はじめに
競技団体の役員が「まさか自分が責任を問われるとは思っていなかった」という言葉を口にする場面を、研修の現場でたびたび耳にしてきた。理事・監事・事務局長といった立場にある者は、現場で直接指導や運営に携わっていなくても、組織として適切な体制を整備し、問題の発生を未然に防ぐ義務を負っている。
スポーツ基本法の2025年改正(令和7年6月13日成立・同年9月1日施行)では、競技団体のガバナンス強化が従来以上に明確に位置づけられた。スポーツ庁・日本スポーツ協会・日本オリンピック委員会が求めるガバナンスコードへの適合は、今や任意の取組みではなく、補助金交付や公認の前提条件となりつつある。
本稿では、競技団体役員が知らないでは済まされない6つの法的責任類型を、法的根拠・判例・具体的事例とともに整理する。
責任① ハラスメントを放置した責任
問題の所在
近年、スポーツ団体に関する報道の大半は、コーチや指導者によるハラスメント案件である。暴言・体罰・性的ハラスメント・SNSによる誹謗中傷など、その態様は多岐にわたる。問題が公表された後に必ず問われるのが、「理事会・役員はなぜ放置していたのか」という点である。
法的根拠
民法709条(不法行為)・715条(使用者責任)が典型的な根拠となる。加えて、労働者を雇用する競技団体においては、労働契約法5条が使用者に安全配慮義務を課している。公益法人であれば一般社団法人及び財団法人に関する法律(以下「一般法人法」)83条・111条・198条に基づく役員の第三者に対する損害賠償責任も問題となる。
ハラスメント防止については、2020年施行の改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)により、事業主に防止措置義務が課されている。競技団体がスタッフや選手を「労働者」として雇用している場合には同法が直接適用され、そうでない場合も、スポーツ団体ガバナンスコードが防止体制の整備を明示的に求めている。
参考判例・事例
柔道強化選手によるハラスメント問題(2013年)は、全日本柔道連盟の役員・理事レベルでの対応の遅れが社会問題化した典型例である。当時の調査では、被害者からの申告があったにもかかわらず組織として適切な調査を行わなかったことが厳しく批判された。
民事の損害賠償請求では、使用者責任(民法715条)の成否において「被用者の選任・監督について相当の注意をしたかどうか」が判断基準となる(最判昭和42年11月2日民集21巻9号2232頁参照)。「知らなかった」では免責されず、「知る手段を設けていたか」が問われる。
研修での問いかけ
指導者が練習中に複数の選手へ繰り返し暴言を浴びせているとの通報が、外部窓口に寄せられた。理事会はこの通報を受けて何をすべきか。「現場の問題だから」として調査しないことは許されるか。
責任② 内部通報を無視した責任
問題の所在
会計不正・補助金の不適切使用・指導者の不祥事について、内部通報が寄せられたにもかかわらず組織として放置した結果、SNSやマスコミを通じて外部に公表され、役員の責任が問われるケースが増加している。
法的根拠
公益通報者保護法(2022年6月改正施行)は、常時使用する労働者数が300人を超える事業者に内部公益通報対応体制の整備を義務づけている(同法11条2項)。300人以下の事業者についても努力義務が課されている(同条1項)。
内部通報を受け付けながら調査を怠り、通報者の特定・不利益取扱いに至った場合には、刑事責任(同法19条)及び民事上の損害賠償責任が生じうる。公益法人の役員については、一般法人法111条に基づく任務懈怠責任の問題ともなる。
公益法人の場合、行政庁への定期的な情報公開義務(一般法人法128条等)があり、通報案件を隠蔽した事実が判明した場合の社会的信用の毀損は甚大である。
参考事例
公益財団法人日本バスケットボール協会(JBA)は、2014年のFIBAによる資格停止処分を受けて抜本的なガバナンス改革を迫られた。内部のガバナンス不全・対立構造が外部機関の介入を招いた事例として、競技団体の自律的管理の重要性を示している。
実務上のポイント
通報窓口の設置だけでは不十分である。受け付けた通報に対し、①受理の連絡、②調査の実施、③結果の通知、④再発防止措置という一連の対応フローを文書化し、役員会で定期的に報告を受ける体制が求められる。
責任③ 会計不正・横領の監督責任
問題の所在
