1 条文原文
令和8年12月1日施行の公益通報者保護法(平成16年法律第122号。令和7年法律第62号による改正後)第11条は、次のとおりである。
(事業者がとるべき措置) 第十一条 事業者は、第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報を受け、並びに当該公益通報に係る通報対象事実の調査をし、及びその是正に必要な措置をとる業務(第十二条において「公益通報対応業務」という。)に従事する者(第十二条において「公益通報対応業務従事者」という。)を定めなければならない。
2 事業者は、前項に定めるもののほか、公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため、第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者等に対するその周知その他の必要な措置をとらなければならない。
3 常時使用する労働者の数が三百人以下の事業者については、第一項中「定めなければ」とあるのは「定めるように努めなければ」と、前項中「とらなければ」とあるのは「とるように努めなければ」とする。
4 内閣総理大臣は、第一項及び第二項(これらの規定を前項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下この条において単に「指針」という。)を定めるものとする。
5 内閣総理大臣は、指針を定めようとするときは、あらかじめ、消費者委員会の意見を聴かなければならない。 6 内閣総理大臣は、指針を定めたときは、遅滞なく、これを公表するものとする。
7 前二項の規定は、指針の変更について準用する。
本条は第3章「事業者がとるべき措置等」(第11条から第14条まで)の冒頭に置かれる。第2章(第3条から第10条まで)が事業後の救済、すなわち不利益取扱いが起きた後の民事的効果と刑事罰を扱うのに対し、第3章は不利益取扱いが起きる前の予防、すなわち組織の仕組みそのものを規律する。同じ第3章のなかで、第11条の2(通報妨害の禁止等)と第11条の3(通報者探索の禁止)は令和7年改正で新設された禁止規範であり、第12条は従事者の守秘義務、第13条・第14条は行政機関の側の義務を定める。
2 新旧対照
令和7年改正による第11条の改正部分は、第1項と第2項に限られる。第3項から第7項までは改正されていない。
| 項 | 改正案(2026年12月1日施行) | 現行(令和2年改正後) |
|---|---|---|
| 第1項 | 事業者は、第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報を受け、……業務(第十二条において「公益通報対応業務」という。)に従事する者(第十二条において「公益通報対応業務従事者」という。)を定めなければならない。 | 事業者は、第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報を受け、……業務(次条において「公益通報対応業務」という。)に従事する者(次条において「公益通報対応業務従事者」という。)を定めなければならない。 |
| 第2項 | ……第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者等に対するその周知その他の必要な措置をとらなければならない。 | ……第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとらなければならない。 |
| 第3項~第7項 | (改正なし) | (改正なし) |
改正点は三つに整理できる。
第一に、引用条項の書き換えである。改正後の第3条は第1項に保護要件を各号で置く三項構成となり、第6条も第1項に各号を置く二項構成となった。旧法の「第三条第一号」は「第三条第一項第一号」となる。形式的整理にすぎず、指し示す対象は同じ内部公益通報である。
第二に、「次条」から「第十二条」への書き換えである。旧法では第11条の次条が第12条(従事者の守秘義務)であったため「次条」で足りた。改正法は第11条と第12条の間に第11条の2および第11条の3を挿入したため、「次条」のままでは通報妨害の禁止規定を指すことになってしまう。定義の受け皿を条番号で特定し直した技術的改正である。
第三が実質的改正である。第2項の「体制の整備その他の必要な措置」に、「労働者等に対するその周知」という例示が挿入された。消費者庁の改正概要は、この改正を「現行法の体制整備義務の例示として、労働者等に対する事業者の公益通報対応体制の周知義務を明示する」ものと説明している。従前も指針は周知・啓発を求めていたから、義務の内容が新たに創設されたというよりは、指針レベルにあった要求が法律の文言に格上げされたと理解するのが正確である。
もっとも、この格上げは第15条の2および第16条による行政措置の対象範囲と連動する。第11条第2項違反に対しては、後述のとおり勧告と公表が用意されている。周知の懈怠が第2項違反として構成しやすくなったことは、実務上の意味を持つ。
なお、第11条本体の改正はこの範囲にとどまるが、同じ改正法が第15条を助言・指導のみの規定に縮減し、第15条の2(勧告及び命令等)と第16条(報告及び検査)を新設し、第20条の適用除外の範囲を「第十五条から第十六条まで」に拡張し、第21条第2項と第23条(両罰規定)と第24条(過料)を新設した。第11条は、これら執行規定の名宛人となる義務の根拠条文であるから、第11条の解釈は執行規定と一体で読む必要がある。
3 立法沿革と趣旨
3.1 平成16年制定時――体制整備義務は置かれなかった
平成16年制定の原始法は、通報者の保護要件と不利益取扱いの禁止を定めるにとどまり、事業者に内部通報体制の構築を命ずる規定を置かなかった。事業者の自主的取組に委ね、行政は「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」(平成17年策定、平成28年12月9日全部改定)という法的拘束力のない指針で誘導する枠組みであった。
この枠組みには限界があった。ガイドラインに従うか否かは事業者の判断に委ねられ、通報窓口を置かない事業者、置いても通報者を特定させる情報の管理が甘い事業者が残った。消費者庁の平成28年度実態調査では、従業員数300人超の事業者の内部通報制度導入率は82.0パーセント、300人以下では26.3パーセントにとどまっていた。
3.2 令和2年改正――義務化と指針の法定
令和2年法律第51号は、第11条を新設し、従事者指定義務(第1項)と内部公益通報対応体制整備義務(第2項)を課した。常時使用する労働者300人以下の事業者は努力義務とされた(第3項)。あわせて第4項で内閣総理大臣に指針の策定を義務付け、第5項で消費者委員会の意見聴取を、第6項で公表を義務付けた。
指針の法定という手法には理由がある。事業者の規模、組織形態、業態、法令違反行為が発生する可能性の程度、ステークホルダーの多寡は多様であり、法律で一律の措置内容を書き切ることはできない。他方、努力目標にとどめては実効性を欠く。そこで法律は義務の存在と大枠のみを定め、具体化を告示に委ね、その告示の策定過程に消費者委員会の関与と公表を義務付けることで手続的正統性を確保した。これが第4項から第7項までの構造である。
これを受けて「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令和3年8月20日内閣府告示第118号)が定められ、令和4年6月1日から適用された。指針の内容を解釈・具体化するものとして「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(令和3年10月13日、消費者庁)が公表された。
3.3 令和7年改正――執行の実装
令和2年改正の義務規定は、違反した場合の効果が助言・指導・勧告と、勧告に従わない場合の公表にとどまっていた(旧第15条・旧第16条)。命令も罰則もなく、報告徴収に応じない場合の担保も旧第22条の過料(20万円以下)のみであった。
令和7年改正は、この執行の空白を埋めた。改正の柱を消費者庁は「事業者が公益通報に適切に対応するための体制整備の徹底と実効性の向上」と表現する。具体的には、従事者指定義務(第11条第1項)に違反する常時使用労働者300人超の事業者に対し、勧告に従わない場合の命令権と命令違反時の刑事罰を新設し、報告徴収に加えて立入検査権限を新設し、報告懈怠・虚偽報告・検査拒否に刑事罰を導入した。両罰規定も置かれた。
