消防組織法
目次
第一章 総則(第一条)
第二章 国の行政機関(第二条―第五条)
第三章 地方公共団体の機関(第六条―第三十条)
第四章 市町村の消防の広域化(第三十一条―第三十五条)
第五章 各機関相互間の関係等(第三十六条―第五十二条)
附則
1 条文
(消防の任務)
第1条 消防は、その施設及び人員を活用して、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害を防除し、及びこれらの災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行うことを任務とする。
2 趣旨・立法背景
消防組織法(昭和22年法律第226号)は、昭和22年12月23日に公布され、昭和23年3月7日に施行された。消防の任務の範囲、消防責任の帰属、消防機関の組織を定める組織法であり、火災の予防・警戒・鎮圧や危険物規制といった消防作用の実体を定める消防法(昭和23年法律第186号)と対をなす。施行日にちなみ、3月7日は消防記念日とされている。
戦前の消防は、内務大臣の指揮監督に服する警察の一部門であった。市町村に置かれた消防組は昭和14年に警防団へ改組され、防空業務を担った。敗戦後、連合国軍総司令部の主導する警察制度改革のなかで、警察法(昭和22年法律第196号)とともに本法が制定され、消防は警察から分離されて市町村の責任へ移された。第6条が市町村に消防責任を負わせ、第7条が市町村長による管理を、第8条が当該市町村による費用負担を定める構造は、この転換の帰結である。本条の主語が特定の行政機関ではなく「消防」という制度そのものである点も、国の指揮命令ではなく市町村を単位として消防を組み立てるという設計思想を映している。
制定当初の条文は「消防は、その施設及び人員を活用して、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害に因る被害を軽減することを以て、その任務とする。」であった。火災からの保護と災害被害の軽減という二つの柱で出発し、その後の改正で災害の防除と傷病者の搬送が加えられて現在の姿になっている。
3 文理解釈
本条は、手段(その施設及び人員を活用して)と任務内容とを一文で結んでいる。任務内容は次の三つに分解できる。
第一に、火災からの国民の生命、身体及び財産の保護。第二に、水火災又は地震等の災害の防除と、これらの災害による被害の軽減。第三に、災害等による傷病者の搬送の適切な実施である。
接続語に注意を要する。第一と第二は「とともに」で並列され、第三は「ほか」で加えられている。「ほか」の語は、傷病者の搬送が火災対応・災害対応に付随する事実上の業務ではなく、これらと並ぶ法律上の任務であることを示す。救急業務が消防の中核業務であるとする実務の理解は、平成21年改正によってこの文言上の根拠を得た。
「その施設及び人員を活用して」は、任務遂行の手段を消防自身の物的・人的資源に置くことを明らかにする文言である。ここでいう組織の具体的な姿は、第9条が掲げる消防本部・消防署・消防団に、第10条以下の規定が肉付けを与えている。
「国民」の語については、在留外国人や旅行者を消防活動の対象から除く趣旨ではないと解されている。消防作用は現場において属地的に及ぶものであり、消火活動や救急搬送の局面で対象者の国籍を確認して活動の可否を決するという運用は、本条の想定するところではない。
4 用語解説
施設とは、消防庁舎、消防車両、消防用機械器具、消防通信施設、消防水利など、消防の用に供する物的手段の総体を指す。人員とは、消防本部及び消防署に置かれる消防職員(第11条)と、消防団に置かれる消防団員(第19条)である。常備消防と非常備消防のいずれもが本条の「人員」に含まれる。
水火災とは、水災と火災を併せた語である。洪水、高潮、津波、土砂流出等の水による災害がこれに当たる。「地震等の災害」の「等」により、風水害・地震に限らず、火山噴火、大規模事故、危険物流出事故など災害一般が任務の対象となる。
防除は、災害の発生を防ぐことと、発生した災害の拡大を阻むことの双方を含む。これに対して「被害を軽減する」は、災害が生じた後の減災活動を指す。時間軸でみれば防除が前段、軽減が後段に位置し、両者を並べることで事前対策から事後対応までが任務に取り込まれている。
災害等による傷病者の搬送は、消防法第2条第9項が定義する救急業務に対応する。ただし本条は「救急業務」の語を用いず「搬送」の語を選んでいる。搬送を「適切に行う」という文言は、単に運ぶことではなく、傷病者の状況に応じた医療機関の選定と受入れ確保を含む適切性を要求するものであり、消防法第35条の5以下が定める都道府県の実施基準および同法第35条の7の遵守義務と接続する。
