1 条文原文

令和8年12月1日施行の公益通報者保護法(平成16年法律第122号。令和7年法律第62号による改正後)第11条の2は、次のとおりである。

(通報妨害の禁止等) 第十一条の二 第二条第一項各号に定める事業者は、当該各号に掲げる者に対して、正当な理由がなく、公益通報をしない旨の合意をすることを求めること、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げることその他の行為によって、公益通報を妨げてはならない。
2 前項の規定に違反してされた合意その他の法律行為は、無効とする。

本条は第3章「事業者がとるべき措置等」に置かれる。もっとも、同じ章に属する第11条が事業者に積極的な作為を命ずる規定であるのに対し、第11条の2と第11条の3は不作為を命ずる禁止規範であり、性質を異にする。両条は令和7年改正で同時に新設され、公益通報を阻害する二つの局面——通報前の萎縮と通報後の追及——にそれぞれ対応する。

参考として、対となる第11条の3を掲げる。

(通報者探索の禁止) 第十一条の三 第二条第一項各号に定める事業者は、正当な理由がなく、公益通報者である旨を明らかにすることを要求することその他の公益通報者を特定することを目的とする行為をしてはならない。

第11条の2の相手方が「当該各号に掲げる者」であるのに対し、第11条の3の対象は「公益通報者」である。前者は通報をまだしていない者を含み、後者は通報を済ませた者を前提とする。時間軸上の役割分担が条文の文言に現れている。


2 新旧対照と改正の構造

2-1 対照表

改正後(令和8年12月1日施行)改正前(令和4年6月1日施行)
第11条の2第1項(通報妨害の禁止)規定なし(新設)
第11条の2第2項(合意その他の法律行為の無効)規定なし(新設)
第11条の3(通報者探索の禁止)規定なし(新設)

条文単位で全部新設であるから、字句の対照という作業は生じない。着目すべきは、旧法にこれに対応する規範がまったく存在しなかったわけではない、という点である。

2-2 旧法における唯一の手がかり

旧法は、報道機関等に対する通報(3号通報)の保護要件の一つとして、次の場合を挙げていた。この規定は令和7年改正後も、条数の繰り下がりを伴いつつ維持されている。

ニ 役務提供先から前二号に定める公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合

すなわち、旧法は、口止めを受けた事実を、通報者が外部に踏み切ってよい事由として位置づけていた。口止めそのものを禁止する構成ではなく、口止めがあった場合に通報者側の選択肢を広げる構成である。事後的・受動的な手当てにとどまり、事業者に対する行為規範としては機能していなかった。

2-3 指針が先行していた領域との関係

令和7年改正前の指針にも、範囲外共有の防止措置と通報者探索の防止措置は置かれていた。これに対し、通報妨害の防止措置は指針にも存在しなかった。第11条の3が「指針にあった規範を法律に格上げした」性格を持つのに対し、第11条の2は法律と指針の双方で同時に新設された点で、改正の性格が異なる。指針第4の2(2)ロが法第11条の2第1項を引用する形で新設され、事業者に対し、その労働者及び役員等が通報妨害行為を行うことを防ぐための措置を求めることとなった。


3 立法の経緯と趣旨

3-1 検討会における議論

消費者庁の公益通報者保護制度検討会は、令和6年5月から同年12月まで9回にわたり開催され、第7回(令和6年11月18日)で「公益通報の妨害行為の禁止」が議題とされた。同年12月27日付けの報告書は、「公益通報を妨害する行為の禁止」の項で、次の三点を軸に論じている。

第一に、立法の必要性である。報告書は、事業者が誓約書や契約によって労働者に公益通報をしないことを約束させたり、公益通報をした場合には不利益な取扱いを行うことを示唆したりする行為を、法の趣旨に大きく反する行為と評価した。

第二に、既存法理との関係である。報告書は、労働者がそのような契約や合意の締結を要求された場合には民法第90条により公序良俗に反して無効となると考えられるとしつつ、そのことは労働者にとって必ずしも明らかではなく、公益通報を躊躇するおそれがあると指摘した。つまり、明文規定の意義は、法状態を変更することよりも、既に存在する帰結を可視化して通報者の予測可能性を確保することにある。この理解は、後述する経過措置の読み方にも影響する。

第三に、諸外国の状況である。報告書は、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、韓国に、通報妨害の禁止規定や妨害の趣旨の合意等を無効とする規定があることを挙げている。

3-2 罰則が見送られた理由

検討会では、違反時の刑事罰を規定することで事業者への抑止となるとの意見があった一方、立法事実の蓄積が十分でない中で罰則を導入することは刑事罰の謙抑性の観点から問題があるとの意見が出された。報告書の結論は、罰則の導入は今後の立法事実を踏まえて必要に応じて検討すべきである、というものであった。

同じ報告書が、通報者探索についても罰則を見送っている。ただし理由づけは同じではない。探索については、不利益な取扱いを伴わない探索行為自体が罰則に値する反社会性の高い行為とまではいえないこと、従事者以外の上司等が通報者を特定する情報を漏らしても罰則対象となっていないこととの均衡、調査担当者の萎縮といった実体的な理由が並べられている。これに対し通報妨害については、行為の当罰性を否定する記述はなく、専ら立法事実の不足が理由とされた。行為の悪質性の評価そのものは留保されており、施行後に事例が集積すれば罰則が検討される余地は、探索よりも通報妨害の方が広く残されている。

3-3 国会審議と施行日

改正法案は令和7年3月4日に国会に提出され、同年4月24日に衆議院において修正議決、同年6月4日に参議院で可決成立し、同月11日に令和7年法律第62号として公布された。衆議院の修正は、施行後の見直し規定の期間を5年から3年に短縮するものであり、第11条の2の内容に変更はない。施行日は令和8年12月1日である。

3-4 通報を躊躇する要因という立法事実

消費者庁が令和6年2月に公表した就労者1万人アンケート調査によれば、勤務先で重大な法令違反を目撃したと仮定した場合に相談・通報しないと回答した者の理由として最も多いのは、誰に相談・通報したらよいか分からないというものであった。また、勤務先に通報すると回答した者のうち匿名を希望する割合は62.6パーセントに上り、その理由として57.4パーセントが人事異動などで不利益な取扱いを受けるおそれを挙げている。

これらは通報者探索や範囲外共有の立法事実として引用されることが多い数値だが、通報妨害との関係でも意味を持つ。匿名を希望する動機の中核が「不利益を受けるおそれ」にあるとすれば、事業者側が不利益取扱いの可能性を明示的に告げる行為は、この懸念を確信に変える働きをする。第11条の2第1項が「公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げること」を独立の行為類型として掲げたのは、この構造を捉えたものと理解できる。