改正の背景には、義務化から数年を経てもなお実装が進まない実態がある。消費者庁が令和6年4月に公表した令和5年度実態調査によれば、従業員数300人超の非上場事業者2,373者のうち、従事者指定義務を「知っており、担当者を指名している」と回答したのは81.6パーセントであり、「知っているが、担当者を指名していない」が10.7パーセント、「知らないし、担当者を指名していない」が7.6パーセントであった。指定していない理由の最多は「上司などに直接情報が共有されており、特段、不都合もないため」であった。内部規程についても、策定義務を知りながら策定していない事業者が14.6パーセント存在した。
同調査では、内部通報制度を導入していると回答した2,448者のうち、窓口の年間受付件数が0件、1件から5件、または把握していないと答えた事業者が65パーセントを占めた。窓口が形式的に設置されるにとどまり、機能していない状態が広く残る。周知義務の明文化は、この「箱はあるが使われない」状況への処方箋として位置付けられる。
指針も令和8年3月31日内閣府告示第15号により一部改正され、施行日は令和8年12月1日とされた。指針の解説も同日付で改正された。
4 用語解説
第11条を読むうえで押さえておくべき語を整理する。定義規定の所在も併記する。
事業者(法第2条第1項)。法人その他の団体および事業を行う個人をいう。指針は、営利の有無を問わず、一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行を行う者であり、法人格を有しない団体、国・地方公共団体などの公法人も含まれるとする。株式会社に限らず、学校法人、医療法人、社会福祉法人、協同組合、都道府県、市区町村がすべて名宛人となる。
内部公益通報。指針の定義であり、法第3条第1項第1号および第6条第1項第1号に定める公益通報をいう。いわゆる1号通報である。通報窓口への通報に限らず、上司等への報告が公益通報となる場合も含む。第11条第1項・第2項が対象とする通報はこの内部公益通報である。
公益通報対応業務(法第11条第1項)。内部公益通報を受け、当該通報に係る通報対象事実の調査をし、その是正に必要な措置をとる業務をいう。受付・調査・是正の三段階を包括する。
公益通報対応業務従事者(法第11条第1項)。公益通報対応業務に従事する者として事業者が定めた者をいう。指針および指針の解説では「従事者」と略称される。従事者は法第12条により公益通報者を特定させる事項について守秘義務を負い、違反すれば法第22条により30万円以下の罰金に処せられる。
内部公益通報対応体制。指針の定義であり、法第11条第2項に定める、事業者が内部公益通報に応じ、適切に対応するために整備する体制をいう。
内部公益通報受付窓口。指針の定義であり、内部公益通報を部門横断的に受け付ける窓口をいう。指針の解説は、部門横断的に受け付けるとは、個々の事業部門から独立して、特定の部門からだけではなく、全部門ないしこれに準ずる複数の部門から受け付けることを意味するとする。名称ではなく実質で判断される。
労働者等(法第2条第1項第4号括弧書き)。労働者または派遣労働者をいう。この定義は「以下この号及び第十一条第二項において」と限定されており、第11条第2項の周知義務の条文上の名宛対象は労働者と派遣労働者である。役員、退職者、特定受託業務従事者への周知は、条文上は「その他の必要な措置」に含まれる形で指針が求める構造となる。
常時使用する労働者の数(法第11条第3項)。300人を境に義務と努力義務が分かれる。指針の解説は、公益通報対応体制整備義務等が義務付けられている事業者を「従業員数300名程度の事業者から5万人を超えるグローバル企業まで多種多様」と表現しており、この基準を人数の実態でとらえている。
範囲外共有。指針の定義であり、公益通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有する行為をいう。
通報妨害(法第11条の2第1項、指針で定義)。公益通報をしない旨の合意をすることを求めること、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げることその他の行為によって、公益通報を妨げることをいう。
通報者探索(法第11条の3、指針で定義)。公益通報者である旨を明らかにすることを要求することその他の公益通報者を特定することを目的とする行為をいう。
5 逐条分析
5.1 第1項――従事者指定義務
5.1.1 義務の内容
事業者は、内部公益通報の受付・調査・是正措置という公益通報対応業務に従事する者を「定めなければならない」。単に担当者を置くことではなく、当該人物を法第12条の守秘義務を負う地位に就ける行為を求める規定である。
指針第3の1は、指定すべき者の範囲を二要件で画する。第一に、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であること。第二に、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者であること。両方を満たす者が指定対象となる。
指針の解説は、第一要件について「内部公益通報の受付、調査、是正に必要な措置の全て又はいずれかを主体的に行う業務及び当該業務の重要部分について関与する業務を行う場合」に公益通報対応業務に該当するとする。裏返せば、主体的に行っておらず重要部分にも関与していない者は該当しない。社内調査におけるヒアリング対象者、品質不正事案で再検査を行う技術者などは、調査上の必要から公益通報者を特定させる事項を伝えられたとしても、従事者として定めるべき対象には当たらない。ただしその者も、事業者の労働者および役員等として、内部規程に基づき範囲外共有をしてはならない義務を負う。
第二要件の「公益通報者を特定させる事項」について、指針の解説は、公益通報をした人物が誰であるか認識することができる事項をいうとし、氏名や社員番号のような固有の事項が典型例であるが、性別等の一般的な属性であっても、他の事項と照合させることにより排他的に特定の人物が公益通報者であると判断できる場合には該当するとする。「認識」とは刑罰法規の明確性の観点から、公益通報者を排他的に認識できることを指す、という限定も付されている。第12条の守秘義務と第22条の罰則の構成要件に直結する概念であるため、狭く明確に画されている。
5.1.2 部署名ではなく実質で判断する
指針の解説は、コンプライアンス部、総務部等の所属部署の名称にかかわらず、指針本文で定める事項に該当する者であるか否かを実質的に判断して従事者として定める必要があるとする。あわせて、公益通報対応業務を行うことを主たる職務とする部門の担当者は従事者として定める必要があり、それ以外の部門の担当者であっても、事案により該当する場合には、必要が生じた都度、従事者として定める必要があるとする。
常設指定と都度指定の併用が想定されている。もっとも、都度指定には副作用がある。指針の解説は「その他に推奨される考え方や具体例」の項で、必要が生じた都度従事者として定める場合、従事者の指定を行うことにより、社内調査等が公益通報を端緒としていることを当該指定された者に事実上知らせてしまう可能性があると指摘する。そのうえで、公益通報者保護の観点からは、従事者の指定をせずとも公益通報者を特定させる事項を知られてしまう場合を除いて、指定を行うこと自体の是非について慎重に検討することも考えられるとする。指定義務の履行と通報者秘匿とが緊張関係に立つ場面であり、実務では調査設計の段階で判断を要する。
5.1.3 指定の方法
指針第3の2は、従事者を定める際には、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くこと(それに伴い法第12条に定める守秘義務が課されること及び法第22条に定める罰則の適用対象となり得ることを含む。)が従事者となる者自身に明らかとなる方法により定めなければならないとする。
指針の解説は、その趣旨を、従事者が刑事罰により担保された守秘義務を負う者であり、予期に反して刑事罰が科される事態を防ぐため、自らがその立場にあることを明確に認識している必要があると説明する。刑事責任の予測可能性の確保が根拠である。
