はじめに――「突然来る」ものではなくなった行政調査
かつて建設業の立入検査は、受け取る側にとって突発的なイベントとして経験されることが多かった。しかし、近年の行政調査の構造は大きく変わっている。
国土交通省は「建設業法令遵守推進本部」を設置し、「建設Gメン」と呼ばれる専門調査官の体制を大幅に強化している。建設工事の取引実態を調査する建設Gメンについて、令和5年度72名に対し令和6年度には135名と大幅に増員された。違反疑義情報は3万業者に及ぶ毎年調査と各地方整備局などに設置された通報窓口「駆け込みホットライン」によって把握される。建設Gメンは、これらの情報をもとに、実地調査と改善指導を行うことが任務となる。
また元請各社の支店や現場所長を直接訪問してヒアリングする「モニタリング調査」に対応する人員体制を2024年度に倍増し、業法改正で同調査の法的な位置付けを明確化することで、従来以上に「深掘りした調査が可能になる」としている。
立入検査への備えは、不正がある企業が「バレないように準備する」ものではない。日常的に法令を遵守している企業が、調査に慌てず誠実に対応するための体制を整えることが本来の目的である。
行政調査の法的根拠――建設業法第31条
建設業の行政調査の根拠は建設業法第31条第1項に定められている。
「国土交通大臣は、建設業を営むすべての者に対して、都道府県知事は、当該都道府県の区域内で建設業を営む者に対して、特に必要があると認めるときは、その業務、財産若しくは工事施工の状況につき、必要な報告を徴し、又は当該職員をして営業所その他営業に関係のある場所に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させることができる。」
重要なのは、この条文が「建設業を営む者」を対象としており、建設業許可業者に限らないことだ。無許可業者も対象となりうる。ただし実際の検査は許可業者を中心に実施されている。
当該職員は、立入検査をする場合においては、その身分を示す証票を携帯し、関係人の請求があったときはこれを呈示しなければならない。
調査官が訪問した際は、身分証明書(証票)の提示を求める権利が会社にある。これは拒絶ではなく、正規の手続きの確認である。
行政調査の種類
建設業に対する行政調査は大きく4種類に分けられる。
①立入検査(建設業法第31条)
許可行政庁(国交省または都道府県)が営業所に赴き、帳簿・書類・契約書類等を実地に確認する調査である。立入検査は定期的に実施されるものではなく、建設業法第31条第1項に「特に必要があると認めるときは」と記載されているように、許可行政庁が必要と認めるタイミングで実施される。令和4年度の実施件数は884件であり、大臣許可業者数は10,422業者のため、10年に一度くらいは立入検査等が行われることになると考えられる。
国・都道府県の職員2〜4名で行われ、検査内容は基本的には主たる営業所にて対面で2〜3時間ほどの検査となる。事前に通達がなされ、必要書類等の指定がある。
②モニタリング調査
元請各社の支店や現場所長を直接訪問してヒアリングする「モニタリング調査」は、建設Gメンが建設工事の取引実態の実地調査に当たるもので、2024年度からその法的位置付けが明確化された。
立入検査が許可行政庁による正式な行政手続きであるのに対し、モニタリング調査は取引実態の把握を目的とした実地ヒアリングであり、立入検査の前段として機能することも多い。
③下請取引等実態調査(元下調査)
毎年約3万業者を対象に書面調査票を送付し、下請取引の実態を把握する調査である。未回答や不適正回答が多い企業は立入検査・モニタリング調査の対象として選定されやすくなる。
④駆け込みホットライン
各地方整備局等に設置された建設業法違反の通報窓口である。下請業者・元社員・競合他社等からの通報が端緒となり、調査が開始されるケースが多い。匿名での通報が可能なため、情報源の特定が困難な場合も多い。
調査対象となりやすい企業の特徴
行政が立入検査・モニタリング調査の対象として選定しやすい企業の特徴として、国土交通省の活動方針に以下が示されている。
過去に監督処分または行政指導を受けた建設企業、下請取引実態調査において未回答または不適正回答の多い建設企業、不正行為等を繰り返し行っているおそれのある建設企業が重点的な調査対象とされている。 G
このほか、駆け込みホットラインへの通報があった企業・大規模工事を受注した大臣許可業者・社会保険加入状況に疑義がある企業なども対象となりやすい。
つまり、「これまで調査を受けたことがない」という事実は安心の根拠にはならない。過去に問題を指摘されたことのある企業は特に警戒が必要だ。
立入検査で確認される主な書類・事項
立入検査では、建設業法令の遵守状況を確認できる書類が広範に対象となる。主要な確認項目は以下のとおりである。
