般の債権法の枠組みで処理できるし、貸付なのか贈与なのかをめぐる争いを相続の手続に持ち込むのは適切でないと考えられたためである。
労務の提供であれば、療養看護に限られない。被相続人の家業を無償で手伝った、農業や商店の経営を支えたといった事業従事型も含まれる。「その他の労務の提供」がこれを受け止める。
4.4 「財産の維持又は増加」——因果関係
労務の提供と、財産の維持または増加との間に因果関係が必要である。
療養看護型では、親族が介護を担ったことで、職業介護人を雇う費用や施設入所の費用の支出を免れたという形で、財産の維持が認められる。支出の抑制が財産の維持にあたるという理解である。
精神的な支えとなった、頻繁に見舞いに訪れて励ましたというだけでは、財産の維持または増加に結び付かない。第1050条は感謝の気持ちを金銭に換える制度ではなく、財産的な貢献を評価する制度である。
4.5 「特別の寄与」——扶養義務の範囲を超えること
親族間には協力扶助の関係がある。第730条は直系血族および同居の親族の扶け合いを定め、第877条は直系血族および兄弟姉妹の扶養義務を定める。これらの範囲でされる通常の世話は、「特別の」寄与にあたらない。
どの程度を超えれば特別といえるか。寄与分の実務では、療養看護型について、被相続人が要介護状態にあり、継続的に、かつ片手間でない態様で看護が行われたことが目安とされてきた。要介護度が一定以上であること、期間が相当の長さに及ぶこと、専従性があることが指標となる。
もっとも、第1050条の「特別の寄与」を寄与分と同一に解すべきかには議論がある。相続人には扶養義務に基づく貢献が一定程度期待されるのに対し、相続人でない親族、とりわけ姻族には直接の扶養義務がない。義務のない者が担った介護は、義務のある者の介護よりも「特別」と評価されやすいという見方である。長男の妻には義父母に対する扶養義務が当然にはない以上、寄与分の基準をそのまま当てはめるのは適切でないとする見解が有力である。
4.6 請求の相手方と権利の性質
請求の相手方は相続人である。相続人が複数であれば、第5項により各相続人が相続分に応じた額を負担する。各相続人に対する分割債務であり、連帯債務ではない。相続人の一人に全額を請求することはできない。
権利の性質は金銭債権である。遺留分侵害額請求と同じく、特定の財産を取り戻す権利ではない。
「相続の開始後」に請求できるとされており、被相続人の生前に請求することはできない。生前に介護の対価を確保したいのであれば、被相続人との間で有償の契約を結ぶか、被相続人に遺言を作成してもらうことになる。
5 第2項——協議と家庭裁判所への請求、期間制限
5.1 まず協議
条文の建て付けは、当事者間の協議が先である。協議が調わないとき、または協議をすることができないときに、家庭裁判所に協議に代わる処分を請求できる。
もっとも、協議が調う見込みが乏しければ、期間の制約から直ちに申立てに進むべき場合が多い。相続人が所在不明である、協議に応じないといった事情があれば「協議をすることができないとき」にあたる。
5.2 6か月・1年という期間
ただし書は二つの期間を定める。特別寄与者が相続の開始および相続人を知った時から6か月、または相続開始の時から1年である。いずれか早い方の到来により、家庭裁判所への請求ができなくなる。
この期間は、条文が時効とせず「この限りでない」と定めていることから、除斥期間と解されている。援用を要せず、更新も完成猶予もない。
期間の短さは、他の制度と比べて際立っている。遺留分侵害額請求は1年と10年(第1048条)、相続放棄の熟慮期間は3か月(第915条第1項)である。相続人でない者の請求権を長く残すと相続関係の確定が遅れるという配慮から、6か月という短期が置かれた。
5.3 期間内に何をしなければならないか
条文が期間を区切っているのは「家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求すること」である。相続人に対して請求の意思表示をしただけでは、期間の経過を止められない。
ここが実務で最も事故の起きやすい箇所である。相続人に手紙を出して介護の労に報いるよう求め、返事を待っているうちに6か月が過ぎる。相手方が「検討する」と言い続けている間に期間が経過する。そうなれば、家庭裁判所に持ち込む道は閉ざされる。
期間の終期を最初に確定し、協議が長引く兆しがあれば、期限の1か月前を目安に申立ての準備に入る。協議の継続と申立ては両立する。申立てをしたうえで話合いを続けてもよい。
なお、第2項が制限しているのは家庭裁判所への請求である。期間経過後に相続人が任意に支払うことを妨げるものではないが、裁判所を通じて強制する手段は失われる。
6 第3項——額の算定
6.1 考慮要素
家庭裁判所は「寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情」を考慮して額を定める。計算式は法定されていない。裁判所の裁量が広く認められている。
6.2 療養看護型の算定の枠組み
実務では、寄与分の療養看護型について用いられてきた枠組みが参照されている。
日額 × 日数 × 裁量割合
