一 条文原文

消防法第5条(防火対象物に対する火災予防措置命令)

第五条 消防長又は消防署長は、防火対象物の位置、構造、設備又は管理の状況について、火災の予防に危険であると認める場合、消火、避難その他の消防の活動に支障になると認める場合、火災が発生したならば人命に危険であると認める場合その他火災の予防上必要があると認める場合には、権原を有する関係者(特に緊急の必要があると認める場合においては、関係者及び工事の請負人又は現場管理者)に対し、当該防火対象物の改修、移転、除去、工事の停止又は中止その他の必要な措置をなすべきことを命ずることができる。ただし、建築物その他の工作物で、それが他の法令により建築、増築、改築又は移築の許可又は認可を受け、その後事情の変更していないものについては、この限りでない。

② 第三条第四項の規定は、前項の規定により必要な措置を命じた場合について準用する。

③ 消防長又は消防署長は、第一項の規定による命令をした場合においては、標識の設置その他総務省令で定める方法により、その旨を公示しなければならない。

④ 前項の標識は、第一項の規定による命令に係る防火対象物又は当該防火対象物のある場所に設置することができる。この場合においては、同項の規定による命令に係る防火対象物又は当該防火対象物のある場所の所有者、管理者又は占有者は、当該標識の設置を拒み、又は妨げてはならない。

消防法第5条の2(防火対象物の使用の禁止、停止又は制限の命令)

第五条の二 消防長又は消防署長は、防火対象物の位置、構造、設備又は管理の状況について次のいずれかに該当する場合には、権原を有する関係者に対し、当該防火対象物の使用の禁止、停止又は制限を命ずることができる。

一 前条第一項、次条第一項、第八条第三項若しくは第四項、第八条の二第五項若しくは第六項、第八条の二の五第三項又は第十七条の四第一項若しくは第二項の規定により必要な措置が命ぜられたにもかかわらず、その措置が履行されず、履行されても十分でなく、又はその措置の履行について期限が付されている場合にあつては履行されても当該期限までに完了する見込みがないため、引き続き、火災の予防に危険であると認める場合、消火、避難その他の消防の活動に支障になると認める場合又は火災が発生したならば人命に危険であると認める場合

二 前条第一項、次条第一項、第八条第三項若しくは第四項、第八条の二第五項若しくは第六項、第八条の二の五第三項又は第十七条の四第一項若しくは第二項の規定による命令によつては、火災の予防の危険、消火、避難その他の消防の活動の支障又は火災が発生した場合における人命の危険を除去することができないと認める場合

② 前条第三項及び第四項の規定は、前項の規定による命令について準用する。

消防法第5条の3(消防吏員による防火対象物における措置命令)

第五条の三 消防長、消防署長その他の消防吏員は、防火対象物において火災の予防に危険であると認める行為者又は火災の予防に危険であると認める物件若しくは消火、避難その他の消防の活動に支障になると認める物件の所有者、管理者若しくは占有者で権原を有する者(特に緊急の必要があると認める場合においては、当該物件の所有者、管理者若しくは占有者又は当該防火対象物の関係者。次項において同じ。)に対して、第三条第一項各号に掲げる必要な措置をとるべきことを命ずることができる。

② 消防長又は消防署長は、火災の予防に危険であると認める物件又は消火、避難その他の消防の活動に支障になると認める物件の所有者、管理者又は占有者で権原を有するものを確知することができないため、これらの者に対し、前項の規定による必要な措置をとるべきことを命ずることができないときは、それらの者の負担において、当該消防職員に、当該物件について第三条第一項第三号又は第四号に掲げる措置をとらせることができる。この場合においては、相当の期限を定めて、その措置を行うべき旨及びその期限までにその措置を行わないときは、当該消防職員がその措置を行うべき旨をあらかじめ公告しなければならない。ただし、緊急の必要があると認めるときはこの限りでない。

③ 消防長又は消防署長は、前項の規定による措置をとつた場合において、物件を除去させたときは、当該物件を保管しなければならない。

④ 災害対策基本法第六十四条第三項から第六項までの規定は、前項の規定により消防長又は消防署長が物件を保管した場合について準用する。この場合において、これらの規定中「市町村長」とあるのは「消防長又は消防署長」と、「工作物等」とあるのは「物件」と、「統轄する」とあるのは「属する」と読み替えるものとする。

