労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年法律第132号。以下「法」という。)第33条は、カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」という。)について事業主に雇用管理上の措置義務を課す。もっとも、義務を定めただけでは制度は動かない。義務が果たされなかったときに労働者が何を使えるのか、行政がどこまで踏み込めるのかを定めるのが、第35条以下の手続規定である。

令和7年法律第63号による改正で、これらの手続規定にはカスハラが漏れなく組み込まれた。本稿は、第35条から第51条までのうちカスハラに関係する条文を一括して扱う。個々の条は短く、単独で読んでも意味をなさないため、紛争解決手続(第35条から第39条まで)、行政による履行確保(第42条・第44条・第45条・第46条)、適用関係と罰則(第48条・第51条)の3群に整理して解説する。

なお、以下に掲げる条文は令和7年法律第63号による改正後のものであり、令和8年10月1日から施行される。

1 条文原文

第35条(紛争の解決の促進に関する特例)

第三十五条 第三十一条第一項及び第二項並びに第三十三条第一項及び第二項に定める事項についての労働者と事業主との間の紛争については、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(平成十三年法律第百十二号)第四条、第五条及び第十二条から第十九条までの規定は適用せず、次条から第三十九条までに定めるところによる。

第36条(紛争の解決の援助)

第三十六条 都道府県労働局長は、前条に規定する紛争に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該紛争の当事者に対し、必要な助言、指導又は勧告をすることができる。

2 事業主は、労働者が前項の援助を求めたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

第37条(調停の委任)

第三十七条 都道府県労働局長は、第三十五条に規定する紛争について、当該紛争の当事者の双方又は一方から調停の申請があつた場合において当該紛争の解決のために必要があると認めるときは、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第六条第一項の紛争調整委員会に調停を行わせるものとする。

2 事業主は、労働者が前項の申請をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

第38条(調停)

第三十八条 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和四十七年法律第百十三号)第二十五条から第三十二条までの規定は、前条第一項の調停の手続について準用する。この場合において、同法第二十五条第一項中「前条第一項」とあるのは「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和四十一年法律第百三十二号)第三十七条第一項」と、同法第二十六条中「事業場」とあるのは「事業所」と、同法第三十一条第一項中「第二十四条第一項」とあるのは「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第三十五条」と読み替えるものとする。

第39条(厚生労働省令への委任)

第三十九条 前二条に定めるもののほか、調停の手続に関し必要な事項は、厚生労働省令で定める。

第42条(助言、指導及び勧告並びに公表)

第四十二条 厚生労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して、助言、指導又は勧告をすることができる。

2 厚生労働大臣は、第三十一条第一項及び第二項、第三十三条第一項及び第二項、第三十六条第二項並びに第三十七条第二項の規定に違反している事業主に対し、前項の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかつたときは、その旨を公表することができる。

第44条(資料の提出の要求等)

第四十四条 厚生労働大臣は、この法律(第二十七条第一項、第二十八条第一項、第三十一条第一項及び第二項、第三十三条第一項及び第二項、第三十六条第二項並びに第三十七条第二項を除く。)を施行するために必要があると認めるときは、事業主に対して、必要な資料の提出及び説明を求めることができる。

第45条(報告の請求)第1項

第四十五条 厚生労働大臣は、事業主から第三十一条第一項及び第二項、第三十三条第一項及び第二項、第三十六条第二項並びに第三十七条第二項の規定の施行に関し必要な事項について報告を求めることができる。

第46条(権限の委任)

第四十六条 この法律に定める厚生労働大臣の権限は、厚生労働省令で定めるところにより、その一部を都道府県労働局長に委任することができる。

2 前項の規定により都道府県労働局長に委任された権限は、厚生労働省令で定めるところにより、公共職業安定所長に委任することができる。

第48条(適用除外)

第四十八条 第六条から第九条まで、第六章(第二十七条を除く。)、第七章、第三十五条から第三十九条まで、第四十二条第一項(第十章の規定の施行に関するものに限る。)及び第二項並びに第四十五条第一項の規定は国家公務員及び地方公務員について、第八章及び第三十一条から第三十四条までの規定は一般職の国家公務員(行政執行法人の労働関係に関する法律(昭和二十三年法律第二百五十七号)第二条第二号の職員を除く。)、裁判所職員臨時措置法(昭和二十六年法律第二百九十九号)の適用を受ける裁判所職員、国会職員法(昭和二十二年法律第八十五号)第一条に規定する国会職員及び自衛隊法(昭和二十九年法律第百六十五号)第二条第五項に規定する隊員については、適用しない。