4 用語解説

用語意味根拠
通報妨害公益通報をしない旨の合意をすることを求めること、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げることその他の行為によって、公益通報を妨げること指針第2
通報妨害行為上記の「その他の行為」までを含む行為そのもの。妨害の結果を含まない概念として指針が切り出したもの指針第2
第2条第1項各号に定める事業者第1号は雇用主、第2号は派遣先、第3号は業務委託元、第4号は取引先たる他の事業者、第5号は役員に職務を行わせる事業者等法第2条第1項
当該各号に掲げる者第1号は労働者・退職者、第2号は派遣労働者・元派遣労働者、第3号は特定受託業務従事者・元従事者、第4号は取引先の事業に従事する労働者等、第5号は役員法第2条第1項
正当な理由通報妨害行為を許容する例外事由。指針の解説は、限定的な場合に留まるべきであるとする法第11条の2第1項、指針の解説
法律行為意思表示を要素とし、その内容どおりの法律効果を生じさせる行為。契約、単独行為、合同行為を含む民法の一般概念
無効当初から効力を生じないこと。取消しと異なり、援用も追認も要しない法第11条の2第2項

なお、指針が「通報妨害」と「通報妨害行為」を書き分けている点には注意を要する。指針第4の2(2)ロが事業者に防止を求める対象は「通報妨害行為」であり、妨害の結果が生じたかどうかを問わない。体制整備義務の水準としては、行為の段階で押さえることが求められている。


5 第1項の解説

5-1 名宛人と相手方の対応関係

第1項は「第二条第一項各号に定める事業者は、当該各号に掲げる者に対して」という書き方をとる。名宛人と相手方は号ごとに対応しており、任意の組合せではない。

相手方(掲げる者)名宛人(定める事業者)
第1号労働者、労働者であった者(通報日前1年以内)自ら使用し、又は使用していた事業者
第2号派遣労働者、派遣労働者であった者労働者派遣の役務の提供を受け、又は受けていた事業者
第3号特定受託業務従事者、同従事者であった者業務委託をし、又はしていた事業者
第4号請負契約その他の契約に基づく事業に従事する労働者等・特定受託業務従事者等当該他の事業者(取引先)
第5号役員当該役員に職務を行わせる事業者、及び当該役員が従事する事業の発注元

派遣元が自社の派遣労働者に口止めをした場合を考えると、派遣元は第2号の事業者ではないが、当該派遣労働者を雇用する第1号の事業者に当たり、派遣労働者は労働基準法第9条の労働者であるから第1号に掲げる者に当たる。したがって第1号の枠内で本条の適用がある。号の対応関係は形式的な限定ではなく、契約関係の実質に即した割り当てとして読むべきである。

他方、対応関係を外れる場合は本条の射程外となる。通報しようとする者の家族や同僚に働きかけて通報を思いとどまらせた場合、その家族や同僚が当該事業者との関係で各号に掲げる者に当たらない限り、第11条の2の問題としては構成できない。第11条第2項の体制整備義務や不法行為法による処理に委ねられる。

5-2 規模による限定がないこと

第11条第3項は、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者について、同条第1項及び第2項の義務を努力義務に読み替える。この読替えは第11条の2には及ばない。条文上、第11条第3項が読替えの対象とするのは「第一項」及び「前項」に限られるからである。

したがって、第11条の2は、従業員数にかかわらず、すべての事業者を拘束する。個人事業主も、法人格を有しない団体も例外ではない。体制整備義務の対象外である中小規模事業者にとって、令和7年改正で新たに生じる法的拘束のうち最も直接的なものが本条と第11条の3である。この点は、改正対応の説明を「300人超が対象」と単純化してしまうと見落とされやすい。

5-3 対象となる「公益通報」の範囲

第1項は単に「公益通報」と規定する。第11条第1項及び第2項が「第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報」すなわち内部公益通報に限定しているのと対照的である。

したがって、妨害が禁じられるのは内部通報に限られない。行政機関等に対する2号通報も、報道機関等に対する3号通報も含まれる。事業者内部で処理させることを目的として外部通報のみを封じる行為も、本条に触れる。

さらに、第2条第1項の「公益通報」に当たれば足り、第3条第1項各号や第6条第1項各号の保護要件を満たすかどうかは問われない。この読み方は、消費者庁の令和8年5月29日時点のQ&Aが第11条の3について示す整理と平仄が合う。同Q&Aは、保護要件を満たさない場合であっても第2条第1項の公益通報を行った公益通報者であれば通報者探索の禁止は適用される旨を述べている。第11条の2の相手方は通報前の段階を含むから、保護要件の充足を問題にする余地はなおさら小さい。

5-4 「正当な理由がなく」の位置づけ

「正当な理由がなく」は、第12条の従事者の守秘義務、第11条の3の通報者探索の禁止と共通する要件である。禁止の原則性を維持しつつ、例外的な場面を解釈に委ねる立法技術である。

指針の解説は、通報妨害行為は原則として許容されるものではなく、「正当な理由」は限定的な場合に留まるべきである、と明示する。検討会報告書も、潜脱的な行為が行われて禁止規定の実効性が損なわれることのないよう、解釈で認められる範囲は限定的な場合に留めるべきであるとしていた。立証責任の観点からは、禁止規範の例外として事業者側が正当な理由の基礎となる事実を主張立証すべき構造と解するのが素直である。

5-5 行為類型

第1項は二つの類型を例示し、「その他の行為」で受ける。

第一の類型は「公益通報をしない旨の合意をすることを求めること」である。求める行為が禁止対象であって、合意の成立は要件ではない。相手方が拒否した場合でも第1項違反は成立する。書面によるか口頭によるかも問わない。入社時の秘密保持誓約書、退職時の合意書、示談書、和解条項、業務委託契約書の守秘条項など、器の種類は問わない。

第二の類型は「公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げること」である。ここでいう不利益な取扱いは、第3条第1項、第4条第1項、第5条及び第6条第1項により禁止される行為の総称であり、指針は、地位の得喪、人事上の取扱い、経済待遇上の取扱い、精神上・生活上の取扱いの四類型を挙げる。告げる態様は明示に限られない。「そんなことをすれば君の評価がどうなるか分かっているだろうな」といった示唆も含まれる。指針の解説が「不利益取扱いをすると示唆されていたりした場合」という表現を用いていることは、この理解を支える。

