1 条文原文
(遺贈義務者による費用の償還請求)
第九百九十三条 第二百九十九条の規定は、遺贈義務者が遺言者の死亡後に遺贈の目的物について費用を支出した場合について準用する。
2 果実を収取するために支出した通常の必要費は、果実の価格を超えない限度で、その償還を請求することができる。
(受遺者の死亡による遺贈の失効)
第九百九十四条 遺贈は、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じない。
2 停止条件付きの遺贈については、受遺者がその条件の成就前に死亡したときも、前項と同様とする。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
(遺贈の無効又は失効の場合の財産の帰属)
第九百九十五条 遺贈が、その効力を生じないとき、又は放棄によってその効力を失ったときは、受遺者が受けるべきであったものは、相続人に帰属する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
読解に必要な関連条文を挙げる。
(留置権者による費用の償還請求)
第二百九十九条 留置権者は、留置物について必要費を支出したときは、所有者にその償還をさせることができる。
2 留置権者は、留置物について有益費を支出したときは、これによる価格の増加が現存する場合に限り、所有者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、裁判所は、所有者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
(同時死亡の推定)
第三十二条の二 数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定する。
(受遺者の相続人による遺贈の承認又は放棄)
第九百八十八条 受遺者が遺贈の承認又は放棄をしないで死亡したときは、その相続人は、自己の相続権の範囲内で、遺贈の承認又は放棄をすることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
2 三か条の位置づけ
この三か条は、遺贈が予定どおりに実現しない局面を扱う。第993条は、遺贈の目的物が遺贈義務者の手元にある間に生じた費用の清算を定める。第994条は、受遺者が遺言者より先に亡くなった場合に遺贈が空振りになることを定める。第995条は、空振りになった取り分がどこへ行くのかを定める。
第992条が受遺者の側に収益を与える規定であったのに対し、第993条は遺贈義務者の側に費用を取り戻させる規定であり、両者は対をなす。第994条と第995条は、原因と結果の関係に立つ。遺言を書く側にとって最も実践的な意味を持つのは第994条であり、ここを知らずに作られた遺言は、いざという時に機能しない。
3 第993条(遺贈義務者による費用の償還請求)
3.1 趣旨・立法背景
遺言者が亡くなってから、遺贈の目的物が受遺者に引き渡されるまでには時間がかかる。その間、目的物は遺贈義務者が事実上管理する。建物であれば固定資産税と火災保険料がかかり、雨漏りを放置すれば価値が落ちる。農地であれば手を入れなければ荒れる。管理に必要な出費を遺贈義務者が自腹で負い続ける理屈はない。
第993条は、この清算を留置権者の費用償還請求(第299条)の準用によって処理する。留置権者は他人の物を適法に占有しながら、自分の物ではない物に費用を投じる立場にある。遺贈義務者も、目的物の所有権が受遺者に移った後、引渡しまでの間、他人の物を管理する立場に置かれる。利益状況が似ているため、既存の規定を借りてきた形である。
第2項は、果実を収取するための通常の必要費について、償還の上限を果実の価格に置く。第992条によって果実が受遺者に帰属することと釣り合わせた規定である。
3.2 文理解釈
「遺言者の死亡後に」という限定がある。生前に遺言者自身が支出した費用や、遺言者が負っていた債務は、この条文ではなく相続債務の問題として処理される。
準用される第299条により、費用は二種類に分かれる。
必要費は、目的物の保存と管理に不可欠な支出である。建物の固定資産税、火災保険料、雨漏りの応急修理、共用部分の管理費がこれにあたる。支出額の全額を償還請求できる。
有益費は、目的物の価値を増やす支出である。外壁の全面改修や設備の更新が典型である。価格の増加が現存する場合に限り、所有者すなわち受遺者の選択に従って、支出額または増価額のいずれかが償還される。裁判所は、受遺者の請求により、償還について相当の期限を許与できる。まとまった額を一度に用意できない受遺者への配慮である。
