はじめに――「談合は必要悪」という認識の危うさ
「地域を守るためにはやむを得ない面がある」「業界全体で仕事を分け合うのは合理的だ」――建設業界で談合が繰り返されてきた背景には、こうした認識が根強く存在する。
コンプライアンス研修で談合をテーマに取り上げると、特に中高年の受講者から「談合はある意味で合理的ではないか」という声が出ることがある。その気持ちは理解できる。公共工事が激減した時代に、地域の業者が共倒れを避けるために仕事を分け合おうとした側面があることは事実だ。高知県建設業協会がまとめた調査でも、談合に参加した企業の多くが「公共事業が減少する中、工事受注とその利益を確実に確保するため」あるいは「公共事業が急激に減少し、設計単価も下落する中で、企業を存続させ従業員の継続雇用を確保していくため 」という動機を挙げている。
しかし、その「合理性」の認識こそが、企業を破滅的なリスクにさらす。談合は独占禁止法が禁じる重大な犯罪行為であり、発覚した場合の制裁は事業の存続を脅かすほど重い。本稿では、リニア中央新幹線談合事件をはじめとする実例をもとに、建設業における談合問題の実態とコンプライアンスの観点からの教訓を整理する。
談合とは何か――法的な定義と仕組み
入札談合とは、公共工事などの競争入札において、本来競争すべき事業者が事前に話し合い、受注予定者や入札価格をあらかじめ決めておく行為である。独占禁止法第3条が禁じる「不当な取引制限」に該当し、刑罰は5年以下の拘禁刑=懲役または500万円以下の罰金であり、未遂でも刑罰の対象となる。また、社員が入札談合をした場合、両罰規定により所属する法人も5億円以下の罰金の対象となる。
※独禁法2条6項:この法律において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。
※独禁法3条:事業者は、私的独占又は不当な取引制限をしてはならない。
談合の典型的な手順は次のようなものだ。競合する業者間で「基本合意」を形成し、個別工事の発注があるたびに受注予定者を決め、それ以外の業者は受注予定者が落札できるよう高い金額で入札する。結果として落札価格は本来あるべき水準より高止まりし、発注者(国・地方公共団体)は不当に高い費用を支払わされることになる。これは税金の無駄遣いであり、公正な競争秩序の破壊である。
発注側の行政職員が予定価格を漏洩したり談合に関与したりする「官製談合」は、さらに重く扱われる。公務員が関与していた場合は官製談合防止法が適用され、違反した場合の刑罰は5年以下の懲役または250万円以下の罰金で、談合罪や独占禁止法に比べて刑罰は重くなっている。
リニア中央新幹線談合事件――大手ゼネコン4社の転落
建設業における近年最大の談合事件は、リニア中央新幹線建設工事をめぐる大手ゼネコン4社の談合事件である。
この事件は、大林組、鹿島建設、大成建設が平成26年4月から27年8月まで、JR東海が発注するリニア品川・名古屋両駅の新設工事の入札で事前に受注予定業者を決めるなどして競争を実質的に制限したことに加え、清水建設が27年1月から8月まで、これに関与したという談合事件である。
上記4社は東京地検特捜部から独禁法違反(不当な取引制限)で起訴され、国土交通省は上記4社を関東・中部両地方整備局など国交関連の19機関が同日から4か月間の指名停止とした。
実際にリニア談合事件においては、大手ゼネコンの大林組と清水建設には、それぞれ2億円と1.8億円の罰金と合わせて120日間の営業停止処分が下されている。
この事件から学べる教訓は何か。第一に、大手企業であっても談合は起きるという事実である。「うちのような規模の会社には関係ない」という意識は根拠のない油断だ。第二に、国家的プロジェクトの受注という強烈な動機が、コンプライアンス意識を麻痺させることがある。第三に、内部告発・課徴金減免制度の活用が事件の解明につながったという事実が、「隠しきれる」という思い込みの虚しさを示している。
高知県発注工事の談合事件――官製談合と地域業者の実態
リニア事件が大手ゼネコンの問題だとすれば、地方の中堅・中小建設業者にとってより身近な事例が、高知県発注工事をめぐる談合事件である。
違反行為者31名は、遅くとも平成20年4月1日以降、共同して土佐国道事務所発注の特定一般土木工事について、受注価格の低落防止等を図るため、受注調整を行っていたとして認定を受け、37名に排除措置命令・課徴金納付命令が出された。さらに、国土交通省の職員による入札談合等関与行為が認められたとして、官製談合の認定が下されている。
さらに注目すべきは、公正取引委員会から国土交通省に対し、土佐国道事務所及び高知河川国道事務所の副所長が、それぞれ当該事務所の発注工事に関し、入札参加予定者・業者ごとの総合評価点数・予定価格等を教示し、事業者らがその情報に基づき受注予定者を決定して入札するなどの談合行為を繰り返していたという官製談合の構造が明らかになった点だ。
この事件で高知県建設業協会が行った聞き取り調査の結果は、談合の本質を示す生々しい証言を残している。「地域業者からすれば普通の、日常的会話が独禁法に抵触するような場合があることが分かった。従業員にどう教育していくか悩んでいる」という声は、談合がいかに日常業務の延長線上で発生しているかを示している。
談合が繰り返される構造的な背景
建設業界で談合が繰り返されてきた理由は、単純な「悪意」ではない。構造的な背景が存在する。
