はじめに――「現場の事故」は経営問題である

バレーボールで鍛えた体を持つ私が、現場の安全問題に対して特別な感覚を持っているとすれば、それは「一人ひとりの身体能力がチームの勝敗を左右する」という経験に基づいている。建設現場もまた、そこで働く一人ひとりの身体的な安全が組織全体の命運を左右する。

厚生労働省がまとめた2024年の労働災害発生状況によると、建設業全体の死亡者数は232人で、全産業の31.1%を占め、業種別で最も死亡者数が多いのが建設業である。一日に一人以上が建設現場で命を落としており、その多くが足場などからの墜落・転落である。

この数字は、建設業が依然として最も危険な業種であり続けていることを示す。しかし、経営者にとって重要なのは統計の数字だけではない。現場でひとたび死亡事故が発生すれば、経営者・会社はただちに刑事・民事・行政の三方向から責任を問われる。本稿では、安全事故が発生した場合の経営責任の全体像を、判例と法令の一次資料をもとに整理する。


刑事責任――両罰規定で会社・個人双方が対象

建設現場で死亡事故が発生した場合、まず問題になるのが刑事責任である。

労働安全衛生法は、事業者に対し労働者の安全衛生を確保するための具体的な措置義務を課している。高所作業における墜落防止措置、重機作業における安全管理、有害物質への防護措置など、業種・作業内容ごとに詳細な義務が定められている。これらの義務に違反して死傷事故が発生した場合、事業者は刑事罰の対象となる。

死亡事故など重大な労働災害が発生した場合には、労働安全衛生法違反として刑事責任が問われることが多くなっており、罰金刑については「両罰規定」と呼ばれる規定が設けられており個人と法人の両方を処罰することができる。実際にも、営業所や現場の責任者(個人)と法人(会社)の双方に罰金刑が科されることが多くなっている。

両罰規定の存在が重要である。現場で直接の指揮監督をしていた責任者(現場監督・所長)が刑事責任を負うだけでなく、会社法人それ自体も罰金刑の対象となる。現場の担当者が「自分が責任をとる」と言っても、会社への責任追及は避けられない。

加えて、建設業では行政処分を受けたり、入札参加が制限されることがある。起訴された場合の不利益は重大で、事業に大きな影響を与える。

厚生労働省の地方労働行政運営方針では、送検すべき事案の基準が示されており、労働安全衛生法違反の書類送検に至る場合として、重大・悪質な法令違反があった場合が挙げられており、建設会社と社員を安衛法違反の疑いで書類送検する事例が実際に起きている。


民事責任①――安全配慮義務違反(直接雇用の場合)

刑事責任と並行して、被災労働者・遺族からの民事上の損害賠償請求が問題となる。

労働契約法5条では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定されており、使用者は労働者に対して労働契約上の義務として安全配慮義務を負っている。会社の従業員に対する安全配慮義務を怠ったために労働災害が発生した場合、会社は従業員に対する債務不履行(民法415条)または不法行為(民法709条)による損害賠償責任を負うことになる。

損害賠償の対象は、労災保険給付でカバーされない部分を含む損害全般に及ぶ。慰謝料・逸失利益・後遺障害補償など、被災者に生じた経済的損害の全体について賠償義務を負う可能性がある。令和6年の建設業における休業4日以上の死傷者数は1万3849人であり、建設現場で起きた事故ではほとんどのケースで労災保険から補償を受けることができるが、それだけでは補償が十分でないと感じたら労災の責任がある事業者に対しての損害賠償請求も検討される。


民事責任②――元請の下請労働者への安全配慮義務

建設業のコンプライアンスにおいて特に重要なのが、元請業者と下請労働者の関係における安全配慮義務の問題である。

元請会社と下請労働者の間には、直接の労働契約関係がない。原則として、安全配慮義務は直接の雇用主(下請会社)が負う。しかし、最高裁は例外を認めている。

元請会社は発注先である下請会社の従業員に対する安全配慮義務を負うことは原則としてないが、元請会社と下請会社の従業員との間にある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係が認められる場合には安全配慮義務が生じると解される(最高裁昭和50年2月25日判決)特別な社会的接触とは、下請会社の従業員が元請会社の管理する設備・工具などを使っていた、事実上元請会社の指揮監督を受けて働いていた、作業内容が元請会社の従業員の作業内容と類似していたなどの事情により元請会社と下請会社の従業員との間で実質的な使用関係あるいは間接的指揮命令関係が認められることをいう。