⑤ 第三条第四項の規定は第一項の規定により必要な措置を命じた場合について、第五条第三項及び第四項の規定は第一項の規定による命令について、それぞれ準用する。

消防法第5条の4(審査請求期間の特例)

第五条の四 第五条第一項、第五条の二第一項又は前条第一項の規定による命令についての審査請求に関する行政不服審査法(平成二十六年法律第六十八号)第十八条第一項本文の期間は、当該命令を受けた日の翌日から起算して三十日とする。

消防法第6条(出訴期間の特例及び損失補償)

第六条 第五条第一項、第五条の二第一項又は第五条の三第一項の規定による命令又はその命令についての審査請求に対する裁決の取消しの訴えは、その命令又は裁決を受けた日から三十日を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。

② 第五条第一項又は第五条の二第一項の規定による命令を取り消す旨の判決があつた場合においては、当該命令によつて生じた損失に対しては、時価によりこれを補償するものとする。

③ 第五条第一項又は第五条の二第一項に規定する防火対象物の位置、構造、設備又は管理の状況がこの法律若しくはこの法律に基づく命令又はその他の法令に違反していないときは、前項の規定にかかわらず、それぞれ第五条第一項又は第五条の二第一項の規定による命令によつて生じた損失に対しては、時価によりこれを補償するものとする。

④ 前二項の規定による補償に要する費用は、当該市町村の負担とする。

出典:e-Gov法令検索「消防法」(昭和23年法律第186号)https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC1000000186


二 趣旨・立法背景

1 第3条・第4条からの接続

第3条は屋外における措置命令、第4条は立入検査と資料提出命令を定める。第5条以下は、立入検査等によって把握された防火対象物内部の危険に対し、行政庁が是正を強制する段階の規定である。第4条が事実の把握、第5条から第5条の3までが不利益処分の発動、第5条の4及び第6条が争訟手続という配列になっている。

火災予防行政は、指導・勧告といった非権力的手法を先行させ、それでも是正されない対象物に対して命令へ移行する運用が定着している。第5条から第5条の3までは、その最終段階に位置する強制手段である。

2 制定時の構造

昭和23年法律第186号の制定時、第5条は次のような単一条文であった。

第五条 消防長又は消防署長は、防火対象物の位置、構造、設備又は管理の状況について火災の予防上必要があると認める場合又は火災が発生したならば人命に危険であると認める場合には、権原を有する関係者に対し、当該防火対象物の改修、移転、除去、使用の禁止、停止若しくは制限、工事の停止若しくは中止その他の必要な措置をなすべきことを命ずることができる。

制定時の第5条は、使用の禁止・停止・制限を改修や除去と同列の措置として掲げていた。命令要件も「火災の予防上必要があると認める場合」と「火災が発生したならば人命に危険であると認める場合」の二つにとどまる。

対応する制定時の第6条第1項は、命令を受けた者が10日以内に防火対象物所在地の裁判所へ出訴できると定めていた。行政不服審査法も行政事件訴訟法もまだ存在しない時期の規定であり、行政庁への不服申立てを介さず直接裁判所へ争わせる仕組みが採られていた。同条第2項が執行不停止の原則を、第3項及び第4項が損失補償を、第5項が市町村負担を定める構成は現行法に引き継がれている。

出典:名古屋大学法令データベース「消防法(昭和23年法律第186号)」https://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/lawdb/l/323a0186

3 平成14年改正の位置づけ

現行の条文配列を決定づけたのは、平成13年9月1日の新宿区歌舞伎町ビル(明星56ビル)火災である。延べ面積約500平方メートルの小規模雑居ビルで44名が死亡したこの火災を受け、平成14年法律第30号による改正が行われた。

改正の柱は、(1) 立入検査の時間制限と事前通告制の撤廃、(2) 措置命令権限の拡充と消防吏員への付与、(3) 命令をした場合の公示の義務づけ、(4) 罰則の引上げと両罰規定の強化、(5) 防火対象物定期点検報告制度の創設である。

第5条関係では、従来第5条に包含されていた使用禁止・停止・制限を第5条の2として独立させ、その発動要件を先行命令の不履行等に限定した。同時に、消防吏員が現場で発動できる措置命令として第5条の3を新設した。立入検査の現場で危険を認知しても消防長又は消防署長の決裁を経なければ命令できなかった従前の隘路を解消する趣旨である。

