条文

(遺産の分割の協議又は審判)

第九百七条 共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。

2 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。


趣旨・立法背景

条文の位置づけ

民法第882条以下の相続編は、相続の開始から財産の最終的な帰属決定に至るプロセスを規律する。その中で第907条は、共同相続人が相続財産をどのように分割するかの手続的骨格を定める中心条文である。相続人が複数いる場合、被相続人の死亡と同時に相続財産は共同相続人の「共有」状態(第898条)に置かれるが、この状態は暫定的なものにとどまる。各相続人が具体的な権利を確定させるためには、遺産分割という手続を経なければならない。本条は、その分割をどのような方法と順序で行うかを規律する。

平成30年改正による明文化

改正前の民法907条1項は「いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる」と規定するにとどまり、遺産の一部のみを対象とする分割(一部分割)が許されるかどうかは条文上明確でなかった。実務では、審判手続において「遺産の一部を他の部分と分離して分割する合理的な理由があること」および「全体としての適正な分割を行うために支障が生じないこと」の二要件を満たす限りで例外的に認められるにとどまっていた。

平成30年法律第72号(民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律)は、この状況を改め、協議による一部分割(1項)および審判申立てによる一部分割(2項)の双方を明文化した。施行は令和元年7月1日である。改正の立法的背景としては、配偶者居住権の新設(第1028条以下)とあわせて、生存配偶者の居住確保を優先的に実現する必要から、特定の財産のみを先行して分割する実務ニーズが高まっていたことが挙げられる。


用語解説

共同相続人

被相続人の死亡によって共同して相続する地位にある者全員をいう。相続人の範囲は第887条から第895条が定める。遺産分割協議は共同相続人全員の参加がなければ有効に成立しない。一人でも欠けた状態でなされた協議は無効である(最判昭42.8.31)。

遺産

相続の対象となる財産の総体をいう。積極財産(不動産・預貯金・有価証券・動産等)が主な対象であり、連帯債務のような消極財産(負債)は原則として法律上当然に分割されるため遺産分割の対象にはならないとされる(最判昭34.6.19)。

協議

共同相続人全員が参加し、全員の合意によって遺産の帰属を決定する契約的行為である。書面の作成は効力要件ではないが、後日の紛争防止と不動産登記申請(令和6年4月1日から義務化)の観点から、遺産分割協議書を作成し全員が署名・実印を押すことが実務の標準である。

家庭裁判所への請求

第907条2項に基づき、各共同相続人が申立てる手続をいう。家事事件手続法上、遺産分割は別表第二事項(第244条)に位置づけられ、まず調停による解決が試みられる。当事者から審判を直接申し立てた場合でも、家庭裁判所は職権により調停に付することができる(家事事件手続法第274条1項)。調停が不成立となった場合に審判に移行するのが通常の流れである。

遺産の一部の分割

遺産全体を一括して分割するのではなく、特定の財産(例:自宅不動産、特定の預貯金口座)のみを先行して分割する手続をいう。平成30年改正により協議・審判いずれの場面でも明文上認められたが、審判による一部分割には「他の共同相続人の利益を害するおそれがない」という要件が付される。


条文の構造と解説

第1項――協議による分割

第1項は、共同相続人がいつでも協議によって遺産を分割できることを宣言する。ここでいう「いつでも」は、分割を急ぐ義務がないことと、相続開始後いつの時点でも可能であることの双方を含意する。ただし、二つの例外が設けられている。

第一の例外は、次条(第908条)第1項による分割禁止の遺言がある場合である。被相続人は遺言で相続開始の時から5年を超えない期間を定めて分割を禁ずることができる。第二の例外は、同条第2項による分割禁止の契約がある場合である。共同相続人全員が5年を超えない期間を定めて分割しない旨の契約を締結したときは、その契約期間中は協議による分割ができない。

平成30年改正の最大の変化は、「遺産の全部又は一部の分割」という文言が1項に追加されたことである。これにより、全員の合意があれば、例えば「自宅不動産については先に分割し、預貯金は後で協議する」という分割手順が明文上許容された。

第2項――家庭裁判所への申立て

第2項は、協議が調わない場合または協議が不可能な場合に、各共同相続人が家庭裁判所に分割を請求できることを定める。「協議が調わないとき」とは相続人間で意見の一致を得られない状態、「協議をすることができないとき」とは一方が所在不明・意思能力の喪失等により協議自体が成立し得ない状態を指す。

審判による一部分割については、ただし書が適用される。「他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合」がこれにあたる。具体的には、特別受益(第903条)や寄与分(第904条の2)の存否が争われており、一部分割を先行させると最終的な公平な分割が実現できなくなるおそれがある場合がその典型である。代償金の支払い確保の見通しが立たないまま不動産のみを先行分割するケースも、このただし書が機能する場面となりうる。


