1 条文原文
第八百九十九条の二 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
2 前項の権利が債権である場合において、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超えて当該債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産の分割により当該債権を承継した場合にあっては、当該債権に係る遺産の分割の内容)を明らかにして債務者にその承継の通知をしたときは、共同相続人の全員が債務者に通知をしたものとみなして、同項の規定を適用する。
2 趣旨・立法背景
2-1 改正前の判例法理と問題点
本条は、平成30年(2018年)の民法改正(相続法改正)により新設され、令和元年(2019年)7月1日から施行された。
改正前、法定相続分の範囲内での相続による権利取得については、登記なくして第三者に対抗できると解されていた。この理解の根拠は、相続が包括承継であり、相続人は被相続人の地位を相続開始と同時に当然に承継するという第896条の原則にある。最高裁昭和38年2月22日判決(民集17巻1号235頁)は、法定相続分の範囲内では登記を要しないという判例法理を確立した。
しかし、遺言による相続分の指定や遺産分割によって法定相続分を超える権利を取得した相続人が、対抗要件なしに第三者に対抗できるとすれば、取引の安全が著しく害される。相続人の債権者が法定相続分を信頼して差押えを行った場合や、相続財産に属する不動産について第三者が取引を行った場合に、その利益が不当に侵害されるからである。
2-2 立法経緯
法制審議会民法(相続関係)部会は、こうした問題意識のもと審議を重ね、法定相続分を超える部分の権利承継については対抗要件を具備しなければ第三者に対抗できないという原則を明文化することとした。遺産分割による取得か遺言による取得かを問わず同一の規律に服させる点が、本条の核心である。改正前は遺言による取得と遺産分割による取得とで解釈が分かれる余地があったが、本条はその区別を排し、統一的な基準を設けた。
2-3 第2項の新設理由
第2項は、対象となる権利が債権である場合の特則である。不動産のように登記制度が整備されている財産と異なり、債権の承継を第三者(債務者)に対抗するためには民法第467条の通知・承諾という方式が求められる。しかし、共同相続人の全員が通知義務を負うとすれば、相続人が多数に上る場合など実務的な支障が大きい。そこで、法定相続分を超えて債権を承継した相続人が単独で通知を行うことができる旨を定め、その効果を全員の通知と同視することとした。
3 用語解説
3-1 対抗要件
ある権利の取得や変動を、当事者以外の第三者に対して主張するために法律が要求する要件をいう。不動産については民法第177条に基づく登記、動産については民法第178条に基づく引渡し、債権の譲渡については民法第467条に基づく通知または承諾がそれぞれ対抗要件とされている。本条柱書にいう「登記、登録その他の対抗要件」とは、財産の種類に応じたこれらの手続きを包括的に示したものである。
3-2 法定相続分
民法第900条及び第901条の規定により算定される相続分をいう。本条が「次条及び第九百一条の規定により算定した相続分」と規定しているのは、代襲相続(第901条)が生じている場合も含めて法定相続分を基準とすることを明示したものである。被相続人が相続分の指定(第902条)を行っていても、本条の適用においては法定相続分が基準となり、指定相続分を超える部分についても対抗要件が必要となるわけではない。対抗要件が必要となるのは、あくまで法定相続分を超える部分についてである。
3-3 遺産分割
共同相続人が相続財産を具体的に各相続人に帰属させる行為をいう。協議分割・調停分割・審判分割の3種がある。本条は「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」と明示することで、遺言による取得か遺産分割による取得かを問わず同一の規律に服させている。
3-4 第三者
本条にいう「第三者」は、相続人以外の者であって、相続財産に利害関係を有する者をいう。具体的には、相続人の債権者として差押えを行った者、相続財産に属する不動産を相続人から取得した者などが含まれる。民法第177条の「第三者」と同様に、登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する者に限られると解するのが相当であり、背信的悪意者はこれに含まれない。
4 解釈上の重要論点
4-1 「第三者」の範囲と背信的悪意者
本条の「第三者」から背信的悪意者が除かれることは、民法第177条における判例法理(最高裁昭和43年8月2日判決・民集22巻8号1571頁)と平仄が合う。相続人間の内部事情を知悉しながら不当な目的で介入した者については、対抗要件を具備していても保護されないと解されている。
