1 条文原文
1-1 本条
(通報者探索の禁止)
第十一条の三 第二条第一項各号に定める事業者は、正当な理由がなく、公益通報者である旨を明らかにすることを要求することその他の公益通報者を特定することを目的とする行為をしてはならない。
(令和8年12月1日施行 公益通報者保護法。令和7年法律第62号による追加)
本条は項に分かれていない一項構成である。第11条の2(通報妨害の禁止等)が第1項で禁止規範、第2項で私法上の無効効果を定める二項構成であるのと対照的であり、この構造差が本条の性格を決めている。
1-2 直接関係する周辺条文
第11条の3を読むには、次の三つを机の上に並べる必要がある。
第一に、名宛人を画する第2条第1項各号。
一 労働者(略)又は労働者であった者 当該労働者又は労働者であった者を自ら使用し、又は当該通報の日前一年以内に自ら使用していた事業者(次号に定める事業者を除く。)
二 派遣労働者(略)又は派遣労働者であった者 当該派遣労働者又は派遣労働者であった者に係る労働者派遣(略)の役務の提供を受け、又は当該通報の日前一年以内に受けていた事業者
三 特定受託業務従事者(略)又は特定受託業務従事者であった者 当該特定受託業務従事者に係る特定受託事業者(略)又は特定受託事業者であった者に業務委託(略)をし、又は当該通報の日前一年以内に業務委託をしていた事業者
四 前三号に定める事業者が他の事業者との請負契約その他の契約に基づいて事業を行い、又は行っていた場合において、当該事業に従事し、又は当該通報の日前一年以内に従事していた労働者若しくは派遣労働者(略)若しくは労働者等であった者又は特定受託業務従事者若しくは特定受託業務従事者であった者 当該他の事業者
五 役員 次に掲げる事業者
イ 当該役員に職務を行わせる事業者
ロ イに掲げる事業者が他の事業者との請負契約その他の契約に基づいて事業を行う場合において、当該役員が当該事業に従事するときにおける当該他の事業者
第二に、隣接条文である第11条の2。
(通報妨害の禁止等)
第十一条の二 第二条第一項各号に定める事業者は、当該各号に掲げる者に対して、正当な理由がなく、公益通報をしない旨の合意をすることを求めること、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げることその他の行為によって、公益通報を妨げてはならない。
2 前項の規定に違反してされた合意その他の法律行為は、無効とする。
第三に、探索の結果として生じやすい情報漏えいを罰則付きで抑える第12条。
(公益通報対応業務従事者の義務)
第十二条 公益通報対応業務従事者又は公益通報対応業務従事者であった者は、正当な理由がなく、その公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならない。
第11条の3が「入口(特定しようとする行為)」を、第12条が「出口(特定情報を漏らす行為)」を押さえる。両者は一組で機能する。
2 新旧対照と構造的位置づけ
2-1 新旧対照表
| 令和8年12月1日施行(新) | 令和7年改正前(旧) |
|---|---|
| (通報者探索の禁止) 第十一条の三 第二条第一項各号に定める事業者は、正当な理由がなく、公益通報者である旨を明らかにすることを要求することその他の公益通報者を特定することを目的とする行為をしてはならない。 | (新設) |
改正法案の新旧対照条文でも、本条は「(新設)」と記載されている。旧法には対応規定が存在しない。
2-2 旧法下の規律との落差
改正前、通報者探索を直接に禁じる法律の規定はなかった。抑止は次の三つの間接的な経路に委ねられていた。
第一に、第12条(旧法でも同一内容)の従事者守秘義務。ただし名宛人は従事者に限られ、探索を行う典型的主体である被通報者、上司、人事部門、情報システム部門は含まれない。
第二に、平成3年内閣府告示第118号(指針)の「範囲外共有等の防止に関する措置」。旧指針も、事業者の労働者及び役員等が「通報者の探索」を行うことを防ぐための措置をとるよう求めていた。ただしこれは法第11条第2項の体制整備義務の内容としての要求であり、探索行為そのものを禁じる規範ではない。
第三に、民法第709条の不法行為。裁判例の集積により、通報者を特定した上での報復人事は違法と評価されてきたが、特定行為そのものの違法性が正面から論じられた例は乏しい。
令和7年改正は、この間接的規律を法律レベルの直接の禁止規範へ引き上げた。
2-3 改正の柱の中での位置
消費者庁が公表した改正法の概要では、改正事項が四つの柱に整理されている。第11条の2と第11条の3は、そのうち第三の柱「公益通報を阻害する要因への対処」に属する。同柱には次の二項目のみが置かれた。
- 正当な理由なく、公益通報を妨げる行為をすることの禁止と、これに違反してされた合意等の法律行為の無効(第11条の2関係)
- 正当な理由なく、公益通報者を特定することを目的とする行為の禁止(第11条の3関係)
通報前に働く抑止圧力(妨害)と、通報後に働く抑止圧力(探索)を、対の規定として同時に立法した点に、改正の設計思想が表れている。
3 趣旨・立法背景
3-1 匿名性が制度の生命線であるという認識
指針の解説は、範囲外共有・通報妨害・通報者探索の防止措置を定める項の趣旨として、労働者等、役員、退職者、特定受託業務従事者及び特定受託業務従事者であった者が通報対象事実を知ったとしても、自ら公益通報したことが他者に知られる懸念があれば通報を躊躇することが想定される、と述べる。あわせて、あらかじめ誓約書等で公益通報が禁止されていたり、通報した場合に不利益取扱いをすると示唆されていたりすれば、自発的な公益通報を望むことはできず、問題の是正が困難になるとする。