第2項の「通常の必要費」は、果実を得るために毎期かかる経常的な支出を指す。賃貸建物であれば管理委託料や小修繕費、農地であれば肥料代や農薬代がこれにあたる。上限が果実の価格に置かれているため、収穫が凶作で果実の価値が費用を下回った場合、遺贈義務者は差額を受遺者に請求できない。果実を取る者が費用も負うという原則を、取れた範囲でという形に修正したものである。
3.3 遺言執行費用との区別
遺言執行者が選任されている場合、遺言の執行に関する費用は相続財産の負担となる(第1021条)。第993条の費用は目的物そのものにかかった費用であり、第1021条の費用は執行という事務にかかった費用である。登記手続の登録免許税や司法書士報酬は執行費用、引渡しまでの固定資産税は目的物の費用というのが、おおよその切り分けになる。両者が重なる場面もあるため、遺言に負担の定めを置いておくと争いを避けられる。
なお、遺贈義務者の引渡義務について、第998条は、遺贈の目的である物または権利を相続開始の時の状態で引き渡せば足りると定める。平成30年法律第72号による改正で明確にされた規律であり、第993条の費用償還と併せて読むことで、管理期間中の負担配分が見えてくる。
3.4 実務での現れ方
空き家を特定遺贈する遺言は珍しくない。遺言者の死亡から受遺者が引渡しを受けるまでの間、固定資産税は1月1日時点の登記名義人に課される。実際には相続人が納付し、後に受遺者へ償還を求める流れになる。草刈りや除雪の費用も同様である。金額が小さくても回数が重なれば相応の額になるため、支出のたびに領収書を保存し、支出目的を記録しておくことが、後の清算を楽にする。
第993条に関する最高裁判所の判例は見当たらない。訴訟の争点として単独で取り上げられることが少なく、遺産分割や引渡請求のなかで清算されているためと考えられる。
4 第994条(受遺者の死亡による遺贈の失効)
4.1 趣旨・立法背景
遺贈は、遺言者が特定の人物を選んで財産を与える処分である。誰に与えるかという人的な信頼が土台にあるため、その人がいなくなれば処分の前提も失われる。相続であれば代襲という仕組みで下の世代へ引き継がれるが、遺贈にはこれがない。受遺者の子に与える意思があったかどうかは、遺言者にしか分からないからである。
そこで第994条は、遺言者の死亡時に受遺者が生きていることを遺贈の効力要件とした。同時存在の原則と呼ばれる。同じ考え方は、遺贈が効力を生じない場合の一場面として、第965条による第886条と第891条の準用とも整合する。
4.2 文理解釈
「遺言者の死亡以前に」の「以前」は、その時点を含む。受遺者が遺言者と同じ日に亡くなった場合も、遺言者より後に亡くなったことが明らかでない限り、同時死亡が推定され(第32条の2)、遺贈は効力を生じない。交通事故や災害で親子が同時に被災した場合に、この処理が問題となる。
受遺者が法人である場合、遺言者の死亡前に解散して清算が結了していれば、同じく効力を生じない。
境目となるのは、受遺者が遺言者の死亡後に亡くなった場合である。この場合、遺贈はいったん有効に効力を生じており、失効しない。受遺者がまだ承認も放棄もしていなければ、その相続人が自己の相続権の範囲内で承認または放棄を選べる(第988条)。受遺者の死亡が遺言者の死亡の前か後かで結論が正反対になるため、死亡時刻の確認は実務上の出発点になる。
第2項は、停止条件付きの遺贈について、条件成就前に受遺者が死亡した場合を第1項と同じ扱いにする。条件成就時に受遺者が存在していることを求める趣旨である。ただし書により、遺言者が別段の意思を表示していればその意思が優先する。「乙が条件成就前に死亡したときは、乙の子に与える」と書いてあれば、そのとおりに扱われる。
第1項にはただし書がない。もっとも、通常の遺贈についても、遺言の解釈によって補充的な定めが読み取れる場合には、その意思が尊重されると解されている。明文の有無にかかわらず、遺言に予備的な定めを置いておく意味は大きい。
4.3 予備的遺言という備え
受遺者が先に亡くなる事態に備える方法が、予備的遺言である。補充遺贈とも呼ばれる。
記載例としては、次のような形になる。「遺言者は、遺言者が有する一切の財産を長男甲に相続させる。ただし、甲が遺言者の死亡以前に死亡したときは、当該財産を甲の長男丙に相続させる。」
高齢の遺言者が同年代の配偶者や兄弟姉妹を受遺者に指定する場合、受遺者が先に亡くなる可能性は現実的である。予備的な定めがなければ、その部分は効力を失い、財産は法定相続のルールに戻る。遺言を作った意味が失われるどころか、遺言があるために相続人の期待が食い違い、争いの種になることもある。