具体的方法として、個別通知のほか、内部規程等において部署・部署内のチーム・役職等の特定の属性で指定することが挙げられている。属性指定による場合も、従事者の地位に就くことを本人に明らかにする必要がある。さらに、従事者指定の事実を記録する観点から、従事者の氏名・所属部署・従事者に指定した日等を記載した書面を作成・管理しておくことが考えられるとする。第16条第1項の報告徴収・立入検査の対象となることを踏まえれば、この指定台帳の整備は事実上の必須作業となる。
窓口業務を外部委託する場合も同様である。指針の解説は、従事者を事業者外部に委託する際においても、従事者の地位に就くことが従事者となる者自身に明らかとなる方法により定める必要があるとする。委託契約書に守秘義務条項を置くだけでは足りず、受託側の担当者個人に対する指定が必要となる。
5.1.4 対象は1号通報に限られる
第1項の文言は「第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報」であり、行政機関への2号通報や報道機関等への3号通報を受け付ける業務は含まない。従事者指定義務の射程は内部公益通報に限定される。
この点は後述する第2項の解釈と対照的である。第2項も条文上は1号通報を対象とするが、指針は、独立性確保、利益相反排除、不利益取扱い防止、範囲外共有等の防止の各措置について、内部公益通報以外の公益通報に係る通報対象事実についての調査および是正等の対応が必要な場合においても同様の措置をとることを求めている。従事者指定という「地位の創設」は1号通報に閉じるが、体制としての取扱いは外部通報にも及ぶ、という構造になっている。
5.2 第2項――体制整備義務と周知義務
5.2.1 目的規定としての前段
第2項は「公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため」という目的を明示する。第1条の目的規定を体制整備義務の場面に落とし込んだものであり、通報者保護と法令遵守の二つを並列に置く。指針の解説がしばしば「法の目的は公益通報を通じた法令の遵守にある」と述べるのは、この後段を受けている。
したがって、体制の設計が通報者保護に偏って調査・是正が機能しない場合も、逆に不正の摘発に偏って通報者の秘匿が破られる場合も、いずれも第2項の趣旨に反する。
5.2.2 措置の類型――指針が示す三つの柱
指針第4は、事業者がとるべき措置を三つの柱に分けて列挙する。義務であるから「とらなければならない」という文体で書かれている。
第一の柱は、部門横断的な公益通報対応業務を行う体制の整備その他の必要な措置である。内訳は、内部公益通報受付窓口の設置等、組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置、公益通報対応業務の実施に関する措置、公益通報対応業務における利益相反の排除に関する措置の四項目である。
第二の柱は、公益通報者を保護する体制の整備である。内訳は、不利益な取扱いの防止に関する措置と、範囲外共有・通報妨害・通報者探索の防止に関する措置の二項目である。後者は令和7年改正で通報妨害と通報者探索が加わり、従前の範囲外共有のみの規定から拡張された。
第三の柱は、内部公益通報対応体制を実効的に機能させるための措置である。内訳は、是正措置等の通知、記録の保管・見直し改善・運用実績の開示、労働者等に対する周知に関する措置等、質問・相談への対応、従事者に対する教育、内部規程の策定および運用の六項目である。
5.2.3 周知義務の内容
令和7年改正で条文に例示された周知について、指針第4の3(3)は、労働者等、役員、退職者ならびに特定受託業務従事者および特定受託業務従事者であった者に対し、法および次の事項について周知・啓発を行うことを求める。
イ 内部公益通報受付窓口の設置に関する事項ならびに連絡先および連絡方法 ロ 組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置の内容 ハ 公益通報対応業務の実施に関する措置の内容 ニ 公益通報対応業務における利益相反の排除に関する措置の内容 ホ 不利益な取扱いの防止に関する措置の内容 ヘ 範囲外共有、通報妨害及び通報者探索の防止に関する措置の内容 ト 是正措置等の通知に関する措置の内容 チ 記録の保管、見直し・改善及び運用実績の労働者等、特定受託業務従事者及び役員への開示に関する措置の内容 リ 公益通報に係る通報対象事実についての調査への協力に関する事項
退職者および特定受託業務従事者であった者については、チが除かれる。ロからニまでとヘは令和7年改正に伴う指針改正で明示された項目である。従来の実務では窓口の連絡先を社内イントラネットに掲示すれば足りると考えられがちであったが、指針は独立性確保措置の内容や通報妨害・通報者探索の防止措置の内容まで伝えることを求める。
指針の解説は、単に規程の内容を形式的に知らせるだけではなく、組織の長が主体的かつ継続的に制度の利用を呼び掛ける等の手段を通じて、公益通報の意義や組織にとっての内部公益通報の重要性を十分に認識させることが求められるとする。周知すべき内容として、内部公益通報受付窓口の担当者は従事者であること、職制上のレポーティングラインにおいても部下等から内部公益通報を受ける可能性があること、窓口に通報した場合と従事者ではない上司等に通報した場合とでは公益通報者を特定させる事項の秘匿についてのルールに差異があることを挙げる。
方法としては、階層別研修や理解度テスト、イントラネット、社用パソコンのスクリーンセーバー、携行カード、ポスター、外部専門家を活用した動画、FAQのイントラネット掲載などが例示されている。退職者に対しては在職中に退職後も公益通報ができることを周知すること、特定受託業務従事者に対しては業務委託契約に係る書面やメールに窓口の連絡先を記載することが挙げられている。
周知の効果はデータでも裏付けられている。前掲の令和5年度実態調査では、トップメッセージの発出と研修の両方を実施している事業者は全体の21パーセントにとどまるが、どちらか一方または双方を実施していない事業者と比べて窓口の受付件数が多い傾向が認められた。研修を実施している事業者は全体の57.2パーセントであった。
5.2.4 内部規程の策定
指針第4の3(6)は、指針において求められる事項について内部規程において定め、当該規程の定めに従って運用することを求める。指針の解説は、その趣旨として、担当者が交代することによって対応が変わることや、対応がルールに沿ったものか否かが不明確となる事態を避けるためであるとし、調査の権限が定められていなければ、調査の対象者において調査に従うべきか疑義が生じ、実効的な調査が実施できない場合もあると指摘する。
消費者庁は民間事業者向けの内部規程サンプルを公表している。第16条第1項の立入検査において「帳簿書類その他の物件」の検査対象となることを想定すれば、内部規程、従事者指定台帳、通報受理記録、研修実施記録の四点は最低限整えておく必要がある。
5.3 第3項――300人以下の読替え
第3項は、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者について、第1項の「定めなければ」を「定めるように努めなければ」に、第2項の「とらなければ」を「とるように努めなければ」に読み替える。義務規定を努力義務規定に転換する読替え規定であり、適用除外ではない。
したがって、300人以下の事業者にも第11条は適用される。指針も適用される。指針の解説は、常時使用する労働者数が300人以下の事業者について、事業者の規模や業種・業態等の実情に応じて可能な限り本解説に記載の事項に従った公益通報対応体制を整備・運用するよう努める必要があるとする。組織の長その他幹部からの独立性の確保についても、努力義務を負うにとどまる中小事業者においても、影響力が不当に行使されることを防ぐためには独立性を確保する仕組みを設ける必要性が高いことに留意する必要があるとの注記が置かれている。
行政措置との関係では、300人以下の事業者は第15条の2第4項の勧告の対象となる。第1項の是正勧告、第2項の命令、第3項の公表、第5項の公表はいずれも読替え適用される場合を除外または限定しており、300人以下の事業者には及ばない。第16条についても、第1項の報告徴収・立入検査は読替え適用される場合を除くとされ、300人以下の事業者は第2項の報告徴収のみの対象となる。命令も立入検査も刑事罰も及ばず、勧告と報告徴収にとどまる設計である。