出典:内閣府「消防吏員による措置命令について(平成14年版消防白書抜粋)」https://www.bousai.go.jp/kaigirep/chousakai/saigaijihinan/4/pdf/sankoushiryou_9.pdf


三 文理解釈

1 第5条第1項

命令権者

「消防長又は消防署長」に限られる。第3条第1項及び第5条の3第1項が「その他の消防吏員」を含むのと対照的である。第5条第1項の命令は防火対象物そのものの改修・移転・除去等に及び、財産権への制約が重いため、権限を組織の長に集約したものと解される。なお第3条第1項括弧書により、消防本部を置かない市町村では消防長を市町村長と読み替える。

対象事項

「防火対象物の位置、構造、設備又は管理の状況」である。ハード面(位置・構造・設備)だけでなく、管理という運用面も含む。防火管理の実態が不良であることを理由に本条の命令を発することは、文理上可能である。

命令要件

四つの類型が並列されている。

  1. 火災の予防に危険であると認める場合
  2. 消火、避難その他の消防の活動に支障になると認める場合
  3. 火災が発生したならば人命に危険であると認める場合
  4. その他火災の予防上必要があると認める場合

第4号は包括要件であり、第1号から第3号までは例示的な位置を占める。もっとも、罰則を伴う不利益処分の要件である以上、包括要件を根拠に安易に命令を発することは許されず、後述する裁判例の枠組みが妥当する。

名宛人

原則は「権原を有する関係者」である。関係者とは第2条第4項により防火対象物の所有者、管理者又は占有者を指し、そのうち命令に係る措置を法律上・事実上行いうる地位にある者が「権原を有する」者に当たる。賃貸ビルの共用部分に係る改修を賃借人に命じても履行不能であり、命令は違法となる。

括弧書により、特に緊急の必要があると認める場合には、権原の有無を問わず関係者一般に加え、工事の請負人又は現場管理者に対しても命令できる。工事中の建築物で危険が切迫している場面を想定した規定であり、昭和40年法律第65号によって追加された。

措置内容

「改修、移転、除去、工事の停止又は中止その他の必要な措置」である。使用の禁止・停止・制限は平成14年改正で第5条の2に移されたため、本項の「その他の必要な措置」を根拠に使用禁止を命ずることはできない。同一の法律が要件を加重した別条を設けている以上、包括文言による潜脱は認められない。

ただし書

建築物その他の工作物が他の法令により建築・増築・改築・移築の許可又は認可を受け、その後事情が変更していない場合には命令できない。建築基準法をはじめとする他法令の許認可に対する信頼を保護する調整規定である。

適用範囲は限定的に解される。第一に、対象は許認可の内容そのものに係る事項に限られ、許認可後に生じた設備の劣化や管理状況の悪化には及ばない。第二に、法令改正により基準が変更された場合や、用途変更が行われた場合は「事情の変更」に当たる。第三に、建築基準法第6条の確認は「許可又は認可」ではないため、確認済みであることのみを理由にただし書を援用することはできないと解するのが実務の立場である。

2 第5条第2項

第3条第4項を準用し、命令が履行されない場合、履行が不十分な場合、又は期限までに完了する見込みがない場合に、行政代執行法の定めに従い、消防職員又は第三者に措置をとらせることができる。代執行の要件は行政代執行法第2条によるため、他の手段による履行確保が困難であることと、不履行の放置が著しく公益に反することが別途必要である。

3 第5条第3項・第4項

命令を発したときは公示しなければならない。義務規定であり、裁量の余地はない。公示の方法は消防法施行規則第1条により「公報への掲載その他市町村長が定める方法」とされ、多くの消防本部では標識の設置、公報掲載、掲示場への掲示、ホームページ掲載を併用している。

第4項は標識設置の受忍義務を定める。名宛人以外の所有者・管理者・占有者にも設置を拒み、又は妨げてはならない義務を課す点に特徴がある。命令の相手方でない者に義務を課す規定であるため、標識の設置場所や態様は必要最小限にとどめる運用が求められる。

なお第5条第3項及び第4項は、第5条の2第2項、第5条の3第5項、第8条第5項、第8条の2第7項、第8条の2の5第4項、第17条の4第3項において準用され、防火対象物に係る主要な命令に共通する公示制度を構成している。