第51条(過料)

第五十一条 第四十五条第一項の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、二十万円以下の過料に処する。

第47条(船員に関する特例)

条文は多数の読替えを列挙する長大なものであるため、原文の掲記は割愛する。船員に関しては、第33条第4項の指針策定権限を含む厚生労働大臣の権限が国土交通大臣に、都道府県労働局長の権限が地方運輸局長(運輸監理部長を含む。)に読み替えられる。指針策定にあたって意見を聴く機関も、労働政策審議会から交通政策審議会に置き換わる。調停は紛争調整委員会ではなく、あっせん員候補者名簿に記載された者から指名される調停員が行う。

2 趣旨・立法背景

一般法を外して特則を置く理由

第35条は、カスハラをめぐる労使紛争を、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(以下「個別紛争法」という。)の一般的な仕組みから切り出す規定である。同法のうち、第4条の都道府県労働局長による助言・指導、第5条のあっせんの委任、第12条から第19条までのあっせん手続が適用されなくなり、代わりに法第36条の援助と法第37条以下の調停が用意される。

一般法を外す実益は、担当組織と手続の質にある。個別紛争法のあっせんは紛争調整委員会が行うが、ハラスメント事案については、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法と同じ枠組みに乗せ、都道府県労働局雇用環境・均等部(室)が一体的に処理する体制が採られてきた。パワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)について令和元年改正が同じ構造を採用しており、カスハラもこれに合わせた。

あっせんではなく調停とした点にも意味がある。あっせんが当事者の話合いを促進する方式であるのに対し、調停は調停委員が事情聴取の結果に基づいて調停案を作成し受諾を勧告する方式であり、専門的判断を示す度合いが高い。何が社会通念上許容される範囲を超える言動かという評価が争点となるカスハラ紛争には、後者が適する。

二当事者間の紛争として構成する限界

ここで注意を要するのは、法第35条以下の手続の相手方が事業主であって、加害行為をした顧客ではないという点である。カスハラは顧客の行為に端を発するが、法が組み立てたのはあくまで労働者と事業主の間の紛争解決である。労働者が申し立てられるのは、事業主が第33条第1項の措置を講じていないこと、または相談などを理由に不利益な取扱いを受けたことであり、顧客の責任追及は民事訴訟や刑事手続に委ねられる。

法第34条第5項が顧客に努力義務を課すにとどめ、そこに紛争解決手続を接続しなかったのは、私人間の言動に行政が直接介入することへの慎重さと、消費者の正当な権利行使を萎縮させない配慮の帰結である。

履行確保の水準

第42条から第45条までは、行政がどこまで介入できるかを画する。カスハラについては、報告を求める権限(第45条第1項)と、助言・指導・勧告および公表(第42条)は及ぶが、立入検査(第43条)と資料の提出および説明の要求(第44条)は及ばない。義務の履行は基本的に事業主の自主的な取組に委ね、悪質な不履行に対して公表という社会的制裁で臨む設計であり、パワハラと同じ水準に揃えられている。