さらに指針の解説は、実際に探索が行われてしまった後では実効的な救済・回復の措置を講ずることが困難な場合も想定されるため、事前の防止措置を徹底すべきだとする。特定情報は一度拡散すれば回収できない。金銭賠償で原状回復できない類型の権利侵害である以上、事前抑止に規範の重心を置くほかない。この判断が、行為そのものを禁じる第11条の3の新設につながった。
3-2 立法事実
内部通報が組織の不正発見に果たす役割は、消費者庁の実態調査で数量的に確認されている。令和5年度の民間事業者等における内部通報制度の実態調査では、内部通報制度を導入済みの回答事業者のうち、不正発見の端緒として「内部通報」を選択した割合が76.8%で最多となり、次に多い「内部監査」を上回った。平成28年度調査の58.8%からも上昇している。通報の流れを細らせる行為は、この最大の探知経路を自ら塞ぐことを意味する。
他方で、通報者の匿名性が組織側の行動によって破られる事案が、公的な調査でも繰り返し確認されてきた。後述する兵庫県の文書問題では、県議会の調査特別委員会と県設置の第三者調査委員会が、いずれも通報者の探索・特定を法および指針に反する対応と評価している。行政機関がこの類型の当事者となった事実は、立法の緊急性を強く印象づけた。
3-3 国際的動向
EUの公益通報者保護指令(Directive (EU) 2019/1937)は、通報者の身元に関する秘密保持を加盟国に義務づけ、報復行為の類型を広く列挙している。日本法の第11条の3は、身元の秘匿を「漏らさない」義務(第12条)にとどめず、「探さない」義務へ拡張した点で、国際的な水準に近づける機能を持つ。
4 用語解説
新任担当者がつまずきやすい語を、条文順に整理する。
4-1 事業者
第2条第1項括弧書きで「法人その他の団体及び事業を行う個人」と定義される。営利・非営利、規模、業種を問わない。株式会社、一般社団法人、社会福祉法人、学校法人、宗教法人、医療法人、労働組合、そして国及び地方公共団体も含まれる。消費者庁の資料も、体制整備義務の対象となる事業者に国及び地方公共団体が含まれることを明示している。従業員2名の会社も事業者である。
4-2 第2条第1項各号に定める事業者
本条の名宛人は「事業者」一般ではなく、「第2条第1項各号に定める事業者」である。すなわち、通報者との間に一定の関係を持つ事業者に限られる。具体的には次の五類型となる。
| 号 | 通報者側 | 名宛人となる事業者 |
|---|---|---|
| 1号 | 労働者・退職後1年以内の者 | 雇用元 |
| 2号 | 派遣労働者・終了後1年以内の者 | 派遣先 |
| 3号 | 特定受託業務従事者(フリーランス)・終了後1年以内の者 | 業務委託元 |
| 4号 | 取引先の事業に従事する労働者等・フリーランス | 発注元となる他の事業者 |
| 5号 | 役員 | 職務を行わせる事業者、及び請負等の相手方事業者 |
無関係の第三者企業が誰かの通報者を詮索しても、本条違反にはならない。その場合はプライバシー侵害等の一般法理の問題となる。
4-3 公益通報者
第2条第2項により「公益通報をした者」をいう。第11条の3の適用には、既に公益通報がされていることが前提となる。通報が行われる前の段階で通報を思いとどまらせる働きかけは、第11条の2(通報妨害)の守備範囲である。
通報先は限定されない。事業者内部(1号通報)に限らず、行政機関等(2号通報)、報道機関等(3号通報)への通報者も「公益通報者」に当たる。指針の解説も、行政機関等やその他の事業者外部への公益通報についても、範囲外共有・通報妨害行為・通報者探索が防止される必要があり、同様の措置がとられる必要があるとしている。外部通報だから探してよい、という理屈は成り立たない。
4-4 特定することを目的とする行為
条文は「特定すること」ではなく「特定することを目的とする行為」を禁じる。目的をもって行為に出た時点で違反が成立し、実際に通報者が判明したかどうかは要件ではない。ログ解析に着手したが結局分からなかった、という場合も違反である。
逆に、通常業務の中で結果的に通報者が判明した場合は、目的を欠くため本条には当たらない。ただし判明後の情報の取扱いは範囲外共有の問題となり、判明後の不利益取扱いは第3条以下の問題となる。
「公益通報者である旨を明らかにすることを要求すること」は例示にすぎず、「その他の……行為」により、要求以外の一切の手段が包摂される。
4-5 正当な理由
本条の唯一の例外要件である。第11条の2、第12条、第15条の2第2項にも同じ文言が用いられており、条文全体を通じて限定的に解される。内容は後述する。
4-6 通報者探索
指針(令和3年内閣府告示第118号。令和8年3月31日一部改正内閣府告示第15号)第2「用語の説明」は、「通報者探索」を、法第11条の3に定める、公益通報者である旨を明らかにすることを要求することその他の公益通報者を特定することを目的とする行為をいう、と定義する。指針の定義が法文をそのまま引き写しているため、法と指針の間に概念のずれはない。
4-7 範囲外共有
指針第2は、「範囲外共有」を、公益通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有する行為をいう、と定義する。探索が「情報を取りに行く行為」、範囲外共有が「持っている情報を広げる行為」である。実務では、探索の結果得た情報が範囲外共有され、その先で不利益取扱いに至るという連鎖をたどる。
4-8 労働者及び役員等
指針第2は、「労働者及び役員等」を、労働者等及び役員のほか、法第2条第1項に定める「代理人その他の者」をいう、と定義する。指針が防止措置の対象とする行為者の範囲であり、法第11条の3の名宛人(事業者)とは異なる。事業者は、自らが探索しないだけでなく、これらの者に探索させない体制を組む必要がある。
