2026年10月1日、改正労働施策総合推進法が施行され、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策が事業主の雇用管理上の措置義務となります。労働者を1人でも雇用していれば対象であり、中小企業に対する猶予期間はありません。本稿では、厚生労働省の指針が定める10の措置と、就業規則への具体的な記載例、施行日までの準備手順を整理します。
1.いつから、誰が対象になるのか
施行までの経緯
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2025年6月4日 | 改正労働施策総合推進法が参議院本会議で可決・成立 |
| 2025年6月11日 | 公布(令和7年法律第63号) |
| 2026年2月26日 | カスハラ指針を告示(令和8年厚生労働省告示第51号) |
| 2026年4月24日 | 運用通達・解釈Q&A(全41問)を公表 |
| 2026年10月1日 | 施行。全事業主に措置義務が発生 |
施行期日は令和8年政令第17号により確定しています。
対象となる事業主
業種・企業規模を問わず、労働者を1人でも雇用するすべての事業主が対象です。パワハラ防止措置のような中小企業への経過措置は設けられていません。
保護の対象となる労働者には、正社員だけでなく契約社員、パートタイム労働者、アルバイトが含まれます。派遣労働者については、労働者派遣法第47条の4により、派遣元だけでなく派遣先にも義務が及びます。
自治体・公共施設も対象です
指針は「顧客等」の範囲について、顧客や取引の相手方だけでなく、駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者を含むと明示しています。
したがって、地方公共団体の窓口、病院、学校、社会福祉協議会、指定管理者なども、当然に対象となります。「顧客」という言葉から民間企業だけの問題と読み違えないよう注意が必要です。
2.カスハラの定義──3つの要素をすべて満たすもの
厚生労働省の指針は、職場におけるカスタマーハラスメントを次のように定義しています。
① 顧客等の言動であって、 ② その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、 ③ 労働者の就業環境が害されるもの
①から③のすべてを満たすものがカスハラです。電話やSNS等のインターネット上で行われるものも含まれます。
「顧客等」の範囲
顧客、取引の相手方、施設の利用者その他事業に関係を有する者を指し、今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある者も含みます。BtoCの一般消費者に限らず、BtoBの取引先からの言動も対象です。
社会通念上許容される範囲を超えた言動の例
指針は、判断を「言動の内容」と「手段や態様」の2軸で整理しています。
【言動の内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの】
- そもそも要求に理由がない、又は商品・サービス等と全く関係のない要求
- 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求
- 対応が著しく困難な、又は対応が不可能な要求
- 不当な損害賠償要求
【手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えるもの】
- 身体的な攻撃(暴行、傷害等)
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
- 威圧的な言動
- 継続的、執拗な言動
- 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)
正当な苦情はカスハラではない
ここが実務上もっとも難しい線引きです。商品の欠陥やサービスの不備に対する正当な指摘・要望は、カスハラには当たりません。
区別の基準は、要求の内容に理由があるか、そして手段・態様が相当かの2点です。「言い方が強かった」というだけでカスハラと扱えば、正当な苦情を封じることになり、かえって企業のリスクを高めます。
指針は、対策を講ずる際に消費者の権利や、障害者差別解消法における障害を理由とする不当な差別的取扱いの禁止・合理的配慮の提供義務に留意する必要があるとしています。障害特性に起因する言動を一律にカスハラと扱わないよう、判断基準の設計には慎重さが求められます。
3.事業主が講ずべき10の措置
指針は、事業主が必ず講じなければならない措置として10項目を定めています。
◆ 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
① カスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発する
② カスタマーハラスメントの内容及びあらかじめ定めた対処の内容を、労働者に周知する
②の「あらかじめ定めた対処の内容」について、指針は次の例を挙げています。
- 管理監督者にその場の対応の方針について指示を仰ぐ
- 可能な限り労働者を一人で対応させない
- 犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する
- 本社・本部等へ情報共有を行い指示を仰ぐ
◆ 相談体制の整備
③ 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する
④ 相談窓口担当者が、適切に対応できるようにする
◆ 事後の迅速かつ適切な対応
⑤ 事実関係を迅速かつ正確に確認する
⑥ 被害者に対する配慮のための措置を行う
⑦ 再発防止に向けた措置を講ずる
◆ 対応の実効性を確保するために必要なカスタマーハラスメントの抑止のための措置
⑧ 特に悪質と考えられるカスタマーハラスメントへの対処の方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、当該対処を行うことができる体制を整備する
この⑧は、パワハラ・セクハラの措置義務には存在しない、カスハラ固有の項目です。単に方針を定めるだけでなく「当該対処を行うことができる体制を整備する」ことまで求められている点に注意が必要です。具体的には、対応打ち切りの判断権限、警察・弁護士への連絡ルート、法的措置の意思決定手順まで、あらかじめ定めておく必要があります。
◆ そのほか併せて講ずべき措置
⑨ 相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知する
⑩ 相談したこと等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発する
他社からの協力要請に応じる努力義務
上記10項目に加え、指針は次の点も定めています。
自社の労働者が取引先等の他社の労働者に対してカスタマーハラスメントを行った場合、その取引先等の事業主から事実確認等の措置の実施に関して必要な協力を求められた際は、これに応じるよう努めなければならない。
自社が「加害者側」になる場面が想定されている点は見落とされがちです。営業担当者の取引先に対する言動も、対策の射程に入ります。
準備チェックリスト
| # | 措置 | 成果物 | 完了 |
|---|---|---|---|
| ① | 方針の明確化・周知 | カスハラ対応方針(社内外向け) | □ |
| ② | 内容と対処方法の周知 | 対応マニュアル・研修資料 | □ |
| ③ | 相談窓口の設置・周知 | 窓口設置要領・社内周知文 | □ |
| ④ | 窓口担当者の対応力確保 | 担当者向け研修・対応フロー | □ |
| ⑤ | 事実関係の確認体制 | 記録様式・聴取手順 | □ |
| ⑥ | 被害者への配慮措置 | 配置転換・産業医連携の手順 | □ |
| ⑦ | 再発防止措置 | 事案検証・研修の定例化 | □ |
| ⑧ | 悪質事案への抑止体制 | 対応打ち切り基準・警察連携ルート | □ |
| ⑨ | プライバシー保護 | 記録の管理規程 | □ |
| ⑩ | 不利益取扱いの禁止 | 就業規則への明記 | □ |
4.就業規則への記載例
10の措置のうち、①②⑩は就業規則または服務規律に落とし込むのが最も確実です。以下は参考例です。自社の実情に合わせて調整し、労働者代表の意見聴取と労働基準監督署への届出を行ってください。
記載例
(カスタマーハラスメントへの対応)
第○条
1 会社は、顧客、取引の相手方、施設の利用者その他会社の事業に関係を有する者(以下「顧客等」という。)の言動であって、社会通念上許容される範囲を超えるものにより従業員の就業環境が害されること(以下「カスタマーハラスメント」という。)がないよう、必要な措置を講ずる。
2 会社は、カスタマーハラスメントに対しては毅然とした態度で対応し、従業員を保護する。
3 従業員は、顧客等から前項に該当するおそれのある言動を受けたときは、速やかに上司又は第○条に定める相談窓口に報告するものとする。この場合において、従業員は、単独での対応を継続する義務を負わない。
4 会社は、前項の報告を受けたときは、速やかに事実関係を確認し、当該従業員の心身の状況に配慮した措置を講ずる。
5 会社は、特に悪質と認められるカスタマーハラスメントについては、対応の打切り、施設への立入りの制限、警察への通報、弁護士への委任その他必要な措置を講ずることができる。