第三に「その他の行為」がある。想定されるのは、通報窓口の連絡先を削除し又は周知しないこと、内部規程で外部通報を禁じること、通報の順序を強制すること、通報を検討している者を業務から外して情報にアクセスできなくすること、金銭その他の利益の供与を条件に通報を断念させることなどである。消費者庁のQ&Aは、事業者が労働者及びフリーランス等に対して外部公益通報を禁じたり、まず内部公益通報をするよう公益通報の順序を強制したりすることが通報妨害に該当し得ると述べており、同時に、そのような内部規程が存在すること自体が第3条第1項第3号ニに該当し得るとの見方を示している。

5-6 「妨げてはならない」——結果の発生を要するか

文言上、禁止されるのは「行為によって、公益通報を妨げ」ることであり、妨害という結果が要件であるかに読める。しかし、第一の類型が「求めること」であることとの整合を考えると、この読み方は維持しがたい。合意の申入れを拒絶された事業者が、なお「妨げていない」として責任を免れるとすれば、例示の意味が失われる。

指針が「通報妨害行為」という概念を切り出し、事業者に対してその防止を求めていることも、同じ方向を示す。個別の通報を現に断念させたことの立証を要求すれば、規範は空文化する。「妨げる」は、公益通報を思いとどまらせるに足りる働きかけを指すものとして、抽象的な萎縮効果の観点から判断されるべきである。

もっとも、第2項の無効効果は「合意その他の法律行為」を対象とするから、合意が成立していない段階では第2項は働かない。第1項違反は成立するが第2項の適用対象がない、という状態は当然に生じる。この場合の帰結は、不法行為責任と、後述する第11条第2項を経由した行政上の対応である。

5-7 誰の行為が事業者の行為となるか

第1項の名宛人は「事業者」である。代表者の行為が法人の行為と評価されることに疑いはない。問題は、中間管理職や同僚の行為をどう扱うかである。

法文は個人を名宛人としていないから、上司個人が第11条の2に違反するという構成はとりにくい。他方、指針第4の2(2)ロは、事業者に対し、その労働者及び役員等が通報妨害行為を行うことを防ぐための措置をとることを求める。個人の行為は、第11条第2項の体制整備義務の履行状況として捕捉される設計である。

実際上は、人事権や評価権を有する者の口止めは、外形上、事業者の行為と評価される余地が大きい。後掲の福岡地判令和3年10月22日は、人事評価等に権限を有し人事に相当程度の影響力を有していた者による通報者の特定行為について、その地位を理由の一つとして違法性を肯定している。第11条の2の解釈においても、行為者の職制上の地位は、事業者への帰属を基礎づける事情として機能する。


6 第2項の解説

6-1 無効の対象

第2項は「前項の規定に違反してされた合意その他の法律行為」を無効とする。三つの限定が読み取れる。

第一に、第1項違反があることが前提である。正当な理由がある場合の口外禁止の求めに応じてされた合意は、第2項の対象とならない。

第二に、対象は法律行為である。事実行為は含まれない。口止めの申入れそのものは意思表示ではあるが、それだけでは法律関係を形成しないから、無効という効果を語る実益は乏しい。

第三に、「合意その他の法律行為」であるから、契約に限られない。単独行為も含まれる。例えば、退職時に一方的に差し入れさせる誓約書は、片務的な性格を持つとしても、義務負担の意思表示である以上、法律行為として第2項の対象になると解される。

就業規則の定めについては、就業規則の作成自体を法律行為と見るかについて議論がある。もっとも、労働契約法第7条により就業規則の内容が労働契約の内容となる以上、公益通報を禁止する条項は労働契約の一部として第2項により無効となる、という経路をたどることができる。地方公共団体の内部規程や訓令についても、それが職員との間で契約的効力を持つ場面は限られるが、当該規程を根拠とする個別の合意や誓約は無効となる。

6-2 一部無効の処理

実務上最も問題となるのは、退職合意書や和解契約のように、複数の条項を含む契約の一部に通報禁止条項が含まれる場合である。第2項の文言は「合意その他の法律行為は、無効とする」であり、契約全体を無効とするかのようにも読める。

しかし、そのように解すると、通報者にとって不利益な結果を招く。退職金や解決金の支払を定めた条項まで無効となれば、既払金の返還義務が問題となり、通報者の側が原状回復のリスクを負うことになる。第11条の2が通報者の保護を目的とする規定であることに照らせば、この帰結は目的に反する。

したがって、無効となるのは第1項に違反する部分、すなわち公益通報を禁ずる条項に限られ、残部の効力は民法の一部無効に関する一般的な処理に委ねられると解すべきである。消費者庁のQ&Aも、労働関係の紛争を和解で解決する場面における守秘義務条項について、両当事者の合意の下で行われた裁判上の和解が事後的に違法と認定されることや、和解内容が一律に無効となる可能性は高くないとの見方を示している。

6-3 守秘義務条項との切り分け

労使紛争の解決に際して守秘義務条項を設けること自体は、通常の実務である。第11条の2は、この実務を一律に否定するものではない。判断の分岐は、条項が何を禁じているかにある。

紛争の存在、和解の事実、解決金の額といった事項を口外しない旨の条項は、公益通報を禁ずるものではないから、原則として第11条の2の問題を生じない。これに対し、退職に際して業務上知った不正について通報窓口や行政機関に通報しないことを条件として退職金を支払う旨の合意は、消費者庁が通報妨害の例として明示するところである。

実務対応としては、守秘義務条項に「法令に基づく通報又は届出を妨げるものではない」旨の除外文言を置くことが考えられる。カーブアウト(Carve-out)条項の挿入は、第1項違反の成否そのものを左右するとまではいえないが、通報を封じる趣旨ではないことを示す事情として機能する。

6-4 無効の効果が及ばない範囲

第2項は法律行為の効力を否定するにとどまる。既に支払われた解決金の帰趨、口止めによって生じた精神的損害、通報の機会を失ったことによる損害については、別途、不法行為法や不当利得法の適用を検討することになる。

また、第2項によって条項が無効となる結果、当該条項に基づく違約金請求や損害賠償請求は根拠を失う。さらに、公益通報によって損害を受けたことを理由とする賠償請求は第7条によって遮断される。口止め条項違反を理由とする請求は、この二重の遮断に直面する。


7 「正当な理由」の輪郭

7-1 認められ得る場面

検討会報告書は、事業者において法令違反の事実の有無に関する調査や是正に向けた適切な対応を行っている場合に、労働者等に対して当該事実を事業者外部に口外しないよう求めることを、正当な理由の例として挙げた。その理由づけとして報告書が付した脚注は、事業者が適切に調査を行って事実関係を確認したうえで是正に向けた対応を行おうとしている場合に、内部の労働者等が拙速・不用意に外部に漏えいすれば無用の混乱を招きかねないという点を挙げる。

