条文原文

第七十五条 選挙権を有する者(道の方面公安委員会については、当該方面公安委員会の管理する方面本部の管轄区域内において選挙権を有する者)は、政令で定めるところにより、その総数の五十分の一以上の者の連署をもつて、その代表者から、普通地方公共団体の監査委員に対し、当該普通地方公共団体の事務の執行に関し、監査の請求をすることができる。

2 前項の請求があつたときは、監査委員は、直ちに当該請求の要旨を公表しなければならない。

3 監査委員は、第一項の請求に係る事項につき監査し、監査の結果に関する報告を決定し、これを同項の代表者(第五項及び第六項において「代表者」という。)に送付し、かつ、公表するとともに、これを当該普通地方公共団体の議会及び長並びに関係のある教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会若しくは公平委員会、公安委員会、労働委員会、農業委員会その他法律に基づく委員会又は委員に提出しなければならない。

4 前項の規定による監査の結果に関する報告の決定は、監査委員の合議によるものとする。

5 監査委員は、第三項の規定による監査の結果に関する報告の決定について、各監査委員の意見が一致しないことにより、前項の合議により決定することができない事項がある場合には、その旨及び当該事項についての各監査委員の意見を代表者に送付し、かつ、公表するとともに、これらを当該普通地方公共団体の議会及び長並びに関係のある教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会若しくは公平委員会、公安委員会、労働委員会、農業委員会その他法律に基づく委員会又は委員に提出しなければならない。

6 第七十四条第五項の規定は第一項の選挙権を有する者及びその総数の五十分の一の数について、同条第六項の規定は代表者について、同条第七項から第九項まで及び第七十四条の二から前条までの規定は第一項の規定による請求者の署名について、それぞれ準用する。この場合において、第七十四条第六項第三号中「区域内」とあるのは、「区域内(道の方面公安委員会に係る請求については、当該方面公安委員会の管理する方面本部の管轄区域内)」と読み替えるものとする。

趣旨・立法背景

第75条は、選挙権を有する者が普通地方公共団体の事務執行全般について監査委員に監査を求めることができる制度を定める。事務監査請求と呼ばれ、条例の制定改廃請求(第74条)、議会の解散請求(第76条)、議員・長の解職請求(第80条・第81条)と並ぶ直接請求の一種である。

直接請求制度は、住民が議会を経由せず自治体の意思決定や事務執行に関与する仕組みであり、地方自治の本旨に基づく住民参政権の具体化として昭和22年の地方自治法制定時から設けられている。第12条第2項は日本国民たる住民が事務監査を請求する権利を有する旨を定め、第75条がその具体的手続を規定する構造である。

事務監査請求の対象は当該普通地方公共団体の事務執行の全般に及ぶ。これに対し住民監査請求(第242条)は対象が財務会計上の行為に限定される。請求権者の範囲にも違いがあり、事務監査請求は選挙権を有する者の総数の50分の1以上の連署を要するのに対し、住民監査請求は住民1人からでも提起できる。請求期限についても、事務監査請求には特に制限がないが、住民監査請求は当該行為があった日又は終わった日から1年を経過すると、正当な理由がない限り請求できない。両制度は監査委員に対する請求という点で共通するが、対象範囲・請求要件・期間制限のいずれにおいても異なる設計である。

第1項は請求の主体と要件を定める。選挙権を有する者の総数の50分の1以上の連署という要件は第74条第1項と同じ数値基準である。括弧書きの「道の方面公安委員会」に関する部分は、北海道警察が道内に複数の方面本部を置く特殊な組織構造に対応した規定であり、方面公安委員会の管轄区域内の選挙権者がその方面本部の事務について監査請求できることを定めている。

第2項は請求があったときの直ちの公表義務を定める。第74条第2項が長による要旨公表を定めるのと対をなす規定であり、直接請求があった事実を住民に周知する機能を持つ。

第3項は監査の実施から結果の送付・公表・提出までの一連の手続を定める。監査委員は請求事項について監査を行い、結果に関する報告を決定したうえで、代表者への送付、公表、そして議会・長・関係委員会への提出という3つの行為を行う。提出先として列挙される教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会又は公平委員会、公安委員会、労働委員会、農業委員会その他法律に基づく委員会又は委員は、当該事務に関係する執行機関であり、監査結果を当該機関の事務改善に反映させる目的を持つ。