規模の判定は「常時使用する労働者の数」による。企業グループ全体ではなく、法人単位で判定するのが原則である。子会社が単体で300人以下であれば、親会社が数万人規模であっても、当該子会社の義務は努力義務にとどまる。もっとも、企業グループ共通窓口を子会社の内部公益通報受付窓口とする場合には、指針の解説が指摘するとおり、その旨を子会社自身の内部規程等においてあらかじめ定めることが必要であり、当該窓口を経由した公益通報対応業務に関する子会社の責任者は子会社自身において明確に定めなければならない。
5.4 第4項――指針の策定
第4項は、内閣総理大臣が、第1項および第2項(第3項の読替え適用を含む)に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めるものとすると規定する。「定めることができる」ではなく「定めるものとする」であるから、策定は義務である。
指針は内閣府告示の形式で定められる。令和3年8月20日内閣府告示第118号がこれに当たり、令和8年3月31日一部改正内閣府告示第15号によって改正された。告示は法規命令ではなく、それ自体が直接に私人の権利義務を創設するものではない。しかし第15条の2の勧告・命令の適法性判断において、指針は事実上の判断基準として機能する。指針に沿わない体制が直ちに第11条違反となるわけではないが、指針に沿った体制であれば違反を問われないという方向の安全性は高い。
指針の解説は、この点について踏み込んだ記述を置く。本解説は指針に沿った対応をとるに当たり参考となる考え方や具体例を記載したものであり、本解説の具体例を採用しない場合であっても、事業者の状況等に即して本解説に示された具体例と類似または同様の措置を講ずる等、適切な対応を行っていれば、公益通報対応体制整備義務等違反となるものではない、という一文である。具体例の非網羅性と、目的達成手段の代替可能性を明示したものであり、実務上は自社の措置が指針の趣旨に照らして同等の機能を果たすことを説明できる文書を残しておくことが対応となる。
なお、法第19条により、内閣総理大臣の権限は政令で定めるものを除き消費者庁長官に委任される。実際の助言・指導・勧告・命令・報告徴収・立入検査は消費者庁が行う。
5.5 第5項から第7項――策定手続
第5項は、指針を定めようとするときは、あらかじめ消費者委員会の意見を聴かなければならないと定める。消費者委員会は消費者庁及び消費者委員会設置法に基づき内閣府に置かれる独立性の高い合議制機関であり、消費者庁の外から専門的知見と第三者性を投入する仕組みである。「意見を聴かなければならない」であるから、諮問は必要的であるが、意見に法的拘束力はない。
第6項は、指針を定めたときは遅滞なくこれを公表するものとすると定める。告示は官報に掲載されるが、それとは別に、名宛人たる事業者への周知を確保するための規定である。
第7項は、第5項および第6項を指針の変更について準用する。令和8年3月31日の一部改正も、この規定に従って消費者委員会の意見聴取を経て行われた。
5.6 指針の解説の四層構造
指針の解説は、各項目を四つの層に分けて記述する。この構造を理解しないまま読むと、義務と推奨の区別を誤る。
| 層 | 表題 | 内容 |
|---|---|---|
| 第一層 | 指針の本文 | 指針の規定を項目ごとに記載した項目 |
| 第二層 | 指針の趣旨 | 指針の各規定について、その趣旨・目的・背景等を記載した項目 |
| 第三層 | 指針を遵守するための考え方や具体例 | 指針を遵守するために参考となる考え方(例:指針の解釈)や指針が求める措置に関する具体的な取組例を記載した項目 |
| 第四層 | その他に推奨される考え方や具体例 | 指針を遵守するための取組を超えて、事業者が自主的に取り組むことが期待される推奨事項に関する考え方や具体例を記載した項目 |
法第11条第1項・第2項の義務の内容を構成するのは第一層であり、その解釈と履行方法を示すのが第三層である。第四層は推奨にとどまり、実施しなくても義務違反にはならない。第四層に由来する記述には「望ましい」「考えられる」という文末が用いられ、第三層には「求められる」「必要である」が用いられる。文末表現が層の識別標識となる。
指針の解説の第二層と第三層には、旧民間事業者向けガイドライン由来の記述が第四層に整理されて取り込まれている。指針の解説は、その経緯を、指針等検討会報告書の提言内容を基礎に、民間事業者ガイドラインの規定を盛り込んだものであると説明する。
具体例で確認する。内部公益通報受付窓口の設置について、窓口を設置し部署および責任者を明確に定めることは第一層の義務である。窓口が内部公益通報受付窓口に当たるかは名称ではなく実質で判断されること、外部委託先や親会社に設置することも可能であること、ハラスメント相談窓口と兼ねることが可能であることは第三層の解釈である。企業グループ共通窓口の設置、サプライチェーンを含めた体制整備、中小企業が共同して外部委託すること、事業者団体の共通窓口を設けることは第四層の推奨である。人事部門に窓口を設置することは妨げられないが躊躇する者が存在することに留意する、という記述も第四層に置かれている。
6 義務違反に対する行政措置と罰則
第11条の義務は、令和7年改正により重層的な執行手段によって担保される。義務の類型と事業者規模の組合せによって手段が異なるため、整理して示す。
| 義務 | 規模 | 助言・指導 | 勧告 | 命令 | 公表 | 報告徴収 | 立入検査 | 罰則 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第11条第1項(従事者指定) | 300人超 | 第15条 | 第15条の2第1項 | 第15条の2第2項 | 第15条の2第3項 | 第16条第1項 | 第16条第1項 | 命令違反:第21条第2項第1号/検査拒否等:同項第2号 |
| 第11条第1項(従事者指定) | 300人以下 | 第15条 | 第15条の2第4項 | なし | なし | 第16条第2項 | なし | 第24条(過料) |
| 第11条第2項(体制整備・周知) | 300人超 | 第15条 | 第15条の2第4項 | なし | 第15条の2第5項 | 第16条第2項 | なし | 第24条(過料) |
| 第11条第2項(体制整備・周知) | 300人以下 | 第15条 | 第15条の2第4項 | なし | なし | 第16条第2項 | なし | 第24条(過料) |
読み方の要点を述べる。
命令と立入検査と刑事罰は、300人超の事業者の従事者指定義務違反にのみ用意されている。従事者指定義務は「特定の者を定めたか否か」という履行の有無が客観的に判断しやすく、命令の名宛内容も特定しやすい。これに対し体制整備義務は、どこまで整備すれば足りるかが事業者の規模や業態によって異なり、命令の内容を一義的に画することが困難である。命令の明確性と刑事罰の構成要件明確性の要請から、対象を絞ったものと理解できる。
第15条の2第2項の命令は「勧告に係る措置をとるべきこと」を命ずるものであり、勧告前置である。命令に違反した者は第21条第2項第1号により30万円以下の罰金に処せられ、第23条第1項第2号により法人にも同項の罰金刑が科される。
第16条第1項の立入検査は、事業者の事務所その他の事業場に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させるものである。検査を拒み、妨げ、または忌避した場合、および報告をせず、もしくは虚偽の報告をした場合は、第21条第2項第2号により30万円以下の罰金に処せられる。第16条第3項は身分証明書の携帯・提示を、第4項は犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないことを定める。行政調査に共通する規定である。
第16条第2項の報告徴収に応じない場合、または虚偽の報告をした場合は、第24条により20万円以下の過料に処せられる。刑事罰ではなく秩序罰であり、非訟事件手続法に基づき裁判所が科す。
第11条第2項違反については、第15条の2第4項の勧告を経て、正当な理由なく勧告に係る措置をとらなかった場合に第5項の公表がありうる。公表は制裁ではなく事実の公表であるが、レピュテーションへの影響は小さくない。
