1 条文原文

(遺言執行者の指定)
第千六条 遺言者は、遺言で、一人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができる。
2 遺言執行者の指定の委託を受けた者は、遅滞なく、その指定をして、これを相続人に通知しなければならない。
3 遺言執行者の指定の委託を受けた者がその委託を辞そうとするときは、遅滞なくその旨を相続人に通知しなければならない。

(遺言執行者の任務の開始)
第千七条 遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない。
2 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。

(遺言執行者に対する就職の催告)
第千八条 相続人その他の利害関係人は、遺言執行者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に就職を承諾するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、遺言執行者が、その期間内に相続人に対して確答をしないときは、就職を承諾したものとみなす。

(遺言執行者の欠格事由)
第千九条 未成年者及び破産者は、遺言執行者となることができない。

(遺言執行者の選任)
第千十条 遺言執行者がないとき、又はなくなったときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求によって、これを選任することができる。

読解に必要な関連条文を挙げる。

(遺言執行者の権利義務)
第千十二条 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
2 遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。
3 第六百四十四条、第六百四十五条から第六百四十七条まで及び第六百五十条の規定は、遺言執行者について準用する。

(遺言の執行の妨害行為の禁止)
第千十三条 遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
2 前項の規定に違反してした行為は、無効とする。ただし、これをもって善意の第三者に対抗することができない。
3 前二項の規定は、相続人の債権者(相続債権者を含む。)が相続財産についてその権利を行使することを妨げない。

(遺言執行者の解任及び辞任)
第千十九条 遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる。
2 遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができる。

2 五か条の位置づけ

遺言は、書いただけでは実現しない。不動産の名義を変え、預金を解約し、株式を移し、認知の届出をするといった具体的な作業が必要になる。この作業を担うのが遺言執行者である。

第1006条から第1010条までは、その遺言執行者がどのようにして決まり、いつから仕事を始め、誰がなれないのかを定める。誰が担うかを決める入口の規定群であり、その先の権限と義務は第1011条以下に続く。

遺言執行者がいなくても遺言は実現できる場合がある。相続人全員が協力すれば、登記も預金の解約も進む。問題は、協力しない相続人が一人でもいる場合である。遺言執行者は、そうした場面で遺言者の意思を貫くための仕組みである。

3 第1006条(遺言執行者の指定)

3.1 趣旨・立法背景

遺言者が誰に執行を託すかを自分で決められるようにした規定である。遺言者は自分の財産と家族の事情を最もよく知っているから、適任者の選定も本人に委ねるのが筋にかなう。

同時に、遺言作成の時点では適任者が定まらないこともある。信頼する専門家がまだ決まっていない、相続開始時に誰が健在か分からないという場合である。そこで、指定そのものを第三者に委ねる道も開かれている。

3.2 文理解釈

「遺言で」指定しなければならない。遺言執行者の指定は遺言事項であり、生前に口頭や書面で誰かに頼んでおいても、遺言に書かれていなければ第1006条の指定にはならない。

「一人又は数人」とあるから、複数の指定ができる。複数いる場合の職務執行は過半数で決まるが、保存行為は各自が単独でできる(第1017条)。第一順位の者が就職しない場合に備えて予備的に指定しておくこともできる。

指定される者の資格は、第1009条の欠格事由に当たらないことだけである。相続人や受遺者を指定してもよく、弁護士や司法書士、行政書士のような専門家でもよい。法人を指定することもでき、信託銀行や士業法人が就くこともある。ただし、遺言による認知や推定相続人の廃除のように相続人と利害が真正面から対立する場面では、相続人を執行者に指定することは適切でないと解されている。

第2項は、指定の委託を受けた者に二つの義務を課す。遅滞なく指定をすることと、その結果を相続人に通知することである。第3項は、委託を辞退する場合にも相続人への通知を求める。委託を受けた者が沈黙していると、相続人は誰が執行者になるのか分からず、手続が止まってしまうからである。

委託を受けた者が指定をしないまま放置した場合や、辞退した場合には、第1010条により家庭裁判所に選任を求めることができる。

4 第1007条(遺言執行者の任務の開始)

4.1 就職の承諾は自由である

指定されたからといって、その人が執行者にならなければならないわけではない。就職するかどうかは自由に決められ、断る理由を説明する必要もない。第1007条第1項は、承諾した場合には「直ちに」任務にかからなければならないと定めるにとどまる。

承諾の方式に決まりはなく、相続人への意思表示でも、就職承諾書の交付でもよい。もっとも、後の争いを避けるため、承諾も辞退も書面で行うのが安全である。いったん承諾した後は、家庭裁判所の許可がなければ辞任できない(第1019条第2項)。断るなら承諾前でなければならない。

「直ちに」は、民法の時間概念のなかで最も急を要する表現である。相続財産の目録を作成して相続人に交付する義務(第1011条)も、この任務開始の一環として生じる。

4.2 第2項の通知義務

第2項は、平成30年法律第72号による相続法改正で新設され、令和元年7月1日に施行された。改正前は、遺言執行者が就職しても相続人に何も知らせない例があり、財産を取得しない相続人が後から事情を知って紛糾する事態が起きていた。遺言の執行は中立かつ公正に行われるべきであるという観点から、通知が義務化された。