建設業界における談合が「必要悪」として存在してきたのは、入札参加者が公正かつ公平に入札をすると1件も受注できない事業者も発生するからである。そのような状態になると、優秀な一部の大手企業のみが残り、他の建設業者は淘汰される状態が容易に発生する。優秀な一部の大手企業のみが残った状態では、日本の社会インフラを担う建設事業者が不十分な状態になってしまう。
この「業界存続のための自衛」という論理が、談合を「やむをえないこと」として組織内に定着させてきた。「建設業の不祥事はなぜ起きるのか」で論じた組織的慣行の呪縛が、談合においても同様に機能している。
しかし、この論理には根本的な欠陥がある。談合によって人為的に高止まりした落札価格は、結果として公共工事に充てられる国民の税金を不当に消費する。それは発注者・国民への背信であり、公共事業に依存する建設業という業種の社会的信頼を根底から揺るがす。「業界を守るための談合」が、業界への社会的信頼を破壊するという逆説に気づかなければならない。
法的制裁の全体像――行政・刑事・民事の三重制裁
談合が発覚した場合の制裁は、行政処分・刑事罰・民事責任の三方向から同時に及ぶ。
行政処分として、公正取引委員会は違反行為をした企業に対し、速やかにその行為をやめ市場における競争を回復させるのに必要な措置を命じる「排除措置命令」と、課徴金を国庫に納めるように命じる「課徴金納付命令」を行う。課徴金は対象商品・役務の売上額を基礎に算定されるため、大規模な公共工事に関与していた場合は数億円から数十億円規模になりうる。
刑事罰としては独占禁止法違反・談合罪による懲役・罰金が課される。法人への両罰規定により、会社自体も5億円以下の罰金の対象となる。加えて、指名停止処分により公共工事の受注機会が長期にわたって失われる。公共工事への依存度が高い建設会社にとって、指名停止は死活問題となる。
民事責任として、独占禁止法違反の行為に起因して被害を被った被害者は、違反者に対して損害賠償請求ができ、違反者は故意・過失を問わず責任を負わなければならない。 国や地方公共団体が損害賠償請求に踏み切った事例も複数存在する。
※独禁法第二十五条 第三条…の規定に違反する行為をした事業者…は、被害者に対し、損害賠償の責めに任ずる。
② 事業者及び事業者団体は、故意又は過失がなかつたことを証明して、前項に規定する責任を免れることができない。
課徴金減免制度(リニエンシー)――自主申告の戦略的意義
談合が発覚した、または発覚しそうな状況では、課徴金減免制度(リニエンシー)の活用が重要な選択肢となる。
この制度には、公正取引委員会の調査が始まる前に他の事業者よりも早期に報告すれば、課徴金の減額率が大きくなる仕組みとなっており、公正取引委員会の調査開始日前と調査開始日以降とで合わせて最大5社(ただし調査開始日以降は最大3社)に適用されるという条件がある。
リニア談合事件でも、大林組と清水建設がこの制度を活用して自主申告を行い、両社の元幹部らは起訴猶予処分となっている。「最初に申告した者が最も有利になる」という構造が、談合の均衡を崩す効果を生んでいる。
※2020年12月25日施行の改正独占禁止法(令和元年改正)により、抜本的見直しで、最大5社までの上限が撤廃され、調査協力へのインセンティブ(調査協力減算)が強化されたほか、課徴金の算定期間が最大10年に延長。
課徴金減免申請の優先順位と減免率(調査開始前)
1位: 100% 免除
2位: 50%〜60% 減額(改正により向上)
3位〜5位: 30%〜10% 減額
6位以下: 最大50%(調査協力の度合いによる)
談合防止に向けたコンプライアンス体制
コンプライアンス研修で談合をテーマに扱う際、受講者に必ず確認してもらうポイントがある。
入札等に関与する社員に対して、具体的な行動規範が社内に存在するか。「競合他社の担当者と入札情報を話題にしてはならない」「発注機関の担当者から設計価格に関する情報提供を受けた場合は直ちに上司に報告する」といった具体的な行動基準が明文化されているかどうかを確認することが出発点となる。
独禁法違反企業の聞き取り調査では、「地域業者からすれば普通の、日常的会話が独禁法に抵触するような場合があることが分かった」という反省が示されている。 これは「知らなかった」という言い訳が通用しないことを意味する。入札に関わる社員全員が、どこからが違法な情報交換になるかを理解していなければ、組織を守ることはできない。
また、発注機関の職員から「有益な情報」を得た場合の対応ルールを明確にしておくことも重要だ。官製談合は「親切な情報提供」という形で始まることが多い。その「善意」を断るための組織的な仕組みと教育が、結果として会社を守ることになる。
まとめ
談合は建設業において歴史的に根深い問題であり、「業界の慣行」として半ば容認されてきた側面がある。しかし独占禁止法・官製談合防止法の厳正な運用、課徴金の算定強化、リニエンシー制度の活用拡大により、「発覚しない談合」は存在しなくなりつつある。
リニア談合事件が示したように、国家的プロジェクトを担う大手ゼネコンでさえ、強烈な受注動機の前にコンプライアンス意識が後退するリスクがある。「自社には関係ない」という思い込みを捨て、入札に関与する社員への具体的な行動規範の教育と、情報交換の境界線に関する組織的な周知こそが、談合防止の現実的な出発点である。
中川総合法務オフィスでは、建設会社向けのコンプライアンス研修・体制構築支援を行っております。談合防止教育・独禁法リスクの社内研修も承ります。初回相談は無料です。お問い合わせはこちら