第20条は、第15条から第16条までの規定を国および地方公共団体に適用しないと定める。地方公共団体は第11条の義務を負うが、消費者庁による助言・指導・勧告・命令・報告徴収・立入検査の対象とはならない。第23条第2項も、第21条第1項に係る両罰規定を国および地方公共団体に適用しないとする。行政組織相互の関係における執行の限界を示す規定であり、地方公共団体においては第11条の遵守が外部からの強制ではなく自律に委ねられることを意味する。
消費者庁が令和8年4月15日に公表した是正指導の件数によれば、法第15条に基づく是正指導(助言、指導及び勧告)は、令和5年度が24件、令和6年度が6件、令和7年度が17件であった。件数自体は多くないが、施行後は命令と立入検査が加わるため、運用の密度が変わる可能性がある。
7 判例・裁判例
第11条は令和2年新設の規定であり、同条の義務違反そのものを正面から判断した裁判例はまだ乏しい。しかし、内部通報体制の整備と運用をめぐる紛争は改正前から蓄積されており、体制整備義務の実質的な意味を理解するうえで参照価値が高い。
7.1 イビデン事件――最一小判平成30年2月15日判時2383号15頁
親会社が企業集団の業務の適正等を確保するための体制を整備し、その一環としてグループ会社の事業場内で就労する者から法令等の遵守に関する相談を受ける相談窓口を設け、その利用を促し、現に相談への対応を行っていた事案である。子会社の元契約社員である原告が、元交際相手である別会社従業員からつきまとい被害を受けたとして、親会社が相談窓口への申出に対して求められた対応をしなかったことを理由に損害賠償を請求した。
第一審は岐阜地判平成27年8月18日労判1157号74頁、原審は名古屋高判平成28年7月20日労判1157号63頁である。原審は、コンプライアンス体制の整備をもって、グループ会社の全従業員に対しコンプライアンスに則った解決をする一般的な義務を親会社が負うとした。
最高裁は、この一般的義務の構成を否定した。他方で、相談窓口制度を設けて利用を促し現に対応を行っていた場合には、相談の内容および事案の性質等に応じて、申出をした者に対し、その申出を受けて事実関係の調査等の対応をすべき信義則上の義務を負う場合があることを認めた。そのうえで、本件では体制の仕組みの具体的内容が申出者の求める対応をすべきものとまではされていなかったこと等の事情のもとで、義務違反はなかったと結論付けた。
第11条との関係で参照すべきは、結論よりも判断枠組みである。体制を整備し窓口を設置して利用を促す行為が、窓口利用者に対する具体的な作為義務を発生させうるという構成が示された。第11条第2項が体制整備を法律上の義務とし、第11条第2項の周知義務が「利用を促す」行為を義務化した現在、この判断枠組みが妥当する場面は広がる。窓口を設置し周知しながら、寄せられた通報を放置した場合、第11条違反という行政上の評価とは別に、民事上の損害賠償責任が問題となりうる。
なお本件は法第11条施行前の事案であり、セクシュアルハラスメント被害の相談であって公益通報ではない。射程を過度に広げることはできない。
7.2 オリンパス事件――東京高判平成23年8月31日判時2127号124頁
社内のコンプライアンス窓口に、上司が取引先から人材を引き抜こうとしていることを通報した従業員が、通報内容を当該上司に伝えられたうえ、配転命令を受けた事案である。東京高裁は、配転命令を人事権の濫用として無効とし、慰謝料等の支払を命じた。
この事案の核心は、通報窓口の担当者が通報内容と通報者を被通報者たる上司に伝達した点にある。指針が定義する範囲外共有の典型例であり、また、通報を契機とする配転は指針が例示する「人事上の取扱いに関すること」の不利益な取扱いに当たる。令和7年改正後の枠組みで評価すれば、窓口担当者を従事者に指定していれば法第12条違反として第22条の罰金の問題となり、指定していなければ第11条第1項の指定義務違反として第15条の2の勧告・命令・第21条第2項第1号の罰金の問題となる。いずれの経路でも法的責任が生ずる構造となった。
7.3 トナミ運輸事件――富山地判平成17年2月23日判時1889号16頁
ヤミカルテルを報道機関等に告発した従業員が、その後28年間にわたり教育研修所での隔離、昇格差別、賃金差別を受けたとして損害賠償を請求した事案である。富山地裁は、告発を理由とする人事上の不利益取扱いが不法行為に当たるとして、慰謝料等の支払を命じた。
本件は公益通報者保護法の制定前の行為に関する事案であるが、内部通報を受け止める仕組みが存在しなかったことが、通報者を外部への告発に向かわせ、長期の報復を招いた。第11条第2項が内部公益通報対応体制の整備を義務付ける実践的理由が、この事案に凝縮されている。
7.4 京都市保育士事件――大阪高判令和2年6月19日
京都市の保育所において、園児への不適切な対応を市の窓口に通報した保育士が、その後に不利益な処分を受けたとされる事案の系列である。行政事件訴訟による処分取消しと国家賠償請求が争われた。地方公共団体における内部通報の受付から調査、是正までの過程で、通報者の秘匿と組織的な対応がいかに脆弱になりうるかを示す。地方公務員については法第9条により第3条第2項の無効規定と第3条第3項の推定規定が適用されず、地方公務員法第46条の措置要求や同法第49条の2の審査請求が救済の中心となるため、第11条第2項の体制整備が事前予防として持つ意味は民間事業者以上に大きい。
7.5 内部統制構築義務との接続
第11条の義務は、会社法上の内部統制システム構築義務と重なる領域を持つ。大和銀行株主代表訴訟(大阪地判平成12年9月20日判時1721号3頁)は、取締役が善管注意義務の一内容としてリスク管理体制を構築すべき義務を負うとした。日本システム技術事件(最一小判平成21年7月9日民集63巻6号1247頁)は、通常想定される不正行為を防止しうる程度の管理体制が整えられていた場合には、取締役に注意義務違反はないとした。
公益通報対応体制は、会社法第362条第4項第6号および会社法施行規則第100条第1項第4号の「使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制」の一部を構成する。第11条により内容が法定された結果、指針に沿った体制を欠くことは、会社法上の内部統制構築義務違反を基礎付ける事情としても機能しうる。取締役会決議の内部統制基本方針において、公益通報者保護法第11条および指針への準拠を明記する運用が増えているのはこのためである。
8 企業における内部通報の事例
8.1 窓口が機能しなかった類型
大手電機メーカーの品質データ改ざん、自動車メーカーの排出ガス・燃費試験の不正、建設会社の施工データ改ざんなど、近年公表された不祥事の第三者委員会報告書には共通する記述が現れる。現場の従業員が問題を認識していたにもかかわらず、内部通報窓口が利用されなかった、あるいは通報があったが調査が形式的に終わったという記述である。
理由として繰り返し挙げられるのは、窓口担当者が同じ事業部門に属していたこと、通報しても報復されるとの懸念が払拭されていなかったこと、通報後の処理結果が通報者に伝えられず制度への信頼が失われていたことである。それぞれ、指針が定める独立性の確保、不利益な取扱いの防止、是正措置等の通知に対応する。指針の各項目は抽象的に見えるが、実際の失敗事例から抽出された処方箋である。
8.2 データが示す傾向
消費者庁の令和5年度実態調査は、内部通報制度を導入している事業者2,442者について、不正発見の端緒として「窓口や管理職等への内部通報」を挙げた割合が76.8パーセントであり、内部監査(52.0パーセント)や上司による業務チェック(45.2パーセント)を上回ったことを示す。平成28年度調査ではこの割合が58.8パーセントであり、内部通報の役割が高まっている。
さらに、窓口の受付件数が多い事業者ほど、不正発見の端緒として内部通報を選択する割合が上昇する。年間受付件数100件超の事業者では96.4パーセントに達する。他方、内部通報制度に「特に効果を感じていない」と回答した197者のうち72.1パーセントは、窓口の年間受付件数が0件であった。窓口を作ることと機能させることは別であり、周知と運用が受付件数を通じて成果に結び付くという相関が読み取れる。
外部窓口の設置率は79パーセントであり、平成28年度調査の66.9パーセントから上昇した。取引先の従業員・役員からの通報を受け付けている事業者は41.1パーセントにとどまり、平成28年度の43.3パーセントからむしろ減少している。令和7年改正で特定受託業務従事者が保護対象に加わったことを踏まえれば、この領域は施行に向けた見直しの余地が大きい。
8.3 グループ共通窓口の設計