同じ脚注は、独占禁止法の課徴金減免制度に触れている。カルテル等について当局に自主的に申告した場合に課徴金を減免する制度が設けられているところ、外部に情報が漏えいすることにより同制度の適用を受けられなくなる可能性がある、という指摘である。事業者自身が当局に申告して是正を図る過程で、その情報の外部流出を抑える必要が生じる場面が想定されている。

指針の解説が挙げる例は、やや異なる角度からのものである。特段の根拠もないのに単なる思い込みで報道機関や取引先等に通報行為をしないよう文書又は口頭で求めることは、正当な理由に該当し得るとされる。ここで念頭に置かれているのは、通報対象事実の存在を基礎づける根拠を欠く申告によって、事業者や第三者の信用が損なわれる事態である。

7-2 認められない場面

検討会報告書の脚注は、限界も示している。事業者が公益通報者に不利益な取扱いをしようとしている場合や、法令違反の事実の隠蔽や証拠の隠滅等をしようとしている場合には、事業者において是正に向けた対応を行っているとはいえないため、労働者等に対し法令違反の事実を口外しないよう求めることは正当な理由に該当しない。

つまり、正当な理由の中核は、事業者が自浄作用を現に働かせていることにある。調査を開始した形式だけを整えて口外を封じる行為は、これに当たらない。調査の実質が伴っているか、是正に向けた具体的な措置が予定されているか、通報者に対する報復の兆候がないか。これらが判断要素となる。

7-3 整理

場面評価根拠
実質的な調査・是正を進行中に、当面の外部口外を控えるよう求める正当な理由が認められ得る検討会報告書
課徴金減免申請の準備中に情報流出を抑える必要がある正当な理由が認められ得る検討会報告書脚注
根拠を欠く申告について、報道機関や取引先への通報を控えるよう求める正当な理由が認められ得る指針の解説
情報漏えいから通報者を守る趣旨で、窓口に相談した事実を社内で話さないよう求める通常は通報妨害に当たらない消費者庁Q&A
不利益取扱いを予定しながら口外を封じる正当な理由なし検討会報告書脚注
隠蔽・証拠隠滅を図りつつ口外を封じる正当な理由なし検討会報告書脚注
外部公益通報を一律に禁止し、又は通報の順序を強制する通報妨害に該当し得る消費者庁Q&A

四番目の場面について補足する。従事者が通報者に対し、窓口に相談したことを社内の誰にも伝えないよう求める行為は、範囲外共有のリスクを下げるための実務として一般に行われている。消費者庁は、これを通常は正当な理由のない通報妨害に当たらないとしつつ、2号通報や3号通報を妨げる趣旨であると誤解されないよう特に留意する必要があるとする。伝え方を誤れば、外部通報を封じる示唆と受け取られる。窓口担当者への教育事項として押さえるべき点である。


8 制裁の不在と、実効性を支える四つの経路

8-1 直接の制裁がないこと

第11条の2に違反しても、刑事罰は科されない。第21条第1項は第3条第1項違反の解雇等特定不利益取扱いを、同条第2項は第15条の2第2項の命令違反と第16条第1項の報告拒否等を対象とするにとどまる。

行政措置も及ばない。第15条の助言・指導、第15条の2の勧告・命令・公表、第16条の報告徴収・立入検査は、いずれも第11条第1項及び第2項の施行に関するものであり、第11条の2は対象に含まれない。

さらに、第11条の2違反は通報対象事実にもならない。第2条第3項第1号は法に規定する罪の犯罪行為の事実又は過料の理由とされている事実を、同項第2号は法の規定に基づく処分に違反することが犯罪行為等となる場合における当該処分の理由とされている事実をいう。第11条の2には罰則も、その前提となる処分もない。この点は第11条第1項の従事者指定義務と対照的である。従事者指定義務違反は、第15条の2第2項の命令を経由し、命令違反が第21条第2項第1号の罪となるため、命令の理由とされている事実として通報対象事実に取り込まれる。通報妨害には、この経路が存在しない。

8-2 第一の経路——第11条第2項と指針

実効性の主軸は、体制整備義務にある。指針第4の2(2)ロは、法第11条の2第1項の規定による正当な理由がある場合を除いて、事業者の労働者及び役員等が通報妨害行為を行うことを防ぐための措置をとることを求める。同(2)ニは、通報妨害行為が行われた場合に、行為者に対し、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して懲戒処分その他適切な措置をとることを求める。

指針は法第11条第4項に基づく告示であり、法令の一部である。したがって、これらの措置を欠く状態は第11条第2項の体制整備義務の違反となり、第15条の2第4項の勧告、同条第5項の公表、第16条第2項の報告徴収の対象となり得る。個々の通報妨害行為が直接に行政の射程に入るのではなく、防止措置を欠く体制が射程に入る、という構造である。

なお、この経路は常時使用する労働者の数が300人以下の事業者については努力義務となる。第11条の2第1項の禁止自体は規模を問わないのに、その履行を担保する体制整備義務は規模で分かれる。中小規模事業者においては、禁止規範だけが独立して存在する状態となる。

8-3 第二の経路——第3条第1項第3号ニによる外部通報の解禁

役務提供先から1号通報又は2号通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合、通報者は、真実相当性があることを前提に、報道機関等に対する3号通報について保護を受ける。口止めは、それ自体が外部通報の扉を開く。

消費者庁は、上司から正当な理由なく1号通報や2号通報を口止めされた場合、事業者の内部規程で外部公益通報が禁止されている場合、社内調査によって通報対象事実の存在が明らかになったにもかかわらず正当な理由なく行政機関への報告及び公表を行わないことを事業者の方針として決定した場合を、この要件に該当し得る例として挙げている。

事業者の側から見れば、口止めは通報を封じるどころか、最も統制の効かない通報経路を自ら解禁する行為である。第11条の2に罰則がないことをもって軽視すべきでない実際上の理由が、ここにある。

8-4 第三の経路——不法行為責任

通報妨害行為が人格権や自由な意思決定を侵害する場合、民法第709条の不法行為が成立し得る。地方公共団体においては国家賠償法第1条の問題となる。禁止規範が明文化されたことにより、違法性の判断は容易になる。第11条の2第1項に違反する行為は、原則として不法行為法上も違法と評価されるのが自然である。

態様が悪質であれば刑事法上の問題も生じる。後掲の福岡地判令和3年6月8日は、内部通報を認めるよう脅迫した行為について強要未遂罪の成立を認めた。第11条の2に罰則がないことは、刑法の適用を排除するものではない。

