条文原文
第八十九条 普通地方公共団体に、その議事機関として、当該普通地方公共団体の住民が選挙した議員をもつて組織される議会を置く。
2 普通地方公共団体の議会は、この法律の定めるところにより当該普通地方公共団体の重要な意思決定に関する事件を議決し、並びにこの法律に定める検査及び調査その他の権限を行使する。
3 前項に規定する議会の権限の適切な行使に資するため、普通地方公共団体の議会の議員は、住民の負託を受け、誠実にその職務を行わなければならない。
趣旨・立法背景
第89条は、地方自治法第2編第6章「議会」の冒頭に位置し、議会という機関の設置根拠を定める規定である。改正前の条文は「普通地方公共団体に議会を置く。」という一文のみであり、議会が何をする機関か、議員がどのような職務を担うかについて、自治法上の明文規定は存在しなかった。
この状態を改めたのが、地方自治法の一部を改正する法律(令和5年5月8日法律第19号)である。同法は公金事務のデジタル化等を主たる内容とするが、第一の一「地方議会の役割及び議員の職務等の明確化」として第89条に2項・3項を新設した。この部分は、改正法の他の規定が令和6年4月1日から施行されたのに対し、公布日である令和5年5月8日から施行されている。
改正の背景には、第33次地方制度調査会「多様な人材が参画し住民に開かれた地方議会の実現に向けた対応方策に関する答申」(令和4年12月28日)がある。同答申は、議員のなり手不足が深刻化する中で、議会の役割や議員の職務の重要性を住民が改めて認識できるよう、全ての議会・議員に共通する一般的事項を自治法に規定することを提言した。第89条の改正は、この答申を受けたものである。
第1項は、日本国憲法第93条を受けた規定である。同条第1項は地方公共団体に議事機関としての議会設置を求め、第2項は議員が住民の直接選挙によって選ばれることを定める。第89条第1項は、この憲法上の要請を自治法の条文として明確化した。
第2項は、議会が行う意思決定が第96条所定の条例制定・予算議決等の重要事項に関するものであること、及び第98条・第100条に定める検査・調査等の権限を有することを、総則的に確認する規定である。
第3項は、議員の職務について「住民の負託を受け、誠実にその職務を行わなければならない」という基本的心構えを明文化した規定である。国会審議では、この規定を根拠に議会が条例で職務遂行義務違反の具体例を定める可能性への懸念が示されたが、当時の総務大臣は、本項が既存の一般的事項を確認的に規定するものであり、議員に新たな権限や義務を課すものではないと答弁している。第134条の懲罰権は本項の新設以前から存在する規律権能であり、第3項がその発動要件を新たに拡張するものではない。
地方公務員法との対比でいえば、地方公務員法第30条以下が職員の服務の根本基準・信用失墜行為の禁止等を具体的に定めるのに対し、第89条第3項は住民代表としての議員の職務姿勢を宣言的に定めるにとどまり、懲戒処分のような具体的な効果を直接に結び付けるものではない。この点で、職員の服務規律と議員の職務規定とは、規定の性質が異なる。
用語解説
普通地方公共団体 都道府県及び市町村をいう(第1条の3第2項)。特別区、地方公共団体の組合、財産区等の特別地方公共団体と対置される概念である。
議事機関 団体の意思を審議・決定する合議制の機関をいう。執行機関である長と対をなす概念であり、二元代表制の一翼を担う。
住民が選挙した議員をもつて組織される議会 議員が住民の直接選挙により選出されることを示す文言であり、憲法第93条第2項の要請を受けたものである。
重要な意思決定に関する事件 第96条に列挙される議決事件(条例の制定・改廃、予算の議決、決算の認定、一定の契約締結等)を指す。
検査及び調査その他の権限 第98条の事務検査権及び第100条の調査権(いわゆる百条調査権)等を指す。
住民の負託 選挙を通じて住民から議員としての活動を託されていることをいう。法的な委任契約を意味するものではなく、代表民主制における政治的な信任関係を表す語である。
誠実にその職務を行わなければならない 議員が議事への参与、議決への参加等を通じて住民の意思を団体の意思決定に反映させる活動を、真摯に行うべきことを求める規定である。具体的な作為義務を個別に創設するものではない。
判例・裁判例
第89条第3項が定める議員の職務の性質を理解する上で参照すべき判例として、岩沼市議会議員出席停止事件(最高裁大法廷判決令和2年11月25日、民集74巻8号2229頁)がある。
事案は、市議会から23日間の出席停止の懲罰を科された議員が、その取消しを求めて出訴したものである。従来、最高裁大法廷判決(昭和35年10月19日)は、除名処分を除き、地方議会の懲罰は議会の内部規律の問題として司法審査の対象外であるとしていた。