5 逐条分析
5-1 名宛人の設計 ― 第11条の2との決定的な差
第11条の2は、「第二条第一項各号に定める事業者は、当該各号に掲げる者に対して」と定める。行為の相手方が、その事業者と関係を持つ通報者側の者に限定されている。
第11条の3には、この相手方限定がない。禁じられるのは「公益通報者を特定することを目的とする行為」であって、誰に対して行うかを問わない。この差は実務上大きい。
- 同僚や部下に「誰が通報したか知らないか」と尋ねる行為
- 取引先や外部委託先の窓口運営会社に通報者の氏名開示を求める行為
- 顧問弁護士事務所に対し通報受付記録の提出を求める行為
- 情報システム部門に匿名メールの送信元IPアドレスの解析を指示する行為
- 警備会社に防犯カメラ映像の抽出を依頼する行為
これらはいずれも、名宛人である事業者が「特定することを目的」として行う限り、相手方が誰であっても本条の射程に入る。探索は組織内部に閉じない行為であり、それに対応した条文設計と読むべきである。
5-2 行為態様の具体像
「その他の公益通報者を特定することを目的とする行為」に該当し得る典型例を、実務で問題になりやすい順に挙げる。
(1)名乗り出の要求
朝礼、部門会議、個別面談で「通報した者は名乗り出るように」と求める行為。条文が明示的に例示している態様であり、正当化の余地は事実上ない。「名乗り出れば不利益に扱わない」と付言しても、要求である以上、該当性は変わらない。
(2)電磁的記録の解析
匿名通報メールのヘッダ解析、社内ネットワークのアクセスログ照合、プリンタの印刷履歴確認、ファイルサーバのアクセス権限履歴の確認、業務用端末の回収と復元。技術的に容易であるほど濫用の危険が高い。
(3)文書の同一性判断
告発文書の文体、用語法、書式、誤字の癖から作成者を推定する行為。筆跡鑑定の依頼も同様である。
(4)聞き取りによる絞り込み
「この情報を知り得たのは誰か」を関係者に尋ね、消去法で候補を絞る行為。調査に必要な事実確認との区別が難しい類型であり、後述する運用上の切り分けが要る。
(5)外部窓口への開示要求
法律事務所や外部窓口受託事業者に対し、通報者の氏名または特定につながる事項の開示を求める行為。指針の解説は、外部窓口を設ける場合の推奨事項として、特定させる事項は、特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できない等のやむを得ない場合を除き、公益通報者の書面や電子メール等による明示的な同意がない限り、事業者に対しても開示しないこととする措置を挙げている。事業者が開示を迫る行為は、この設計と正面から衝突する。
(6)通報前後の行動照合
入退館記録、勤怠データ、休暇取得日と通報日の突合。通報時刻に在席していた者の割り出し。
(7)ソーシャルメディアの調査
外部通報や報道を端緒として、通報者と思われる人物のアカウントを特定する調査。
5-3 目的要件の証明
本条は行為者の内心(目的)を要件とする。違反の有無が争われる場面では、目的の推認が焦点となる。実務上、次の間接事実が目的を推認させる。
- 通報受付から調査着手までの時間的近接性
- 調査対象部署の範囲が通報内容と無関係に広がっていること
- 被通報者本人またはその指揮下の者が調査を主導していること
- 従事者以外の者にログ解析等を指示していること
- 調査記録に「発信者特定」「作成者割出し」等の目的が明記されていること
- 通常業務では行われない手法(端末回収、筆跡鑑定等)が用いられていること
指針は、公益通報対応業務における利益相反の排除に関する措置を求めている。被通報者を調査から外す運用は、利益相反排除の要請であると同時に、探索目的の推認を避ける防御でもある。
5-4 「正当な理由」の限界
指針の解説は、通報者探索は原則として許容されるものではなく、「正当な理由」は限定的な場合にとどまるべきだとする。そのうえで、該当し得る例として、匿名の通報について、通報者が具体的にどのような局面で不正を認識したのか等を特定した上でなければ必要な調査や是正ができない場合に、公益通報に対応する際、法第12条の規定により守秘義務を負う従事者が通報者の特定につながる事項を問うことを挙げる。
この一文は密度が高い。三つの限定が重ねられている。
第一に、目的の限定。調査及び是正の実施が目的でなければならない。報復、口封じ、責任追及、人事評価への反映は目的として認められない。
第二に、必要性の限定。特定しなければ調査や是正が「できない」場合に限られる。他の手段で足りるなら正当化されない。匿名通報であっても、通報内容に日時・部署・帳票番号等の手掛かりがあり、通報者を特定せずに客観資料から検証できるのであれば、探索の必要性は否定される。
第三に、主体の限定。行為者は法第12条の守秘義務を負う従事者でなければならない。従事者に指定されていない上司、人事部門、情報システム部門、被通報者が同じことをしても、正当な理由の枠には収まらない。従事者指定の書面化(指針が求める、従事者たる地位に就くことが本人に明らかとなる方法での指定)が、ここで実務的な意味を持つ。
第四に、条文には現れないが当然の限定として、手段の相当性がある。従事者が通報者に対し追加事情を尋ねること(通報者との対話)と、通報者の同意なくログを解析すること(通報者の頭越しの調査)とでは、相当性の評価が異なる。前者を基本形とし、後者は例外として扱うのが安全である。
なお、通報者本人に対して「あなたが通報者か」と尋ねる行為も、形式的には特定を目的とする行為に当たり得る。通報者から先に相談を受けている場合や、通報者の明示の同意がある場合を除き、確認を要する場面では従事者が通報者本人と直接連絡を取る運用を設計しておくべきである。
5-5 効果 ― 罰則も無効規定も置かれていない