日額には、介護保険の介護報酬基準額や、職業介護人を雇った場合の費用が用いられる。要介護度に応じた金額を基礎とすることが多い。
裁量割合は、職業介護人ではない親族による介護であることを反映して、0.5から0.8程度が用いられる。専門的な資格を持たないこと、24時間拘束されているわけではないこと、同居による利益を受けていることなどが減額の理由となる。
6.3 算定例
被相続人Aは要介護3の状態で在宅生活を送り、長男Bの妻Xが3年間(およそ1,095日)にわたり日常の介護を担った。Xは介護のために勤務先を退職した。Aの遺産は預貯金と自宅で合計4,000万円、遺贈はない。相続人はBと二男Cの二人である。
日額を6,000円とすると、6,000円 × 1,095日 = 657万円。 裁量割合を0.7とすると、657万円 × 0.7 = 約460万円。
第4項の上限は4,000万円であるから、これを超えない。
第5項により、BとCがそれぞれ法定相続分2分の1に応じて230万円ずつ負担する。
ここで見落とせないのは、Xの夫であるBも負担者であるという点である。Xが460万円を得ても、同じ家計から230万円が出ていく。夫婦の家計全体で見れば、実際に増えるのはCの負担分230万円にとどまる。相談の場では、この構造を先に説明しておきたい。請求の実益を測るうえで欠かせない視点である。
Bが既に死亡していてCのみが相続人である場合には、Cが460万円全額を負担する。介護を担った親族の配偶者が先に亡くなっている事案こそ、第1050条が本来の働きをする場面である。
6.4 立証の準備
額を基礎づける資料として、次のものを揃える。
被相続人の要介護認定の記録、主治医意見書、介護保険の利用明細。介護の内容と時間を記した日誌やカレンダーの記載。同居や通いの実態が分かる資料。介護のために就労を制限したのであれば、退職や勤務時間短縮を示す資料。被相続人の預貯金の出入りが分かる通帳。
介護は日常の営みであるため、記録が残っていないことが多い。相談を受けた段階で、記憶の新しいうちに時系列表を作成しておく。ケアマネジャーが保管するサービス提供記録は、第三者作成の資料として有用である。
7 第4項——上限
特別寄与料の額は、被相続人が相続開始時に有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えられない。
遺産が1,000万円で、そのうち500万円が第三者に遺贈されていれば、上限は500万円である。遺贈を受けた者が特別寄与料を負担することはなく、負担するのは相続人に限られるという構造に対応している。
条文は相続債務の控除に触れていない。文言上、債務は上限の計算に反映されない。もっとも、第3項の「相続財産の額その他一切の事情」の考慮を通じて、債務超過に近い相続財産の状況が額の決定に影響することはあり得る。
遺言で全財産が第三者に遺贈されていれば、控除後の残額はゼロとなり、特別寄与料を請求する余地がなくなる。介護を担った親族にとって、被相続人の遺言の内容が請求の可否そのものを左右する。
8 第5項——相続人の負担
各相続人は、特別寄与料の額に第900条から第902条までにより算定した相続分を乗じた額を負担する。
第902条(遺言による相続分の指定)が掲げられている点に意味がある。被相続人が遺言で相続分を指定していれば、指定相続分に応じて負担する。遺産を多く取得する者が、特別寄与料も多く負担するという対応関係になる。
第903条(特別受益)と第904条の2(寄与分)は掲げられていない。具体的相続分ではなく、法定相続分または指定相続分によって負担が決まる。特別受益を多く受けた相続人の負担が増えることはない。遺産分割の結果を待たずに負担額を確定できるようにした設計である。
分割債務であるから、相続人の一人が無資力であっても、その分が他の相続人に転嫁されることはない。特別寄与者がその損失を負う。
9 手続
9.1 家庭裁判所の手続
特別の寄与に関する処分は、家事事件手続法別表第二に掲げる事項であり、同法第二編第三章第十八節の2(第216条の2から第216条の5まで)に手続の定めがある。
管轄は、相続が開始した地を管轄する家庭裁判所である(同法第216条の2)。被相続人の最後の住所地を基準とする。特別寄与者の住所地ではない点に注意する。
家庭裁判所は、審判において当事者に対し金銭の支払を命ずることができる(同法第216条の3)。給付を命ずる審判は債務名義となり、強制執行が可能である。
別表第二の事件であるから、調停を申し立てることもでき、審判を申し立てることもできる。調停前置の適用はない。期間の制約を考えると、審判を申し立てて手続内で話合いを試みる方が安全である。
相続人が複数であれば、全員を相手方とする。一部の相続人だけを相手方とすることも可能だが、その場合は相手方とした者の負担部分しか請求できない。
9.2 保全
審判が確定するまでの間に相続人が遺産を処分してしまうおそれがあるときは、審判前の保全処分を検討する。もっとも、特別寄与料は相続人に対する金銭債権であるから、責任財産は相続人の固有財産にも及ぶ。遺産が費消されたからといって直ちに回収不能になるわけではない。