3 用語解説

  • 「紛争調整委員会」  個別紛争法第6条第1項により都道府県労働局に置かれる組織で、弁護士、大学教授など労働問題の専門家が委員となる。法第37条の調停は、この委員会に置かれる会議体(両立支援・均等調停会議)が担当する。第35条があっせんの規定を外しても、委員会の設置根拠である個別紛争法第6条は生きており、第37条第1項が同条を明示的に引用しているのはそのためである。
  • 「調停」  紛争調整委員会が当事者から事情を聴いたうえで調停案を作成し、その受諾を勧告する手続をいう。受諾は任意であり、調停案に法的な強制力はない。準用される男女雇用機会均等法の規定により、関係当事者の出頭と意見聴取、関係行政庁への資料の要求、調停案の作成と受諾勧告、調停の打切り、打切り後30日以内に訴えを提起した場合の時効の完成猶予、訴訟手続の中止が定められる。
  • 「助言、指導又は勧告」  いずれも行政手続法第2条第6号の行政指導に当たり、相手方の任意の協力によってのみ実現される。処分ではないため、取消訴訟の対象とはならないのが通例である。助言は当事者の話合いを促す口頭または文書によるもの、指導は問題点を指摘して解決の方向性を文書で示すものとして運用されてきた。
  • 「公表」  第42条第2項は、勧告に従わない事業主の名称を明らかにする制度である。義務違反そのものに対する制裁ではなく、勧告不服従に対する措置として構成されている点に特徴がある。
  • 「過料」  第51条の過料は行政上の秩序罰であり、刑罰ではない。非訟事件手続法の定めるところにより裁判所が科す。前科とはならないが、報告を求められた事業主が対応を怠れば現実に負担が生ずる。
  • 「一般職の国家公務員」  第48条後段の適用除外の対象となる。国家公務員のハラスメント対策は人事院規則によるため、法の措置義務規定を重ねて適用しない趣旨である。地方公務員はこの後段の列挙に含まれておらず、措置義務の適用がある。

4 改正法の内容と変化

各条への組込み

令和7年改正は、パワハラを指す条文引用の並びに、カスハラの根拠条を機械的に追加する方式を採った。改正後の各条が対象とする規定は次のとおりである。

内容対象となる規定
第35条紛争解決の特例第31条第1項・第2項、第33条第1項・第2項
第42条第2項勧告不服従の公表第31条第1項・第2項、第33条第1項・第2項、第36条第2項、第37条第2項
第44条資料の提出の要求(適用除外の列挙)上記に加え第27条第1項、第28条第1項
第45条第1項報告の請求第31条第1項・第2項、第33条第1項・第2項、第36条第2項、第37条第2項

第42条第2項と第45条第1項が第36条第2項および第37条第2項を含む点は見落としやすい。援助を求めたこと、調停を申請したことを理由とする不利益取扱いも、公表と報告請求の対象になる。

準用条文の書きぶりの変更

改正前は、援助を求めた場合と調停を申請した場合の不利益取扱い禁止を、パワハラの措置規定である第30条の2第2項の準用で処理していた。改正後は、第36条第2項と第37条第2項がそれぞれ独立した禁止規定として書き下ろされた。準用形式では、カスハラを追加したときに禁止の射程が読み取りにくくなるためである。実質は変わらないが、条文だけを読んで規範を確定できるようになった点で、実務上の可読性は向上した。

男女雇用機会均等法の条番号移動

第38条が準用する男女雇用機会均等法の規定は、同じ改正法によって同法自体の条番号が繰り下がった結果、旧第19条から第26条までが第25条から第32条までに移動している。準用元と準用先の双方が同時に動いているため、改正前の解説書の記述をそのまま用いると誤りとなる。

施行に伴う下位法令

調停の手続に関する事項は第39条により厚生労働省令に委ねられ、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律の施行に伴う厚生労働省関係省令の整備に関する省令(令和8年厚生労働省令第18号)により整備された。第46条に基づく権限の委任も同省令による。厚生労働省の施行通達は令和8年4月24日付け雇均発0424第2号、地方公共団体向けの総務省通知は令和8年4月27日付け総行女第14号である。

地方公共団体における帰結

第48条により、地方公務員には第35条から第39条までの紛争解決手続、第42条第1項のうち第10章の施行に関するものおよび同条第2項、第45条第1項が適用されない。したがって、自治体職員がカスハラ被害について都道府県労働局長に援助を求めたり調停を申請したりする道はなく、公表や報告請求という行政的な履行確保も働かない。

もっとも、第33条の措置義務そのものは自治体にも及ぶ。履行の担保は、人事委員会または公平委員会への措置要求と勤務条件に関する苦情処理、任命権者の内部統制、そして総務省通知に基づく行政指導によることになる。手続的な後ろ盾が薄い分、庁内の相談体制と対処方針を実効的に整えておく必要が高い。