本条には、次のものがいずれも存在しない。
- 罰則。第21条第1項は第3条第1項違反、同条第2項は第15条の2第2項の命令違反と第16条第1項の報告・検査違反、第22条は第12条違反を対象とする。第11条の3は列挙されていない。
- 私法上の無効規定。第11条の2第2項に相当する規定がない。もっとも、探索そのものは事実行為であり、無効という効果が観念しにくい行為類型である。
- 消費者庁の直接の是正権限。第15条の2の勧告・命令、第16条の報告徴収・立入検査は、いずれも第11条第1項・第2項を対象としており、第11条の3を対象としていない。
では本条は宣言規定にすぎないのか。そうではない。次の四つの経路で実効性が担保される。
(1)体制整備義務を介した行政措置
指針第4の2(2)ハは、「法第11条の3の規定による正当な理由がある場合を除いて、事業者の労働者及び役員等が、通報者探索を行うことを防ぐための措置をとる」ことを求める。同(2)ニは、探索が行われた場合に、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、行為者に懲戒処分その他適切な措置をとることを求める。
指針は法第11条第4項に基づき定められた告示であり、第11条第2項の体制整備義務の内容を具体化する。したがって、探索防止措置を欠く事業者は第11条第2項違反となり得る。第11条第2項違反には、第15条の2第4項の勧告、同第5項の公表、第16条第2項の報告徴収が及び、報告をせずまたは虚偽の報告をした者には第24条により20万円以下の過料が科され得る。
第11条の3自体には行政措置がないが、指針を経由して第11条第2項に接続することで、行政的な圧力が働く構造となっている。
(2)民事上の違法性評価
第11条の3は法律上の禁止規範であるから、これに違反する行為は民法第709条の違法性を基礎づける有力な事情となる。従来、通報者探索の違法性は人格権侵害やプライバシー侵害の一般法理で論じるほかなかったが、明文の禁止規定ができたことで、違法性判断の足場が変わる。慰謝料額の評価にも影響する。
(3)3号通報要件との連動
第3条第1項第3号ハは、内部通報をすれば、役務提供先が公益通報者について知り得た事項を、特定させるものであることを知りながら正当な理由なく漏らすと信ずるに足りる相当の理由がある場合に、報道機関等への通報を保護する。探索の常態化した組織では、この要件が満たされやすくなる。探索は、通報者を外部通報へ押し出す効果を持つ。
(4)懲戒事由としての明確化
指針が求める内部規程に探索禁止を書き込めば、違反は懲戒事由となる。法律上の禁止規範が背後にあることで、懲戒処分の相当性判断も安定する。
5-6 国及び地方公共団体への適用
国及び地方公共団体は事業者に含まれる。第9条は、一般職の国家公務員等について第3条第2項・第3項を適用せず、第3条第1項及び第21条第1項の適用について読替えを行う規定であり、第11条の3には及ばない。したがって、国及び地方公共団体は、民間事業者と同一の文言で通報者探索の禁止を受ける。
ただし第20条により、第15条から第16条までの規定は国及び地方公共団体に適用されない。前記(1)の行政措置ルートは、公的部門には働かない。第23条第2項により、両罰規定のうち第21条第1項に係る部分も国及び地方公共団体には適用されない。
公的部門における第11条の3の実効性は、次の三つに依存する。
- 国の行政機関向けガイドライン及び地方公共団体向けガイドライン(いずれも令和8年5月29日最終改正)の遵守
- 議会の調査(地方自治法第100条に基づく調査を含む)及び監査委員・外部監査による点検
- 国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償責任
地方公共団体向けガイドラインは、範囲外共有等の防止、秘密保持及び個人情報保護の徹底の項で、各地方公共団体は、職員等が、法第11条の3の規定による正当な理由がある場合を除いて、通報者探索を行うことを防ぐ措置をとる、と定める。国の行政機関向けガイドラインにも同旨の定めがある。行政措置の裏づけがない分、内部規程と運用の自律性が問われる。
6 判例・裁判例
第11条の3は施行前の新設規定であるため、本条を直接適用した裁判例は存在しない。以下は、通報者の特定と、その後の取扱いをめぐる判断の蓄積である。いずれも、探索の帰結として何が起きるかを示している。
6-1 大阪いずみ市民生協事件(大阪地裁堺支部平成15年6月18日判決・労働判例855号22頁)
生協の幹部職員3名が、役員による生協の私物化を内容とする告発文書を、総代ら500人以上に匿名で送付した。生協は3名を出勤停止・自宅待機とした上で、配転や懲戒解雇を命じた。懲戒解雇について地位保全の仮処分が認容され、処分は撤回されたが、3名は処分を主導した役員個人に対して不法行為に基づく損害賠償を請求した。
裁判所は、告発の方法・手段に相当性を欠く面があったとしつつ、告発自体には正当性があるとし、処分を主導した役員の共同不法行為責任を認めた。匿名の告発文書に対し、組織が作成者を割り出して排除に動いた構造は、第11条の3が想定する事案そのものである。役員個人の責任が認められた点は、現行法の下で探索を主導した者の個人責任を考える際の参考になる。
6-2 トナミ運輸事件(富山地裁平成17年2月23日判決・労働判例891号12頁、判例時報1889号16頁、判例タイムズ1187号121頁)
運送業界のヤミカルテルを新聞社に告発した社員が、その後、教育研修所への異動を命じられ、雑務のみを与えられる状態が長期間続き、昇格もなかった。裁判所は、内部告発を理由とする不利益な配置・差別的処遇が人事権の裁量を逸脱するとして、慰謝料及び財産的損害の賠償を認めた。
