一 条文原文
第三十四条 職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。
2 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表する場合においては、任命権者(退職者については、その退職した職又はこれに相当する職に係る任命権者)の許可を受けなければならない。
3 前項の許可は、法律に特別の定がある場合を除く外、拒むことができない。
二 趣旨・立法背景
(1)規定の趣旨
第34条は、職員が職務遂行の過程で知り得た秘密の保持を法律上の義務として課す規定である。地方公共団体の事務は、住民の所得状況、健康状態、家族関係、紛争の経緯、契約の交渉内容など、本人が他者に知られたくない事実に職員が日常的に接することを前提として成り立っている。住民や事業者がこうした事実を行政に開示するのは、開示された情報が外部に漏れないという信頼があるからである。第34条は、この信頼を制度的に担保し、行政運営の前提条件そのものを守るために置かれた服務規律である。
第30条が定める服務の根本基準は、職員が全体の奉仕者として公共の利益のために職務を遂行すべきことを定めるが、第34条はこれを秘密保持という具体的な行為規範に落とし込んだ規定であるという位置づけになる。
(2)退職後も継続する義務
第1項後段は、職を退いた後も同様に秘密を守る義務が継続することを定める。在職中に知った秘密は、退職という身分の変動によって保護の必要性が消滅するわけではない。元職員が転職先の企業に入札情報を提供する行為や、元職員が在職中に取得した住民の個人情報を私的に利用する行為は、退職後であっても本条の規律対象となる。
(3)秘密の発表に許可を要する場合——第2項・第3項
第2項は、職員又は職員であった者が、法令の規定により証人や鑑定人として裁判所その他の機関に出頭し、職務上の秘密に属する事項を発表する場面を想定する。証人尋問や鑑定における証言は、本人の意思のみで秘密を開示してよいものではなく、任命権者(退職者については退職時の職又はこれに相当する職に係る任命権者)の許可を受ける必要がある。
第3項は、この許可について、法律に特別の定めがある場合を除くほか、任命権者は拒むことができないと定める。許可は原則として義務的なものであり、任命権者の自由な裁量に委ねられた制度ではない。任命権者が許可を拒むことができるのは、公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあると客観的に認められる場合に限られる。
(4)違反の効果——罰則と懲戒
第1項又は第2項に違反して秘密を漏らした職員は、第60条第2号により1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる。これは服務規律の中でも罰則が明文で規定されている数少ない条文であり、第33条の信用失墜行為の禁止のように懲戒事由を経由するだけでなく、刑罰の対象として直接構成されている点に特徴がある。
懲戒処分との関係では、秘密漏洩は第29条第1項第1号(この法律に違反した場合)に該当し、戒告・減給・停職・免職のいずれかの処分対象となる。国家公務員に関する人事院の懲戒処分指針は、職務上知ることのできた秘密を故意に漏らし公務の運営に重大な支障を生じさせた職員について免職又は停職を標準例とし、自己の不正な利益を図る目的で秘密を漏らした場合は免職を標準例とする。さらに、命令又は注意喚起された情報セキュリティ対策を怠ったことにより秘密が漏えいし公務の運営に重大な支障を生じさせた職員については、停職、減給又は戒告を標準例とする。地方公共団体の懲戒処分の運用も、この国の指針を参考に定められている例が多い。
三 用語解説
職務上知り得た秘密(第1項)
職員が職務を遂行する過程で知ることのできた秘密の全般を指す。職員本人の所管事務に属する秘密だけでなく、所管外の事務であっても、職務に関連して知る機会を得た秘密を広く含む。たとえば、福祉部門の職員が窓口対応の際に偶然知った税務部門の情報も、職務上知り得た秘密に当たり得る。
職務上の秘密(第2項)
第2項にいう職務上の秘密は、第1項の職務上知り得た秘密よりも範囲が狭く、当該職員の所管に属する秘密を意味する。第1項は秘密を漏らす行為自体を広く禁止する規定であるのに対し、第2項は証人・鑑定人として秘密を発表する際の手続を定める規定であるため、対象を当該職員が所管する事務に関する秘密に絞っている。
秘密
条文上に定義はないが、行政実例(昭和30年2月18日)は、一般に了知されていない事実であって、それを一般に了知させることが一定の利益の侵害になると客観的に考えられるものをいうとする。最高裁判所は、外務省秘密漏洩事件(西山記者事件)の決定において、単に形式的に秘密扱いとされているだけでは秘密に当たらず、非公知の事実であって実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものでなければならないという、いわゆる実質秘の考え方を示した。形式的に「秘」の印を押した文書であっても、内容が既に公知であったり、保護に値する利益が認められない場合には、本条の秘密には当たらない。