運用規模の見通し

厚生労働省が令和7年6月25日に公表した令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況によれば、総合労働相談件数は120万1,881件で5年連続120万件を超え、民事上の個別労働関係紛争の相談内容では「いじめ・嫌がらせ」が54,987件と13年連続で最多である。パワハラは令和4年4月の全面施行以降、この統計とは別に労働施策総合推進法関係として集計されている。カスハラも令和8年10月1日以降は同様に別枠で計上されることになり、相談の受け皿は都道府県労働局雇用環境・均等部(室)となる。

5 判例・裁判例

第35条以下は手続規定であり、これらを直接適用した裁判例は現時点で存在しない。関連する法理として、次の3つを押さえておきたい。

不利益取扱い禁止規定の私法上の効力

広島中央保健生活協同組合事件・最判平成26年10月23日は、男女雇用機会均等法第9条第3項が定める妊娠を理由とする不利益取扱いの禁止について、これに違反する措置は原則として無効であるとした。同項が強行規定であることを正面から認めた判断である。

第36条第2項および第37条第2項も同じ構造の禁止規定であり、これに違反する解雇や降格は私法上無効と解される余地が大きい。労働者にとっては、行政手続を利用したこと自体を理由とする報復に対して、民事訴訟で直接争う手段が用意されていることになる。

※判例集の登載箇所は民集68巻8号1270頁とされる。

行政指導の限界

第42条第1項の助言・指導・勧告は行政指導であり、相手方の任意の協力を前提とする。品川区マンション事件・最判昭和60年7月16日は、建築確認申請に対する処分を行政指導への不協力を理由に留保することについて、建築主が真摯かつ明確に不協力の意思を表明した場合には、特段の事情がない限り留保は違法となるとした。武蔵野マンション事件・最決平成元年11月8日も、行政指導に従わせるために給水を拒否した行為について刑事責任を認めている。

事業主が勧告に従わない場合、行政に残された手段は第42条第2項の公表であり、それ以上の事実上の制裁を加えることは許されない。逆に事業主の側は、行政手続法第36条の2により、法律の要件に適合しない行政指導の中止を求めることができる。

措置義務違反と安全配慮義務

甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件・甲府地判平成30年11月13日は、児童の保護者からの理不尽な要求に対し、被害者である教諭に謝罪させた校長の対応を違法とし、地方公共団体に損害賠償を命じた。指針が求める措置を講じていない状態でカスハラ被害が発生すれば、労働契約法第5条の安全配慮義務違反が認定されやすくなる。

行政手続と民事訴訟は別個の制度であるが、調停の場で事業主が体制の不備を自認すれば、その事実は後の訴訟でも動かしにくくなる。手続選択の判断は、紛争の全体像を見て行う必要がある。

6 実務上の留意点

  • 相談窓口に手続の説明を組み込む  法第36条の援助と第37条の調停は、労働者が制度の存在を知らなければ使われない。社内の相談窓口が機能していれば外部手続への移行は減るが、窓口の案内文に都道府県労働局雇用環境・均等部(室)の存在を明記しておくほうが、隠蔽の疑いを招かない。
  • 報告請求への備え  第45条第1項の報告に応じないと第51条の過料が科される。方針を定めた文書、周知の記録、相談受付の台帳、研修の実施記録を、求められたときにすぐ提出できる形で保管しておくことが求められる。文書が存在しなければ、措置を講じたことを証明する手段がない。
  • 公表を招かない分岐点  公表の対象となるのは勧告に従わなかった場合である。助言や指導の段階で改善に着手し、その経緯を記録に残しておけば、勧告に至る可能性は低い。行政からの接触があった時点での初動が分かれ目となる。
  • 調停申請と訴訟の関係  準用される男女雇用機会均等法の規定により、調停が打ち切られた場合に一定期間内に訴えを提起すれば時効の完成が猶予され、係属中の訴訟について手続の中止を求めることもできる。時間的な猶予がある紛争では、まず調停を試みる選択が採りやすい。
  • 自治体は別建てで設計する  法第48条により外部手続が使えない以上、自治体は苦情処理体制を庁内で完結させる前提で設計する必要がある。総務省通知を踏まえ、任命権者の責任範囲、窓口部署、悪質事案への対処方針を規程化しておきたい。
  • 船員を雇用する事業主  所管が国土交通省となり、窓口は地方運輸局となる。海運や漁業を営む事業主は、指針の適用関係を含めて所管官庁に確認されたい。

7 参考資料


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