判決が認定した経過は、告発の当事者が誰であるかが会社に判明した時点を分水嶺として不利益が始まったというものである。特定が不利益取扱いの起点となることを、この事件は端的に示している。
6-3 オリンパス事件(東京高裁平成23年8月31日判決・判例時報2127号124頁、第一審・東京地裁平成22年1月15日判決・判例時報2073号137頁、最高裁第一小法廷平成24年6月28日決定により確定)
社員が、取引先からの従業員引き抜きの問題をコンプライアンスヘルプラインに通報したところ、通報内容が上司に伝わり、その後、配置転換が繰り返された。控訴審は、配転命令が制裁的な意図に基づく人事権の濫用であるとして無効と判断し、損害賠償も認めた。
判決が前提とした事実関係には、社内規程上、ヘルプラインへの通報は秘密が厳守され、通報を理由に不利益を課されないと明記されていたことが含まれる。制度上の秘密保持の約束と、現場での情報伝達との乖離が争点となった事案であり、範囲外共有と探索を防ぐ体制の実効性が問われる典型である。本件は令和2年改正・令和7年改正に向けた立法事実の一つとされる。
6-4 神社本庁事件(東京地裁令和3年3月18日判決、東京高裁令和3年9月16日判決。上告棄却により確定)
宗教法人の不動産取引をめぐり、役員の背任行為の疑いを記載した文書を理事らに交付した職員が懲戒解雇された。裁判所は、文書の内容が真実であるとの証明はないとしつつ、真実と信じるに足りる相当の理由があり、不正の目的でなく、手段も相当であったとして、公益通報者保護法の趣旨に照らし違法性が阻却されるとした。
注目すべきは、職員が調査の過程で文書への関与を否定した点の評価である。裁判所は、関与を認めれば懲罰を受けるおそれがあったことに照らせば、虚偽申告を重大な非違行為として非難することは相当でないとした。組織が「お前が書いたのか」と問い詰め、通報者が否認する。この構図が探索の現場で常態化していることを、裁判所が事実として受け止めた判断である。第11条の3の下では、この問い詰めそのものが違法行為となる。
6-5 裁判例から読み取れる実務指針
四つの事件に共通するのは、探索と特定が単独で終わらず、必ず配転・懲戒・処遇差別という次の段階を伴っている点である。第11条の3が探索の段階で線を引いた意義は、この連鎖を最初の一歩で断つところにある。
7 企業における内部通報の事例
以下は、内部通報制度の運用で実際に問題となりやすい局面を、事例として整理したものである。第11条の3の下での評価を併記する。
事例1 匿名メールの送信元解析
製造業A社の品質保証部門から、検査データの書換えを指摘する匿名メールが通報窓口に届いた。担当役員が情報システム部門長に対し、社内メールサーバのログから送信端末を特定するよう指示した。
評価。特定を目的とする行為に当たる。情報システム部門長は従事者に指定されておらず、指針の解説が示す正当な理由の枠に入らない。通報内容には検査ロット番号が記載されており、通報者を特定しなくても検査記録の照合で事実確認が可能であった。必要性の要件も満たさない。指示した役員の行為が第11条の3違反となり、A社は指針第4の2(2)ハの措置を欠くとして第11条第2項違反も問われ得る。
事例2 外部窓口への氏名開示要求
小売業B社は、内部公益通報受付窓口を法律事務所に委託していた。役員会で通報事案が報告された際、社長が「誰が言ってきたのか法律事務所に確認せよ」と指示した。
評価。相手方が社外であっても本条の射程に入る。委託先の法律事務所は、通報者の明示的な同意がない限り開示しない設計としているのが通常であり、事業者の側から開示を迫ること自体が違反となる。委託契約書に、開示を求めない旨と、求められても応じない旨を双方の義務として明記しておく運用が有効である。
事例3 被通報者による聞き取り
サービス業C社で、支店長のハラスメント及び経費の私的流用を内容とする通報があった。本社は事実確認のため当該支店に調査担当者を派遣したが、支店長が同席したまま従業員への聞き取りが行われた。
評価。被通報者の同席は、それ自体が探索の外形を持つ。従業員の側からは、支店長が通報者を割り出すための場と受け取られる。指針が求める利益相反の排除に反し、聞き取りの過程で「誰が知っていたのか」を問えば第11条の3違反に直結する。調査から被通報者を完全に外す設計が必要である。
事例4 フリーランスからの通報
デザイン業務を受託していたフリーランスDが、発注元E社の下請代金支払遅延を行政機関に通報した。E社の担当部長が、社内の発注担当者に「最近取引を切られそうだと言っていたのは誰か」と尋ねて回った。
評価。令和7年改正により、特定受託業務従事者は第2条第1項第3号の通報者に加わった。E社は同号に定める事業者として本条の名宛人となる。行政機関への通報(2号通報)であっても保護に差はない。フリーランスは労働者に比べて関係の切断が容易であるだけに、探索の抑止が実質的な意味を持つ。
事例5 退職者からの通報
F社を3か月前に退職した元社員が、在職中に把握した不正会計を報道機関に通報した。F社は、退職時に貸与端末から持ち出されたデータの有無を確認する名目で、退職者の在職中のメール送受信履歴を全件精査した。
評価。退職後1年以内の者は第2条第1項第1号の通報者に当たり、F社は名宛人となる。情報管理上の必要性を掲げていても、精査の時期が通報直後であり、対象が当該退職者に限定されていれば、特定を目的とする行為と推認される余地が大きい。情報資産管理としての調査は、通報の有無と無関係に、あらかじめ定めた基準と時期に従って実施する体制にしておくべきである。
事例6 結果的な判明
G社の従事者が、通報内容に記載された会議の出席者が3名しかいないことに気づき、通報者が誰であるかを推測できる状態になった。
