結論から――施行日は2026年(令和8年)10月1日である
自治体職員に対するカスタマーハラスメント対策が法的義務となるのは、2026年10月1日である。根拠は改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号、2025年6月11日公布)であり、事業主が講ずべき措置を具体化した指針(令和8年厚生労働省告示第51号)は2026年2月26日に公布されている。
自治体の担当者から最も多く受ける質問が「うちは民間企業ではないので対象外ではないか」というものである。この理解は誤りである。労働施策総合推進法は一般職の地方公務員にも適用され、地方公共団体は同法上の「事業主」として措置義務を負う。総務省は2025年1月17日付けで「地方公共団体におけるカスタマーハラスメント対策について」を発出し、措置が未了の市区町村に対して法律上の義務が履行できていない状態であることを認識するよう求めている。国家公務員についても、各府省が講ずべき措置を定めた人事院規則が同時期に施行される。
経過措置は設けられていない。人口規模による猶予もない。
総務省が2026年8月に手引を公表した――対応打ち切り時間の目安が初めて示された
2026年8月22日、総務省はカスハラ対応マニュアルの作成手引をまとめた。長時間居座る利用者への対応を打ち切る時間の目安を初めて明示した点が実務上の転換である。
「職員向けカスタマーハラスメント対策マニュアル」作成のポイント集
これまで現場が最も困っていたのは、「どこまで対応すれば打ち切ってよいか」を組織として決めていないために、判断が個々の職員に委ねられていた点にある。打ち切りの目安が国から示されたことで、担当者は「自分の判断で切った」ではなく「組織の基準に従った」と説明できるようになる。手引の実務的な価値はここにある。
先行事例として、東京都教育委員会が2025年12月2日に公表した教職員向けガイドライン案では、保護者との面会を放課後30分を目安とし、会話は原則録音とする対応案が示されている。香川県は9類型に分類した判断基準と職員向けマニュアルを策定し、警告・録音・退去命令・警察通報までを具体化している。
未策定が7割超――特に人口3万人未満で遅れている
総務省が2025年11月から12月にかけて全市区町村を対象に実施した調査では、回答した自治体の7割超がカスハラに関する対応指針やマニュアルを作成していない、または策定中と回答している。人口3万人未満の小規模自治体で未策定の割合が高い。
★https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei11_02000240.html
被害の実態は既に明らかになっている。総務省「地方公共団体における各種ハラスメントに関する職員アンケート調査報告書」では、過去3年間にカスハラを受けた経験があると回答した自治体職員は35.0%にのぼる。自治労連の調査では47.6%が被害経験を回答し、年齢別では30代が56.8%、40代が53.0%、雇用形態別では正規職員が56.4%と高い。
被害率が民間を上回る一方で体制整備が遅れているという構図が、10月1日以降は法的なリスクとして顕在化する。
研修は義務なのか――指針上の位置づけを正確に押さえる
指針は事業主が講ずべき措置として10項目を定めている。柱は、方針の明確化と周知、相談体制の整備、事後の迅速かつ適切な対応、特に悪質な事案への抑止体制の4つである。加えてプライバシー保護と不利益取扱いの禁止が定められている。
研修そのものは、方針の周知・啓発を実効的に行う手段として位置づけられる。指針は職員のカスハラ問題への関心と理解を深めるための研修実施等を事業主の責務としており、職員側にも理解を深め措置に協力する責務を定めている。
実務上重要なのは、要綱やマニュアルを策定しただけでは措置を講じたことにならないという点である。10月1日以降に苦情処理の場面で「方針は定めていたが職員に周知していなかった」という状態が判明した場合、措置義務の履行に疑義が生じる。周知の記録――誰にいつ何を伝えたか――を残せる形にしておく必要がある。研修が実施記録として機能するのはこのためである。
10月1日までの逆算スケジュール
残された時間は限られている。現実的な段取りは次のとおりである。
第一に、8月中から9月上旬までに基本方針と対応ルール、規程類を整備する。カスハラの定義、判断基準、対応の打ち切り基準、記録の方法、警察通報の判断権者を文書として確定させる。総務省の手引と厚生労働省の指針を土台にすれば、白紙から作る必要はない。
第二に、9月中に全職員への周知を行う。説明会、資料配布、研修のいずれかで、実施の事実と対象者を記録に残す形をとる。
第三に、10月1日から運用を開始し、相談があった場合の受付・記録・報告の流れを稼働させる。
窓口部門だけを対象にすれば足りるものではない。議会事務局、消防本部、教育委員会、指定管理施設のいずれにも対象となる場面がある。特に議会事務局は住民対応と議員対応が交錯し、通常の窓口対応マニュアルでは処理できない類型を抱える。消防本部は救急要請時の暴言・暴力という、その場で対応を打ち切れない性質の被害を受けている。組織単位で異なる対応設計が必要になる。
【実際の相談・研修事例】
(1)公園のゲートボールと音楽家
西日本のある地方公共団体の係長からの相談であった。もともと、その市の公園はとても広くて、樹木も多く、静かな公園であった。音楽家は、とても気に入っていて、公園横の一軒家に住んでいた。ところが、市が樹木を一部伐採して、老人福祉施設として「ゲートボール場」を作った。すると、朝早くからの練習と試合(ゲーム)で俄かに賑やかになった。音楽家は仕事に支障が出た。そこで、市の公園管理部署に対して、利用制限をするように求めたが聞き入られず、クレームが段々エスカレートしてきた。市はゲートボール施設の利用団体と音楽家の間で調整したが、どっちも全く頑固で解決しない。どうすればいいのか。
中川総合法務オフィスの解決案はいくつかあったが、通常の公園利用を制限するわけにはいかないであろう。ただ、大声や嬌声を出したりすることの制限はできるであろう。また早朝や夜の利用は控えることを提案した。
(2)廃品業者の無料の物品提供と消防訓練
※随時更新中
参考資料
- 厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」
- 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号、2026年2月26日公布)
- 総務省自治行政局公務員部「地方公共団体におけるカスタマーハラスメント対策について」(令和7年1月17日)
- 総務省「地方公共団体における各種ハラスメントに関する職員アンケート調査報告書」
- 総務省 カスハラ対応マニュアル作成手引(2026年8月22日公表)
- 政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容」
- 内閣府男女共同参画局「政治分野におけるハラスメント防止研修教材」


