条文原文
民法第968条(自筆証書遺言)
第1項 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
第2項 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第997条第1項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
第3項 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
本条は、民法第5編第7章第2節第1款「普通の方式」(第967条から第975条まで)の一部を構成し、遺言の3方式(自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言)のうち自筆証書遺言の要式を定める規定である。
条文の位置づけと立法沿革
本条第2項は、平成30年法律第72号(平成30年7月6日成立、民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律)によって新設された規定であり、平成31年1月13日から施行されている。改正前の条文には現行の第2項は存在せず、現行第3項の内容が第2項として置かれていた。改正により第2項が新設されたことに伴い、旧第2項は第3項に繰り下げられ、括弧書き「(前項の目録を含む。)」が加えられている。
改正前は、遺言書に添付する相続財産の目録についても全文自書が要求されており、不動産や預貯金の数が多い遺言者にとって、目録部分まで自書することの負担が大きいという指摘があった。法制審議会民法(相続関係)部会の審議資料においても、全文自書の負担が自筆証書遺言の利用を妨げる一因であるとの指摘がなされている。この負担を軽減し、自筆証書遺言の利用を促進する目的で、財産目録に限り自書を要しないこととする第2項が新設された。
用語解説
自書 遺言者が自らの手で文字を書くことをいう。パソコンやワープロによる印字、他人による代筆、点字タイプライターの使用は、いずれも自書に当たらない。音声録音や映像録画による遺言も方式を欠き無効である。
印を押す(押印) 文書の作成者が印章を紙面に押すことをいう。実印であるか認印であるかを問わない。押印を要求する趣旨は、文書の作成者を確定し、重要な文書を完結させる我が国の慣行を反映した点にあると解されている。
財産目録 遺言書に記載する相続財産を特定するための一覧書面をいう。第997条第1項に規定する権利(遺贈の目的物が特定物である場合等における遺言者が有していた権利)を含む。財産目録には、パソコンで作成した一覧表のほか、不動産登記事項証明書の写しや預貯金通帳の写しを添付する方法も認められている。
毎葉 目録が複数枚にわたる場合の各用紙をいう。自書によらない記載が用紙の両面にある場合には、その両面それぞれに署名及び押印をしなければならない。
加除その他の変更 遺言書の文言を書き足す、削除する、書き換えるなど、遺言書作成後に内容を変更する行為全般をいう。
各項の解説
第1項(全文自書の原則)
自筆証書遺言が有効に成立するためには、遺言者本人が遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、これに押印することを要する。全文・日付・氏名・押印のいずれか一つでも欠ける場合、その遺言書は無効となる。
日付は、遺言能力の有無を判断する基準時(第963条)となるほか、複数の遺言書が存在する場合に、後の日付の遺言によって前の遺言が撤回されたものとみなされる関係(第1023条第1項)にあることから、暦上特定できる形で記載されなければならない。
第2項(財産目録の自書要件緩和)
第2項は、自筆証書に一体のものとして添付する財産目録に限り、自書を要しないと定める。この適用を受けるためには、遺言者が目録の毎葉に署名し、印を押すことを要する。自書によらない記載が用紙の両面にある場合は、その両面それぞれに署名押印しなければならない。財産目録の自書によらない部分は代筆によって作成することもできるとされている。
第3項(加除訂正の方式)
自筆証書遺言に加除その他の変更を加える場合には、遺言者がその場所を指示し、変更した旨を付記して署名し、かつ変更箇所に押印しなければ、その変更は効力を生じない。この方式に従わない訂正は、訂正前の原文のまま効力を有するか、又は訂正の内容次第では遺言書全体の効力に影響を及ぼす場合がある。