4 第5条の2

補充性

第1号は、先行する命令が履行されず、履行されても十分でなく、又は期限までに完了する見込みがないため、引き続き危険が存する場合を要件とする。先行命令の存在が前提であり、第5条の2をいきなり発することはできない。

第2号は、先行命令によっては危険を除去できないと認める場合である。この場合には先行命令を経ずに使用禁止等を命じうるが、「命令によっては除去できない」という判断には相応の疎明が必要となる。

先行命令として引用されるのは、第5条第1項、第5条の3第1項、第8条第3項・第4項(防火管理者選任命令、防火管理業務適正執行命令)、第8条の2第5項・第6項(統括防火管理者関係)、第8条の2の5第3項(自衛消防組織設置命令)、第17条の4第1項・第2項(消防用設備等設置維持命令)である。

措置内容

「使用の禁止、停止又は制限」の三段階である。禁止は使用そのものを封じるもの、停止は一定期間の使用中断、制限は用途・部分・人員等を限った使用の許容を指す。比例原則から、危険の除去に必要な最小限度の態様を選択すべきである。特定の階や区画に限定した使用停止が実務上多用される。

罰則の重さ

第5条の2第1項違反は第39条の2の2により3年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金であり、第5条第1項違反(第39条の3の2、2年以下の拘禁刑又は200万円以下の罰金)、第5条の3第1項違反(第41条第1項第1号、1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)と比べて最も重い。第45条第1号により、第5条第1項違反及び第5条の2第1項違反については法人に1億円以下の罰金刑が科される。

5 第5条の3

命令権者の拡張

「消防長、消防署長その他の消防吏員」であり、階級を問わず消防吏員であれば発動できる。立入検査に従事する職員が現場で即断できるようにした平成14年改正の中核である。ただし第2項の略式代執行の主体は消防長又は消防署長に限られる。

対象

「防火対象物において」火災の予防に危険であると認める行為者、又は危険物件・消防活動支障物件の所有者等である。第3条が屋外を対象とするのに対し、第5条の3は防火対象物の内部を対象とする。両者は場所によって切り分けられている。

命令できる措置は第3条第1項各号に掲げるもの、すなわち火気使用行為等の禁止・停止・制限、残火等の始末、危険物・燃焼のおそれのある物件の除去その他の処理、その他の放置物件の整理又は除去である。命令の対象は「物件」であり、防火対象物そのものやこれに属する物には及ばない。固定された造作の除去を求める場合は第5条第1項によることになる。

略式代執行

第2項は、権原を有する所有者等を確知できないため命令できないときに、その者の負担で消防職員に第3条第1項第3号又は第4号の措置をとらせる仕組みである。相当の期限を定めた事前公告を原則とし、緊急の必要があるときは省略できる。第3条第2項が公告手続を定めていないのと異なり、防火対象物内部の物件に対する措置であることから手続保障が加重されている。

除去した物件は保管義務を負い(第3項)、保管の手続は災害対策基本法第64条第3項から第6項までの読替え準用による(第4項)。公示、保管期間経過後の売却、費用充当等の処理がこれによる。

6 第5条の4

行政不服審査法第18条第1項本文の審査請求期間は、処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月であるところ、第5条から第5条の3までの命令については30日に短縮される。起算点は「当該命令を受けた日の翌日」であり、行審法の「処分があったことを知った日の翌日」とは表現が異なるが、命令書の交付により処分を知ることになるため実質的な差異は生じにくい。

7 第6条

第1項

取消訴訟の出訴期間を、命令又は裁決を受けた日から30日とする。行政事件訴訟法第14条第1項の6か月、同条第2項の1年に対する特例であり、同法第1条が「他の法律に特別の定めがある場合を除く」と規定していることから、消防法の定めが優先する。ただし書により正当な理由があるときは期間経過後の提起が認められる。

審査請求と取消訴訟の関係については審査請求前置の定めがなく、自由選択主義による。命令を受けた者は、審査請求を経ずに直接取消訴訟を提起できる。

第2項

第5条第1項又は第5条の2第1項の命令を取り消す旨の判決があった場合に、命令により生じた損失を時価により補償する。

第3項

防火対象物の位置、構造、設備又は管理の状況が法令に違反していないにもかかわらず命令が発せられた場合の補償である。第5条第1項の要件は法令違反の存在を要求していないため、適法状態の対象物に対しても火災予防上の必要から命令を発しうる。その場合の財産的不利益を特別犠牲として補償する趣旨である。