5 改正の沿革と内容
第一の改正は、昭和38年法律第89号(消防組織法及び消防団員等公務災害補償責任共済基金法の一部を改正する法律、昭和38年4月15日公布)である。同法第1条は「第一条中「災害」の下に「を防除し、及びこれらの災害」を加える」と定めた。災害対策基本法(昭和36年法律第223号)の制定により防災行政の体系が整えられたことを受け、消防の任務が事後の被害軽減にとどまらず、災害の発生防止と拡大阻止に及ぶことを条文上明らかにしたものである。なお同日公布の法律第88号による消防法改正により、救急業務に関する規定が初めて設けられている。任務規定の拡張と救急業務の法制化が同じ国会で行われた点は、この時期の道路交通網の発達と交通事故の急増という社会状況を反映している。
第二の改正は、平成18年法律第64号(消防組織法の一部を改正する法律、平成18年6月14日公布)である。第1条に見出し「(消防の任務)」を付し、「因る」を「よる」に改め、「以て、その」を削った。同改正は目次の新設と全条にわたる条番号の整理を伴っており、市町村の消防の広域化に関する第31条以下の規定を新設した改正でもある。旧条文を引用する例規や文献を参照する際は、この番号の振り直しに注意を要する。
第三の改正は、平成21年法律第34号(消防法の一部を改正する法律、平成21年5月1日公布、同年10月30日施行)である。本条に「ほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行うこと」が加えられ、あわせて消防法第1条の目的規定にも同旨の文言が置かれた。同法の本体は、傷病者の搬送及び受入れの実施基準を都道府県に策定させ、消防機関・医療機関等で構成する協議会を設けるという救急搬送体制の制度化にある。救急出動件数の増大と受入医療機関の選定困難が背景にあり、任務規定の改正はこの制度改正と一体のものとして位置付けられる。
現行の第1条は、平成21年改正以後、文言に変更がない。
6 論点──任務規定の法的性格
本条は消防の任務を宣明する規定であって、個別の権限や義務を直接に創設する規定ではない。消防が立入検査を行い(消防法第4条)、防火管理者の選任や消防用設備等の設置を命じ(同法第8条第4項、第17条の4)、火災予防上危険な状態の除去を命じ(同法第5条から第5条の3まで)、消火活動のために消防対象物や土地を処分する(同法第29条)権限は、いずれも作用法である消防法に個別の根拠を必要とする。本条を直接の根拠として、住民が特定の消防活動の実施を請求する具体的権利を導くことも、原則としてできない。
もっとも、任務規定が実務上の意味を欠くわけではない。第一に、消防が作用法上の権限を行使する際、その目的を画する解釈基準として働く。本条の任務と無関係な目的のために立入検査や措置命令が用いられれば、目的外行使として違法の評価を受ける。第二に、規制権限の不行使が国家賠償法第1条第1項の適用上違法となるかを判断する場面で、当該権限の趣旨・目的を確定する起点となる。危険物施設や防火対象物に対する是正措置の懈怠が争われる訴訟では、個別の権限規定の解釈にあたって消防の任務が参照される。
7 裁判例
最判昭和53年7月17日民集32巻5号1000頁(第二小法廷、昭和52年(オ)第1379号、破棄差戻)は、消防署職員が消火後の残り火の点検を怠ったことに起因して再出火し延焼した事案である。最高裁は、失火の責任に関する法律は失火者の責任条件について民法第709条の特則を定めたものであるから国家賠償法第4条にいう「民法」に含まれるとし、公権力の行使に当たる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任については同法により失火責任法が適用され、当該公務員に重大な過失があることを要すると判示した。消火活動という迅速性を要する任務の遂行過程で生じた損害について、一般の過失ではなく重過失を要求する枠組みが確立した。判決全文と判示事項は裁判所ウェブサイトの裁判例情報に登載されている。
最判昭和47年5月30日(第三小法廷)は、消防法第29条第3項にいう延焼の防止のために緊急の必要があったと認められた事例である。破壊消防に伴う財産の犠牲は、違法行為に対する賠償ではなく、適法な公権力の行使に伴う特別の犠牲に対する損失補償として処理される。任務の遂行が適法であっても財産上の負担が生じうるという構造を示すもので、賠償と補償の切り分けは消防行政の基本的な整理項目となる。