任命権者
第6条に列挙される地方公共団体の長、議会の議長、選挙管理委員会、人事委員会、教育委員会等であって、職員の任命、休職、免職及び懲戒等を行う権限を有する者をいう。退職者について許可を行う場合は、その者が退職した職又はこれに相当する職に係る任命権者が許可権者となる。
四 国家公務員法との比較
国家公務員法第100条第1項は、職員は職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならず、その職を退いた後も同様とする旨を定める。第34条第1項とほぼ同一の構造であり、地方公務員法は国家公務員法の規律を踏襲したものである。国家公務員法第100条第2項及び第3項も、法令による証人、鑑定人等となる場合の許可制度を同様に定める。
違反した場合の罰則は、国家公務員法第109条第12号により1年以下の懲役又は50万円以下の罰金とされ、第34条違反に対する第60条第2号の罰則と同水準である。両法の相違点として実務上重要なのは、地方公務員には地方税法第22条のような特別法上の加重罰則が別途存在する点であり、これは後述する。
国家公務員倫理法及び国家公務員倫理規程は、職員が利害関係者から金銭や物品の供与を受けることの制限など、利益相反の防止に重点を置く規律であり、秘密保持そのものを直接の規律対象とはしていない。
五 判例・裁判例
外務省秘密漏洩事件(西山記者事件)—最高裁判所第一小法廷決定昭和53年5月31日
沖縄返還協定の交渉過程に関する外務省の電信文書を、外務省の事務官が新聞記者に交付した事案である。事務官は国家公務員法第100条第1項違反、記者は同法第111条の秘密漏洩そそのかし罪で起訴された。最高裁判所は、秘密に当たるかどうかの判断について、単に形式的に秘密の指定がされているだけでは足りず、非公知の事実であって実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものであることを要するという判断枠組みを示した。この判断は国家公務員法第100条についてのものであるが、地方公務員法第34条の秘密についても同様の実質秘の考え方が広く援用されている。
本件はまた、報道機関の取材行為と公務員の秘密保持義務との緊張関係を扱った事件としても知られる。最高裁判所は、取材行為自体は正当な業務行為として違法性を欠く場合があり得るとしつつ、当該事案における取材行為は正当な取材活動の範囲を逸脱していたと判断し、そそのかし罪の成立を認めた。
明石市長による法人市民税情報の公表事案——明石市地方税法上の守秘義務調査特別委員会調査報告書
市長が、ある企業の法人市民税の税額情報を自身のソーシャル・ネットワーキング・サービスの投稿で明らかにした事案である。調査特別委員会は、当該行為が地方税法第22条の秘密の漏えいに該当すると判断した。本事案は、地方公務員法第34条よりも対象範囲が狭いが罰則が加重された地方税法第22条が、首長を含む地方公務員に等しく適用されることを示す実例であり、税務情報の取扱いにおける守秘義務の重さを理解する上で参考になる。
◆地方税法 第22条 秘密漏えいに関する罪
地方税に関する調査…の規定に基づいて行う情報の提供のための調査に関する事務又は地方税の徴収に関する事務に従事している者又は従事していた者は、これらの事務に関して知り得た秘密を漏らし、又は窃用した場合においては、2年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金に処する。
六 補論——行政法上の論点
実質秘説と形式秘説の対立
秘密の範囲をめぐっては、行政機関が秘密として指定した事実をそのまま秘密と認める形式秘説と、非公知性と保護に値する実質的利益の両方を要求する実質秘説の対立がある。前掲の外務省秘密漏洩事件において最高裁判所が採用したのは実質秘説であり、現在の通説及び実務もこれに従う。実質秘説の下では、行政機関の内部規程上「秘」の指定がされているという事実は、秘密性を判断する一要素にとどまり、それ自体で結論を左右するものではない。この考え方は、情報公開条例に基づく開示請求の場面における非公開情報の解釈とも整合的であり、秘密指定が形式的に維持されているという理由のみで開示を拒むことは許されないという運用に結びつく。
正当行為としての違法性阻却