第4項

補償費用は市町村負担とする。消防の責任が市町村にある(消防組織法第6条)ことに対応する。


四 用語解説

防火対象物:第2条第2項。山林又は舟車、船きょ若しくはふ頭に繋留された船舶、建築物その他の工作物若しくはこれらに属する物。第5条は防火対象物を対象とし、第4条の立入検査が消防対象物を対象とするのと範囲が異なる。

関係者:第2条第4項。防火対象物又は消防対象物の所有者、管理者又は占有者。

権原を有する関係者:関係者のうち、命令に係る措置を実施する法律上の地位を有する者。区分所有建物の共用部分については管理組合又は建物所有者が、専有部分については区分所有者又は賃借人が該当することが多い。

工事の請負人:請負契約に基づき当該工事を施工する者。下請負人を含む。

現場管理者:工事現場において施工を管理する地位にある者。建設業法上の主任技術者・監理技術者に限られない。

消防吏員:消防組織法第11条第1項の消防職員のうち、階級を有し消防事務に従事する者。事務職員は含まない。

物件:第2条第3項の消防対象物の定義に現れる語で、建築物その他の工作物に当たらない動産等を指す。第5条の3の命令対象は物件に限られる。

公示:命令を発した事実を第三者に周知する行為。第5条第3項の公示は命令の効力発生要件ではなく、利用者や近隣関係者が不測の損害を被ることを防ぐための情報提供である。

違反対象物の公表制度:市町村の火災予防条例に基づき、命令の有無にかかわらず一定の重大違反を公表する制度。法定の公示とは根拠も要件も異なる。両者を混同した説明が散見されるが、公示は命令を前提とする法律上の義務、公表は条例に基づく制度である点で区別される。


五 改正の経緯と内容

改正法主な内容
昭和23年法律第186号(制定)第5条に使用の禁止・停止・制限を含む措置命令を規定。第6条は10日以内の裁判所への出訴、執行不停止、損失補償を規定
昭和40年法律第65号第5条の名宛人に「特に緊急の必要があると認める場合においては、関係者及び工事の請負人又は現場管理者」を追加。第6条第4項の引用を整理
平成14年法律第30号第5条から使用禁止等を分離して第5条の2を新設。消防吏員による措置命令として第5条の3を新設。不服申立期間の特例として第5条の4を新設。第5条第3項・第4項の公示制度を創設。第5条の要件に「消火、避難その他の消防の活動に支障になると認める場合」及び「その他火災の予防上必要があると認める場合」を追加。罰則を引上げ、両罰規定の法人重科を導入
平成26年法律第69号行政不服審査法の全部改正に伴い、第5条の4の「異議申立て」を「審査請求」に改め、引用条項を新行審法第18条第1項本文に改める
令和4年法律第68号刑法等の一部改正により懲役を拘禁刑に改める。令和7年6月1日施行

平成14年法律第30号の施行日は、平成14年8月政令第273号により平成14年10月25日である(防火対象物定期点検報告制度等は平成15年10月1日)。同法附則第2条は「この法律の施行前にされた改正前の消防法第五条の規定による命令については、なお従前の例による」と定め、施行前に発せられた旧第5条の使用禁止命令の効力を維持した。

改正の経緯として重要なのは、平成14年改正が第5条の適用範囲を単純に拡大したのではなく、要件の拡張と措置の分離を同時に行った点である。第5条の要件は二類型から四類型へ拡張された一方、最も強力な使用禁止等は第5条の2として補充性の要件を課された。命令発動の入口を広げつつ、最終手段の発動には段階を要求する構造である。


六 法的性格と解釈上の論点

1 命令の法的性格

第5条第1項、第5条の2第1項、第5条の3第1項の命令はいずれも行政処分であり、行政手続法の不利益処分に関する規定が適用される。弁明の機会の付与(同法第13条第1項第2号)、理由の提示(同法第14条)を要する。緊急の必要がある場合には意見陳述手続を省略できる(同法第13条第2項第1号)が、この例外の適用は事実として切迫した危険が存在する場面に限られる。

命令に不服がある者は、審査請求(第5条の4により30日)又は取消訴訟(第6条第1項により30日)によって争う。教示については行政不服審査法第82条及び行政事件訴訟法第46条により、命令書に不服申立ての方法と期間を記載する必要がある。期間が法定の原則より大幅に短いため、教示の誤りは重大な結果を招く。