大会収入・協賛金・競技振興補助金といった資金の管理が杜撰なケースが、スポーツ団体では珍しくない。実際に横領や流用が発生した場合、直接の実行者だけでなく、監督体制を整備しなかった役員側の責任が問われる。
法的根拠
一般法人法111条は、役員等が「その職務を行うについて悪意又は重大な過失があったとき」に第三者に対して損害賠償責任を負うと定めている。「重大な過失」の認定において、内部統制の欠如・会計チェック体制の不整備は否定的に評価される。
監事の職務(一般法人法99条)として、理事の業務執行の監査・財産状況の調査が明定されており、「会計担当者を信用していたので確認しなかった」は監事の任務懈怠となりうる。
補助金を受領している競技団体については、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(補助金適正化法)22条に基づき、補助金の目的外使用の禁止・財産処分の制限が課されており、不正使用が判明した場合には補助金の返還命令・加算金の納付が求められる。
参考事例
一般財団法人全日本柔道連盟が補助金不正受給問題(2013年)で複数の役員の監督責任を問われた事案は、スポーツ団体における会計管理の不備が対外的な制裁に直結することを示す代表的事例である。独立した会計監査の仕組みがなかった点が批判を受けた。
実務上のポイント
COSOフレームワークにおける内部統制の5要素(統制環境・リスク評価・統制活動・情報と伝達・監視活動)は、競技団体においても適用できる枠組みである。特に「統制活動」として、会計担当者以外の者による定期的な帳簿照合・通帳確認・領収書の突合が不可欠である。
責任④ 利益相反・私物化の責任
問題の所在
理事が自ら経営する会社や関係先に、用具購入・イベント運営・広告発注などを集中させるケースが、スポーツ団体では散見される。手続が不透明なまま取引が継続されると、利益相反問題として表面化し、役員個人の責任追及に発展する。
法的根拠
一般法人法84条は、理事が利益相反取引を行う場合、理事会の承認を要することを定めている。同条に違反した場合、当該取引は取消の対象となりうるほか、損害が生じた場合には役員の賠償責任(同法111条)が生じる。
また、理事の競業行為は一般法人法85条により規律され、承認なき競業によって法人に損害が生じた場合、当該取引による利益を損害と推定する(同条2項)。
公益認定を受けた法人では、行政庁への説明責任が一層厳しく問われ、利益相反の管理が不十分な場合は公益認定の取消事由にもなりえる(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律30条以下参照)。
スポーツ団体ガバナンスコードとの関係
スポーツ庁・日本スポーツ協会が策定するガバナンスコードは、利益相反管理方針の策定・開示を競技団体に求めている。コードへの適合状況は外部への情報公開の対象とされており、不適合が続く場合は補助金削減・公認取消のリスクが生じる。
実務上のポイント
役員が利害関係を有する取引について、①事前に関係の申告、②当該役員の審議・採決への不参加、③議事録への記録、という三段階の管理手続を規程化することが最低限必要である。
責任⑤ 安全配慮・危機管理責任
問題の所在
競技会・合宿・遠征で発生する熱中症・落雷事故・重傷事故は、事故そのものの法的責任に加え、「役員会として事前に安全管理体制を検討していたか」という点が必ず問われる。
法的根拠
民法709条(不法行為責任)・715条(使用者責任)のほか、競技参加者が選手契約等に基づき法人と一定の関係にある場合は安全配慮義務(民法415条・労働契約法5条)の類推適用が議論される。
熱中症については、文部科学省・日本スポーツ振興センターが発行する「学校の管理下の災害」等のガイドラインが事実上の注意義務の基準として参照される。落雷事故については、最高裁平成18年3月13日判決(民集60巻3号758頁)が、引率教員が落雷の危険を予見し得たとして学校側の過失を認定しており、競技団体の役員・引率者の注意義務判断にも影響を与える。
参考判例
サッカー大会引率中の落雷死亡事故について、主催者・引率者の安全管理義務違反を認定した裁判例が複数存在する(大阪地判平成5年11月26日等)。「マニュアルがなかった」「誰が判断するか決まっていなかった」という状況は、組織としての過失を推認させる事情とされる。
実務上のポイント