8-5 第四の経路——契約上の請求の遮断

第2項による無効の効果として、口止め条項を根拠とする違約金請求や差止請求は成り立たなくなる。加えて第7条により、公益通報によって損害を受けたことを理由とする損害賠償請求も封じられる。事業者が通報者を訴える手段は、実質的に閉ざされる。

8-6 整理

経路発動要件効果規模要件
第11条第2項・指針防止措置の不備勧告、公表、報告徴収300人超は義務、以下は努力義務
第3条第1項第3号ニ正当な理由のない口止め要求3号通報の保護なし
不法行為・国家賠償違法な侵害と損害損害賠償なし
第11条の2第2項・第7条口止め条項の存在/公益通報契約上・不法行為上の請求の遮断なし

9 判例・裁判例

第11条の2は施行前であるから、直接の適用例はない。もっとも、口止めや通報者の特定が問題となった事案は既に相当数あり、施行後の解釈に材料を提供する。

9-1 通報者の特定要求と不利益の告知——福岡地判令和3年10月22日判時2534号81頁

支店長の立場にある者らが、別の支店長のコンプライアンス違反について本社の内部通報窓口に通報したところ、被通報者の父であり地区を統括する立場にあった者が、通報者らに対し、内部通報をしていないかを複数回にわたり確認し、通報したことを直ちに認めなければ後に通報者が明らかになった際に支店長を辞めさせるなどと申し向けた事案である。

裁判所は、当該会社において内部通報はその秘匿性が担保され、これをした者には厳正に対処するとされていたのであるから、内部通報をした者を特定しようとすることは許されなかったとし、通報者らの人事評価等に権限を有し人事に相当程度の影響力を有していた者による特定行為には違法性があるとして、損害賠償請求を一部認容した。あわせて、通報者らを支店長の任意団体から除名した行為、役職の辞任を求めた行為も違法とされた。

第11条の2との関係で着目すべきは、行為の後半部分である。「認めなければ支店長を辞めさせる」との申し向けは、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げる行為そのものである。施行後であれば、前半の確認行為が第11条の3に、後半の申し向けが第11条の2第1項に、それぞれ該当し得る。一つの言動が二つの禁止規範に同時に触れる典型例といえる。

同一の事実関係の一部について、行為者は強要未遂罪で起訴され、有罪判決を受けている(福岡地判令和3年6月8日)。内部通報を認めさせようとする脅迫が刑事責任に至った事例として、実務上の警告的価値が高い。

9-2 質問票による外部通報の有無の確認——東京地判平成28年10月7日労判1155号54頁

コンサルティング業を営む会社の従業員が、自らの従事する業務の実態は請負を装った労働者派遣であるとして東京労働局に申告したところ、会社が従業員らに対し質問票を送付した事案である。質問票には、顧客の業務に関する情報や資料を行政機関を含む第三者に開示又は提供したことがあるかを問う項目が含まれていた。従業員が回答を拒否したため、会社は回答拒否等を理由に普通解雇した。

裁判所は、申告者が申告を理由とする不利益な取扱いから実効的に保護されるためには申告者の秘密や個人情報も保護されることが必要であり、みだりに申告者の意思に反して申告者を特定しようとする行為は相当でないとして、質問票の回答拒否には正当な理由があり、これを解雇理由とすることはできないと判断した。ただし、他に解雇事由が存在し、申告や回答拒否が解雇の決定的な動機であったとは認められないとして、解雇自体は有効とされた。

この事案は、当時の民間事業者向けガイドラインを参照して判断が組み立てられている点に特徴がある。ガイドラインという法的拘束力のない文書ですら、行為の相当性を否定する根拠として機能した。指針という告示の形式で通報妨害の防止措置が定められ、法律上も禁止規範が置かれた現行法の下では、同種の質問票の相当性はより厳しく評価されることになる。

9-3 通報を理由とする不利益取扱いの認定——横浜地判令和4年4月14日判時2543・2544合併号104頁

パチンコ店の労働者が、店内で遊技釘の調整が行われている様子を撮影したうえで警察に告発したところ、約1週間後に役職から解任され減給された事案である。裁判所は、当該調整行為が風営法違反の犯罪構成要件に該当し通報対象事実に当たること、警察への通報が公益通報に該当することを認め、これを理由とする降格や減給は許されないとして減給処分及びその後の解雇を無効とした。事業者が主張した「不正の目的」については、告発に先立って調整をやめるよう要請していたことなどから、主要な目的が不正の目的であったとはいえないとされた。

第11条の2との関係では、告発に先立つ是正要請の存在が、通報者の目的の正当性を基礎づける事情として働いた点に注目したい。事業者側が「まず社内で言え」と求めることは、それ自体が通報の順序を強制する行為として第11条の2に触れ得る一方、通報者が現に社内で是正を求めていた事実は、その後の外部通報を正当化する方向に働く。事業者の統制と通報者の保護は、同じ事実から逆向きの評価を受ける。

9-4 公益通報者保護法の趣旨による違法性阻却——東京地判令和3年3月18日労判1260号50頁

宗教法人の幹部職員が、法人の不動産が不当に安く売却された旨の文書を作成して理事らに送付したところ、懲戒解雇又は降格減給とされた事案である。裁判所は、公益通報者保護法の趣旨は懲戒権濫用の判断においても考慮されるべきであるとし、通報内容の真実性又は真実相当性、通報目的の正当性、通報手段の相当性の三要件を掲げて、懲戒事由該当性を否定した。とりわけ、組織内部で是正を求めることが困難であったため多数の関係者に文書を交付して多数派を形成しようとした目的について、不正の目的とはいえないと判断している。

内部での是正が期待できない場合に通報の範囲が広がることを承認する判断であり、通報経路を内部に限定しようとする内部規程の合理性を考えるうえで参照価値がある。

9-5 地方公共団体職員による通報と懲戒——京都地判令和元年8月8日労判1217号67頁

市の児童相談所職員が、市の公益通報処理窓口の外部窓口担当弁護士に対し、児童養護施設における虐待事案への対応が適切でない旨を通報した際、児童に関する記録データを複写して自宅に持ち出したことを理由に停職3日の懲戒処分を受けた事案である。裁判所は、持出しの必要性までは認められないとして懲戒事由該当性は肯定したものの、内部通報に付随する形で行われたものであり原因や動機において強く非難すべき点はないこと等を考慮し、停職3日は重きに失するとして処分を取り消した。

通報に付随する行為を捉えて懲戒に付する運用は、通報の萎縮を招く。通報を検討する職員に対し、資料の取扱いを理由に処分があり得ると告げることは、態様によっては第11条の2第1項の「不利益な取扱いをすることを告げること」に接近する。