10 裁判例
制度の施行から日が浅く、公表された裁判例は限られている。
静岡家庭裁判所令和3年7月26日審判は、被相続人の弟が、相続人である被相続人の子らに対して特別寄与料を請求した事案である。申立人は、被相続人の入退院時の手続や付添い、必要品の購入と準備、書類の作成と提出、医師の説明への立会いなどを行っていた。裁判所は、これらの行為は月に数回程度入院先等を訪れて診察や入退院に立ち会い、手続に必要な書類を作成するというものであって、専従的な療養看護には当たらないとして、申立てを却下した。
この審判が示すのは、入退院の付添いや事務手続の代行といった支援だけでは「特別の寄与」の要件を満たさないという線引きである。頻度と専従性が問われる。月に数回の訪問では足りず、日常的に身体介護や生活の支援を担っていた実態が必要となる。
このほか、寄与分の療養看護型に関する裁判例の集積が参照される。法務省の民法(相続関係)部会に提出された参考資料は、相続人以外の者の寄与に関するものを中心に、旧法下の裁判例を整理しており、立法の前提となった実務の到達点を知るうえで有用である。介護による寄与分を一部認めた東京高等裁判所令和5年11月28日決定のように、改正後の寄与分の裁判例も、第1050条の判断の枠組みを考えるうえで参考になる。
11 税務上の取扱い
11.1 特別寄与者の側
相続税法第4条第2項により、特別寄与料の額が確定した場合、特別寄与者はその額に相当する金額を被相続人から遺贈により取得したものとみなされる。相続税の課税対象である。
申告期限は、特別寄与料の額が確定したことを知った日の翌日から10か月以内である(相続税法第29条第1項)。
特別寄与者は、通常、被相続人の子の配偶者、兄弟姉妹、甥姪であり、一親等の血族でも配偶者でもない。したがって相続税額の2割加算(相続税法第18条)の対象となる。手取額を試算する際に織り込む。
11.2 相続人の側
相続人が支払うべき特別寄与料の額は、その相続人の課税価格から控除される。
既に相続税の申告を済ませた後に特別寄与料の額が確定した場合は、相続税法第32条第1項第7号により、確定したことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求ができる。
遺留分侵害額請求と同じく4か月という短い期間であるから、審判の確定や和解の成立と同時に税務の手続に入る。
12 用語解説
特別寄与者 被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をし、被相続人の財産の維持または増加に特別の寄与をした被相続人の親族。相続人、相続放棄をした者、相続欠格者、廃除された者は除かれる。
特別寄与料 特別寄与者が相続人に対して請求できる、寄与に応じた額の金銭。
親族 第725条が定める範囲。六親等内の血族、配偶者、三親等内の姻族。長男の妻は一親等の姻族として含まれる。
寄与分 第904条の2が定める、共同相続人の中に被相続人の財産の維持・増加に特別の寄与をした者がある場合に、その者の相続分を増やす制度。対象が相続人に限られ、財産上の給付も含む点で第1050条と異なる。
除斥期間 一定期間の経過により権利が当然に消滅する期間。援用を要せず、更新・完成猶予の規定が働かない。第1050条第2項ただし書の6か月・1年は除斥期間と解されている。
裁量割合 療養看護型の寄与の額を算定する際、職業介護人の費用を基礎とした金額に乗じる割合。親族による介護であることを反映して減額する趣旨で、0.5から0.8程度が用いられる。
特別縁故者 相続人不存在の場合に、被相続人と生計を同じくしていた者、療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者として、家庭裁判所から相続財産の分与を受けられる者(第958条の2)。親族でない介護者はこちらによることになる。
13 寄与分との対照
| 項目 | 寄与分(第904条の2) | 特別の寄与(第1050条) |
|---|---|---|
| 主体 | 共同相続人 | 相続人でない被相続人の親族 |
| 寄与の態様 | 事業の労務提供、財産上の給付、療養看護その他 | 療養看護その他の労務の提供に限る |
| 法的構成 | 相続分の修正 | 相続人に対する金銭債権 |
| 決まる場面 | 遺産分割の協議・調停・審判 | 当事者の協議、家庭裁判所の審判 |
| 期間制限 | 遺産分割の手続内。別途の期間制限なし | 知った時から6か月、相続開始から1年 |
| 管轄 | 遺産分割の手続による | 相続開始地の家庭裁判所 |
| 上限 | 相続財産の額 | 相続開始時の財産の価額から遺贈の価額を控除した残額 |
| 税務 | 相続により取得 | 遺贈により取得したものとみなす。2割加算の対象となり得る |
14 改正の経緯と現行法の状況
本条は平成30年法律第72号により新設され、令和元年7月1日から施行された。同法附則第2条により、施行日前に開始した相続については適用されない。被相続人の死亡が令和元年6月30日以前であれば、どれほど手厚い介護をしていても本条による請求はできない。相談を受けたら、まず死亡日を確認する。