4.4 相続させる旨の遺言との関係
特定の遺産を特定の相続人に相続させる旨の遺言は、遺産分割方法の指定と解されており(最判平成3年4月19日民集45巻4号477頁)、遺贈ではない。そのため第994条はそのままは適用されない。では、名宛人とされた推定相続人が先に亡くなった場合に代襲するのか。この論点については、下級審の判断が分かれた時期を経て、最高裁判所の判断が示された。第7節で扱う。
5 第995条(遺贈の無効又は失効の場合の財産の帰属)
5.1 趣旨・立法背景
遺贈が効力を生じなかった場合、受遺者が受けるはずだった財産は宙に浮く。行き先を決めておかなければ、権利関係が確定しない。第995条は、その行き先を相続人と定めた。遺言者が遺贈以外の指定をしていない以上、法定相続のルールに戻すのが遺言者の推定的な意思に沿うという判断である。
5.2 文理解釈
「その効力を生じないとき」には、受遺者の先死亡による失効(第994条)のほか、遺贈が公序良俗に反して無効な場合、停止条件の不成就が確定した場合、目的物が相続財産に属さない場合(第996条)が含まれる。「放棄によってその効力を失ったとき」は、特定遺贈の放棄(第986条)と、包括遺贈の放棄を指す。
「受遺者が受けるべきであったもの」は、特定遺贈であれば目的物そのもの、包括遺贈であれば割合的な持分である。これが相続人に帰属し、遺産分割の対象となる。相続人が複数いれば、法定相続分または指定相続分に応じて帰属する。
本条は包括遺贈と特定遺贈の双方に適用されると解するのが一般である。
ただし書の「別段の意思」は、予備的遺言の根拠にもなる。「甲が遺贈を放棄したときは、乙に与える」と書かれていれば、失効分は相続人ではなく乙へ行く。
相続人が一人もいない場合、失効した分は行き場を失う。この場合は相続人不存在の手続に乗り、相続財産清算人の選任(第952条)、特別縁故者への分与(第958条の2)、国庫帰属(第959条)という順に進む。全部包括遺贈だけを頼りに遺言を組み立て、その遺贈が失効した場面がこれにあたるため、身寄りのない遺言者ほど予備的な定めを置く必要が高い。
5.3 遺留分制度との関係
平成30年法律第72号による改正前は、遺留分減殺請求によって遺贈が物権的に効力を失う構成が採られていたため、失効分の帰属が第995条と関連づけて論じられる場面があった。現行法では、遺留分侵害額請求は金銭債権を生じさせるにとどまり(第1046条)、遺贈そのものは効力を保つ。遺留分の行使は、もはや第995条の適用場面ではない。
6 用語解説
遺贈義務者
遺贈の履行をする義務を負う者(第987条括弧書)。相続人、包括受遺者、遺言執行者、相続財産清算人が場面に応じてこれにあたる。
必要費
物の保存と管理に必要な支出。固定資産税や修繕費がこれにあたる。
有益費
物の価値を増加させる支出。価格の増加が現存する場合に限り償還の対象となる。
期限の許与
裁判所が、償還義務者の負担を考慮して支払時期を猶予する措置(第299条第2項ただし書)。
同時存在の原則
権利を承継する者は、承継の原因が生じた時点で存在していなければならないという考え方。相続と遺贈の双方に及ぶ。
同時死亡の推定
複数の者が死亡し、先後が不明である場合に、同時に死亡したものと推定する扱い(第32条の2)。推定であるから、反証があれば覆る。
予備的遺言
第一順位の受取人が先に死亡した場合などに備えて、次順位の受取人を定めておく遺言条項。補充遺贈ともいう。
失効受遺分
効力を生じなかった遺贈について、受遺者が受けるはずであった取り分。
停止条件
成就によって法律行為の効力を発生させる条件(第127条第1項)。
7 判例・裁判例
7.1 失効した包括遺贈の取り分は誰に帰属するか
最高裁判所第二小法廷判決令和5年5月19日(判時2572号51頁、判タ1511号107頁)は、遺言者が複数の者に割合的な遺贈をし、そのうちの一人が遺贈を放棄した事案において、放棄された取り分の行き先を判断した。
最高裁判所は、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するものの相続人ではないとしたうえで、第995条本文は、受遺者が受けるべきであったものが相続人と他の包括受遺者のいずれに帰属するかが問題となる場面において、これが相続人に帰属することを定めた規定であり、その文理に照らして包括受遺者は同条の相続人に含まれないと解されると述べた。そして、複数の包括遺贈のうち一つが効力を生じず、または放棄によって効力を失った場合、遺言者が別段の意思を表示したときを除き、その取り分は他の包括受遺者には帰属せず、相続人に帰属すると判断した。