9-6 通報者情報の漏えいと嫌がらせ——東京地判令和3年3月23日労判1244号15頁

生命保険会社の営業職員が同僚の内部規程違反行為について支社長に伝えて適切な対応を求めたところ、支社長が別の同僚に対し通報を受けた事実を伝え、その際に虚偽の情報も伝達した結果、通報者が嫌がらせを受けた事案である。裁判所は、虚偽の情報を伝達した点について名誉を低下させるものとして不法行為の成立を認めた。

窓口を経由しない上司への報告も内部公益通報に当たり得るという現行法の理解を踏まえると、この種の事案は範囲外共有の防止措置の問題として整理される。第11条の2との関係では、通報が漏れて嫌がらせが発生した前例があること自体が、後続の通報者に対する事実上の萎縮効果を生む点に留意すべきである。

9-7 参考——内部告発を理由とする長期の不利益取扱い

内部告発の後に長期にわたる不利益な処遇が継続した事例として、トナミ運輸事件(富山地判平成17年2月23日労判891号12頁)がある。同法制定前の事案であり、直接に第11条の2を論ずるものではないが、告発者を組織内で孤立させる処遇が損害賠償の対象とされた点で、通報を抑止する組織的な圧力の違法性を考えるうえでの出発点となる判断である。


10 企業における実務場面

10-1 退職時の書類

退職合意書、秘密保持誓約書、競業避止誓約書の三点セットは、多くの企業で定型化されている。ここに「在職中に知り得た事実を第三者に開示しない」という包括的な条項が置かれていると、公益通報を封じる合意と読まれる余地がある。

対応は二段階である。第一に、既存の書式を洗い出し、公益通報に及ぶ文言を除外する。第二に、除外文言を挿入する。例えば「本条は、公益通報者保護法に定める公益通報その他法令に基づく通報、申告又は届出を妨げるものではない」といった一文である。

退職者は第2条第1項第1号に掲げる者であり、退職後1年以内は公益通報の主体となる。退職手続の場面は、第11条の2の適用が最も直接に問題となる局面といってよい。

10-2 ハラスメント事案の示談

ハラスメント事案では、被害者と加害者の間、あるいは被害者と会社の間で示談が成立することがある。示談書に「本件に関して一切口外しない」という条項が入るのは通常の実務である。

問題は、ハラスメント行為が暴行、脅迫、不同意わいせつ等の犯罪行為に当たる場合である。この場合、当該事実は通報対象事実となり得る。犯罪行為に該当する事実についての通報を封じる合意は、第11条の2第1項に触れる。

示談条項の設計としては、口外禁止の対象を、示談の成立や解決金の額といった紛争解決の内容に限定し、事実そのものの通報を対象から外すことが考えられる。

10-3 内部規程における通報経路の設計

内部規程に「外部への通報を行う場合は事前に会社の承認を得ること」「まず内部通報窓口に通報しなければならない」といった規定を置く例がある。消費者庁は、通報先に順序を付けるような規定を内部規程に定めることは法の趣旨に反するとし、そのような内部規程は第3条第1項第3号ニに該当し得るとする。

さらに、「まずは上司に通報」「内部公益通報受付窓口へ通報するには、その前に上司への通報が必須」「優先順位としてまずは上司に通報すべき」といった案内も、制度の趣旨にそぐわないものとして避けるべきとされている。周知資料やイントラネットの文言レベルでの点検が必要になる。

10-4 調査中の情報管理要請

調査を開始した段階で、関係者に対し調査内容の口外を控えるよう求めることは、証拠隠滅の防止や関係者のプライバシー保護の観点から合理性を持つ。第11条の2の下でも、実質的な調査と是正が進行している限り、正当な理由が認められ得る。

ただし、要請の内容と期間を限定する必要がある。「調査が終わるまで」という期限を示さず、無期限に外部への言及を封じる形になっていないか。要請の対象が、調査の具体的な進捗や関係者の氏名にとどまらず、法令違反の事実そのものに及んでいないか。文書化する場合は、行政機関への通報を妨げる趣旨ではないことを明記するのが安全である。

10-5 課徴金減免制度との調整

独占禁止法の課徴金減免申請を準備する局面では、情報の外部流出が制度の適用に影響し得る。検討会報告書はこの場面を正当な理由の例として挙げている。

もっとも、これは事業者が自ら当局に申告する意思を固めている場合を前提とする。申告するかどうかを決めかねている段階、あるいは申告しない方針を固めた段階で口外を封じることは、隠蔽と評価される。減免制度を口実にした口止めは、正当な理由の枠を超える。

10-6 取引先・グループ会社への波及

第2条第1項第4号により、取引先の事業に従事する労働者等も公益通報の主体となり、取引先たる他の事業者が名宛人となる。発注者が受注者の従業員に対して口止めをする行為は、第11条の2の適用対象である。

親会社が子会社の従業員に対して口止めをする場合は、親会社が当該従業員との関係で第2条第1項各号に定める事業者に当たるかどうかによる。企業グループ共通の通報窓口を親会社に設置している場合、その運用における言動が問題となり得る。

10-7 従事者・窓口担当者の言動

窓口担当者が善意で述べた一言が、通報妨害と受け取られる場合がある。情報漏えいを防ぐために「窓口に相談したことは社内の誰にも伝えないでほしい」と述べることは、通常は通報妨害に当たらないとされているが、行政機関や報道機関への通報まで封じる趣旨と誤解されないよう伝え方に注意する必要がある。「社内での取扱い」に限定して述べる、外部通報の権利には触れない、といった配慮が求められる。従事者教育の題材として組み込むべき事項である。


11 地方公共団体における実務場面

11-1 適用関係の確認

地方公共団体は、法人格を有しない団体や公法人を含む「事業者」に当たる。第20条が適用除外とするのは第15条から第16条までの行政措置に限られ、第11条の2は適用除外の対象ではない。したがって、地方公共団体も第11条の2の名宛人である。

もっとも、地方公共団体に対しては第15条の2の勧告・命令や第16条の報告徴収・立入検査が及ばないため、第11条第2項を経由した行政的な担保も働かない。地方公共団体における第11条の2の実効性は、国家賠償責任、職員に対する懲戒処分、議会や監査委員による統制、そして地方公共団体向けガイドラインの遵守に依存する。

一般職の地方公務員について、第9条は第3条第2項の無効効果と第3条第3項の推定規定を適用除外とするが、第11条の2にはこの種の適用除外がない。公務員に対しても、通報妨害の禁止と合意の無効はそのまま及ぶ。不利益取扱いの無効については民間より保護が薄いのに、口止め合意の無効については民間と同等の保護が及ぶ、という構造になっている。