6 従業員が第3項の報告を行ったこと、又は会社が行う事実確認その他の措置に協力したことを理由として、会社は当該従業員に対し、解雇その他不利益な取扱いをしない。
(顧客等に対する言動)
第○条
従業員は、取引先その他の他社の従業員に対し、前条第1項に規定する言動を行ってはならない。会社は、取引先等から事実確認等の協力を求められたときは、これに応ずるものとする。
社外向けの掲示・表示例
方針の周知は、社内向けだけでなく、顧客等に対する掲示も有効な手段です。
お客様へのお願い
当社は、お客様からのご意見・ご要望を真摯に受け止め、サービスの向上に努めております。
一方で、暴力的な行為、脅迫的な言動、当社が提供する商品・サービスの範囲を著しく超えるご要求、長時間にわたる拘束などにつきましては、従業員の就業環境を守るため、対応をお断りする場合がございます。
また、悪質と判断した場合には、警察その他の関係機関に相談・通報いたします。
何とぞご理解を賜りますようお願い申し上げます。
5.求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策も同時に義務化
2026年10月1日には、改正男女雇用機会均等法により、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策も同時に義務化されます。カスハラの陰に隠れがちですが、こちらも必須対応です。
定義
事業主が雇用する労働者による「性的な言動」により、求職者等による求職活動等が阻害されるものをいいます。
「求職者等」とは
- 求職者(企業の求人に応募する者)
- 求職者以外の者であって、事業主の実施する労働者の採用に資する活動に参加する者
- 教育実習、看護実習その他の実習を受ける者
「求職活動等」とは
採用面接への参加、就職説明会への参加、企業の雇用する労働者への訪問、インターンシップへの参加、教育実習・看護実習等の実習の受講などが含まれ、SNS等のオンラインを介したものやオンライン上で行われるものも含まれます。
指針が挙げる例
- インターンシップにおいて、労働者が求職者等に対して性的な冗談やからかいを意図的かつ継続的に行ったため、当該求職者等が苦痛に感じてインターンシップ中の活動が手につかないこと
- 求職者等が労働者への訪問を行った際、当該労働者に性的な関係を求められ、当該求職者等が苦痛に感じてその求職活動等の意欲が低下していること
講ずべき措置(11項目)
◆ 方針等の明確化及びその周知・啓発
① 求職者等に対するセクシュアルハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発する ② 行った者については厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を、労働者に周知・啓発する ③ 求職活動等に関するルールをあらかじめ明確化し、労働者及び求職者等に周知・啓発する
③のルールの例として、指針は面談時間及び場所の指定、実施体制、やり取りに用いるSNSの種類の指定などを挙げています。OB・OG訪問やリクルーターによる個別接触が想定されており、実務上の影響が大きい項目です。
◆ 相談体制の整備
④ 相談窓口をあらかじめ定め、求職者等に周知する ⑤ 相談窓口担当者が、適切に対応できるようにする
④は労働者ではなく求職者等への周知が求められる点に注意してください。採用サイトへの記載が実務上の対応となります。
◆ 事後の迅速かつ適切な対応
⑥ 事実関係を迅速かつ正確に確認する ⑦ 被害者に対する配慮のための措置を行う ⑧ 行為者に対する措置を適正に行う ⑨ 再発防止に向けた措置を講ずる
◆ そのほか併せて講ずべき措置
⑩ 相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者及び求職者等に周知する ⑪ 労働者が事実関係の確認等の事業主の措置に協力したこと等を理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発する
6.義務に違反した場合
改正法に罰則規定は設けられていません。ただし、次のリスクがあります。
| リスク | 内容 |
|---|---|
| 行政対応 | 報告徴求命令、助言、指導、勧告 |
| 企業名の公表 | 勧告に従わない場合 |
| 民事責任 | 安全配慮義務違反(労働契約法第5条)による損害賠償 |
| 人材への影響 | 離職率の上昇、採用への悪影響 |
罰則がないことを理由に対応を先送りすべきではありません。措置を講じていなかった事実は、従業員がカスハラにより精神疾患を発症した場合の安全配慮義務違反の判断において、不利に働きます。
7.東京都カスタマー・ハラスメント防止条例との関係