通知の内容は、就職した事実だけでは足りず、遺言の内容にまで及ぶ。実務では、遺言書の写しを添えて通知するのが一般的である。公正証書遺言には検認の手続がないため、この通知が相続人にとって遺言の存在を知る最初の機会になることも多い。

通知の相手方は「相続人」である。特定遺贈の受遺者は条文上の対象ではない。相続人には遺留分侵害額請求という手段があり、遺言の内容に重い利害を持つためである。もっとも、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するから(第990条)、通知の対象に含めるのが穏当である。遺留分を持たない兄弟姉妹も、条文が区別していない以上、通知すべきである。

経過措置として、改正法の附則第8条第1項により、この規定は施行日前に開始した相続についても、施行日以後に遺言執行者となる者に適用される。古い相続の執行に今から就く場合でも、通知義務は免れない。

5 第1008条(遺言執行者に対する就職の催告)

5.1 趣旨

就職するかどうかが自由である以上、指定された者が態度を決めないまま時間が過ぎることがある。相続人にしてみれば、執行者が就くのか、家庭裁判所に選任を求めるべきなのかが分からず、手続が進まない。第1008条は、催告によって態度を確定させる手段を相続人と利害関係人に与える。

5.2 文理解釈

催告できるのは「相続人その他の利害関係人」である。受遺者や相続債権者も含まれる。

「相当の期間」は、就職の可否を判断するのに通常必要な期間である。事案の複雑さによるが、実務では二週間から一か月程度を定める例が多い。

期間内に確答がないときは、就職を承諾したものとみなされる。沈黙が承諾として扱われる数少ない場面の一つである。確答の相手方は条文上「相続人」とされている。

みなし承諾が生じると、その者は遺言執行者としての義務を負う。任務を果たさなければ、第1019条第1項により解任を請求されることもある。指定された覚えがあるのに催告を無視するのは、最も危険な対応である。

6 第1009条(遺言執行者の欠格事由)

6.1 趣旨と文理解釈

条文が挙げるのは、未成年者と破産者の二つだけである。

未成年者が除かれるのは、財産管理と法律行為を単独で行う立場にそぐわないからである。破産者が除かれるのは、自分の財産管理にすら失敗している者に他人の財産の管理を委ねることが適当でないからである。破産手続が終わり復権すれば、欠格事由はなくなる。

欠格事由は限定列挙と解されている。遺言者の死亡時に未成年であった者も、その後に成年に達すれば就職できる。逆に、就職後に破産手続開始の決定を受ければ、その資格を失う。

法人は欠格事由に当たらず、遺言執行者となりうる。

指定された者が欠格事由に当たる場合、その指定は効力を生じない。この場合は第1010条の「遺言執行者がないとき」に当たり、家庭裁判所に選任を求めることになる。

7 第1010条(遺言執行者の選任)

7.1 趣旨

遺言執行者が必要であるのに存在しない場合、遺言の実現が止まる。第1010条は、家庭裁判所が利害関係人の請求を受けて執行者を選任する道を用意した。

なお、遺言執行者の選任が常に必要なわけではない。相続人全員が協力すれば、遺贈の登記も預金の払戻しも進む。それでも、相続人の一人が協力を拒めば手続は止まる。選任が不可欠でない場面でも、執行者を立てる実益があるとされるのはこのためである。遺言による認知(第781条第2項)と推定相続人の廃除および廃除の取消し(第893条、第894条第2項)は、遺言執行者でなければ手続をとれず、執行者の存在が不可欠である。

7.2 「ないとき」と「なくなったとき」

「遺言執行者がないとき」に当たるのは、次のような場合である。

  • 遺言者が遺言執行者を指定しなかったとき
  • 指定の委託を受けた者が指定をしないとき、または委託を辞退したとき
  • 指定された者が第1009条の欠格事由に当たるとき
  • 指定された者が就職を承諾しなかったとき

「なくなったとき」に当たるのは、就職した遺言執行者について、死亡、辞任、解任、破産手続開始の決定といった事由が生じた場合である。

7.3 手続

申立人は利害関係人である。相続人、受遺者、相続債権者、受遺者の債権者など、遺言の執行に法律上の利害を持つ者がこれに当たる。

申立先は、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所である(家事事件手続法第209条第1項)。費用は、執行の対象となる遺言書一通につき収入印紙800円と連絡用の郵便切手である。申立書には、遺言執行者の候補者を挙げることができる。

家庭裁判所は、遺言の内容、相続人の関係、財産の状況を踏まえて適任者を選ぶ。候補者がそのまま選ばれることも、弁護士や司法書士といった第三者が選ばれることもある。選任された執行者の報酬は、遺言に定めがなければ家庭裁判所が定める(第1018条第1項)。