評価。特定を目的とする行為が存在しないため、本条違反とはならない。ただし、この時点から範囲外共有の防止が要請される。当該従事者以外に推測の材料を共有しない、記録上は仮称表記とする、といった措置が必要となる。指針の解説は、通報事案に係る記録・資料に記載されている関係者の固有名詞を仮称表記・マスキングにすることを推奨事項として挙げている。
事例7 探索を避けた調査手法
H社では、通報を端緒とする調査であることを関係者に悟らせないため、定期監査の一環として実施する形式を採った。
評価。指針の解説は、推奨される考え方や具体例として、必要に応じて従事者以外の者に調査等を依頼する際に当該調査等が公益通報を契機としていることを伝えないこととし、その工夫として、抜き打ちの監査を装う、該当部署以外の部署にもダミーの調査を行う、定期的な監査・職場環境調査・人事面談などの機会と合わせて調査を行う、核心部分ではなく周辺部分から調査を開始する、全員を対象とする匿名のコンプライアンス・アンケートを定期的に行う、といった措置を挙げている。H社の手法はこれに沿う。探索を防ぐ最良の方法は、そもそも通報の存在を推測させないことである。
8 地方公共団体における事例と適用
8-1 兵庫県文書問題
令和6年3月、兵庫県の元西播磨県民局長が、知事に関する疑惑を記載した文書を報道機関等に送付した。県は、文書の作成者を特定するための調査を行い、当該職員の公用パソコンを回収した。翌4月、当該職員は同内容の通報を県の公益通報窓口にも行っている。
県議会は令和6年6月から文書問題調査特別委員会を開催し、令和7年3月4日付けで調査報告書を決定した。同報告書は、行政機関やその他外部への通報が公益通報となる場合にも公益通報者を保護する体制の整備が求められるとしたうえで、本件では通報者の探索が例外的に許容されるのではないかという参考人の意見もあったとしつつ、法令の趣旨を尊重して社会に規範を示すべき行政機関としては、公益通報者保護法に基づく指針を原則どおり遵守すべきであるとした。また、記者会見で文書作成者を公にしたことや元県民局長のプライバシー情報の漏えいは、指針第4の2(2)の範囲外共有等の防止に関する措置を怠った対応であると評価している。
県が設置した第三者調査委員会は、令和7年3月19日に報告書を県へ提出し、告発文書の送付が外部公益通報に当たるとしたうえで、県が通報者探しを行ったこと及び文書を作成した元局長の公用パソコンを回収したことは極めて不当であり、公益通報者保護法に違反すると認定した。
本件の教訓は多岐にわたるが、第11条の3に即して整理すると次のとおりである。
第一に、外部通報(3号通報)であっても探索は許されないこと。旧法下では、体制整備義務が内部公益通報を対象とする規定であることを根拠に、外部通報には及ばないという主張が現に唱えられた。指針の解説は、行政機関等や事業者外部への公益通報についても同様の措置がとられる必要があるとしており、令和8年12月1日以降は、第11条の3が通報先を限定しない条文として存在するため、この争点は立法的に解消される。
第二に、公用パソコンの回収と解析は、通常の情報資産管理の外形をまとっていても、時期と対象から目的が推認されること。
第三に、地方公共団体には第15条の2の勧告・命令が及ばない以上、外部からの是正は議会の調査、第三者委員会、住民監査請求、国家賠償請求といった経路に委ねられること。所管省庁が見解を示しても、行政処分としての強制力はない。
8-2 地方公共団体向けガイドラインの要求
公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報。令和8年5月29日最終改正)は、「範囲外共有等の防止、秘密保持及び個人情報保護の徹底」の項で、各地方公共団体が次の措置をとるものとしている。
- 職員等が範囲外共有を防ぐための措置をとり、範囲外共有が行われた場合には適切な救済・回復の措置をとること
- 職員等が、法第11条の2第1項の規定による正当な理由がある場合を除いて、通報妨害行為を行うことを防ぐための措置をとること
- 職員等が、法第11条の3の規定による正当な理由がある場合を除いて、通報者探索を行うことを防ぐ措置をとること
ここでいう「職員等」には、法第2条第1項に定める「代理人その他の者」が含まれ、退職者は除かれる。
同ガイドラインは、地方自治法第245条の4第1項に基づく技術的な助言として位置づけられ、各団体が実情に応じてより充実した仕組みを整備することを妨げない。
8-3 地方公共団体に特有の論点
(1)議会との関係
第2条第4項第2号は、行政機関として「地方公共団体の機関(議会を除く。)」を挙げる。議会は行政機関から除かれるが、議会事務局職員との関係では、地方公共団体が第2条第1項第1号の事業者となる。百条委員会の調査の場で通報者の特定につながる質疑がされる場合、委員会自体は本条の名宛人ではないが、執行機関が委員会に資料を提出する形で特定情報を流す行為は、範囲外共有の問題となる。
(2)情報公開請求との交錯
通報に関する文書に対して情報公開請求がされた場合、条例の非開示事由(個人に関する情報、事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれのある情報)の適用が問題となる。開示決定の過程で通報者の特定につながる記述が残らないよう、文書作成の段階から仮称表記とマスキングを徹底しておく必要がある。
(3)人事異動サイクルとの関係
従事者に指定された職員が異動する。第12条の守秘義務は「公益通報対応業務従事者であった者」にも及ぶため、異動後も義務は継続する。異動先での何気ない会話が範囲外共有となる危険があり、異動時の再教育を制度化すべきである。
(4)小規模団体