建設業では、この「特別な社会的接触関係」が認められやすい。建設業に属する元請会社である元方事業者は、土砂等が崩壊したり機械等が転倒したりする恐れのある場所において関係請負人の労働者が作業を実施する場合、当該作業員が安全な環境で働けるよう技術上の指導等といった処置を講じる必要があるとされており(労働安全衛生法第29条の2)、このような規定が存在するため建設業の元請け会社は下請会社との関係で安全配慮義務や使用者責任が認められやすい。

実際の裁判例でも、孫請け会社の労働者が下請け会社の従業員の過失でクレーンからの落下物によって死傷した事案において、加害者となった従業員が10%、その使用者である下請け会社が30%、現実的に監督をしていた元請け会社が30%、直接の雇用主である孫請け会社が30%の割合で責任を負うこととなった ケースがある。

下請けの事故だから元請は関係ない」は通用しない。それどころか、現場を実質的に管理・指揮していた元請が重い責任割合を負う構造が、複数の裁判例で確認されている。


事例:東京・八重洲の鉄骨落下事故(令和5年)

2023年9月、東京都中央区の八重洲地区で建設中のビル工事現場において、鉄骨が落下し作業員2名が死亡、1名が意識不明となる重大事故が発生した。報道によれば、クレーンのワイヤを外した直後に鉄骨が転落したとみられ、警視庁が安全管理体制について捜査を開始した。

この事故は、都心の大規模再開発工事において発生したという点で社会的な注目を集めた。高所作業、クレーン使用、複数業者の混在という建設現場の典型的なリスク環境下で、安全確認と手順遵守がいかに重要かを改めて示した事案である。こうした事案では、元請事業者の安全管理体制全体が問われることになる。


行政処分との連動

安全事故が発生した場合、刑事・民事責任と並行して行政処分も問題となる。

労働安全衛生法違反で起訴され有罪判決が確定した場合、建設業法の規定に基づき指示処分が課されることが多い。さらに、事故の態様や違反の悪質性によっては営業停止処分に発展する。公共工事の指名停止も連動し、特に地方の中堅・中小建設業者にとっては経営を直撃する制裁となる。

2025年4月からは、一人親方など直接の雇用関係のない者についても、事業者が退避・立入禁止等の保護措置を講じることが義務化された。下請・一人親方も保護措置の対象として明確に位置づけられており、元請の安全管理責任の範囲はさらに広がっている。


経営者が問われる「組織的な安全管理」の意味

個別の事故への対処だけでなく、「組織として安全管理が機能していたか」という視点が重要である。

安全教育が計画的に実施されていたか。危険箇所の把握と是正が行われていたか。ヒヤリハット報告が機能していたか。安全管理責任者が実質的に機能していたか。これらの組織的な体制の有無が、刑事・民事双方の責任の重さを左右する。

A建設現場での事例として、一応ヘルメットを支給していたが、ヘルメットの不着用が常態化しており現場の指揮監督者もそれを黙認していたケースでは、企業に安全配慮義務違反が認められる可能性がある。 「支給していた」という事実だけでは十分でない。実際に着用が徹底されているかを確認・指導する体制が求められる。

「ルールはある。でも守られていない」という状態こそが、経営責任を問われる典型的な構造である。形式的な安全規程の整備と、現場での実際の遵守状況の確認は、別個の問題として経営者が管理しなければならない。


まとめ

建設現場での死傷事故が発生した場合、経営者・会社が問われる責任は刑事(労働安全衛生法違反・両罰規定)、民事(安全配慮義務違反・損害賠償)、行政(指示処分・営業停止)の三層に及ぶ。元請会社は直接雇用関係のない下請・孫請の労働者に対しても、現場における実質的な指揮監督の実態に応じて安全配慮義務を負いうる。

「現場の事故は現場の問題」という意識では、今日の法的環境において経営者として不十分である。安全管理を経営事項として捉え、体制整備・教育・現場確認の仕組みを組織として機能させることが、経営リスク管理の基本となる。

中川総合法務オフィスでは、建設会社向けのコンプライアンス研修・体制構築支援を行っております。安全管理体制の整備・労務リスクの予防的な対策についてもご相談ください。初回相談は無料です。お問い合わせはこちら

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