判例・裁判例

最判昭和42年8月31日――共同相続人欠缺による無効

相続人の一人が協議に参加しなかった事案において、最高裁は、遺産分割協議は共同相続人全員の合意によって初めて有効に成立するとの原則を確認した。参加しなかった相続人の存在を他の相続人が知っていたかどうかは、有効性の判断に影響しない。

最判平成元年2月9日(民集43巻2号56頁)――解除不可の原則

共同相続人の一人が遺産分割協議において負担した債務を履行しないときであっても、その債権を有する相続人は民法第541条(解除)によって協議を解除することができないと判示した。遺産分割協議は、双務契約の解除に関する一般規定の適用になじまない特殊な法律行為と位置づけられる。

最判平成2年9月27日(民集44巻6号995頁)――合意解除と再協議

「共同相続人の全員が既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をなしうることは、法律上当然には妨げられるものではない」と判示した。相続人全員の合意があれば協議のやり直しが可能だが、すでに当該協議を前提として権利を取得した第三者の権利は侵害できない点に留意が必要である。また、合意解除と再協議を行った場合、税務当局から贈与と認定されるリスクが生じることがあるため、実務上は専門家への事前相談が前提となる。

最判昭和62年9月4日――共有物分割訴訟の排除

相続人の共有となった財産について、遺産分割の審判を求めるべき段階で民法第258条に基づく共有物分割の訴えを提起することは許されないと判示した。遺産分割手続と共有物分割訴訟は別の手続であり、相続財産については前者が優先する。

最判昭和41年3月2日(憲法適合性)

遺産分割審判を非訟事件として公開しない手続で処理することは、公開裁判の原則(憲法第82条)および裁判を受ける権利(憲法第32条)に違反しないと判示した。遺産分割が本質的に非訟事件(後見的・形成的機能を持つ裁判)に属するとの理解が確認された。

最判平成11年6月11日――詐害行為取消権の対象

共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権(民法第424条)の対象となりうると判示した。相続人が債務超過の状態で自己の相続分を放棄する内容の協議をした場合、他の債権者がこれを取り消し得ることを示した判断である。

最判昭和48年4月24日――利益相反行為

親権者が共同相続人である数人の子を代理して遺産分割協議をすることは、利益相反行為(民法第826条)にあたると判示した。この場合、子ごとに特別代理人の選任(家庭裁判所への申立て)が必要となる。


実務上の留意点

遺産分割協議を進める際の実務上の注意点を整理する。

第一に、相続人の確定は協議着手の前提である。戸籍謄本(改製原戸籍を含む)をさかのぼって被相続人の出生から死亡まで調査し、認知・養子縁組・代襲相続人の存在を確認する。一人でも漏れると協議が無効となる。令和6年3月1日施行の戸籍法改正により、法定相続情報一覧図を添付することで複数の手続を効率化できるようになっている。

第二に、意思能力の確認である。認知症等により判断能力が低下している相続人がいる場合は成年後見人の選任が必要となる。意思能力を欠いた状態でなされた協議への参加は無効(民法第3条の2)であり、後日協議全体が争われるリスクを生む。

第三に、一部分割の活用場面と限界である。配偶者が居住を継続する必要がある自宅不動産について先行して分割を行い、流動性の高い預貯金は特別受益・寄与分の算定が固まった後で分割するという運用が実務で増えている。ただし、特別受益や寄与分をめぐる争いが予測される場合は、ただし書に該当するリスクを検討した上で一部分割の申立てを行うかどうかを判断することが求められる。

第四に、協議成立後の登記申請義務である。令和6年4月1日から、不動産を取得した相続人は相続登記を3年以内に申請する義務を負う(不動産登記法第76条の2)。遺産分割協議書は登記原因証明情報として機能するため、全員の署名・実印・印鑑証明書の取得を協議と同時に進めることが望ましい。


まとめ

民法第907条は、遺産分割の三段階構造(協議→調停→審判)の出発点を定める条文である。平成30年改正によって一部分割が明文化されたことで、相続人の状況や財産の種類に応じた柔軟な分割設計が可能となった。他方、協議の有効性は全員参加・全員合意という要件に厳格に服しており、この点を見落とした実務上の誤りは後日の法的紛争に直結する。判例が積み重ねてきた各論点(解除不可の原則、合意解除と第三者保護、利益相反行為、詐害行為取消権の適用等)は、条文の文言から直接は読み取れないルールを補完するものであり、実務家にとって不可欠な知識基盤を形成している。


関連条文

  • 第906条(遺産の分割の基準)
  • 第906条の2(遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)
  • 第908条(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
  • 第909条(遺産の分割の効力)
  • 家事事件手続法第244条・第274条(調停前置・職権付調停)
  • 不動産登記法第76条の2(相続登記の申請義務)

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