はじめに――体制は「仕組み」と「文化」の両輪で機能する
本シリーズのグループでは、元請ゼネコンが直面するコンプライアンス上の実務課題を一つひとつ論じてきた。URL(construction-industry-compliance-)の末尾にある番号の通り、下請管理(㉑)、JVリスク(㉒)、契約管理(㉓)、行政調査対応(㉔)、監督処分防止(㉕)、現場責任者の法的義務(㉖)、内部監査と3ラインモデル(㉗)、経営層の責任(㉘)——これらはすべて独立した問題ではなく、一つの体制の中に統合されなければならない。
コンプライアンス体制の設計にあたって最初に押さえるべき原則がある。体制は「ハード基盤」と「ソフト基盤」の両輪で成り立つということだ。
ハード基盤とは、規程・組織・仕組みだ。コンプライアンス方針の制定、委員会の設置、内部通報制度の整備、チェックリストと監査体制——これらは目に見えるインフラとして体制の骨格を作る。
ソフト基盤とは、経営層のコミットメント・研修・組織文化だ。どれだけ精緻なハード基盤を整えても、経営トップが「数字を上げれば手段を問わない」というメッセージを発し続ければ体制は空洞化する。⑧「建設業の不祥事はなぜ起きるのか」で論じたとおり、組織的不祥事の根は組織文化にある。
本稿では、この二つの基盤を統合した元請建設会社のコンプライアンス体制モデルを示す。
体制の理論的基盤——COSOモデルと3ラインモデルの統合
体制設計の理論的支柱として、本シリーズでは一貫してCOSOモデル(1992年策定・2013年改訂)の5要素を使用してきた。統制環境・リスクの評価・統制活動・情報と伝達・モニタリング活動——この5要素が相互に機能することで内部統制が成り立つ。
㉗「内部監査」で論じたとおり、IIAが2020年に公表した「3ラインモデル」は第1ライン(業務執行部門)・第2ライン(管理・コンプライアンス部門)・第3ライン(内部監査)という三つの役割の分担と連携によって組織全体のアシュアランスを構築するフレームワークだ。
COSOモデルが「何を管理するか」の内容を定めるのに対し、3ラインモデルは「誰が管理するか」の役割分担を定める。両者は相互補完的であり、建設業のコンプライアンス体制はこの二つを統合することで初めて実効性を持つ。
ハード基盤①——規程体系の整備
コンプライアンス体制のハード基盤の最初の要素は、規程体系だ。以下の文書群が体制の骨格を構成する。
コンプライアンス基本方針は、会社としてコンプライアンスに取り組む姿勢・目的・基本原則を経営者の言葉で示す最上位文書だ。全国建設業協会「建設企業(団体)行動憲章」(平成27年2月制定)を参照しつつ、自社固有の事業内容・取引先・規模に即した内容にする必要がある。
コンプライアンス規程(行動規範)は、役職員が日常業務でどう行動すべきかの具体的基準を定める。建設業法令遵守ガイドライン第12版が示す12の取引場面(見積条件の提示から代金支払まで)を参照し、「どのような行為が違反になるか」を具体的に明記することが重要だ。抽象的な「法令を遵守する」という記載では、現場で使えるマニュアルにならない。
建設業法令遵守マニュアルは、建設業法令遵守の5重点項目(許可制度・技術者制度・請負契約の適正化・経営事項審査・監督処分等)に照らした社内の判断基準と手順を定める。法改正のたびに更新する仕組みを整えることが、マニュアルを「生きた文書」に保つ条件だ。
内部通報規程は後述する内部通報制度の根拠文書として別途整備する。
ハード基盤②——組織体制の整備
経営トップ直轄のコンプライアンス委員会を設置することが重要だ。委員長には代表取締役社長が就任し、役員や部門長クラスをメンバーとして選定する。月1回の定例会議を開催し、重要事項の審議や方針の決定を行う。緊急事態発生時には、24時間以内に臨時会議を招集できる体制を整えることが望ましい。
コンプライアンス委員会の設置意義は、コンプライアンスを「担当者の仕事」から「経営の議題」に引き上げることにある。代表取締役が委員長を務めることで、㉘「経営層のコンプライアンス」で論じたトップコミットメントが組織的に可視化される。