指針の解説は、企業グループ本社等において子会社や関連会社の労働者等、役員、退職者ならびに特定受託業務従事者およびそうであった者からの通報を受け付ける企業グループ共通の窓口を設置することを、第四層の推奨事項として挙げる。
設計上の注意点が二つ示されている。第一に、子会社や関連会社において企業グループ共通の窓口を自社の内部公益通報受付窓口とするためには、その旨を子会社や関連会社自身の内部規程等において「あらかじめ定め」ることが必要である。法第2条第1項柱書の「役務提供先があらかじめ定めた者」に該当させるための要件である。この定めがなければ、子会社従業員がグループ窓口に通報しても1号通報とはならない可能性がある。第二に、共通窓口を設けた場合であっても、当該窓口を経由した公益通報対応業務に関する子会社や関連会社の責任者は、子会社や関連会社自身において明確に定めなければならない。
イビデン事件が親会社の義務の有無を争点としたことを想起すれば、グループ窓口の設計は、法第11条の履行の問題であると同時に、親会社の民事責任の輪郭を決める問題でもある。
9 地方公共団体への適用
9.1 地方公共団体も「事業者」である
指針は、事業者に「国・地方公共団体などの公法人も含まれる」と明記する。都道府県および市区町村は、常時使用する労働者の数が300人を超える限り、第11条第1項の従事者指定義務と第2項の体制整備・周知義務を負う。
ただし第20条により、消費者庁による助言・指導(第15条)、勧告・命令・公表(第15条の2)、報告徴収・立入検査(第16条)はいずれも適用されない。義務はあるが行政的な強制手段はない、という構造である。
その代わりに機能するのが、地方自治法第245条の4第1項に基づく技術的助言である。消費者庁は「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」および同(外部の労働者等からの通報)を、この技術的助言として発している。いずれも平成29年7月31日制定、令和8年5月29日最終改正である。
9.2 地方公共団体ガイドライン(内部の職員等からの通報)の要点
内部向けガイドラインは、指針の各項目を地方公共団体の組織実態に合わせて具体化する。第11条との関係で押さえるべき点を挙げる。
窓口の所属について、内部公益通報受付窓口を全部局の総合調整を行う部局またはコンプライアンスを所掌する部局等に設置するとし、この場合、団体内部の窓口に加えて、外部に弁護士等を配置した内部公益通報受付窓口を設けるよう努めるとする。責任者は幹部とすることが明記されている。
出先機関への展開について、支庁、地方事務所、支所、出張所等を置いている地方公共団体にあっては、当該団体が定める内部公益通報対応体制の下で、各出先機関等においても適切に通報対応を行うための周知、体制整備その他必要な措置をとるとする。本庁に窓口を置くだけでは足りない。
小規模団体への配慮として、人員・予算等の制約により専用の窓口設置が困難な団体は、秘密保持および個人情報保護に留意したうえで、職員の職務に係る倫理の保持や適切な労務環境の確保を目的とする既存の窓口を活用できるとする。また、単独設置が困難な団体は、協議会の設置、機関等の共同設置、事務の委託または代替執行等の仕組みを活用して窓口を設置できるとする。地方自治法上の広域連携手法を明示的に許容した点は、市町村の実務にとって実際的な意味を持つ。
従事者について、指針と同様に、書面による指定など、従事者の地位に就くことが本人に明らかとなる方法により定めるとしたうえで、公益通報対応業務に必要な適性および能力を有する者を従事者として定めること、所要の知識および技能の向上を図るための教育・研修を十分に行うことを求める。
通報者の範囲について、内部公益通報受付窓口では職員等のほか、当該団体の法令遵守を確保する上で必要と認められるその他の者からの通報を受け付けるとし、さらに住民等からの通報も受け付けることができるとする。法が定める公益通報の範囲を超えて窓口を開くことを認める規定であり、この場合の手続は当該団体が別に定めることとされている。
匿名通報について、匿名による通報についても実名による通報と同様の取扱いを行い、通報者との間で適切に情報の伝達を行い得る仕組みを整備するとする。
救済制度の周知について、職員が、不利益な取扱いの内容等に応じて、人事委員会または公平委員会に対する不利益処分についての審査請求(地方公務員法第49条の2)、勤務条件に関する措置の要求(同法第46条)、苦情相談制度等を利用することができる旨を周知するとする。第9条により第3条第2項の無効規定と第3条第3項の推定規定が適用されない一般職地方公務員にとって、これらが実質的な救済経路となる。
運用状況の公表について、通報受付件数、通報事案の概要、調査結果の概要、とった措置、対応状況の概要、通報対応に要した期間等を定期的に公表するとする。民間事業者に対する指針が労働者等・特定受託業務従事者・役員への「開示」を求めるにとどまるのに対し、地方公共団体には対外的な「公表」が求められる。住民に対する説明責任の観点からの上乗せである。
さらに、令和7年改正を受けた改正で、公益通報を理由として分限免職または懲戒処分が行われた場合、任命権者であるか否かを問わず、実質的な意思決定をした者やそれに関与した者が罰則の対象になり得る(ただし、形式的に分限免職または懲戒処分の意思表示をした者が直ちに罰則の対象となるわけではない)ことに留意する旨の記述が加えられた。第21条第1項の直罰の名宛人に関する解釈を示したものである。
9.3 実装の遅れ――施行状況調査のデータ
消費者庁の令和5年度行政機関における公益通報者保護法の施行状況調査(2023年12月時点、回答率95パーセント)は、地方公共団体の実装状況を数字で示す。
内部通報窓口の設置率は、府省庁(外局を含まず、24機関)と都道府県(47機関)がいずれも100パーセントであるのに対し、市区町村(1,741機関)は70パーセントである。従業員数300人超の市区町村(975機関)に限っても89パーセントにとどまる。
従事者の指定率は、府省庁100パーセント、都道府県95.7パーセント、市区町村54.3パーセントである。300人超の市区町村(974機関)では72.9パーセントである。義務を負う団体の4分の1以上が従事者を指定していない計算になる。
内部規程の制定率は、府省庁100パーセント、都道府県97.9パーセント、市区町村48.1パーセントである。300人超の市区町村では68.1パーセントである。
職員側の認知はさらに低い。従業員数300人超の行政機関に勤める公務員のうち、勤め先の内部通報窓口が設置されていることを知っている者は44.6パーセントにとどまり、設置されているか分からないと答えた者が44.4パーセントに達する。他方、職員等に研修を実施している行政機関は7.1パーセントにすぎず、周知・研修等を実施していない行政機関は21.6パーセントである。
令和7年改正が周知義務を条文に明記した理由が、この数字に表れている。窓口があっても職員の半数近くが存在を知らない状態は、第11条第2項の「体制の整備」が達成されているとは言い難い。
9.4 兵庫県の告発文書問題――体制整備義務の射程をめぐる争点
地方公共団体における第11条の運用が正面から問題となった事例として、兵庫県の告発文書問題がある。事実経過と評価が分かれる部分を含むため、確認できる範囲で整理する。
2024年3月、兵庫県の元県民局長が、知事らに関する疑惑を記載した文書を報道機関、県議会議員、県警等に配布した。県は文書の作成者を特定する調査を行い、当該職員の公用パソコンを回収したうえ、同年5月に懲戒処分を行った。当該職員は同年7月に死亡した。
県が設置した第三者調査委員会は、2025年3月19日に報告書を公表した。報告書は、当該文書の配布を公益通報者保護法上の外部通報に当たると判断し、県が行った通報者の探索および公用パソコンの回収を不当な行為であって同法に違反すると認定した。あわせて、告発内容に真実相当性を認め、懲戒処分は懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱・濫用した違法なものであるとした。
これに対し知事は、2025年3月の記者会見において、体制整備義務は内部通報に限定されるという考え方もある旨を述べた。消費者庁は2025年4月、法の解釈が公式見解と異なると県の担当者に伝えたと報じられている。2025年5月14日の参議院本会議において、消費者担当大臣は、一般論として、外部通報に当たる3号通報も保護要件を満たせば不利益な取扱いから保護され、体制整備の対象に含まれる旨を答弁した。消費者庁は同年5月22日、都道府県知事および市区町村長に宛てて、報道機関等に対する外部通報についても必要な体制を整備する義務がある旨を明記した通知を発出した。
