条文原文
第八十七条 前条第一項に掲げる職に在る者は、同条第三項の場合において、当該普通地方公共団体の議会の議員の三分の二以上の者が出席し、その四分の三以上の者の同意があつたときは、その職を失う。
2 第百十八条第五項の規定は、前条第三項の規定による議決についてこれを準用する。
趣旨・立法背景
第87条は、第86条に定める解職請求の対象職、すなわち副知事、副市町村長、指定都市の総合区長、選挙管理委員、監査委員、公安委員会の委員について、議会がどのような要件で解職を決定するかを定めた規定である。
第86条第1項に基づき有権者の一定数の連署を集めた解職請求があったときは、長は直ちに議会に付議しなければならない(第86条第3項)。この付議を受けて議会が下す議決の成立要件を定めるのが第87条である。
普通地方公共団体の長は住民の直接選挙で選ばれる公選職であるのに対し、副知事・副市町村長・総合区長・選挙管理委員・監査委員・公安委員会の委員は、いずれも長が議会の同意を得て選任する任命職である。選任の段階で議会の同意という民主的統制が働いているにもかかわらず、いったん就任した後は議会単独の意思で解職することができない。これは、選任時の同意と異なり、在任中の身分保障を厚くすることで、恣意的な政治的圧力からこれらの職を保護する趣旨に基づく。
住民からの解職請求があった場合に限り、議会は特別多数議決によって解職の可否を決する権限を持つ。出席議員の過半数で足りる通常の議決(第116条)とは異なり、議員の3分の2以上の出席かつその4分の3以上の同意という加重要件を設けることで、一時的な政治情勢や少数の反対意見によって解職が濫用されることを防いでいる。
第2項が準用する第118条第5項は、議会が行う選挙において投票の効力に関する異議が生じたときは議会自身がこれを決定する旨の規定であり、第87条第1項の解職議決についても、議決の効力に関する争いは議会の自律的判断に委ねられることを示している。
用語解説
前条第1項に掲げる職 第86条第1項が定める、副知事、副市町村長、指定都市の総合区長、選挙管理委員、監査委員、公安委員会の委員を指す。いずれも長が議会の同意を得て選任する特別職の地方公務員である。地方公務員法第3条第3項が定める特別職は同法の適用除外となり、身分保障や分限・懲戒の規定(同法第27条から第29条まで)が適用されない点で、一般職の職員とは法的地位を異にする。
同条第3項の場合 第86条第3項に基づき、長が解職請求を議会に付議した場合を指す。
特別多数議決 地方自治法が個別に定める、通常より加重された議決要件による議決の総称である。第4条(事務所の位置に関する条例)、第87条(主要公務員の解職)、第135条第3項(議員の除名)などがこれに当たる。
議員の三分の二以上の者が出席 定足数(第113条により議員定数の半数以上)とは別に定められた、議決成立のための特別な出席要件である。
その四分の三以上の者の同意 出席議員数を母数とした同意の割合であり、議員定数を母数とするものではない。
第118条第5項 議会が行う選挙における投票の効力に関する異議について、議会が自ら決定する旨を定める規定である。第87条第2項はこれを準用し、解職議決の効力に関する異議も議会の自律的な判断事項とする。
判例・裁判例
第87条そのものの解釈が正面から争われた公表判例は乏しい。副知事・副市町村長等の解職に関する紛争は、住民による解職請求の適否や、解職請求代表者の資格制限といった手続段階で争われる例が中心であり、議会の特別多数議決そのものの効力を裁判所が審査した事例は稀である。
関連する裁判例として、地方自治法第85条に基づき公職選挙法第89条第1項が準用される場面で、解職請求代表者の資格制限が委任立法の限界を超えるかどうかが争われた事案がある。この事案は議員の解職請求における代表者資格の制限が問題となったものであり、第87条が定める議決要件そのものを対象とするものではないが、解職請求制度全体における住民の権利と手続的制約の均衡をめぐる裁判所の判断枠組みを示すものとして参照される。
副知事・副市町村長等の解職に関する実務上の疑義は、総務省が発する行政実例によって整理されてきた経緯があり、司法判断よりも行政解釈が先行してきた分野といえる。この点は、分限・懲戒処分の適法性が頻繁に訴訟の対象となる地方公務員法上の一般職員の場合と対照的である。
第88条 解職請求の期間制限
条文原文
第八十八条 第八十六条第一項の規定による副知事若しくは副市町村長又は第二百五十二条の十九第一項に規定する指定都市の総合区長の解職の請求は、その就職の日から一年間及び第八十六条第三項の規定による議会の議決の日から一年間は、これをすることができない。
2 第八十六条第一項の規定による選挙管理委員若しくは監査委員又は公安委員会の委員の解職の請求は、その就職の日から六箇月間及び同条第三項の規定による議会の議決の日から六箇月間は、これをすることができない。
趣旨・立法背景
第88条は、第86条に基づく解職請求について、一定期間内は請求を認めない旨を定める規定である。制限の対象となる期間は二つある。就職の日からの期間と、議会が解職の可否について議決した日からの期間である。
就職直後の期間制限は、選任されて間もない職員に対して安定した職務遂行の機会を確保する趣旨に基づく。就任早々に解職請求の対象とされると、職務の継続性が損なわれ、円滑な行政運営に支障を来す。
議会の議決日からの期間制限は、一度解職が否決された場合に、同一の理由で繰り返し解職請求が提起されることを防ぐ趣旨である。解職請求には有権者の署名収集という手続的コストが伴うが、これを短期間に繰り返させることは、対象職にある者の地位を不安定にし、行政の停滞を招く。
第1項が定める副知事・副市町村長・総合区長の期間は1年間であるのに対し、第2項が定める選挙管理委員・監査委員・公安委員会の委員の期間は6箇月間である。前者は長を直接補佐し行政組織の中枢を担う職であることから、より長期の身分保障を与える一方、後者は独立した執行機関の構成員として一定の中立性が求められるものの、任期や職務の性質を踏まえて短い期間が設定されている。
なお、令和6年の地方自治法改正により指定都市の総合区長が第86条の解職請求対象に追加された経緯を受けて、第88条第1項も総合区長を明記する形に改められている。総合区長は指定都市の区のうち、条例で総合区を設置した場合に置かれる特別職であり、区における事務の一体的処理を担う。
用語解説
就職の日 当該職に現実に就任した日を指す。選任の議決日ではなく、実際に職務を開始した日を基準とする。
一年間・六箇月間 起算日の翌日から起算する期間であり、初日不算入の原則(民法第140条)に従う。
第八十六条第三項の規定による議会の議決の日 解職請求を受けて議会が付議し、その可否について議決した日を指す。第87条の特別多数議決が成立したか否かにかかわらず、議決そのものが行われた日が起算点となる。
指定都市の総合区長 第252条の19第1項に規定する指定都市が、区に代えて条例で設置できる総合区の長を指す。総合区長は議会の同意を得て長が選任する特別職であり、副市長に準じた解職請求の対象とされている。
判例・裁判例
第88条が定める期間制限そのものについて、その合憲性や解釈が正面から争われた公表判例は見当たらない。期間制限を含む解職請求制度全体は、住民の直接請求権と、選任された職にある者の地位の安定という二つの要請を調整する立法政策の領域に属し、司法審査の対象となる場面が乏しいことが背景にある。
実務上の論点は、就職の日や議決の日の特定、期間の計算方法をめぐる行政実例の集積によって解決されてきた。これは、懲戒処分や分限処分の要件該当性が繰り返し訴訟で争われてきた地方公務員法の分野とは異なる、直接請求制度に特有の紛争処理の様相を示している。