11-2 守秘義務を根拠とする口止め

地方公務員法第34条第1項の守秘義務を持ち出して、職員に対し「外部に話せば守秘義務違反になる」と告げる場面がある。しかし、同項にいう秘密とは、非公知の事実であって実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものと解されている。犯罪行為等の反社会性が明白な行為は、秘密として保護するに値しない。加えて、刑事訴訟法第239条第2項により公務員には犯罪の告発義務が課されている。これらに照らせば、公益通報をしても守秘義務に反しないと解される。

この解釈を前提とすると、守秘義務違反を理由とする懲戒処分の可能性を告げて通報を思いとどまらせる行為は、第11条の2第1項にいう「公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げること」に当たり得る。管理職研修における説明内容の点検が必要である。

11-3 内部規程・要綱の設計

多くの地方公共団体は、公益通報に関する事項を訓令、規則又は要綱で定めている。条例による必要はないが、組織として意思決定がなされた形式で定めることが求められる。

点検すべき条項は、次のとおりである。外部への通報を禁止し又は事前承認にかからしめる条項がないか。通報の順序を定める条項がないか。報道機関への対応を広報担当部署に一元化する規定が、事実上、外部通報の禁止として機能していないか。職員の服務規律に関する一般的な規定が、公益通報を封じる根拠として運用されていないか。

地方公共団体向けガイドライン(内部の職員等からの通報)は、各地方公共団体に対し、職員等が法第11条の2第1項の規定による正当な理由がある場合を除いて通報妨害行為を行うことを防ぐための措置をとることを求めている。この文言は令和8年5月29日の最終改正で追加されたものである。同ガイドラインは、通報妨害行為を行った職員等に対しても、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して懲戒処分その他適切な措置をとることを求めている。懲戒処分の指針や標準例に、通報妨害を明示的に位置づける作業が必要になる。

11-4 委託先・指定管理者との関係

地方公共団体が業務を民間委託し、又は指定管理者に施設の管理を行わせている場合、当該事業者の従業員は、第2条第1項第4号により、地方公共団体を役務提供先として公益通報を行い得る。この場合、地方公共団体は第4号に定める「当該他の事業者」として第11条の2の名宛人となる。

委託契約書や仕様書に包括的な守秘義務条項を置いている例は多い。契約書式の点検対象に、この観点を加える必要がある。あわせて、委託先の従業員に対する通報窓口の周知をどう行うかも課題となる。

11-5 議会・監査との関係

議会での答弁や記者会見において、内部からの情報提供に対する否定的な言及がなされることがある。「情報を漏らした者を特定して厳正に対処する」といった発言は、通報者探索の予告であると同時に、通報者に対する不利益取扱いの予告として機能する。組織の長による公的な場での発言は、個別の職員に向けられたものでなくとも、職員全体に対する萎縮効果を持つ。第11条の2第1項が「その他の行為」を包括的に受けていることを考えると、こうした発言も射程に入り得る。

近時、地方公共団体において、内部からの告発文書の作成者を特定し処分に至った事案が議論を呼び、百条委員会や第三者調査委員会による検証が行われた。事実認定や評価については関係者間で見解の相違があり、なお係争中の論点も含まれるため、ここで断定的な評価は加えない。ただし、この経過が令和7年改正の立法過程と時期的に重なり、通報者探索の禁止と通報妨害の禁止という二つの規定の必要性を社会的に可視化する役割を果たしたことは、記録されてよい事実である。

11-6 職員への周知内容

指針第4の3(3)ヘは、周知すべき事項の一つとして「範囲外共有、通報妨害及び通報者探索の防止に関する措置の内容」を掲げる。これは令和7年改正に伴う指針改正で、従前の範囲外共有に通報妨害と通報者探索を加えたものである。

地方公共団体においては、職員の内部通報制度に対する認知度が民間に比べて低いという調査結果もある。周知媒体としては、庁内イントラネット、新規採用職員研修、管理職研修、人事異動時の説明、退職前研修が考えられる。とりわけ退職予定者に対し、退職後1年以内は公益通報の主体となり得ること、退職に際して口外禁止を求められても応じる義務がないことを説明することは、第11条の2の趣旨に適う。


12 指針及び指針の解説の分析

12-1 指針本文

指針第4の2(2)は、令和7年改正に伴い、標題を「範囲外共有、通報妨害及び通報者探索の防止に関する措置」と改め、次のロとハを追加した。

ロ 法第 11 条の2第1項の規定による正当な理由がある場合を除いて、事業者の労働者及び役員等が通報妨害行為を行うことを防ぐための措置をとる。

ハ 法第 11 条の3の規定による正当な理由がある場合を除いて、事業者の労働者及び役員等が、通報者探索を行うことを防ぐための措置をとる。

あわせてニが改められ、範囲外共有に加えて通報妨害行為及び通報者探索が行われた場合の懲戒処分その他適切な措置が求められることとなった。

ニ 範囲外共有、通報妨害行為及び通報者探索が行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。

イ(範囲外共有)とニを比較すると、イには「適切な救済・回復の措置をとる」が含まれるのに対し、ロとハにはこれがない。範囲外共有については情報の回収等が観念できるのに対し、通報妨害と通報者探索については、行われてしまえば原状回復が困難であるという評価が背景にあると考えられる。指針の解説が、実効的な救済・回復の措置を講ずることが困難な場合も想定されることから防ぐ措置を徹底することが必要である旨を述べるのは、この趣旨である。

12-2 指針の趣旨

指針の解説は、四層構造のうち第二層に「指針の趣旨」を置く。通報妨害に関する部分は次のとおりである。

また、あらかじめ誓約書等で公益通報をすることが禁止されていたり、公益通報をした場合には不利益取扱いをすると示唆されていたりした場合において、自発的な公益通報を望むことはできず、問題の是正が困難となることが想定される。

「誓約書等」という具体的な媒体と、「示唆」という明示に至らない態様の双方に触れている点が実務上の手がかりとなる。

さらに解説は、法第2条第1項に定める行政機関等やその他の外部通報先に対する公益通報についても、範囲外共有、通報妨害行為及び通報者探索が防止される必要があり、同様の措置がとられる必要があるとする。内部通報の窓口運用にとどまらず、外部通報を封じない体制が求められる。

12-3 遵守のための考え方や具体例

第三層では、正当な理由の限定性と、防止措置の内容が示される。

通報妨害行為は、原則、許容されるものではなく、「正当な理由」は限定的な場合に留まるべきである。「正当な理由」については、例えば、労働者に対して、特段の根拠もないのに単なる思い込みで報道機関や取引先等に通報行為をしないよう文書又は口頭で求めることは該当し得ると考えられる。