2 第6条第2項の性質

第6条第2項は、命令を取り消す判決があった場合に損失を補償するとしている。取消判決が出たということは当該命令が違法であったことを意味するから、本来は国家賠償法第1条による賠償の領域である。にもかかわらず消防法は「損失補償」の語を用い、過失の有無を問わない補償を定めている。

この規定は制定時から置かれており、国家賠償法の施行(昭和22年)直後という立法時期を反映している。違法な命令であっても公務員の故意過失が認定されない場合が生じうることを前提に、財産的不利益の填補を確保する趣旨と解される。国家賠償請求権と本項の補償請求権は競合し、名宛人はいずれによることもできる。もっとも、実務上本項に基づく補償が行われた例はほとんど報告されておらず、注釈書でも簡略な記述にとどまることが多い。

3 補償対象から第5条の3が除かれていること

第6条第2項及び第3項は、補償の対象を第5条第1項及び第5条の2第1項の命令に限っている。第6条第1項の出訴期間の特例は第5条の3第1項の命令にも及ぶのに対し、補償規定は及ばない。

第5条の3の命令は物件の除去等にとどまり、防火対象物の改修や使用禁止のような重大な財産的不利益を生じないという立法者の判断があったと考えられる。しかし、営業用什器や商品在庫の除去を命じられた場合の損失が軽微とは限らない。第5条の3が平成14年に新設された際、補償規定への追加が行われなかった点は、条文相互の整合性という観点から検討の余地がある。この不整合を明示的に論じた文献は多くない。

4 出訴期間30日の当否

制定時の10日から現行の30日へ延長されてきたとはいえ、行政事件訴訟法の原則である6か月と比べて著しく短い。危険な防火対象物に係る法律関係を早期に確定させる必要性が根拠とされるが、名宛人が代理人を選任し証拠を収集するには短期に過ぎるとの指摘がある。

平成16年の行政事件訴訟法改正で出訴期間が3か月から6か月に延長され、「正当な理由」による救済が整備された経緯を踏まえると、消防法第6条第1項ただし書の「正当な理由」は柔軟に解する余地がある。教示の欠落や誤った教示は正当な理由に当たると解すべきである。

5 第5条の3と第8条の2の4の関係

第8条の2の4は、廊下・階段・避難口等の避難上必要な施設について避難の支障になる物件が放置されないよう管理する義務を課す。同条違反そのものには罰則がない。これに対し第5条の3第1項の命令違反には罰則がある。

後述する東京高裁判決は、第8条の2の4違反に当たる行為があれば直ちに第5条の3の命令要件を満たすとはいえないと判示した。管理義務違反と措置命令の発動要件は別個に判断されるべきであり、両者の間には段差がある。

6 公示の解除

命令が取り消され、又は履行により命令が解除された場合、公示を撤回する必要がある。第5条第3項は公示の義務を定めるのみで解除の手続を規定していないが、違反状態が解消された後も公示を継続すれば名誉・信用の侵害となる。命令の一部が取り消された場合は、その部分に係る公示の記載を速やかに削除すべきである。


七 裁判例

1 東京高判平成27年6月10日(最決平成28年9月1日上告不受理により確定)

第5条の3第1項に基づく命令の適法性が全国で初めて争われた事案である。東京消防庁管内の6階建て防火対象物(耐火構造、屋内階段1系統、複合用途)において、5階屋内階段部分に木製本棚等、塔屋階部分にスチール製ロッカー等が存置されていたため、消防署長が平成26年1月15日に除去命令を発した。受命者は同年2月13日に東京地方裁判所へ命令の取消しと損害賠償を求める訴えを提起した。

判決は、5階部分の本棚等に係る命令を適法とし、塔屋階のロッカー等に係る命令を違法として取り消した。一審が認めた損害賠償10万円は取り消された。

命令要件について、判決は次の枠組みを示した。「火災の予防に危険である物件」とは火災発生の危険があると認められる物件のほか、何らかの原因により火災が発生した場合に延焼・拡大の危険があると認められる物件をいい、「消火、避難その他の消防の活動に支障になると認める物件」とは消防活動の支障になると認められる物件一般をいう。該当性の判断にあたっては、命令が罰則により履行を強制する性質を有することを踏まえ、危険性や支障が一般的・抽象的に認められるだけでは足りない。(1) 当該物件の性状及び設置状況(形状、性質、可燃物の量、設置場所の状況等)、(2) 当該防火対象物の状況(構造、規模、用途、避難経路の状況、消防用設備の設置状況等)、(3) 当該防火対象物の防火上の管理の状況といった諸事情を勘案し、火災の発生ないし延焼・拡大に至る危険、又は避難・消火等の消防活動上の支障が具体的に認められることを要する。他方、現実的な危険があることや、支障が著しいことまでは要しない。