第990条が定める「相続人と同一の権利義務」の射程が、第995条の解釈の場面で画された判断である。学説には他の包括受遺者にも帰属するとの見解があったが、最高裁判所は文理を重視して多数説の側に立った。この事案では、失効した取り分について遺言執行者の原告適格も争われており、実務では、失効部分の処理は遺言執行者の権限の外に出るという点も押さえておきたい。
遺言を書く側から見れば、対処は単純である。「受遺者の一人が遺贈を放棄したときは、その取り分は他の受遺者にその割合に応じて帰属する」という一文を入れれば、ただし書によってその意思が優先する。
7.2 相続させる旨の遺言と受益相続人の先死亡
最高裁判所第三小法廷判決平成23年2月22日民集65巻2号699頁は、相続させる旨の遺言について、それによって遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、当該条項と遺言書の他の記載との関係、遺言書作成当時の事情、遺言者の置かれていた状況などから、遺言者がその場合には当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生ずることはないと判断した。
事案では、遺言書の条項が二か条しかなく、名宛人以外の者に承継させる意思を推知させる記載がないこと、作成当時の状況からも名宛人が先に死亡した場合の承継者を考慮していなかったことが指摘され、特段の事情は認められないとされた。
遺贈ではないため第994条が直接適用される場面ではないが、結論としては同条と同じ方向の処理となる。遺言に受取人を一人だけ書いて安心するという作り方が、形式を問わず危うい。前提となる法律構成としては、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言が遺産分割方法の指定であり、遺言者の死亡時に直ちに当該相続人へ承継されるとした最判平成3年4月19日民集45巻4号477頁がある。
7.3 第993条と第994条第2項をめぐる裁判例
第993条と第994条第2項を正面から扱った最高裁判所の判例は見当たらない。第993条については前述のとおりであり、第994条第2項については、停止条件付きの遺贈自体が実務で多用されないことが背景にある。裁判例が乏しいことは条文が使われないことを意味せず、遺言執行の現場では、費用の清算も条件成否の確認も日常的に行われている。
8 実務上の留意点
遺言を作る側への助言は次のとおりである。
- 受取人が先に亡くなる場面を必ず想定し、予備的な条項を置く。受取人が高齢であればなおさらである
- 複数の者に割合的な遺贈をする場合、一人が放棄したときの取り分の行き先を明記する。書かなければ相続人へ戻る
- 相続人がいない遺言者は、全部包括遺贈の失効に備えた第二順位の受取人を定めておく
- 引渡しまでの管理費用と収益の清算方法を書いておくと、第992条と第993条をめぐる争いを避けられる
遺贈を受ける側と遺贈義務者への助言は次のとおりである。
- 受遺者の死亡が遺言者の死亡より前か後かを、死亡診断書や戸籍で確認する。結論が正反対になる
- 遺贈義務者は、管理のための支出について領収書と支出目的の記録を残す
- 受遺者が承認も放棄もしないまま亡くなった場合、その相続人は自己の相続権の範囲内で選択できる
- 失効した取り分の処理は、遺言執行者の権限の外に出る可能性がある。相続人との協議が必要になる
9 参考資料・参考サイト
- e-Gov法令検索 民法(明治29年法律第89号) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 裁判所 裁判例検索 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/search1
- 法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00222.html
- 法務省民事局「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html
- 最高裁判所第二小法廷判決令和5年5月19日判時2572号51頁、判タ1511号107頁
- 最高裁判所第三小法廷判決平成23年2月22日民集65巻2号699頁
- 最高裁判所第二小法廷判決平成3年4月19日民集45巻4号477頁
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