第三者調査委員会の認定内容および知事の見解の当否については、県議会の調査特別委員会(百条委員会)の判断や、報告書の中立性を疑問視する論者の見解も公表されており、評価は一様ではない。ここでは法解釈の論点のみを取り出す。
条文の構造から確認する。第11条第2項の文言は「第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」であり、対象は1号通報である。文言だけを見れば、体制整備義務は内部公益通報に向けられているように読める。
しかし指針は、この文言を前提としたうえで、複数の措置について外部通報への波及を明示している。組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置、公益通報対応業務の実施に関する措置、公益通報対応業務における利益相反の排除に関する措置のいずれについても、「当該内部公益通報以外の公益通報に係る通報対象事実についての調査及び是正等の対応が必要な場合においても、同様の措置をとる」と規定する。不利益な取扱いの防止に関する措置および範囲外共有・通報妨害・通報者探索の防止に関する措置についても、指針の解説は、行政機関等や3号通報の通報先に対する公益通報についても同様の措置がとられる必要があるとする。
したがって、体制整備義務の対象となる通報の類型は1号通報であるが、整備された体制が発動すべき局面は外部通報を含む、という構造である。「体制整備義務は内部通報に限定される」という命題は、前段については正しく、後段の帰結としては指針の明文と整合しない。地方公共団体ガイドラインも、組織の長その他幹部からの独立性の確保や利益相反の排除、不利益取扱いの防止および範囲外共有・通報妨害・通報者探索の防止措置等については、内部公益通報以外の公益通報に対する対応においても同様の措置等をとる必要があることに特に留意されたいと明記している。
さらに令和7年改正後は、第11条の3が事業者による通報者探索を正面から禁止する。同条は「第二条第一項各号に定める事業者は、正当な理由がなく、公益通報者である旨を明らかにすることを要求することその他の公益通報者を特定することを目的とする行為をしてはならない」と定め、通報の類型を限定していない。2026年12月1日以降、同種の事案は第11条第2項の体制整備義務の解釈を経ることなく、第11条の3違反として端的に評価されることになる。この立法的解決の存在自体が、改正前の解釈上の争点が実務に与えた負荷の大きさを示している。
なお、県は2024年中に体制の見直しを行い、外部通報についても必要な仕組みを整備したとしており、2025年5月には知事・副知事・幹部職員を対象とするハラスメント防止および公益通報者保護制度に関する特別研修を実施した。消費者庁の通知を受けて、通報者の探索を行わない旨の実施要領を職員に周知する通知も発出されている。
10 指針・指針の解説・地方公共団体ガイドラインの読み合わせ
第11条を実務に落とし込む際、三つの文書を対応させて読む必要がある。対応関係を整理する。
| 指針の項目 | 指針の解説の該当箇所 | 地方公共団体ガイドライン(内部)の該当箇所 |
|---|---|---|
| 第3の1 従事者として定めなければならない者の範囲 | 第3Ⅰ1 | 2(3)① |
| 第3の2 従事者を定める方法 | 第3Ⅰ2 | 2(3)② |
| 第4の1(1) 内部公益通報受付窓口の設置等 | 第3Ⅱ1(1) | 2(1)①、2(2)①④⑤ |
| 第4の1(2) 組織の長その他幹部からの独立性の確保 | 第3Ⅱ1(2) | 2(2)③ |
| 第4の1(3) 公益通報対応業務の実施 | 第3Ⅱ1(3) | 3(1)~(3) |
| 第4の1(4) 利益相反の排除 | 第3Ⅱ1(4) | 2(5) |
| 第4の2(1) 不利益な取扱いの防止 | 第3Ⅱ2(1) | 4(1)(2) |
| 第4の2(2) 範囲外共有・通報妨害・通報者探索の防止 | 第3Ⅱ2(2) | 2(4) |
| 第4の3(1) 是正措置等の通知 | 第3Ⅱ3(1) | 3(4) |
| 第4の3(2) 記録の保管・見直し改善・運用実績の開示 | 第3Ⅱ3(2) | 5(1)、5(4) |
| 第4の3(3) 労働者等に対する周知 | 第3Ⅱ3(3) | 5(2) |
| 第4の3(4) 質問・相談への対応 | 第3Ⅱ3(4) | 2(2)② |
| 第4の3(5) 従事者に対する教育 | 第3Ⅱ3(5) | 2(3)④ |
| 第4の3(6) 内部規程の策定及び運用 | 第3Ⅱ3(6) | 2(1)② |
地方公共団体ガイドラインは、指針にない項目も置いている。通報対象の範囲(2(6))、通報者の範囲(2(7))、匿名による通報の取扱い(2(8))、意見または苦情への対応(3(7))、協力義務(5(3))、消費者庁の役割(5(5))、都道府県の役割(5(6))がこれに当たる。都道府県が区域内の市区町村に対して連絡調整および助言・協力・情報提供その他の援助を行うよう努めるという規定は、市区町村の実装率の低さを踏まえた仕組みである。
指針の解説のうち、実務で見落とされやすい記述を三点挙げる。
第一に、匿名通報の受付は義務である。指針の解説は、内部公益通報対応の実効性を確保するため、匿名の内部公益通報も受け付けることが必要であるとし、これを第三層に置く。匿名の公益通報者と連絡をとる方法として、個人が特定できないメールアドレスの利用を伝えること、外部窓口から事業者に氏名等を伝えない仕組みやチャット等の専用システムの導入が例示されている。
第二に、通報者の意向に反する調査は原則として可能である。指針の解説は、公益通報者の意向に反して調査を行うことも原則として可能であるとしたうえで、その場合も調査の前後において通報者とコミュニケーションを十分にとるよう努め、プライバシー等の利益が害されないよう配慮することを求める。通報者が調査を望まないことを理由に案件を放置する運用は、第4の1(3)の「正当な理由がある場合を除いて、必要な調査を実施する」に反する。調査を実施しない正当な理由の例としては、解決済みの案件に関する情報が寄せられた場合や、通報者と連絡がとれず事実確認が困難である場合が挙げられている。
第三に、通報妨害および通報者探索の「正当な理由」は限定的である。指針の解説は、いずれについても原則として許容されるものではなく、正当な理由は限定的な場合にとどまるべきであるとする。通報妨害の正当な理由の例として、労働者に対して、特段の根拠もないのに単なる思い込みで報道機関や取引先等に通報行為をしないよう文書または口頭で求めることが該当し得るとする。通報者探索の正当な理由の例として、匿名の通報について、通報者が具体的にどのような局面で不正を認識したのか等を特定した上でなければ必要な調査や是正ができない場合に、法第12条の守秘義務を負う従事者が通報者の特定につながる事項を問うことが該当し得るとする。後者は、従事者が問うことを前提としている点に注意を要する。従事者でない者が同じ行為をすれば、正当な理由の枠外に出る可能性が高い。
調査の端緒が公益通報であることを関係者に認識させない工夫として、指針の解説は第四層に、抜き打ちの監査を装うこと、該当部署以外の部署にもダミーの調査を行うこと、定期的な監査や職場環境調査、上司等による人事面談などの機会と合わせて調査を行うこと、核心部分ではなく周辺部分から調査を開始すること、組織内のコンプライアンスの状況に関する匿名のアンケートを全ての労働者等・特定受託業務従事者・役員を対象に定期的に行うことを挙げている。推奨事項ではあるが、通報者秘匿の実務としては中核的な技法である。
11 経過措置
令和7年法律第62号の附則は、施行期日を公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日とし(附則第1条本文)、政令で令和8年12月1日と定められた。ただし、政令への委任を定める附則第8条は公布の日から施行する(同条ただし書)。
附則第2条は、新法の規定(罰則を除く)は、附則に特別の定めがある場合を除き、施行前にされた旧法第2条第1項に規定する公益通報にも適用するとする。原則として遡及的に適用する構成である。