推進事務局(コンプライアンス推進室または総務・法務部門内の担当者)は、委員会の事務局機能を担うとともに、第2ライン(管理・コンプライアンス部門)として日常的なモニタリングを行う。専任担当者として法務経験者や建設業の実務経験者を適切に配置し、定期的な研修機会を提供して最新の法改正動向をキャッチアップできる環境を整備する。外部の専門家や行政書士・弁護士との連携体制も構築し、専門的なアドバイスを受けられる体制を確保する。
ハード基盤③——内部通報制度の整備
内部通報制度はコンプライアンス体制のなかで特に重要な位置を占める。消費者庁が実施した調査では、不正発見のきっかけの第一位は「内部通報」であり、「上司による日常的なチェック」や「内部監査」などを上回っている。
法的枠組みとして、公益通報者保護法により、従業員数(アルバイト・派遣・契約社員等の非正規社員も含む)が301人以上の企業等には内部通報制度の整備が義務付けられている。また、従業員数が300人以下であっても、内部通報制度の整備に努めることとされている。
さらに、公益通報者保護法の一部を改正する法律が2025年6月11日に公布され、2026年12月1日から施行される予定だ。この改正により、従事者指定義務違反に対する命令・刑事罰が新設されるなど、制度の実効性強化が図られている。また、通報を理由に解雇や懲戒処分を行った行為者及び企業に対して、6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金が科されるほか、企業に対しては3,000万円以下の罰金が科されるようになった。
建設業では「直接の上司や元請への報告」が唯一の問題申し出ルートになっているケースが多く、「上司が問題の当事者」という状況では申し出が機能しない。複数の申し出ルートの確保が不可欠だ。社内窓口(総務・コンプライアンス担当)に加え、外部窓口(行政書士・弁護士事務所)を設けることで、特に上司・管理職・経営者が関与する問題についての通報ハードルを下げることができる。
中川総合法務オフィスは外部通報窓口の受任も行っており、通報者の匿名性を確保した上で調査・是正支援まで対応している。
ソフト基盤①——経営層のコミットメントと「統制環境」
COSOモデルの第1要素である「統制環境」は、組織の倫理観と経営哲学が形作る基盤だ。どれだけ精巧な規程・委員会・チェックリストを整備しても、経営トップが「受注が最優先、法律は二の次」という行動を示せば、現場はその本音を学習する。
㉘で論じたとおり、経営層のコミットメントは以下の四つの具体的行動によって示される。コンプライアンス体制への資源投入の意思決定、コンプライアンス情報の経営会議への定期的組み込み、短期的利益とコンプライアンスが衝突した場面での判断の一貫性、そして違反への対応の透明性と公正性だ。
ソフト基盤の整備において、バレーボールで全日本高校選抜として汗を流した経験が一つのヒントを与えてくれる。チームの文化は監督の背中が作る。「監督がズルをしてでも勝てと言う」チームと「正々堂々と戦え」と言うチームでは、選手一人ひとりの判断基準が根本から変わる。コンプライアンス体制も同じだ。経営者の言葉と行動の一致こそが、最も強力な文化形成の手段だ。
ソフト基盤②——教育・研修体系
コンプライアンス研修は、体制のソフト基盤を継続的に維持・強化するための中核的な活動だ。850回超の研修経験から言えることは、研修を「一度やれば終わり」と考える組織は体制が形骸化するという事実だ。
研修体系の設計において、階層別・役割別のアプローチが有効だ。
経営層向けは、会社法上の内部統制構築義務・建設業法上の両罰規定・不祥事発生時の経営責任を中心に、経営判断と法的リスクの連結を理解させる内容とする。年1回以上の実施が目標だ。
管理職・現場責任者向けは、建設業法令遵守ガイドライン第12版の具体的な違反事例・変更契約の書面化・下請管理の実務・安全管理の法的義務を、現場事例を使って学ぶ実践型研修が効果的だ。㉖で論じたとおり、「自分の現場に当てはめるとどうか」という問いが受講者の意識を動かす。
