一 条文原文
第三十三条 職員は、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。
二 趣旨・立法背景
(1)規定の趣旨
第33条は、職員個人の行為が、当該職員が占める職そのものの信用と、地方公務員という職全体の信用の双方に影響を及ぼすという認識のもとに置かれた服務規律である。地方公共団体の行政は条例や規則の文言上は団体の行為であるが、実際には個々の職員の執務によって実現される。したがって、職員が非行や不行跡を行えば、それは職員個人の問題にとどまらず、当該職員が占める職自体の信用を損ない、さらに地方公共団体の職員全体に対する住民の信頼を失わせる結果となる。第33条は、この職業倫理上の行動規範を、訓示にとどめず法律上の義務として明文化したものである。
第30条の服務の根本基準は、職員が全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべきことを定める。第33条はこれを受け、住民の信頼を裏切る行為を具体的に禁止する規定として位置づけられる。
(2)適用範囲——勤務時間の内外を問わない点
第33条の最大の特徴は、適用範囲が職務遂行中の行為に限定されない点にある。職員という身分を有することそのものが公務に対する信頼の基盤となっているため、勤務時間外に行われた行為であっても、また職務に関連しない私生活上の行為であっても、本条の規律対象となる。職務に関連する行為としては職権濫用(刑法第193条)や収賄(刑法第197条)が典型例であり、職務に関連しない行為としては酒気帯び運転・酒酔い運転による人身事故、窃盗、暴行、わいせつ行為などが挙げられる。刑罰の対象とならない行為であっても、道徳的に強い非難を受けるスキャンダルの当事者となった場合や、来庁者に対して著しく粗暴な態度をとった場合には、本条の規律対象となり得る。
(3)懲戒事由との関係
第33条自体に罰則規定はない。違反した場合の効果は、多くが第29条第1項第3号の懲戒事由「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」に該当し、懲戒処分(戒告・減給・停職・免職)の対象となるという形で現れる。第33条違反の行為が同時に第29条第1項第1号(この法律又は第57条に規定する特例を定めた法律に違反した場合)に該当することもあり、両号は重複適用される場合が多い。
何が「その職の信用を傷つけ」、何が「職員の職全体の不名誉となるような行為」に当たるかについて、条文上の具体的な基準は存在しない。健全な社会通念に基づき、行為の性質、悪質性、住民への影響の程度等を総合的に考慮して、個々の事案ごとに判断することとなる。ただし、基準が存在しないことは、任命権者が恣意的に判断してよいことを意味しない。客観的・社会的に納得される判断が求められる。
三 用語解説
その職の信用
当該職員が現に占めている特定の職そのものに対する社会的評価をいう。収賄や職権濫用のように、職務と直接結びついた非行によって損なわれる信用がこれに当たる。
職員の職全体の不名誉
特定の職を超えて、地方公務員という身分・職全体に及ぶ不名誉をいう。職務に関連しない一般犯罪(酒気帯び運転による人身事故等)であっても、当該職員が地方公務員であることが明らかになれば、地方公務員という職全体への住民の信頼が損なわれる。条文が「その職の信用」と「職員の職全体の不名誉」を並列に規定しているのは、職務関連行為と非職務関連行為の双方を取り込む構造を意図したものである。
信用失墜行為
第33条が禁止する行為類型の総称として実務上用いられる語であり、条文上の用語ではない。職務上の非行(職権濫用、収賄等)と、私生活上の非行(飲酒運転、窃盗、暴行、わいせつ行為、SNSでの不適切な発信等)の両方を包含する概念として用いられる。
全体の奉仕者たるにふさわしくない非行
第29条第1項第3号に規定される懲戒事由であり、第33条違反の多くがここに帰着する。職務の内外を問わず、公務員としての品位を傷つける一切の行為を指し、刑事罰の有無を問わない。
四 国家公務員法・国家公務員倫理法との比較
(1)国家公務員法第99条
国家公務員法第99条は「職員は、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。」と規定する。第33条の「その職」「職員の職全体」が、国家公務員法では「その官職」「官職全体」と表現される点を除き、規定の構造・文言はほぼ同一である。地方公務員法制定時に国家公務員法第99条をモデルとして規定されたものであり、解釈上の取扱いも共通する。人事院が公表する義務違反防止ハンドブックにおいても、信用失墜行為には職務上の行為だけでなく勤務時間外の私生活上の行為も含まれること、セクシュアル・ハラスメントが官職の信用を損なう行為として信用失墜行為に該当し得ることが示されている。
(2)国家公務員倫理法・国家公務員倫理規程との関係
国家公務員倫理法は平成11年に制定され、平成12年4月1日から施行された法律である。同法第1条は、国家公務員の職務に係る倫理の保持を図り、職務の執行の公正さに対する国民の疑惑や不信を招くような行為の防止を図ることにより、公務に対する国民の信頼を確保することを目的とすると定める。同法第5条に基づき政令として制定された国家公務員倫理規程第1条は、職員が遵守すべき倫理行動規準を定めており、その第5号は、職員が勤務時間の内外を問わず、自らの行動が公務の信用に影響を与えることを常に認識して行動しなければならないことを掲げている。この第5号は、国家公務員法第99条の信用失墜行為の禁止という服務上の規律を、倫理保持の観点から重ねて確認したものと位置づけられる。