秘密の発表が客観的に第34条第1項の要件に該当する場合であっても、当該行為が刑法第35条の正当行為に当たるときは違法性が阻却される。地方税法に関する事務における違法性阻却の判断では、当該秘密の漏えいが構成要件に該当するとしても、実質的に全体としての法秩序に反しないと認められる場合には違法性が阻却されるという考え方が示されている。具体的には、事案の重要性、緊急性、代替手段の有無、保護法益間の比較考量を総合的に勘案して判断される。公益通報者保護法に基づく適法な内部告発が、目的及び手段において相当性を有する限り秘密漏洩に当たらないとされるのも、この正当行為の枠組みに位置づけられる。
許可の法的性質——拒否裁量の限定
第3項は、証人・鑑定人としての秘密発表の許可について、法律に特別の定めがある場合を除き拒むことができないと定める。この規定の解釈上、許可は任命権者の自由な行政裁量に委ねられた処分ではなく、原則として義務的な行為であり、拒否は法律上特別の定めがある場合又は公共の利益を著しく害するおそれがあると客観的に認められる場合に限定される、いわゆる拒否裁量の限定がかかる構造になっている。地方自治法第100条に基づく議会の調査権との関係でも、議会から秘密に属する事項の開示を求められた場合には、議会の審議における必要性と、本人の利益保護及び行政の円滑な運営確保の必要性とを総合的に勘案した上で、特にその要請に応ずべきと判断したときを除き開示しないとする運用がとられている。
七 特別法との関係
地方税法第22条
地方税法第22条は、地方税の調査若しくは徴収等の事務に従事する者又は従事していた者が、その事務に関して知り得た秘密を漏らし又は窃用した場合について、2年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金を定める。第34条の1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に比べて罰則が加重されている。これは、納税者が質問検査権に基づく受忍義務を負って提供した税情報が、特に高い信頼関係を前提として収集されたものであることを反映した規律であるとされる。同条の秘密の範囲は、地方税の調査事務等に関して知り得た納税義務者等の私人の秘密をいい、所得額、課税標準、税額等のほか、調査事務の執行に関連して知り得た職業及び家族の状況等も含まれる。所得額や税額等の情報は、第34条第1項の秘密と地方税法第22条の秘密のいずれにも該当する。
地方税関係情報を他の行政機関に提供する場面では、地方税法上の情報開示・提供に関する規定に基づく場合、本人の同意がある場合、又は保護法益間の比較考量により正当化される場合を除き、原則として提供できない。マイナンバー制度に基づく情報連携についても、税務手続の一部では地方税法第22条の関係で本人同意を要する運用がとられている。
個人情報保護法
個人情報の保護に関する法律は、令和3年改正により行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律及び独立行政法人等の保有する個人情報等の保護に関する法律と統合され、地方公共団体の個人情報保護制度についても全国共通のルールが適用されるようになった。同法第176条は、行政機関等の職員又は職員であった者が、正当な理由なく、個人情報ファイルを提供したときについて2年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金を定める。同法第181条は、行政機関等の職員がその職権を濫用して、専らその職務の用以外の用に供する目的で個人の秘密に属する事項が記録された文書、図画又は電磁的記録を収集したときについて1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金を定める。これらは、第34条の秘密漏洩罪とは別個独立の罰則であり、行為が両方の構成要件を満たす場合には、いずれの規定によっても処罰の対象となり得る。
情報セキュリティ関連
地方公共団体の情報システムにおける秘密の保護は、技術的・組織的なセキュリティ対策と一体で運用される必要がある。前掲の人事院懲戒処分指針が、命令又は注意喚起された情報セキュリティ対策を怠ったことによる秘密漏えいを懲戒事由として明示しているとおり、職員には、定められたパスワード管理、アクセス制限、外部記録媒体の取扱いルール等を遵守する義務が課される。これらのルールに対する違反は、結果として秘密が漏えいしなかった場合であっても、内部の服務規律違反として懲戒の対象となり得る。地方公共団体の多くが定める情報セキュリティポリシーは、第34条の秘密保持義務を情報システムの運用面で具体化したものと位置づけられる。
公益通報者保護法との関係
職員が、自らの属する地方公共団体における法令違反行為について、公益通報者保護法に定める要件を満たす方法で通報を行った場合、当該通報行為は前述の正当行為として違法性が阻却され、第34条違反には当たらないと解されている。ただし、通報の目的及び手段が相当性を欠く場合には、この保護は及ばず、秘密漏洩としての責任を問われる可能性がある。