人員・予算の制約により専用窓口の設置が困難な団体について、ガイドラインは、秘密保持及び個人情報の保護に留意した上で他の類似目的の窓口を活用すること、他の団体と連携・協力して事務を行う仕組み(協議会の設置、機関等の共同設置、事務の委託又は代替執行等)を活用して窓口を設置することを認めている。小規模団体ほど、通報者が誰であるかを組織内で推測しやすい。共同設置による外部性の確保は、探索防止の観点からも合理性がある。
9 指針及び指針の解説の分析
指針の解説は、四層構造(指針本文/指針の趣旨/指針を遵守するための考え方や具体例/その他に推奨される考え方や具体例)で記述される。第11条の3に対応する部分を層ごとに整理する。
9-1 指針本文(第4の2(2))
範囲外共有、通報妨害及び通報者探索の防止に関する措置として、イからニまでの四項目が定められる。第11条の3に直接対応するのはハ及びニである。
ハ 法第11条の3の規定による正当な理由がある場合を除いて、事業者の労働者及び役員等が、通報者探索を行うことを防ぐための措置をとる。
ニ 範囲外共有、通報妨害行為及び通報者探索が行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。
指針本文の名宛人は事業者であり、防止の対象となる行為者は「労働者及び役員等」である。法第11条の3が事業者自身の行為を禁じるのに対し、指針は事業者に対し、構成員の行為を防ぐ体制を求める。両者を重ねると、事業者は「自ら探索しない義務」と「構成員に探索させない義務」を負うことになる。
9-2 指針の趣旨
前記3-1に述べたとおり、通報の躊躇を招くこと、事後の救済・回復が困難であること、行為者への厳正な対処により抑止の認識を持たせる必要があることが示されている。あわせて、行政機関等及びその他の事業者外部への公益通報についても同様の措置がとられる必要があるとされる点は、実務上、繰り返し確認すべき記述である。
9-3 指針を遵守するための考え方や具体例
第11条の3に関しては、次の二点が中心となる。
第一に、正当な理由の限定的解釈と、その具体例(前記5-4)。
第二に、防止措置の具体例として、通報妨害行為及び通報者探索は行ってはならない行為であって懲戒処分その他の措置の対象となることを定め、その旨を周知・啓発すること。内部規程への明記と周知の二段構えが求められている。
なお、指針の解説は、内部公益通報受付窓口の担当者以外の者(いわゆる上司等)が内部公益通報を受けることがあり、これらの者が従事者として指定されていない場合であっても、事業者において整備・対応が求められる範囲外共有等を防止する体制の対象となるとしている。窓口以外のルートで通報が入ることを前提とした体制設計が要る。
また、脚注において、防止すべき「労働者及び役員等」には内部公益通報受付窓口に関する外部委託先も含まれること、外部委託先も従事者として定められる場合があり得ることが示されている。外部窓口を設けたことで探索防止の責任が移転するわけではない。
9-4 その他に推奨される考え方や具体例
探索防止と親和的な推奨事項として、次のものが挙げられている。
- 外部窓口を設ける場合、特定させる事項は、特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できない等のやむを得ない場合を除き、通報者の書面や電子メール等による明示的な同意がない限り、事業者に対しても開示しないこととする措置
- 受付時に、入室者が適切に管理されている専用の部屋を活用すること、電子メールのやり取りで上司等に同報される設定になっていないかを確認すること、パスワード付きの添付ファイルを適宜利用すること、記録・資料の固有名詞を仮称表記・マスキングにすること
- 通報者本人からの情報流出によって通報者が特定されることを防ぐため、情報管理の重要性を通報者本人にも十分に理解させること
- 調査に当たり、特定させる事項を伝達する相手にあらかじめ秘密保持を誓約させること、漏えいが懲戒処分等の対象となる旨の注意喚起をすること
- 調査等の契機が公益通報であることを伝えないこと、及びその工夫(前記事例7)
- ハラスメント事案等で被害者と公益通報者が同一である場合に、特定させる事項を共有する際、被害者の心情に配慮しつつ書面等により同意の有無を明確にすること
推奨事項は指針本文の遵守義務そのものではないが、探索が問題化した局面で、事業者がどこまで手を尽くしたかを示す資料となる。
9-5 周知事項としての位置づけ
指針第4の3(3)ヘは、労働者等、役員、退職者、特定受託業務従事者及び特定受託業務従事者であった者に対する周知・啓発の対象として、「範囲外共有、通報妨害及び通報者探索の防止に関する措置の内容」を掲げる。探索防止措置は、整備するだけでなく、その内容を通報者となり得る者に知らせることまでが義務の内容である。措置の存在が知られてはじめて、通報の躊躇が解消されるという理路である。
10 経過措置(附則)の分析
10-1 施行期日
改正法(令和7年法律第62号)附則第1条は、公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行すると定め、令和7年政令第408号により令和8年12月1日と定められた。
10-2 経過措置の原則
附則第2条は、新法の規定(罰則を除く)は、附則に特別の定めがある場合を除き、施行前にされた旧法第2条第1項に規定する公益通報にも適用すると定める。
附則には、第3条(労働者に対する不利益取扱い)、第4条(派遣労働者に対する不利益取扱い)、第5条(通報妨害に係る法律行為の無効)、第6条(報告及び勧告)、第7条(罰則)の特則が置かれている。第11条の3に関する特則は存在しない。
