一 条文原文
第三十五条 職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。
二 趣旨・立法背景
(1)規定の趣旨
第35条は、職員の勤務時間及び職務上の注意力のすべてを職責遂行のために用いることを義務付け、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務以外への従事を禁止する規定である。住民から納められた税を原資として給与を受ける職員が、勤務時間中に私的な活動や本来の職務と無関係な事務に時間と注意力を割くことは、行政運営の対価性そのものを損なう。第35条はこの対価性を制度的に担保するために置かれた服務規律である。
第30条が定める服務の根本基準は、職員が全体の奉仕者として公共の利益のために全力を挙げて職務に専念しなければならないことを定めるが、第35条はこれを勤務時間中の行動規範として具体化した規定であるという位置づけになる。第30条が職員の在り方を抽象的に示すのに対し、第35条は勤務時間という限定された時間枠における専念義務を法律上の義務として明文化している点に特徴がある。
(2)二つの要素――身体活動面と精神活動面
条文は「勤務時間」と「職務上の注意力」という二つの要素を並べて規定する。前段の勤務時間は、職員が職場に在り職務に従事すべき時間の枠を意味し、後段の職務上の注意力は、その時間内において職員の精神的な集中力が職務遂行に向けられていることを意味する。この二要素構造により、第35条は身体活動の面(離席せず職場に在ること)だけでなく、精神活動の面(職務以外の事項に意識を向けないこと)にも及ぶ義務を課している。勤務時間中に職場に在りながら、関心の大半を私的な事項に向けている状態も、本条の義務違反となり得る。
(3)適用除外――「法律又は条例に特別の定がある場合」
条文は「法律又は条例に特別の定がある場合を除く外」という適用除外を置く。職務専念義務は絶対的なものではなく、法律又は条例が個別に定める場合に限り免除される。この免除を実務上「職務専念義務の免除」、略して「職専免」と呼ぶ。
法律による特別の定めの例として、第46条に基づく勤務条件に関する措置の要求及びその審理への出頭、第49条の2に基づく不利益処分についての審査請求及びその審理への出頭、第55条第8項に規定された適法な交渉、第55条第11項に基づき職員団体が当局に対して不満を表明し又は意見を申し出る場合がある。地方公務員災害補償法に基づく補償の決定に対する審査請求及び再審査請求の手続も、同様に法律による職専免の対象となる。
条例による特別の定めは、多くの地方公共団体が「職員の職務に専念する義務の特例に関する条例」という名称の条例を制定し、その委任を受けた規則で個別の免除事由を列挙する形を取っている。免除事由として一般的に定められるのは、研修を受ける場合、厚生に関する計画の実施に参加する場合、職務に関連のある国家公務員又は他の地方公共団体の職員としての職を兼ねその職に従事する場合、職員団体の業務にもっぱら従事する場合(在籍専従)、妊娠中又は出産後の女性職員が母子保健法上の保健指導又は健康診査を受ける場合などである。条例による職専免は、任命権者又はその委任を受けた者の事前の承認を要件とする例がほとんどである。
職専免が承認された期間中の給与の取扱いは、条例の規定による。条例に別段の定めがある場合を除き有給とする例が一般的であるが、懲戒処分としての停職処分を受けている期間や、職員団体の業務にもっぱら従事する在籍専従の期間については、職務専念義務自体は免除されつつも給与は支給されない取扱いとなる。
(4)違反の効果
第35条への違反は罰則の対象ではなく、懲戒処分の対象となる。第29条第1項第1号(この法律に違反した場合)に該当し、戒告・減給・停職・免職のいずれかの処分対象となる。勤務時間中の離席や私的活動の常習化が懲戒事由として認定される実例は多く、上司の指導に従わず同様の行為を継続した場合には、第32条の法令等及び上司の職務上の命令に従う義務への違反も併せて問題となる。
三 用語解説
勤務時間
職員が職務に従事すべきものとして定められた時間を指す。条例で定められた正規の勤務時間のほか、時間外勤務を命じられた時間も含まれる。