8 用語解説

遺言執行者
遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する者(第1012条第1項)。

指定の委託
誰を遺言執行者とするかの選定を第三者に委ねること。委託を受けた者は遅滞なく指定し、相続人に通知しなければならない。

就職の承諾
指定された者が遺言執行者となることを引き受ける意思表示。承諾後は家庭裁判所の許可がなければ辞任できない。

みなし承諾
催告の期間内に確答しなかった場合に、承諾したものとして扱われること(第1008条後段)。

欠格事由
その地位に就くことができない事由。遺言執行者については未成年者と破産者の二つが定められている。

利害関係人
遺言の執行に法律上の利害を持つ者。相続人、受遺者、相続債権者などがこれに当たる。

財産目録
遺言執行者が任務の開始後に作成し、相続人に交付する相続財産の一覧(第1011条第1項)。

9 改正の経緯と現行法の状況

第1006条、第1008条、第1009条、第1010条は、明治民法の規定を平成16年法律第147号で現代語化したものであり、それ以降、文言は改められていない。

第1007条は、平成30年法律第72号による相続法改正で第2項が新設され、令和元年7月1日に施行された。同じ改正で、遺言執行者の権利義務を定める第1012条が「遺言の内容を実現するため」という文言を加えて職務の目的を明確にし、遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができる旨の第2項が置かれた。第1013条には、相続人の妨害行為の効力に関する第2項と第3項が加えられ、相続人の処分行為は無効としつつ善意の第三者には対抗できないこと、相続債権者の権利行使は妨げられないことが定められた。第1015条は、遺言執行者がその権限内で相続人の名においてした行為は相続人に対して直接効力を生ずるという規律に改められ、第1016条は復任権の制限が緩和された。

これらの改正後の規定のうち第1007条第2項と第1012条については、附則第8条第1項により、施行日前に開始した相続に関しても、施行日以後に遺言執行者となる者に適用される。

令和8年6月24日に公布された民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)は、成年後見制度の一元化と遺言制度の見直しを内容とするものであり、法務省が公表した新旧対照条文によれば、第1006条から第1010条までは改正の対象に含まれていない。第1009条の欠格事由も、未成年者と破産者の二つのままである。

10 判例・裁判例

10.1 就職の承諾前でも「遺言執行者がある場合」に当たる

最高裁判所判決昭和62年4月23日民集41巻3号474頁は、遺言執行者として指定された者が就職を承諾する前に相続人が相続財産を処分した場合であっても、第1013条にいう「遺言執行者がある場合」に当たると判断した。

遺言で執行者が指定されていれば、その者が承諾する前から、相続人は遺言の執行を妨げる処分をできないことになる。相続人にとっては、遺言に執行者の指定があると分かった時点で、勝手な処分は危険だという指針になる。

この判断は改正前の第1013条のもとでのものであり、平成30年改正により、違反行為は無効であるが善意の第三者には対抗できないこと(第1013条第2項)、相続債権者の権利行使は妨げられないこと(同条第3項)が明文化された。処分を受けた第三者の保護は、この改正によって図られている。

10.2 改正前から認められていた通知義務

東京地方裁判所判決平成19年12月3日は、第1007条第2項が新設される前の事案について、遺言執行者の善管注意義務を根拠に、相続人に対する通知義務を認めた。

現行法では通知義務が明文化されたため、この争点そのものは決着した。もっとも、通知の時期、相手方の範囲、通知すべき内容の程度は条文から一義的には定まらない。善管注意義務(第1012条第3項、第644条)を踏まえて判断されるという枠組みは、現在も生きている。

10.3 五か条をめぐる判例の状況

第1006条、第1008条、第1009条、第1010条を正面から扱った最高裁判所の判例は見当たらない。指定の委託は実務での利用が少なく、催告と欠格事由は文言が明快であり、選任は家庭裁判所の審判として定型的に処理されるためと考えられる。争いが表面化するのは、執行者の権限の範囲(第1012条、第1013条)や解任(第1019条)の場面に集中している。

11 実務上の留意点

遺言を作る側への助言は次のとおりである。

  • 不動産や預金が複数あるなら、遺言執行者を指定しておく。相続人の一人が協力を拒んだ場合の備えになる
  • 遺言による認知や推定相続人の廃除を定めるなら、執行者の指定は欠かせない
  • 指定する前に本人の承諾を得ておく。指定は一方的にできるが、断られれば家庭裁判所の選任を待つことになる
  • 予備の執行者を書いておく。指定した人が先に亡くなる場合や就職を断る場合に備える
  • 報酬について遺言に定めを置く。定めがなければ家庭裁判所が決めることになる

遺言執行者に指定された人への助言は次のとおりである。

  • 就職するかは自由である。承諾した後は家庭裁判所の許可がなければ辞任できない。断るなら承諾前に、書面で
  • 承諾したら直ちに着手し、遅滞なく相続人全員に遺言の内容を通知する。遺言書の写しを添えるのが確実である
  • 財産目録を作成して相続人に交付する(第1011条)
  • 催告を受けて放置すると、承諾したものとみなされる

相続人への助言は次のとおりである。

  • 執行者が動かないときは、相当の期間を定めて催告する
  • 執行者が指定されていない、または就職しない場合は、家庭裁判所に選任を申し立てられる
  • 執行者が指定されている以上、就職前であっても相続財産の処分は避ける

12 参考資料・参考サイト

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