塔屋階のロッカーについては、施錠されたガラス製・スチール製の引き戸が付されており放火を誘発しやすい状況にあるとはいえないこと、居室や5階の本棚から火災が発生しても塔屋階へ火炎が到達することは容易に想定できないこと、北東側ロッカーが避難動線から外れていることなどから、いずれの要件にも該当しないとされた。

第8条の2の4との関係については、同条違反そのものに罰則がないことを考慮すると、同条違反に当たる行為があれば直ちに措置命令の発令要件を満たすとはいえないとした。そのうえで、塔屋階の物件は第5条の3に該当しないとしても、火災予防上の危険性や避難支障の可能性が一般的・抽象的に認められないとまではいえないから第8条の2の4の違反状態にはあると判示した。

損害賠償については、適法な処分に係る公示は行わざるを得ず、適法な処分と並んで違法な処分に関する公示がされていても、適法な処分のみが公示された場合と比べて社会的評価が低下したとは認められないとして否定された。

出典:総務省消防庁「消防法第5条の3命令取消等請求訴訟等に係る行政対応に関する記録」https://www.fdma.go.jp/mission/prevention/items/yobou_jirei_h30_12.pdf

2 札幌地判昭和55年3月5日(措置命令不作為損害賠償請求事件)

木造3階建共同住宅の2階から出火し、2階と3階の10室を焼損して1名が焼死した火災について、遺族が市長及び消防機関の権限不行使を理由に国家賠償を請求した事案である。判決は、市長が建築基準法違反に対する是正措置を講じなかったことと焼死との間に相当因果関係を認めず、消防長が消防法第5条の措置命令をとらなかったことについても裁量の逸脱はないとして請求を棄却した。

規制権限の不行使が国家賠償法上違法となるかを消防法第5条について正面から扱った数少ない裁判例である。

3 甲府地判昭和50年12月26日(措置命令違反等被告事件)

建築同意を受けていない鉄骨造8階建物品販売店舗について、火災予防上必要があり、かつ火災が発生したならば人命危険があるとして使用禁止命令が発せられたところ、猶予期間経過後も使用が継続された。所轄消防長が旧第5条命令違反として告発し、懲役6月・執行猶予3年の有罪判決が言い渡された。

4 大阪地判昭和48年4月10日(措置命令違反等被告事件)

建築主事の確認を受けていない木造3階建共同住宅について、3階以上の居室を使用し、又は使用させてはならない旨の命令が発せられたが、猶予期間経過後も居室として使用させていた。所轄消防署長の告発により、懲役4月・執行猶予2年及び罰金3万円の判決となった。

第3項及び第4項の事案はいずれも平成14年改正前のものであり、当時は使用禁止命令が第5条に置かれていた。現行法では第5条の2第1項に基づく命令となり、罰則は第39条の2の2により3年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金である。

5 行政不服審査の裁決例(昭和60年10月7日・市長裁決)

特別養護施設について消防用設備等の設置義務があり、再三の指導にもかかわらず設置されなかったため消防長が設置命令を発し、履行期限経過後も設置されなかったことから旧第5条に基づく使用禁止命令が発動された。名宛人が市長に対して取消審査請求をしたが棄却された。設備設置命令の不履行から使用禁止命令へ移行する現行第5条の2第1項第1号の類型に相当する。

出典:日本消防設備安全センター「違反データベース・判例事例索引」https://www.fesc.or.jp/ihanzesei/owner/pdf/hanrei120726.pdf


八 実務上の留意点

1 命令に至る手順

立入検査(第4条)で違反を認知した後、立入検査結果通知書の交付、行政指導、警告、弁明の機会の付与通知、弁明書の提出という経過をたどり、命令の発令に至るのが標準的な流れである。前掲の東京高裁判決の事案では、平成23年11月の立入検査から平成26年1月の命令発令まで約2年2か月を要している。