契約関係書類として、元請・下請間の請負契約書(建設業法第19条の16項目記載確認)・変更契約書・注文書と請書(16項目の充足確認)・見積書と見積提示記録が確認される。特に追加・変更工事の変更契約書の有無は重点的にチェックされる。
技術者配置関係書類として、配置技術者名簿・資格証明書・雇用関係を示す書類(社会保険加入確認・出勤記録)・専任状況を示す記録が確認される。既述のパナソニックGの事案のように、技術者の実際の常勤状況と書類の齟齬は最も厳しく調査される。
施工体制台帳・施工体系図については、作成義務のある工事における台帳の内容・再下請負通知書の受理状況・施工体系図の掲示状況が確認される。
下請代金の支払関係書類として、支払台帳・振込記録・支払期日の遵守状況(特定建設業者の50日ルール遵守確認)・赤伝処理の合意書が確認される。
最近の重点項目として、価格転嫁として昨今の資機材の高騰を踏まえた適正な価格設定及び適切な協議の状況と、請負契約における請負代金の変更に関する規定(スライド条項等)の適切な設定・運用状況について確認が行われる。また、下請代金のうち労務費に相当する部分の現金支払い状況等についても確認が行われる。
立入検査当日の対応要領
事前通知を受けた段階
事前通知を受けたら、指定された書類を速やかに収集・整理する。不足している書類・不備のある書類がある場合は、この段階で確認し、可能な範囲で補完する。ただし、書類の偽造・改ざんは絶対に行ってはならない。発覚した場合、処分が格段に重くなり、刑事告発の対象となりうる。
対応窓口となる担当者(総務・コンプライアンス担当者または責任ある管理職)を明確にしておく。調査当日は担当者が一本化されており、余計な情報が錯綜しない体制が理想的だ。
検査当日
調査官から身分証明書(証票)の提示を求めることができる。まず身分の確認を行う。
調査中は求められた書類を速やかに提示し、質問には正確かつ簡潔に回答する。わからないことは「確認して回答します」と伝えることが適切だ。憶測・推測での回答は後日の矛盾を生む原因になる。
検査官の指摘事項はすべてメモ・記録する。口頭での指摘も含め、指摘内容・根拠条文・改善期限を記録しておくことが、是正対応において不可欠だ。
検査への妨害・拒否は厳禁
建設業法は調査の妨害・拒否に対して罰則を定めている。検査を拒み、妨げ、または忌避した場合は100万円以下の罰金の対象となる(建設業法第52条)。「忙しいので後日にしてほしい」という対応は許容されるが、実質的な拒否・書類の隠匿・虚偽の報告は違法行為となる。
是正報告・改善報告への対応
立入検査の結果、指摘事項があった場合は指示処分・是正勧告・文書指導などの形で改善を求められる。指示処分を受けた場合は、一定期間内に改善状況を報告する義務が生じる。
建設業法の規定が守られているかどうかの検査であるため、日頃から建設業法を遵守している建設業者であれば全く恐れる必要はない。少しでも不安のある方はまず何ができていないかをチェックした上で対策をしていくことが重要だ。
改善報告書の作成にあたっては、指摘された法的根拠(条文番号)を明記し、再発防止策として「体制の変更」「教育の実施」「書類管理ルールの整備」を具体的に記載する。「今後は注意します」という抽象的な記述では不十分であり、「いつまでに・誰が・何を」という具体的な改善計画が求められる。
指示処分に従わない場合は営業停止処分に発展し、さらに悪質な場合は許可取消の対象となる。改善報告は期限を必ず守ることが、それ以上の処分を受けないための絶対条件だ。
模擬立入検査による平時の備え
コンプライアンス研修で企業に提案している実践的な取り組みの一つが、「模擬立入検査」である。外部の行政書士・専門家を検査官役として迎え、実際の立入検査を想定した書類チェック・ヒアリングを行う。
この取り組みの効果は二つある。第一に、平時の書類管理の不備を早期に発見できる。第二に、担当者が検査対応に慣れ、当日の混乱を防げる。
建設業法上の帳簿・契約書類は最低でも5年間(完成工事については10年間)の保存が義務付けられている。保存期間内の書類がいつでも提示できる状態を維持することが、立入検査対応の基本的な前提条件だ。
まとめ
建設業の行政調査は、建設業法第31条に基づく立入検査を基本に、建設Gメンによるモニタリング調査・下請取引等実態調査・駆け込みホットラインという多層的な監視体制のもとで実施される。令和6年度の建設Gメン体制は前年度比倍増の135名体制であり、調査の強度は明らかに高まっている。
行政調査は「不正がある企業を摘発する」ものだが、同時に「日常的に法令を遵守している企業にとっては怖くない」ものでもある。書類の整備・法的義務の履行・日常的な自己点検の積み重ねが、最も確実な調査対応策である。
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