地方公務員には国家公務員倫理法に相当する単独の法律は制定されておらず、信用失墜行為の禁止は第33条のみによって規律される。地方公共団体ごとに職員倫理条例や倫理規程を制定する例があるが、これらは各団体の条例委任の範囲内で第33条の趣旨を具体化したものである。
五 判例・裁判例
(1)懲戒処分の選択に関する裁量——神戸税関事件
最高裁判所第三小法廷昭和52年12月20日判決(民集31巻7号1101頁)は、国家公務員法上の懲戒処分について、懲戒権者が懲戒処分を行うかどうか、また、いかなる処分を選択するかは、懲戒権者の裁量に任されているとした。同判決は、懲戒権者がした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないと判示した。裁判所が処分の適否を審査する際には、懲戒権者と同一の立場に立っていかなる処分を選択すべきであったかを判断し、その結果と実際の処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法と判断すべきものとされた。
本判決は国家公務員法第82条に基づく事案であるが、地方公務員法第29条・第33条に基づく懲戒処分の裁量統制についても、同一の審査枠組みが用いられている。すなわち、信用失墜行為を理由とする懲戒処分の適否が争われた場合、裁判所は処分の重さそのものを独自に評価し直すのではなく、懲戒権者の判断が社会観念上著しく妥当性を欠くかどうかという観点から審査する。
(2)裁量権濫用の判断枠組み
懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の濫用に当たるとされるのは、懲戒処分の前提となる非違事実の認定に誤りがある場合、処分の選択が非違行為の性質・程度との比較において著しく均衡を欠く場合等である。下級審の裁判例では、酒気帯び運転と個人情報紛失が同一の機会に重なった事案について、各非違行為に対応する処分基準を参照しつつ、複数の非違行為が併存することを踏まえて処分の重さを判断したものがある。信用失墜行為を理由とする懲戒処分の当否を検討する際には、行為の性質、悪質性の程度、過去の処分歴の有無、被処分者の経歴、当該地方公共団体が定める懲戒処分の指針における標準例との整合性等が総合的に考慮される。
六 補論——行政法上の論点
(1)懲戒処分の処分性
懲戒処分は、職員の身分関係上の地位に直接の法的効果(給与の減額、職務への従事禁止、身分の剥奪等)を及ぼす行為であり、行政事件訴訟法上の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(同法第3条第2項)に該当する。したがって、戒告・減給・停職・免職のいずれについても、取消訴訟による争訟が可能である。戒告のように直接の給与上の不利益を伴わない処分についても、将来の昇任・昇給に関する人事評価上の不利益に結びつく可能性があることから、処分性が否定されることはない。
(2)裁量統制の構造——要件裁量と効果裁量
第33条・第29条に基づく懲戒処分の裁量は、大きく二段階に分けて理解される。第一段階は、当該行為が「その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為」に該当するか否かという要件裁量の問題である。この判断には社会通念という不確定概念が用いられるため、一定の評価の幅が認められるが、恣意的な認定は許されない。第二段階は、要件への該当を前提として、戒告・減給・停職・免職のいずれを選択するかという効果裁量の問題である。神戸税関事件はこの効果裁量の場面における審査基準を示したものであり、要件裁量の認定が誤っている場合(非違事実の誤認)には、効果裁量の当否を論じる前提を欠くことになる。
(3)私生活上の行為に対する規律と比例原則
第33条が勤務時間の内外を問わず適用される点については、職員の私生活上の自由との緊張関係が指摘される。学説上は、私生活上の行為が公務員という身分を離れてなお独立に処罰される実質を持つわけではなく、当該行為が公務に対する住民の信頼に与える影響の大きさに応じて懲戒の対象となるという構成が一般的である。行政上の比例原則の観点からは、非違行為の性質と懲戒処分の重さとの間に合理的な対応関係が要求される。ただし、神戸税関事件が示すとおり、裁判所の審査は「より制限的でない他の選び得る手段」の有無を問う狭義の比例原則の枠組みではなく、懲戒権者の裁量権の行使が社会観念上著しく妥当を欠くかという緩やかな審査基準によって行われる点に注意を要する。憲法学において想定される厳格な比例原則の審査基準と、行政裁量統制における比例原則の機能とは、同一のものではない。
(4)懲戒処分の指針と裁量基準の拘束力
多くの地方公共団体は、懲戒処分の標準例を定める指針(処分基準)を策定している。これらの指針は裁量基準としての性質を持ち、法規としての拘束力を持つものではないが、行政の統一性・公平性を確保する目的で定められている以上、裁量基準と異なる取扱いをすることは、平等原則違反、不当な動機・目的、比例原則違反等の評価を受ける可能性がある。したがって、任命権者が指針から外れた処分を行う場合には、当該事案に特有の事情を理由として説明できることが求められる。
七 まとめにかえて——新人職員が留意すべき点
第33条は、職務上の行為のみならず、私生活上の行為についても地方公務員としての立場を離れることができないことを示す規定である。新人職員が特に留意すべきは、SNSへの投稿、勤務時間外の飲酒運転、来庁者への対応における言動が、いずれも本条の適用対象となり得るという点である。条文に具体的な禁止行為の列挙がないからこそ、社会通念を基準とした自己規律が求められる。