一般従業員向けは、コンプライアンスの基本概念・内部通報制度の利用方法・日常業務での判断基準を学ぶ入門的内容から始め、勤続年数・担当業務に応じて深める内容に発展させる。
協力会社(下請業者)への教育・周知も見落とせない。元請の現場で働く協力会社の職人・作業員が建設業法上の義務(安全管理・施工体制台帳への登録・社会保険加入)を理解していないことが、元請のコンプライアンス上のリスクとなる。施工体制台帳の提出時・安全大会・現場朝礼を通じた継続的な周知が必要だ。
PDCAサイクルの設計——「監視と改善」を仕組み化する
ハード基盤とソフト基盤が整ったとしても、それが実際に機能しているかを継続的に確認し改善するサイクルがなければ体制は劣化する。COSOモデルの第5要素「モニタリング活動」がこのサイクルに対応する。
Planは、年度ごとのコンプライアンス計画の策定だ。前年度の内部監査結果・行政調査での指摘事項・業界全体の不祥事事例・法改正情報を踏まえ、重点的に取り組む課題を設定する。
Doは、研修の実施・チェックリストを用いた定期点検・模擬立入検査・協力会社向け周知といった各施策の実行だ。3ラインモデルに基づき、第1ライン(工事部門)・第2ライン(管理部門)・第3ライン(内部監査・外部専門家)それぞれが役割に応じた確認活動を実施する。
Checkは、内部監査の結果整理と経営会議への報告だ。内部監査の結果は点数化して評価し、改善状況を定量的に把握できるようにする。現場における日常的なモニタリング活動として、安全パトロールや作業所点検の際にコンプライアンス面のチェックも併せて行うことで、効率的な監視体制を構築できる。
Actionは、発見された問題への是正対応と、類似事案の他部署・他現場への水平展開だ。個別案件の是正にとどまらず、同種の問題が組織全体で繰り返されないための仕組みの改善が「Action」の本質だ。
規模別の体制設計——大手・中堅・中小それぞれの現実解
国土交通省は「中小建設企業のための内部統制向上ガイドライン」(平成21年3月)を公表しており、規模に応じた内部統制整備の考え方を示している。
大手ゼネコン(従業員1,000人超)では、コンプライアンス委員会・専任のコンプライアンス推進室・独立した内部監査部門・外部通報窓口という4つの機能を独立した組織として設置することが理想的だ。
中堅建設会社(従業員100〜1,000人程度)では、コンプライアンス委員会(代表取締役委員長)・総務部門内のコンプライアンス担当(第2ライン兼務)・外部専門家による年2回の第3ライン機能・外部通報窓口という組み合わせが現実的な出発点となる。
中小建設会社(従業員100人以下)では、代表取締役が委員長を兼ねる「コンプライアンス推進会議」(年4回)・部門間相互確認体制(工事部門と管理部門が互いを確認)・外部行政書士による年1回の模擬立入検査・外部通報窓口という設計が機能しうる最小モデルだ。
重要なのは「完璧な体制を一気に作ること」ではない。「今の体制の何が足りないかを把握し、優先順位をつけて整備を進めること」だ。まず規程を整備し、次に研修を実施し、次に内部通報窓口を設け、その後内部監査サイクルを確立するという段階的アプローチが、中小建設会社には現実的だ。
まとめ
元請建設会社のコンプライアンス体制は、規程・委員会・内部通報制度というハード基盤と、経営者のコミットメント・研修・文化形成というソフト基盤が統合されて初めて機能する。理論的基盤としてCOSOモデル(内部統制の5要素)とIIAの3ラインモデル(2020年改訂)を組み合わせることで、「何を管理するか」と「誰が管理するか」の双方が整理される。
体制整備は一度完成すれば終わりではない。法改正(建設業法令遵守ガイドライン第12版・公益通報者保護法2026年12月施行改正等)への継続的な対応、研修の定期実施、内部監査によるPDCAサイクルの維持こそが、体制を「生きたもの」に保つ条件だ。
中川総合法務オフィスでは、元請建設会社のコンプライアンス体制の設計・規程整備・研修・外部通報窓口の受任・模擬立入検査まで一体的にご支援しています。現状の体制診断から始めることも可能です。初回相談は無料です。お問い合わせはこちら