令和3年法律第24号(相続財産管理人の名称変更等)、令和8年法律第45号(成年後見及び遺言の制度の見直し。令和8年6月24日公布、施行日は未到来)のいずれも、第1050条を改正の対象としていない。本条は新設時の内容のまま維持されている。
15 実務上の留意点
15.1 請求する側
期限の管理に尽きる。相談を受けたその日に、相続開始の日と、相続の開始および相続人を知った日を確定し、6か月後と1年後の日付を書き留める。協議の進行にかかわらず、期限の1か月前には家庭裁判所への申立てを準備する。
請求の実益を先に試算する。相続人の構成によっては、自らの配偶者が負担者に含まれ、家計全体での増加分が想定より小さいことがある。相続人が無資力であれば回収可能性も問題になる。着手前にこの見通しを共有しておく。
資料は早く集める。ケアマネジャーのサービス提供記録、介護保険の利用明細、要介護認定の資料は、時間が経つと入手が難しくなる。介護日誌がなければ、記憶が鮮明なうちに時系列表を作る。
相続放棄との関係を確認する。相続人でもあり得る立場の親族が放棄を検討している場合、放棄をすれば特別寄与料の請求権も失う。負債の有無と介護の実績を併せて判断する。
15.2 相続人の側
期間の経過を最初に確認する。6か月または1年を過ぎていれば、家庭裁判所への請求は認められない。
要件を個別に検討する。無償性、労務の提供であること、財産の維持・増加との因果関係、扶養義務の範囲を超える「特別の」寄与であること。静岡家庭裁判所令和3年7月26日審判が示したように、付添いや事務手続の代行にとどまるのであれば、要件を満たさない。
生活費や住居の提供を被相続人が負担していたのであれば、無償性を争う。金額と期間を具体的に示す。
自らの負担は相続分に応じた額に限られる。他の相続人の負担分まで支払う必要はない。
支払が確定したら、4か月以内の更正の請求を忘れない。
15.3 予防法務として
第1050条は、紛争が起きた後の救済である。被相続人が生前に手当てをしておけば、6か月の期限に追われることも、介護の実態を裁判所で立証することもない。
介護を担う親族に報いる方法としては、遺言による遺贈が最も確実である。遺贈であれば、金額も時期も被相続人が決められる。公正証書遺言にしておけば、検認も要しない。
生命保険の受取人に指定する方法もある。受取人固有の権利であり、遺産分割の対象とならない。
養子縁組により相続人としてしまう方法もあるが、他の相続人の相続分が減るため、かえって紛争を招くことがある。相続税の基礎控除や税額への影響も併せて検討する。
被相続人との間で有償の準委任契約を結び、介護の対価を定期的に支払う方法も考えられる。この場合は無償性が失われるため第1050条の請求はできなくなるが、生前に確実に受け取れる利点がある。
相続の相談を受ける場面では、介護を担っている親族がいるかを必ず確認し、被相続人が判断能力を保っているうちに遺言の作成を勧める。第1050条の存在を知らせることは、同時に、この条文に頼らずに済む設計を促すことでもある。
16 参考資料・参考サイト
e-Gov法令検索 民法(明治29年法律第89号) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
e-Gov法令検索 民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号) https://laws.e-gov.go.jp/law/430AC0000000072
e-Gov法令検索 家事事件手続法(平成23年法律第52号) https://laws.e-gov.go.jp/law/423AC0000000052
e-Gov法令検索 相続税法(昭和25年法律第73号) https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000073
法務省 民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正) https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00222.html
法務省 民法(相続関係)部会 参考資料「寄与分に関する裁判例(相続人以外の者の寄与に関するものを中心に)」 https://www.moj.go.jp/content/001222143.pdf
東京家庭裁判所 特別の寄与に関する処分調停 https://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/kiyo2/index.html
裁判所 裁判例検索 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/search1
国税庁 相続税および贈与税に関する情報 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/
中川総合法務オフィス https://compliance21.com/