職務上の注意力
職務遂行に向けられるべき精神的な集中力を指す。身体的に職場に在ることとは別に、意識や関心が職務に向けられていることを要求する概念である。最高裁判所は、電電公社目黒電報電話局事件の判決において、勤務時間中の行動が身体活動の面で職務遂行に支障がなかったとしても、精神活動の面で注意力のすべてが職務遂行に向けられていなかった場合には職務専念義務に違反するとの判断を示した。同事件では、勤務時間中に政治的な標語を記したプレートを着用した行為について、身体的な作業遂行への支障の有無にかかわらず、同僚に向けた訴え掛けという性質を持つ行為が精神活動の面での専念を欠くとされた。
当該地方公共団体がなすべき責を有する職務
職員が所属する地方公共団体の事務として処理されるべき職務を指す。これ以外の事務、例えば職員が個人的に関与する団体の事業や、地方公共団体の事務として位置付けられていない活動への従事は、勤務時間中に行えば本条の義務違反となる。ただし、国、他の地方公共団体又は当該地方公共団体の業務と密接な関連を有する団体の事業若しくは事務に従事する場合など、条例で職専免の対象として定められた範囲については、勤務時間中の従事が許容される。
職務専念義務の免除(職専免)
法律又は条例の定めに基づき、職員が一定の場合に職務専念義務を免除されることをいう。免除を受けるには、条例又はこれに基づく規則が定める事由に該当し、任命権者又はその委任を受けた者の承認を得ることを要する例が一般的である。
四 国家公務員法との比較
国家公務員法第101条第1項前段は、職員は法律又は命令の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならないと規定する。地方公務員法第35条と基本構造は共通するが、適用除外の根拠が「法律又は命令」であるか「法律又は条例」であるかという点で異なる。国の場合は人事院規則等の命令による適用除外が中心となるのに対し、地方公共団体の場合は条例及びこれに基づく規則による適用除外が中心となる。これは、地方公共団体の事務処理体制が条例による自主立法に基づく点を反映したものである。
国家公務員倫理法及び同倫理規程には、職務専念義務そのものに直接対応する規定はない。職務専念義務は服務規律の一般原則に属する事項であり、倫理法及び倫理規程が規律する贈与等の報告、利害関係者との接触制限といった倫理保持の個別場面とは規律対象が異なる。
五 判例・裁判例
電電公社目黒電報電話局事件(最高裁判所第三小法廷判決昭和52年12月13日)
休憩時間中にビラを配布した行為自体は適法とされたが、勤務時間中に政治的な標語を記したプレートを着用した行為について、身体活動の面で職務遂行に支障がなかったとしても、精神活動の面において注意力のすべてが職務遂行に向けられていなかったと判断された。職務専念義務が身体活動面のみならず精神活動面にも及ぶことを示した判例として、地方公務員法第35条の解釈においても参照される。
札幌地方裁判所判決令和4年1月14日、札幌高等裁判所判決令和4年7月26日
地方公共団体の職員が、勤務時間の多くを職場から離れ、専ら観光振興事業を行う一般社団法人の事務に従事したことが第35条に違反するとして懲戒停職処分を受けた事案である。処分を受けた職員が処分の取消しを求めて提訴したが、職務専念義務違反の認定及び処分の有効性が争点となった。本条が定める「当該地方公共団体がなすべき責を有する職務」以外の事務に勤務時間の大半を費やす行為が懲戒処分の対象となることを示す実例である。
横浜市職員の懲戒事案(令和6年2月28日付通報事案)
職員が勤務時間中の喫煙のために累積で一日最大20分程度離席する行為を継続した事案について、地方公務員法第35条及び横浜市職員服務規程第3条に規定する職務に専念する義務への違反が認定された。上司からの指導後も同様の行為を継続したことから、第32条に規定する上司の職務上の命令に従う義務への違反も併せて問題とされた。一回ごとの離席時間が短時間であっても、累積した離脱及び指導後の継続という事実関係が、懲戒処分の対象となる職務専念義務違反として認定された実例である。
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