したがって、令和8年12月1日より前にされた公益通報についても、同日以後に行われた通報者探索には第11条の3が適用される。改正法の施行前に通報を受けていた事案が係属している事業者は、施行日をまたぐ調査について、探索に当たる行為が残っていないかを点検しておく必要がある。
10-3 第11条の2との対比
附則第5条は、新法第11条の2第2項(通報妨害に違反してされた合意等の無効)について、施行後にされた法律行為に適用し、施行前にされた法律行為には適用しないと定める。既往の法律行為の効力を遡って覆さないための特則である。
第11条の3は事実行為の禁止であり、既往の法律行為の効力を左右しない。そのため同種の特則を要しない。附則第5条が第11条の2第2項のみを対象としていることは、第11条の3が原則どおり附則第2条の適用を受けることの裏づけとなる。
10-4 罰則との関係
附則第7条は、施行前にした行為に対する罰則の適用について従前の例によると定める。第11条の3には罰則がないため、この規定が直接に問題となる場面はない。ただし、探索の過程で従事者が特定情報を漏らせば第12条違反となり、第22条の罰金の対象となる。この場合、行為時が施行日の前か後かによって適用条文(旧第21条か新第22条か)が異なる点に注意を要する。
10-5 指針の効力
改正法附則には、施行前に指針を定めることができる旨の規定(令和2年改正法附則第3条と同旨の仕組み)が置かれ、令和8年3月31日に内閣府告示第15号による指針の一部改正が行われた。改正指針は令和8年12月1日から施行される。指針の解説も同日付けの内容で最終改正されている。
11 実務チェックリスト
11-1 民間事業者向け
内部規程
- 通報者探索の禁止を、法第11条の3を引用した上で明記しているか
- 禁止の対象者に、役員、管理職、一般従業員、代理人その他の者、外部委託先を含めているか
- 違反が懲戒事由となることを規程上明示しているか
- 「正当な理由」がある場合の手続(誰が、どの決裁を経て、何を記録するか)を定めているか
体制
- 従事者を書面により指定し、本人に第12条の守秘義務と第22条の罰則の適用対象となり得ることを明示しているか
- 従事者以外の者がログ解析・端末調査等を実施できない権限設計になっているか
- 被通報者及びその指揮下の者を調査から除外する利益相反排除の手順があるか
- 外部窓口の委託契約に、事業者からの氏名開示要求に応じない旨を明記しているか
- 通報記録を仮称表記・マスキングで作成する運用が定着しているか
- 通報関連情報へのアクセス権限を必要最小限に限定し、操作・閲覧履歴を記録しているか
調査運用
- 通報者を特定せずに検証できる客観資料の有無を、調査着手前に確認する手順があるか
- 調査が公益通報を契機とすることを、必要のない相手に伝えない運用としているか
- 聞き取りの質問文に、通報者を絞り込む趣旨の設問が混入していないかを事前点検しているか
- 調査記録に、探索目的と誤読されかねない記載が残っていないかを確認しているか
周知
- 探索防止措置の内容を、労働者等、役員、退職者、特定受託業務従事者及び特定受託業務従事者であった者に周知しているか
- フリーランスとの業務委託契約書または発注書面に、通報窓口と探索禁止の記載を入れているか
- 退職時の説明資料に、退職後1年以内は通報者として保護される旨を記載しているか
事後対応
- 探索が疑われる事象を検知する経路(相談窓口、アンケート等)を用意しているか
- 探索が確認された場合の懲戒手続と、通報者に対する救済・回復措置の内容を定めているか
- 探索事案の発生を経営トップまで報告する経路を定めているか
11-2 地方公共団体・国の行政機関向け
規程・要綱
- 内部公益通報に関する条例・規則・要綱に、法第11条の3を引用した探索禁止の定めがあるか
- 対象を「職員等」(法第2条第1項の代理人その他の者を含む)としているか
- 外部通報(2号通報・3号通報)の通報者についても探索を禁じることを明記しているか
体制
- 内部公益通報受付窓口を、全部局の総合調整を行う部局又はコンプライアンス所掌部局に置いているか
- 内部窓口に加え、外部に弁護士等を配置した窓口を設けているか
- 組織の長その他幹部に関係する事案について、独立性を確保する措置をとっているか
- 従事者を書面により指定し、異動後も守秘義務が継続することを本人に周知しているか
- 出先機関等における通報対応の周知と体制整備を行っているか
情報管理
- 公用端末の調査・回収について、通報の有無と無関係に適用される事前の基準と手続を定めているか
- 通報関連文書の作成段階から仮称表記・マスキングを行う運用としているか
- 情報公開請求への対応において、通報者の特定につながる記述が開示されない仕組みがあるか
- 報道対応・記者会見において、通報者の特定につながる発言をしない手順を定めているか
小規模団体
- 専用窓口の設置が困難な場合に、他の類似目的の窓口の活用又は他団体との共同設置・事務委託等を検討したか
点検
- 内部公益通報対応体制の定期的な評価・点検を実施し、探索防止措置の実効性を確認しているか
- 監査委員監査又は外部監査の項目に、通報対応体制を含めているか
- 議会からの資料要求に対し、通報者の特定につながる情報を提出しない基準を定めているか
12 次回予告
次回は第12条(公益通報対応業務従事者の義務)を扱う。第11条の3が「探さない義務」を事業者に課すのに対し、第12条は「漏らさない義務」を従事者個人に課し、第22条の罰則がこれを担保する。従事者の範囲、「公益通報者を特定させる事項」の意義、「正当な理由」の解釈、退職・異動後の義務の継続、両罰規定との関係を、指針の従事者指定に関する定めと併せて解説する。
◆通報窓口を受任中。希望組織はまず問い合わせを。https://compliance21.com/contact/