4-2 遺言による相続分の指定との関係
被相続人が遺言で相続分を指定した場合(第902条)、指定相続分が法定相続分と一致するときは本条の問題は生じない。指定相続分が法定相続分を超える場合、その超過部分については対抗要件の具備が必要となる。指定相続分が法定相続分を下回るときは、当然に対抗要件は不要である。
4-3 第2項における通知義務者
第2項の通知を行うことができるのは、法定相続分を超えて債権を承継した相続人のみである。法定相続分の範囲内で債権を承継した相続人は第2項の通知を行う資格を有しない。通知の内容として、遺言の内容または遺産分割の内容を明らかにすることが要件とされており、形式的な通知では足りない。
5 判例・裁判例
5-1 最高裁昭和38年2月22日判決(民集17巻1号235頁)
遺産分割前の共同相続について、各共同相続人は法定相続分の割合で相続財産を当然に取得し、その範囲では登記なくして第三者に対抗できると判示した。本条はこの判例法理を修正し、法定相続分の範囲内での取得については従前どおり対抗要件不要としつつ、法定相続分を超える部分については対抗要件を必要とする立場に転換したものである。
5-2 最高裁平成5年7月19日判決(民集47巻7号5001頁)
共同相続人の一人が遺産分割により法定相続分を超えて不動産を取得した事案において、登記を備えない限り法定相続分を超える部分については第三者に対抗できないとした。本条はこの判例法理を成文化したものとして位置づけられる。
5-3 最高裁平成14年6月10日判決(家月55巻1号77頁)
遺言による特定不動産の取得について遺産分割と同様の対抗問題が生じうることを示唆した判断として参照される。本条の立法過程においても、遺言による取得と遺産分割による取得とを区別する合理性がないとの認識が共有されており、本条の統一的規律の基礎となっている。
5-4 改正後の動向
本条施行(令和元年7月1日)後の裁判例においては、遺産分割後に当該分割の内容を知らずに相続人から不動産を取得した第三者との関係で対抗要件の有無が争われるケースが積み重なっている。最高裁判所による統一的判断が今後示される可能性がある。
6 実務上の留意点
6-1 相続登記の義務化との関係
令和6年(2024年)4月1日から相続登記が義務化された(不動産登記法第76条の2)。相続人は相続を知った日から3年以内に登記を申請しなければならず、正当な理由なく申請しない場合は10万円以下の過料に処される。本条に基づく対抗要件の具備という観点からも、相続登記は早期に行うことが肝要である。
6-2 預貯金債権への適用
預貯金債権は本条第2項にいう「債権」に含まれる。遺産分割または遺言によって法定相続分を超えて預貯金を承継した相続人が当該預貯金を金融機関に対して行使するためには、第2項の要件を満たす通知を行う必要がある。金融機関は遺言書や遺産分割協議書の提示を求めることが通常であり、書類の整備が前提となる。
6-3 通知の書面化
第2項の通知は口頭でも法律上は有効であるが、承継の内容を証明する手段として書面(内容証明郵便)によることが実務上望ましい。遺言の内容または遺産分割の内容を具体的に記載した書面を添付することで、後日の紛争を防ぐことができる。
7 市民向け解説
相続が起きると、亡くなった方(被相続人)の財産は複数の相続人に受け継がれる。財産の割合は民法が定める法定相続分(たとえば配偶者2分の1、子2分の1など)が基本となるが、遺言や相続人同士の話し合い(遺産分割協議)によって一人の相続人がその法定相続分より多くを取得することがある。
こうした場合、法定相続分を超えて取得した部分については、登記(不動産の場合)や債務者への通知(預貯金などの債権の場合)といった手続きを済ませなければ、外部の第三者(たとえば別の相続人の債権者など)に対して「自分がこの財産の持ち主だ」と主張できない。
まとめると次のとおりである。
法定相続分の範囲内であれば、登記等がなくても第三者に権利を主張できる。法定相続分を超える部分は、登記等の手続きが済むまで外部に対して主張できない。遺言があっても遺産分割によっても、この扱いは変わらない。預貯金などの債権については、遺言または遺産分割の内容を示した上で債務者(金融機関など)への通知を行うことで、他の相続人全員が通知したものと同じ効果が生じる。
令和6年4月からは相続登記が義務化されているため、相続を知った時点で速やかに専門家に相談することが勧められる。
8 関連条文
- 第177条(不動産物権変動の対抗要件)
- 第467条(指名債権譲渡の対抗要件)
- 第898条(共同相続の効力・遺産の共有)
- 第899条(権利義務の承継)
- 第900条(法定相続分)
- 第901条(代襲相続人の相続分)
- 第902条(指定相続分)
- 不動産登記法第76条の2(相続登記の義務化)