判例・裁判例
日付の記載を欠く場合(最判昭和52年11月29日) 自筆遺言証書に「昭和41年7月吉日」と記載された事案について、日が特定できないため民法968条第1項にいう日付の記載を欠くものとして無効とされた。日付は年月のみならず日まで特定できる記載でなければならない。
複数枚にわたる場合の一体性(最判昭和36年6月22日) 遺言書が数葉にわたる場合、その間に契印や編綴がなくても、それらが全体として一通の遺言書であることが確認できる限り、その遺言書は有効であるとされた。
押印としての指印(最判平成元年2月16日、最高裁判所第一小法廷、民集43巻2号45頁) 自筆証書遺言における押印は、遺言者が印章に代えて拇指その他の指頭に墨や朱肉等をつけて押捺すること(指印)をもって足りると判断された。原審は東京高等裁判所(昭和62年5月27日判決)である。
明らかな誤記の訂正方式(最判昭和56年12月18日) 自筆証書遺言の記載自体から見て明らかな誤記についての訂正は、民法968条(現行第3項)所定の方式に違背する部分があっても、遺言の効力に影響を及ぼさないとされた。
花押による押印の可否(最判平成28年6月3日、最高裁判所第二小法廷) 印章による押印に代えて花押を書くことによって文書を完成させる慣行や法意識は我が国に存在しないとされ、花押を書く行為は印章による押印と同視できず、民法968条第1項の押印の要件を満たさないと判断された。
押印を欠く遺言が有効とされた例外(最判昭和49年12月24日) 日本に帰化した外国出身者が遺言者であった事案において、文書作成者を表示する方法として署名押印することは我が国の一般的慣行であり、押印の慣行になじまない者に対してまで本条の押印を要求する実質的根拠はないとして、押印を欠く遺言書が有効とされた。この判断は遺言者の出身に由来する例外的な事案に基づくものであり、一般化されるものではない。
■自筆証書遺言の方式 ― 押印(最高裁平成6年6月24日第二小法廷判決)
【事案】 自筆証書遺言の本文に直接押印がなく、遺言書を入れた封筒の封じ目にのみ押印(割印等)があった場合の遺言の有効性が争われた事案。
【判決文】「遺言書本文の入れられた封筒の封じ目にされた押印をもって民法968条1項の押印の要件に欠けるところはないとした原審の判断は、正当として是認することができる。」
■カーボン複写による自筆証書遺言と自書の要件(最高裁平成5年10月19日第三小法廷判決)
【事案】 カーボン紙を用いて複写された遺言書が、自筆証書遺言の「自書」の要件を満たすかどうかが争われた事案。 【判決文】 「本件遺言書は、Aが遺言の全文、日付及び氏名をカーボン紙を用いて複写の方法で記載したものであるところ、このような記載の方法であっても、自書の方法として許されないものではないから、本件遺言書は、民法968条1項の自書の要件に欠けるところはない」。
実務上の留意点
財産目録をパソコンで作成する場合、あるいは通帳の写しや登記事項証明書の写しを目録として添付する場合には、第2項に基づき、その用紙のすべての頁(両面に記載がある場合は両面)に遺言者本人の署名及び押印が必要となる。この署名押印を一頁でも欠くと、その頁に係る目録部分の効力に疑義が生じる可能性がある。
押印については、実印・認印・拇印のいずれも有効と解されているが、遺言者の死後にその押印が本人によるものであることを裁判上争われた場合、拇印や指印は照合対象が乏しく立証が困難になりやすい。実印を用い、印鑑証明書と併せて保管することが望ましい。
加除訂正を行う場合は、第3項所定の方式(変更箇所の指示、変更旨の付記、署名、変更箇所への押印)を欠くと訂正自体が無効となるおそれがあるため、訂正箇所が多数にわたる場合には、遺言書を新たに書き直す方法を検討すべきである。
参考文献・参考資料
- 法務省民事局「自筆証書遺言に関するルールが変わります。」(https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00240.html)
- 裁判所「裁判例結果詳細」最判平成元年2月16日(事件番号等)(https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52210)
- 中川総合法務オフィス(compliance21.com)