総務省消防庁「違反処理標準マニュアル」は、この一連の手続の様式と判断基準を示している。令和4年11月21日付け消防予第598号により、第5条の3の命令対象物件の判断基準と争訟事例が追加され、行政不服審査法改正の内容が反映された。

出典:総務省消防庁「違反処理標準マニュアル」https://www.fdma.go.jp/mission/prevention/items/post-13/ihanshori-manual.pdf

2 名宛人の特定

前掲の東京高裁判決の事案では、当初、階段踊り場の本棚を防火対象物の一部とみなして第5条による除去命令を発する方針であったが、受命者から「本棚が置かれた踊り場は共用部分であり自身の専有部分ではないから権原を有する関係者に当たらない」との弁明が出された。共用部分の管理権原者である建物所有者に命じても、本棚の所有者でない以上除去は困難である。そこで、固定されているか明確でない本棚を物件とみなして第5条の3による除去命令を物件所有者に発する方針へ変更した経緯がある。

第5条と第5条の3のいずれによるかは、対象が防火対象物又はこれに属する物か、それとも物件かによって決まる。造作として固定されているか否かの判断が分かれ目となる。名宛人の適格と条文選択は連動しており、弁明手続で争点が顕在化した段階での方針変更も選択肢となる。

3 命令書の記載

命令の理由となる事実は、物件ごと・部位ごとに特定して記載する。前掲の事案では5階部分の命令と塔屋階部分の命令を別個に発令していたため、後者のみが違法と判断されても前者の効力は維持された。複数の物件を一つの命令にまとめると、一部の要件不備が命令全体の取消しにつながるおそれがある。

理由の記載にあたっては、可燃物の量、設置場所の状況、避難動線との位置関係、当該防火対象物の構造・用途・階段の系統数、消防用設備等の設置状況を具体的に摘示する。抽象的な危険性の指摘にとどまる理由付記は、判決の示した枠組みに照らして不十分である。

4 履行期限の設定

除去に要する物理的な時間を考慮した期限を設定する。前掲の川崎市消防局の第5条の3運用事例では、スチール製棚の除去に時間を要すると判断し、履行時間を翌日午前中とした例が報告されている。過度に短い期限は履行不能を招き、代執行や告発の適法性にも影響する。

5 教示と出訴期間

命令書には、審査請求期間が30日であること(第5条の4)及び取消訴訟の出訴期間が30日であること(第6条第1項)を明記する。行政事件訴訟法第14条の6か月と誤解した教示は、その後の争訟で名宛人に有利な「正当な理由」を基礎づけかねない。

6 公示と公表の使い分け

第5条第3項の公示は命令の発令を前提とする法定義務である。これに対し、多くの自治体が火災予防条例で設けている違反対象物の公表制度は、命令に至らない段階でも一定の重大違反について公表を行う制度である。両者は根拠・要件・効果が異なるため、命令書や広報において混同しないよう表記を分ける必要がある。命令が取り消された場合は公示の該当部分を速やかに削除する。

7 告発と公訴時効

命令違反に対する告発を検討する場合、公訴時効に留意する。第5条の3第1項違反は第41条第1項第1号により1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金であり、長期5年未満の罪として刑事訴訟法第250条第2項第6号により公訴時効は3年である。第5条第1項違反(2年以下)、第5条の2第1項違反(3年以下)も同様に3年である。命令の履行期限経過時点から時効期間が進行することを前提に、告発の時期を計画する。

8 法人重科

第45条第1号により、第5条第1項違反及び第5条の2第1項違反については、行為者の処罰に加えて法人に1億円以下の罰金刑が科される。第5条の3第1項違反は同条第3号により各本条の罰金刑にとどまる。ビル管理会社や運営法人に対する告発を検討する際、条文の選択により法人に対する法定刑が大きく異なる。

9 代執行の実務

第5条第2項及び第5条の3第5項が準用する第3条第4項により、行政代執行法に基づく代執行が可能である。代執行の要件は行政代執行法第2条によるため、他の手段による履行確保が困難であることと不履行の放置が著しく公益に反することを別途疎明する。戒告、代執行令書による通知という手続を経る。第5条の3第2項の略式代執行は、名宛人を確知できない場合に限られる別個の制度であり、混同してはならない。


参考文献・資料


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