令和2年大法廷判決は、この昭和35年判決を変更し、出席停止の懲罰についても常に司法審査の対象になるとの判断を示した。判決は、議員が憲法上の住民自治の原則を具現化するため、議事に参与し議決に加わるなどして住民の代表としてその意思を団体の意思決定に反映させるべく活動する責務を負うと述べた上で、出席停止処分を受けると議員としての中核的な活動ができなくなり、住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たせなくなることを理由に、その適否がもっぱら議会の自主的な解決に委ねられるべきものではないと判断した。もっとも、出席停止の懲罰は議会の自律的な権能に基づくものであるから、議会には一定の裁量が認められるとしている。
この判決が述べる議員の責務の内容は、第89条第3項が明文化した「住民の負託を受け、誠実にその職務を行う」という文言と実質的に重なる。第3項は、判例が既に承認していた議員の職務の性質を、条文上に確認的に書き下ろしたものと位置付けることができる。
なお、宇賀克也裁判官の補足意見は、出席停止の懲罰を司法審査の対象としても、懲罰の実体判断については議会に裁量が認められ、裁量権の逸脱・濫用がある場合に限って違法となるとして、議会の自律性への配慮を示している。
補論(行政法上の論点)
第89条を含む議会の権限規定は、地方議会の自律権と司法審査の関係という行政法・憲法上の論点と結び付く。従来の学説は、地方議会の内部規律を「部分社会の法理」の一種として説明し、大学の単位認定や政党の内部処分と同様に、団体の自律性を尊重して司法審査を控えるべきだとする立場が有力であった。
しかし令和2年大法廷判決は、地方議会について、国会に関する憲法第55条(資格争訟の裁判権)や第51条(免責特権)のような特別の自律性の根拠規定が置かれていないことを踏まえ、地方議会の自律性の憲法上の根拠は第92条の「地方自治の本旨」に求めるほかないとした。その上で、団体自治は住民自治を実現するための手段にとどまるという理解から、出席停止処分について司法審査の途を開いた。
この判断枠組みは、除名以外の懲罰(戒告、陳謝)についてまで司法審査が及ぶかという射程の問題を残しており、学説上も議論が続いている。地方公務員の分限・懲戒処分に関する裁量統制の議論(考課基準の明確性、比例原則等)と対比すると、議員に対する懲罰は選挙による代表という性質上、行政処分性の判断構造が異なる点に留意が必要である。
今日の地方議会が抱える主要な課題
1 地方議会・地方議員の不祥事
政務活動費の不適正な支出は、地方議会に対する住民の不信を招いた代表的な事例である。平成26年の兵庫県議会における政務活動費不正支出問題は、当該議員が県知事に対する住民監査請求の対象となり、詐欺罪で懲役3年・執行猶予4年の有罪判決が確定するに至った。この事件を契機として、政務活動費の使途基準の明確化と収支報告書の公開が全国の議会で進められた。
政務活動費に関しては、選挙活動への支出、私的活動への支出(社交費、慶弔費、観光・私的旅行費用等)への充当が禁止されており、支出対象経費は議員の政務活動との間に合理的関連性を有するものに限られるとする実務上の基準が確立している。
2 議員のなり手不足
総務省資料によれば、令和5年統一地方選挙における無投票当選者の割合は、市議会議員選挙(指定都市を除く)で3.6パーセント、町村議会議員選挙で30.3パーセントに達した。平成31年統一地方選挙では、都道府県議会議員選挙で26.9パーセント、町村議会議員選挙で23.3パーセントであり、町村部を中心に無投票当選の比率が高い水準で推移している。
令和5年統一地方選挙では、全国8町村で議員定数割れが生じた事例も報告されている。要因として、議員報酬の水準、兼業・請負禁止規定の範囲の不明確さ、立候補に伴う離職リスク等が指摘されている。第33次地方制度調査会は、公務員の立候補制限や地方議会議員との兼職禁止の緩和を、なり手不足解消策の一つとして検討課題に挙げている。
3 議会改革の取組
なり手不足への対応として、夜間・休日に議会を開催する取組が広がっている。全国市議会議長会・全国町村議会議長会の調査によれば、令和4年時点で夜間議会を実施する団体が10、休日議会を実施する団体が21確認されている。これは、勤労者や兼業を前提とする層が議員活動と両立しやすい環境を整備する試みである。
このほか、議会運営に関する情報公開の充実、議会モニター制度、住民との意見交換会の定期開催等が各地の議会で試みられている。地方制度調査会の資料は、議会改革が一部のキーマンのみの取組にとどまらず、全員協議会等を通じて議員全体の合意形成を図る必要があると指摘している。
第89条第2項・第3項が議会の権限と議員の職務を明文化した趣旨も、これらの課題、すなわち住民から見て議会の役割が見えにくいという問題意識と地続きのものである。
主要参考資料
・地方自治法の一部を改正する法律の公布及び施行について(通知)総行行第191号・総行給第23号(令和5年5月8日、総務省) ・地方自治法の一部を改正する法律案をめぐる国会論議(参議院常任委員会調査室・特別調査室) ・最高裁判所大法廷判決令和2年11月25日(民集74巻8号2229頁、岩沼市議会議員出席停止事件) ・第33次地方制度調査会「多様な人材が参画し住民に開かれた地方議会の実現に向けた対応方策に関する答申」(令和4年12月28日) ・総務省「地方選挙結果調」等に基づく無投票当選者割合の資料

