著作権法第9条及び第9条の2は、放送事業者及び有線放送事業者に著作隣接権としての保護を及ぼすための入口要件を定める規定である。第4章第4節(放送事業者の権利)及び第5節(有線放送事業者の権利)が定める複製権、再放送権、送信可能化権などの各権利は、まずこの両条の要件を満たした放送・有線放送についてのみ発生する。放送コンテンツを利用する企業、番組を海外に配信する事業者、外国放送の国内配信を検討する組織にとって、権利の発生源を確定するための出発点となる規定である。両条は放送と有線放送という異なる伝達方式を対象とするため、見出しを分けたうえで条文ごとに解説する。
第9条 保護を受ける放送
条文原文
第九条 放送は、次の各号のいずれかに該当するものに限り、この法律による保護を受ける。 一 日本国民である放送事業者の放送 二 国内にある放送設備から行なわれる放送 三 前二号に掲げるもののほか、次のいずれかに掲げる放送 イ 実演家等保護条約の締約国の国民である放送事業者の放送 ロ 実演家等保護条約の締約国にある放送設備から行われる放送 四 前三号に掲げるもののほか、次のいずれかに掲げる放送 イ 世界貿易機関の加盟国の国民である放送事業者の放送 ロ 世界貿易機関の加盟国にある放送設備から行われる放送
趣旨・立法背景
著作隣接権は著作物を創作しない者に及ぶ権利であるため、その保護範囲は条約上の義務を踏まえて属地的・属人的に画定する必要がある。第9条は、日本国民または国内設備を基準とする内国民保護(第1号・第2号)を土台とし、これに実演家等保護条約(ローマ条約)の締約国関係者への保護(第3号)、さらに世界貿易機関(WTO)加盟国関係者への保護(第4号)を段階的に積み増す構造をとる。ローマ条約に加盟していない国であっても、WTO加盟国であればTRIPS協定を通じて実質的にローマ条約水準の保護が及ぶ仕組みとなっており、多角的通商体制の広がりに合わせて保護対象国が拡張されてきた沿革が条文の号立てに反映されている。放送事業への設備投資と番組制作には多額の資金を要するため、無断の再送信や複製を放置すれば事業基盤が損なわれるという政策判断が保護の実質的な根拠である。
用語解説
放送とは、公衆送信のうち、同一内容の送信が公衆によって同時に受信されることを目的として行う無線通信の送信をいう(第2条第1項第8号)。放送事業者とは放送を業として行う者をいう(同項第9号)。日本国民には、日本法により設立された法人その他の団体を含むと解されており、放送局を経営する株式会社であれば法人としての国籍が判断基準となる。実演家等保護条約とは、実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約(ローマ条約)を指す。世界貿易機関の加盟国とは、WTO設立協定の締約国を意味し、同協定附属書のTRIPS協定を通じて著作隣接権保護の最低基準が及ぶ。放送設備とは、電波の送信を行う物理的な設備を指し、放送事業者の国籍と設備の所在地は別個の基準として並列されている点に留意を要する。
改正法の内容や変化・最新の裁判例
第9条自体は近年の法改正において実質的な文言修正を受けていない。放送を巡る近時の大きな制度変更は、令和3年著作権法改正(令和3年法律第52号、令和4年1月1日施行)による「放送同時配信等」の制度整備であるが、これは放送番組のインターネット同時配信・追っかけ配信・見逃し配信に関する権利制限規定や許諾推定規定を拡充するものであり、第9条が定める保護対象放送の範囲そのものを変更するものではない。したがって放送の同時配信を行う事業者であっても、配信の前提となる放送自体が第9条の要件を満たすか否かの判断枠組みに変更はなく、同時配信等の権利処理は第9条の要件を満たした放送を土台として組み立てられる。
第9条は放送事業者の国籍・設備所在地・条約関係という形式的要件を定めるにとどまり、要件充足の有無自体が正面から争われた裁判例は多くない。実務上争点になりやすいのは、外国の放送を国内で受信して再送信する行為が著作権法上の複製・再放送・送信可能化のいずれに該当するかという、第98条以下の権利内容や、放送に該当する送信の性質決定の場面である。最高裁判所平成23年1月18日判決(ロクラクII事件)及び最高裁判所平成23年1月20日判決(まねきTV事件)は、いずれも海外の放送を含む放送番組を機器を介して個人向けに送信する事業のスキームについて、自動公衆送信・複製の主体性を実質的に判断したものであり、放送の国際的流通に関する権利処理を検討する際の重要な参照裁判例となる。もっとも両判決は第2条の定義規定及び複製・自動公衆送信の主体性の解釈が中心であり、第9条の保護要件そのものを判断の対象としたものではない点は区別して理解する必要がある。
第9条の2 保護を受ける有線放送
条文原文
第九条の二 有線放送は、次の各号のいずれかに該当するものに限り、この法律による保護を受ける。 一 日本国民である有線放送事業者の有線放送(放送を受信して行うものを除く。次号において同じ。) 二 国内にある有線放送設備から行われる有線放送
趣旨・立法背景
有線放送事業者の保護は、昭和61年改正により新設された比較的新しい制度である。放送事業者と異なり、有線放送事業者については実演家等保護条約及びTRIPS協定のいずれにも国際的な保護義務を定める規定が存在しないため、第9条のような条約締約国要件(第3号・第4号に相当する規定)が置かれておらず、内国民保護と国内設備基準の二要件のみで完結している。第1号括弧書きにより放送を受信して行う有線放送、すなわち放送の同時再送信としての有線放送を除外しているのは、放送を受信して再送信する行為については、放送事業者自身の再放送権・有線放送権(第99条)及び有線放送事業者の複製権等とは別の権利関係として整理する必要があり、有線放送事業者独自の保護対象を、自らが送信主体として発信する固有の有線放送番組に限定する趣旨による。
用語解説
有線放送とは、公衆送信のうち、同一内容の送信が公衆によって同時に受信されることを目的として行う有線電気通信の送信をいう(第2条第1項第9号の2)。有線放送事業者とは有線放送を業として行う者をいう(同項第9号の3)。第1号括弧書きの「放送を受信して行うもの」とは、ケーブルテレビ事業者が地上波放送や衛星放送を受信してそのまま加入者に再送信する業務形態を指し、この部分は有線放送事業者自身が創作的に編成した番組ではなく放送の単純な媒介であるため、第9条の2による独自保護の対象から除かれる。もっとも当該再送信行為自体は、放送事業者の有する再放送権・有線放送権や、著作者・実演家等の権利との関係では別途処理される。
改正法の内容や変化・最新の裁判例
第9条の2についても、条文の実質改正は近年確認されていない。有線放送事業者を巡る制度整備は、放送同時配信等に関する令和3年改正においても専ら放送事業者を対象として設計されており、有線放送事業者への保護拡張は行われていない。ケーブルテレビ事業者による放送の同時再送信は第9条の2第1号括弧書きにより保護対象から除外される構造が維持されたままである。
有線放送事業者の保護要件そのものが正面から争われた裁判例は乏しく、実務上の紛争は主に有線放送事業者の複製権・送信可能化権(第100条の2以下)の侵害の有無や、ケーブルテレビ事業者と放送事業者との間の再送信同意を巡る契約関係において生じている。第9条の2は、これらの権利義務関係の前提として、保護対象となる有線放送を確定する機能を果たす規定として位置づけられる。
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