救急搬送の場面では、神戸地裁令和元年12月3日判決が実務上の参照例となる。兵庫県川西市の救急隊が119番通報を受けて出動したが、傷病者の口元のアルコール臭等から飲酒による酩酊の可能性が残ると判断して搬送せずに引き揚げたところ、その後に脳梗塞と診断され後遺障害が生じたという事案である。裁判所は、後遺障害と不搬送との因果関係は認めなかったものの、搬送義務に反したとして市に慰謝料等約110万円の支払を命じた。平成21年改正で本条に明記された搬送任務が、現場における観察義務と搬送判断の水準として具体化される場面といえる。
搬送方法の選択が争われた例としては、さいたま地裁が平成22年3月に言い渡した判決(報道による)がある。右半身に麻痺のある傷病者を隊員が両側から肩を抱えるようにして運んだ結果、右肩を骨折した事案で、別の安全な搬送方法を選択できたとして救急隊員の過失を認め、約730万円の支払を命じたものである。
8 実務上の留意点
教育訓練の設計において、火災対応、水火災・地震等の災害対応、救急搬送のいずれもが法律上の任務であることを出発点とすべきである。特定分野に偏った訓練計画は本条の要請と整合しない。消防職員及び消防団員に教育訓練の機会を与えることを定める第52条は、本条の任務を人的側面から支える規定として読める。
不搬送や現場引揚げの判断については、観察の内容と判断の根拠をどのように記録し検証するかが訴訟における争点となる。救急業務規程や活動基準の整備に加え、地域メディカルコントロール協議会による事後検証の運用が、組織としての説明責任を果たす基礎となる。
任務の公共性の高さは、職員の服務規律や組織のコンプライアンス体制に対する要求水準を規定する。消防組織におけるハラスメントや通報体制の整備を論じる際、勤務条件等について職員の意見を審議する消防職員委員会(第17条)の運用も、本条が定める任務を全うするための組織的基盤として位置付けられる。
次回は第2条から第5条まで、消防庁の設置と所掌事務に関する規定を扱う。
参考資料
- 消防組織法(昭和22年法律第226号)e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000226
- 消防法(昭和23年法律第186号)e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC1000000186
- 衆議院「法律第二百二十六号(昭二二・一二・二三)消防組織法」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/00119471223226.htm
- 衆議院「法律第八十九号(昭三八・四・一五)消防組織法及び消防団員等公務災害補償責任共済基金法の一部を改正する法律」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/04319630415089.htm
- 衆議院「消防組織法の一部を改正する法律(平成18年法律第64号)」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/16420060614064.htm
- 総務省消防庁「平成21年版消防白書 3 消防法の改正」 https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/h21/cat1/cat1040/2295.html
- 厚生労働省「消防法の一部を改正する法律の公布について(平成21年5月1日医政発第0501001号・消防救第95号)」 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb5453
- 裁判所「裁判例結果詳細(最高裁昭和53年7月17日第二小法廷判決)」 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=53297
- 一般財団法人日本消防設備安全センター 違反是正支援センター「消防関係等判例集」 https://www.fesc.or.jp/ihanzesei/data/index09.html
- 総務省「消防関係法令一覧」 https://www.soumu.go.jp/menu_hourei/shoubou.html
- 総務省消防庁 https://www.fdma.go.jp/
- 中川総合法務オフィス https://compliance21.com/
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