2024年10月に制定された東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(努力義務)は、今回の法改正とは別個に存在し、並列して適用されます。都内で事業を行う場合は双方を遵守する必要があります。
条例の制定はほかの自治体にも広がっており、事業所の所在地ごとに確認が必要です。
8.施行日までの逆算スケジュール
残り時間は限られています。優先順位をつけて進めてください。
| 時期 | 作業 |
|---|---|
| 9月上旬 | カスハラの定義と対応方針の原案作成/相談窓口をどこに置くか決定 |
| 9月中旬 | 就業規則・服務規律の改定案作成/悪質事案の対応基準と権限分配を決定 |
| 9月下旬 | 労働者代表からの意見聴取/労働基準監督署へ届出/社外向け掲示物の作成 |
| 9月末まで | 全従業員への周知(説明会・イントラ掲示・書面交付)/相談窓口の周知 |
| 10月1日 | 施行 |
| 10月以降 | 相談窓口担当者研修/全社員研修/運用状況のモニタリング |
間に合わせるべき最低ラインは、①方針の明確化と周知、②相談窓口の設置と周知、③就業規則への明記の3点です。マニュアルの精緻化や研修は施行後でも構いませんが、この3点は10月1日時点で存在している必要があります。
9.研修の実施は「責務」として明記されています
指針は、事業主には労働者のカスハラ問題への関心と理解を深めるための研修実施等の責務があり、労働者にも関心と理解を深め、事業主の講ずる措置に協力する責務が課されている、としています。
措置義務10項目のうち、④「相談窓口担当者が適切に対応できるようにする」と⑦「再発防止に向けた措置」は、研修なしに実質を伴わせることが困難です。規程を整備しただけで運用が伴わない状態は、行政指導の場面でも、民事上の責任判断の場面でも、実効性を欠くと評価されます。
よくあるご質問
Q1 従業員が10人未満の会社も対象ですか。
対象です。労働者を1人でも雇用していれば事業主に該当し、業種・規模による除外はありません。中小企業に対する猶予期間も設けられていません。
Q2 自治体や公立病院も対象になりますか。
対象です。指針は「顧客等」に駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等の利用者を含むと明示しています。窓口業務、学校、医療機関、福祉施設はいずれも射程に入ります。
Q3 正当な苦情とカスハラの線引きはどうすればよいですか。
要求の内容に理由があるか、手段や態様が社会通念上相当かの2軸で判断します。商品の欠陥やサービスの不備に対する指摘は正当な苦情であり、カスハラには当たりません。判断基準を文書化し、現場が単独で判断しなくて済む体制を作ることが実務上の要点です。
Q4 相談窓口は社内に設置しなければなりませんか。
外部委託も可能です。既存のハラスメント相談窓口や内部通報窓口と統合しても差し支えありませんが、カスハラも受け付ける旨を明示して周知する必要があります。
Q5 悪質な顧客への対応を打ち切ってよいのですか。
指針は⑧として、特に悪質と考えられるカスハラへの対処の方針をあらかじめ定め、その対処を行うことができる体制を整備することを求めています。対応打切りを含む方針をあらかじめ定めておくことが、むしろ義務の履行にあたります。ただし判断基準と権限を明確にしておかなければ、現場が動けません。
Q6 取引先から当社の社員がカスハラを受けています。相手方に何か求められますか。
指針は、自社の労働者が他社の労働者にカスハラを行った場合、相手方から事実確認等の協力を求められたらこれに応じるよう努めなければならないとしています。逆に自社が被害を受けた側であれば、相手方事業主に協力を求めることが想定されています。
参考資料
- 厚生労働省「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます! カスタマーハラスメント対策の義務化【改正労働施策総合推進法・指針の内容】」 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662576.pdf
- 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号) https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf
- 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html
- 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第63号)
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