第4項は監査結果の決定方式を合議制と定める。監査委員は通常複数名で構成される独任制の機関ではなく、報告の決定という対外的効果を持つ行為については各監査委員の合意を要する。これは監査委員の判断の客観性と慎重さを確保するための仕組みである。

第5項は合議が成立しない場合の処理を定める。監査委員間で意見が一致せず決定に至らない事項があるときは、その旨と各監査委員の意見をそのまま代表者に送付し、公表し、関係機関に提出する。一本化された結論を強制せず、不一致の状態を可視化したうえで開示する立法判断である。

第6項は第74条以下の規定を広範に準用する。準用される範囲は、選挙権を有する者及びその総数の50分の1の数(第74条第5項)、代表者(同条第6項)、署名に関する手続(同条第7項から第9項まで及び第74条の2から第74条の4まで)である。準用にあたり、第74条第6項第3号の「区域内」という語は、道の方面公安委員会に係る請求については当該方面本部の管轄区域内を指すものと読み替えられる。これにより、条例制定改廃請求で整備された署名収集・証明・縦覧・異議申出・審査申立て・出訴という一連の手続が、事務監査請求にもそのまま適用される。

用語解説

事務監査請求とは、選挙権を有する者の連署により監査委員に対し普通地方公共団体の事務執行全般の監査を求める直接請求の一種である。

選挙権を有する者とは、第74条第1項にいう普通地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する者を指す。年齢満18歳以上で引き続き3か月以上当該市町村の区域内に住所を有する日本国民が該当する。

代表者とは、請求者の連署を代表して監査委員に請求を行う者を指す。第3項の括弧書きにより、第5項及び第6項における「代表者」もこの者を指すことが明示されている。

監査委員の合議とは、複数の監査委員が一致した意見に達することによって決定を行う方式を指す。多数決ではなく全員一致を前提とする運用が通説である。

道の方面公安委員会とは、北海道警察法に基づき道内の方面本部ごとに設置される公安委員会を指す。北海道は札幌方面のほか函館方面、旭川方面、釧路方面に方面本部を置き、それぞれに方面公安委員会が対応する。

監査の結果に関する報告とは、監査委員が請求事項について調査を行った結果をまとめた文書を指し、勧告ではなく報告という名称が用いられている点が住民監査請求(第242条)における勧告と異なる。事務監査請求では措置の勧告までは予定されておらず、報告の決定・送付・公表・提出という手続にとどまる。

判例・裁判例

事務監査請求と住民監査請求の制度的相違について、最高裁判所昭和53年3月30日判決は、住民訴訟の制度趣旨を地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として位置づけ、執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否について地方公共団体の判断と住民の判断とが対立する場合に住民が自らの手で違法の防止又は是正を図ることができる点に制度の意義があるとした。この判旨は住民監査請求・住民訴訟(第242条)に関するものであるが、財務会計上の行為に限定されない事務監査請求(第75条)の対象範囲との対比において、両制度の機能分担を理解する前提となる。

事務監査請求自体について監査委員の却下決定や報告内容の適否を直接争った公表された裁判例は限られており、実務上は住民監査請求・住民訴訟に関する蓄積が参照される場面が多い。請求の前提となる署名の効力に関する争いについては、第74条の解説で取り上げた条例制定改廃請求に関する判例の枠組みが、第6項の準用規定により事務監査請求にも及ぶ。

地方公務員法との対比

地方公務員法には事務監査請求に相当する住民参政の制度は存在しない。地方公務員法上の合議に類する仕組みとしては、公平委員会による不利益処分審査請求の審査(地方公務員法第50条)や、人事委員会の委員による議決がある。人事委員会及び公平委員会はいずれも合議制の機関として運営される点で、第75条第4項が定める監査委員の合議制と共通する構造を持つ。

監査委員の設置義務との比較では、人事委員会の設置義務は都道府県と指定都市に限られ、人口15万人以上の市及び特別区は人事委員会又は公平委員会のいずれかを選択できる仕組みである。これに対し監査委員は、すべての普通地方公共団体に設置が義務付けられている(第195条)点で異なる。事務監査請求の請求先が監査委員である理由は、財務に限らず事務執行全般を独立の立場で検証できる機関として監査委員が制度上位置づけられていることに基づく。

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