役員会で確認すべき事項として、①安全管理マニュアルの存在と定期的な見直し、②救急対応体制(AEDの設置場所・使用訓練の実施)、③緊急連絡体制の整備、④気象条件に応じた中断基準の明文化、が挙げられる。「現場に任せている」では組織的な管理が欠如していると評価される。
責任⑥ ガバナンスコード不履行の責任
問題の所在
スポーツ庁・日本スポーツ協会・日本オリンピック委員会の各ガバナンスコードへの対応は、2020年代以降、競技団体への補助金交付・公認維持の事実上の前提条件となっている。規程整備・通報制度・利益相反管理・ハラスメント対策を全く行っていない競技団体は、社会的信用を失うリスクに直面している。
法的・行政的根拠
スポーツ基本法(2025年改正)は、スポーツ団体に対してガバナンスの確保・透明性の向上を法的義務として位置づけている。同法を受けたスポーツ推進基本計画においては、競技団体が自律的にガバナンスを整備することが施策の前提とされている。
独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が配分するスポーツ振興くじ(toto)補助金についても、適切なガバナンス体制の整備が採択要件の一つとされている。
日本スポーツ協会が策定した「スポーツ団体ガバナンスコード〈中央競技団体向け〉」(2019年策定・逐次改訂)は、①透明性・公正性の確保、②コンプライアンスの徹底、③ハラスメントの根絶、④財務の適正管理、⑤意思決定の民主的プロセスを柱として定めており、加盟団体はその適合状況を定期的に報告することとされている。
不履行の具体的リスク
ガバナンスコードの不履行は直ちに民事・刑事責任を生じさせるわけではないが、①補助金の不交付・削減、②公認・加盟資格の停止・取消、③スポンサー・メディアからの契約解除、④役員個人の辞任要求という形で、組織と役員個人に現実の不利益をもたらす。2023年以降、複数の競技団体においてコード不適合を理由とした補助金停止措置が実施されている。
実務上のポイント
ガバナンスコードへの対応は、「書類を整える」作業ではなく、「実際に機能する体制を構築する」ことを求めている。役員は少なくとも年1回、弁護士・行政書士・コンプライアンス専門家等を交えてコード適合状況の自己評価を行い、その結果を理事会議事録に残すことが求められる。
まとめ:役員の責任は「知らなかった」では免れない
6つの責任類型を整理すると、共通する構造が浮かび上がる。
第一に、役員の責任は直接的な行為者責任ではなく、監督・体制整備・意思決定の責任である。現場で行為をしていなくても、体制を整備しなかった点・通報を無視した点・調査を怠った点が責任の根拠となる。
第二に、法的責任と社会的責任は連動している。民事・刑事上の問題にならなくても、ガバナンスコード不履行による補助金停止・スポンサー離れ・メディア批判が組織存続を脅かす。
第三に、事前の体制整備が唯一の防衛線である。事故・不正が発生した後に「対応しました」では、役員責任の回避にはならない。就任時から、①規程の整備、②通報窓口の設置と周知、③利益相反の管理、④安全管理マニュアルの整備、⑤定期的な研修の実施という五つの基盤を構築しておくことが求められる。
参考文献・参考資料
- スポーツ庁「スポーツ団体ガバナンスコード」(https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop04/list/detail/1405373.htm)
- 公益財団法人日本スポーツ協会「スポーツ団体ガバナンスコード〈中央競技団体向け〉」(2019年・改訂版)
- スポーツ基本法(令和7年改正)
- 公益通報者保護法(令和4年改正施行)
- 一般社団法人及び財団法人に関する法律(一般法人法)
- 公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(公益認定法)
- 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)
- 最判平成18年3月13日(民集60巻3号758頁):落雷事故と安全配慮義務
- 最判昭和42年11月2日(民集21巻9号2232頁):使用者責任における免責要件
- COSO「内部統制の統合的フレームワーク」(日本公認会計士協会訳)
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