第11条についてはどうか。同条は個別の公益通報を要件とする規定ではなく、事業者に継続的な作為を求める規範である。附則に第11条に関する特別の経過措置は置かれていない。したがって、施行日である2026年12月1日の時点で、第11条第1項の従事者指定と第2項の体制整備・周知が完了していることが求められる。猶予期間はない。
とりわけ注意を要するのは、令和7年改正で追加された措置である。指針第4の2(2)ロおよびハが求める通報妨害行為および通報者探索を防ぐための措置は、施行日時点で講じられている必要がある。内部規程に通報妨害と通報者探索の禁止を定め、これらが懲戒処分その他の措置の対象となることを明記し、周知することが最低限の対応となる。また、指針第4の3(3)ロからニまでおよびヘに追加された周知事項も、施行日までに周知の内容に組み込む必要がある。
関連する経過措置として、附則第5条は、新法第11条の2第2項(通報妨害に違反してされた合意等の無効)の規定は、施行後にされた公益通報をしない旨の合意その他の法律行為について適用し、施行前にされた当該法律行為については適用しないとする。施行前に締結された誓約書や退職合意書に含まれる通報禁止条項は、第11条の2第2項によっては無効とならない。ただし、公序良俗違反(民法第90条)や第8条の解釈規定を通じた無効の主張が封じられるわけではない。
附則第6条は、施行前に旧法第15条の規定により報告を求められ、施行の際現に報告がされていないものについてはなお従前の例によるとし、施行前に旧法第15条の勧告を受けた事業者が勧告に従わなかった場合における公表についてもなお従前の例によるとする。附則第7条は、施行前にした行為等に対する罰則の適用についてなお従前の例によるとする。
政府は、附則第9条により、施行後5年を目途として施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは必要な措置を講ずるものとされている。
12 実務チェックリスト
12.1 企業コンプライアンス担当者向け
体制の骨格
- 常時使用する労働者の数を確認し、300人超か以下かを判定したうえ、判定根拠を文書化しているか。
- 内部公益通報受付窓口を設置し、部門横断的に受け付ける実質を備えているか。名称ではなく機能で判断したか。
- 窓口に寄せられる通報を受け、調査をし、是正に必要な措置をとる部署および責任者を明確に定めているか。
- 組織の長その他幹部に関係する事案について、これらの者からの独立性を確保する措置(社外取締役や監査機関への報告、外部窓口の活用等)を講じているか。
- 事案に関係する者を公益通報対応業務に関与させない措置を定め、受付当初に判明しない場合の除外手順も定めているか。
従事者
- 窓口業務を行い、かつ公益通報者を特定させる事項を伝達される者を、部署名ではなく実質で洗い出したか。
- 従事者の指定を書面等により行い、法第12条の守秘義務と法第22条の罰則の適用対象となり得ることを本人に明示したか。
- 従事者の氏名・所属部署・指定日を記載した台帳を作成し、管理しているか。
- 外部委託先の担当者についても、同様の方法で従事者指定を行っているか。
- 都度指定を行う場合の手順を定め、指定行為自体が通報の存在を推知させるリスクを検討したか。
通報者保護
- 不利益な取扱いを防止する措置と、不利益な取扱いを受けていないかを能動的に把握する措置を講じているか。
- 範囲外共有を防ぐ措置(閲覧者の限定、施錠管理、専用連絡先、アクセス権限の規程化、操作・閲覧履歴の記録)を講じているか。
- 通報妨害行為および通報者探索を禁止行為として内部規程に定め、懲戒処分その他の措置の対象となることを周知しているか。
- 匿名通報を受け付ける仕組みと、匿名のまま連絡を継続する手段を用意しているか。
運用と周知
- 書面による内部公益通報を受けた場合の是正措置等の通知手順を定めているか。
- 内部公益通報への対応記録を作成し、保管期間を定めたうえでアクセス制限を付して保管しているか。
- 体制の定期的な評価・点検を実施し、外部窓口も評価対象に含めているか。
- 運用実績の概要を労働者等、特定受託業務従事者および役員に開示しているか。
- 周知の対象に、労働者・派遣労働者に加えて、役員、退職者、特定受託業務従事者およびそうであった者を含めているか。
- 周知の内容に、指針第4の3(3)のイからリまで(退職者等はチを除く)をすべて含めているか。とくに独立性確保措置の内容、利益相反排除措置の内容、通報妨害・通報者探索の防止措置の内容を追加したか。
- 退職者に対して在職中に、特定受託業務従事者に対して業務委託契約書等に、窓口の連絡先を記載しているか。
- 従事者に対して、通常の労働者等および役員と比較して特に実効的な教育を実施し、実施状況を管理しているか。
- 質問・相談に対応する仕組みを設けているか。
- 指針が求める事項を内部規程に定め、規程どおりに運用しているか。
改正対応
- 2026年12月1日までに、通報妨害防止措置、通報者探索防止措置、拡充された周知事項を実装する工程表を作成したか。
- 第16条第1項の立入検査を想定し、内部規程、従事者指定台帳、通報受理・処理記録、研修実施記録を整理しているか。
- 取締役会の内部統制基本方針に、公益通報者保護法第11条および指針への準拠を位置付けているか。
12.2 コンプライアンス担当地方公務員向け
- 内部公益通報受付窓口を、全部局の総合調整を行う部局またはコンプライアンス所管部局に設置しているか。
- 内部窓口に加えて、外部に弁護士等を配置した窓口を設けているか。設けていない場合、設置に向けた検討を行っているか。
- 窓口に係る責任者を幹部としているか。
- 出先機関等における通報対応について、周知および体制整備の措置をとっているか。
- 単独設置が困難な場合、他団体との協議会の設置、機関等の共同設置、事務の委託または代替執行の活用を検討したか。
- 従事者を書面により指定し、法第12条の守秘義務と法第22条の罰則の適用対象となり得ることを本人に明示しているか。
- 従事者に対する教育・研修を実施し、公益通報者を特定させる事項の取扱いについて特に十分な教育を行っているか。
- 内部規程(条例を含む)を制定し、規程どおりに運用しているか。
- 組織の長その他幹部に関係する事案について、独立性を確保する措置をとっているか。首長および特別職に関係する事案の処理経路を定めているか。
- 内部公益通報以外の公益通報(2号通報・3号通報)を覚知した場合にも、独立性の確保、利益相反の排除、不利益取扱いの防止、範囲外共有・通報妨害・通報者探索の防止の各措置が発動する手順を定めているか。
- 通報者の探索を行わないことを明文で定め、全職員に周知しているか。
- 匿名による通報を実名と同様に取り扱う運用としているか。
- 通報の受付、受理・不受理、調査の着手、進捗、調査結果、是正措置の各段階における通知の手順を定めているか。
- 通報対応終了後のフォローアップとして、不利益な取扱いが行われていないかを確認する仕組みを設けているか。
- 人事委員会または公平委員会に対する審査請求(地方公務員法第49条の2)、勤務条件に関する措置の要求(同法第46条)、苦情相談制度を職員に周知しているか。
- 職員等への周知について、指針第4の3(3)のイからリまでに定める事項を含めた研修・説明会を、幹部職員のリーダーシップの下に定期的に実施しているか。
- 上司が通報を受けた場合の対応(自ら行える範囲の調査、上司への報告、窓口への通報)を周知しているか。
- 運用状況に関する情報(受付件数、事案の概要、調査結果の概要、とった措置、対応期間等)を定期的に公表しているか。
- 体制の運用状況について、職員等および中立的な第三者の意見を踏まえた定期的な評価・点検を行っているか。
- 都道府県にあっては、区域内の市区町村に対する連絡調整および助言・協力・情報提供を行っているか。
13 次条の予告
次回は第11条の2(通報妨害の禁止等)を扱う。令和7年改正で新設された規定であり、第1項が事業者による通報妨害行為を禁止し、第2項がこれに違反してされた合意その他の法律行為を無効とする。退職合意書や誓約書に置かれる通報禁止条項、口外禁止条項の効力、「正当な理由」の判断枠組み、附則第5条による適用時期の限界、第11条の3(通報者探索の禁止)との関係が主題となる。
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