正当な理由のない通報妨害行為及び通報者探索を行うことを防ぐための措置として、例えば、通報妨害行為及び通報者探索は行ってはならない行為であって懲戒処分その他の措置の対象となることを定め、その旨を周知・啓発すること等が考えられる。

防止措置の中身は、内部規程への明記と周知・啓発である。第11条の2に直接の制裁がないことと対応して、事業者内部の規律に実効性を担わせる構成がとられている。内部規程に禁止行為として明記されていない状態は、指針違反として第11条第2項の履行不足と評価され得る。

12-4 推奨される考え方や具体例

第四層に、通報妨害に固有の推奨事項は置かれていない。範囲外共有に関する具体例が中心である。この点は、通報妨害が新設の規範であり、実務の蓄積を待つ段階にあることの反映といえる。事業者としては、第三層の要求水準を確実に満たしたうえで、自社の業態に即した追加的な工夫を設計することになる。


13 経過措置

13-1 施行期日

改正法附則第1条は、公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する旨を定め、これを受けて施行日は令和8年12月1日とされた。

13-2 経過措置の原則

改正法附則第2条は、次のとおり定める。

第二条 この法律による改正後の公益通報者保護法(以下「新法」という。)の規定(罰則を除く。)は、この附則に特別の定めがある場合を除き、この法律の施行前にされたこの法律による改正前の公益通報者保護法(附則第六条において「旧法」という。)第二条第一項に規定する公益通報にも適用する。

原則として、施行前になされた公益通報についても新法が適用される。したがって、施行前に行われた公益通報を対象として、施行後に口止めが行われた場合、第11条の2第1項の適用がある。

13-3 第11条の2第2項に関する特則

改正法附則第5条は、次のとおり定める。

(通報妨害に係る法律行為の無効に関する経過措置) 第五条 新法第十一条の二第二項の規定は、この法律の施行後にされた公益通報をしない旨の合意その他の法律行為について適用し、この法律の施行前にされた当該法律行為については、適用しない。

すなわち、第2項の無効効果は、令和8年12月1日以後にされた法律行為にのみ及ぶ。施行前に締結された通報禁止条項は、第11条の2第2項によっては無効とならない。

13-4 経過措置の実際上の意味

もっとも、この経過措置の実際上の意味は限定的である。検討会報告書が指摘したとおり、公益通報を封ずる合意は民法第90条により公序良俗に反して無効となると考えられてきた。第11条の2第2項は、この帰結を法文上明示したものであって、新たな無効原因を創設したというより、既存の一般法理を明確化した性格が強い。

附則第5条は、第11条の2第2項という特別の無効規定の適用範囲を画するにとどまり、民法第90条の適用を排除するものではない。施行前に締結された口止め条項の効力は、従前どおり公序良俗違反の一般的な判断枠組みによって処理される。事業者としては、施行前の合意だから安全であると考えるのは誤りである。

他方、第1項の禁止規範については附則第5条のような特則がない。附則第2条の原則により、施行後の行為が適用対象となる。施行前に締結した口止め条項を、施行後に持ち出して通報を思いとどまらせる働きかけを行えば、その働きかけ自体が第1項に触れ得る。既存の条項をどう扱うかは、施行前の問題ではなく施行後の問題である。

13-5 施行日までに必要な作業

第11条の2には猶予期間がない。令和8年12月1日の時点で、次の状態が実現している必要がある。

第一に、公益通報を封じる条項が既存の契約書式、誓約書式、内部規程から除かれていること。第二に、通報妨害行為の禁止と懲戒処分の対象となる旨が内部規程に明記され、周知されていること。第三に、施行前に締結済みの合意について、少なくとも施行後にこれを援用しない運用が徹底されていること。


14 実務チェックリスト

14-1 民間事業者向け

書式・契約の点検

  1. 入社時の秘密保持誓約書に、公益通報を封じる文言が含まれていないか
  2. 退職合意書・退職時誓約書に、業務上知り得た事実の通報を禁ずる条項がないか
  3. ハラスメント示談書・和解書の口外禁止条項が、通報対象事実そのものの通報を封じていないか
  4. 業務委託契約書・フリーランスとの契約書の守秘条項に、同様の問題がないか
  5. 取引基本契約書・秘密保持契約書に、取引先従業員の通報を封じる効果を持つ条項がないか
  6. 各書式に「法令に基づく通報又は届出を妨げない」旨の除外文言が挿入されているか
  7. 施行前に締結済みの合意について、施行後に援用しない方針が決定・共有されているか

内部規程

  1. 通報妨害行為の禁止が内部規程に明記されているか
  2. 通報妨害行為が懲戒事由に位置づけられているか
  3. 外部通報を禁止し、又は事前承認にかからしめる条項が削除されているか
  4. 通報の順序を強制する条項・記載が削除されているか
  5. 通報者探索の禁止(第11条の3対応)とあわせて規定されているか

周知・教育

  1. 指針第4の3(3)ヘの周知事項として、通報妨害の防止に関する措置の内容が周知資料に反映されているか
  2. 周知の対象に、退職者、特定受託業務従事者、同従事者であった者が含まれているか
  3. 管理職向け研修に、口止めの禁止と不利益告知の禁止が組み込まれているか
  4. 窓口担当者向け教育に、情報管理の要請と通報妨害の切り分けが含まれているか
  5. 「まず上司へ」といった案内文言が周知資料から除かれているか

運用

  1. 調査開始時の口外自粛要請について、期間と対象を限定する運用が定められているか
  2. 当該要請の文書テンプレートに、行政機関への通報を妨げない旨が明記されているか
  3. 課徴金減免申請等の場面における情報統制の判断基準が定められているか
  4. 通報妨害行為が発覚した場合の調査・処分のフローが定められているか
  5. 体制の定期的な評価・点検の項目に、通報妨害の防止措置が追加されているか

規模別

  1. 常時使用する労働者の数が300人以下であっても、第11条の2の適用があることを認識しているか
  2. 努力義務にとどまる体制整備義務と、規模を問わない禁止規範との区別が説明資料に反映されているか

14-2 地方公共団体向け

制度設計

  1. 公益通報に関する訓令・規則・要綱に、通報妨害行為の禁止が明記されているか
  2. 通報妨害行為が懲戒処分の対象となる旨が定められているか
  3. 外部への通報を禁止し、又は事前承認にかからしめる規定が削除されているか
  4. 通報の順序を定める規定が削除されているか
  5. 通報者探索の禁止とあわせて規定されているか

契約・委託

  1. 業務委託契約書・指定管理協定書の守秘義務条項が、受託者従業員の公益通報を封じる効果を持っていないか
  2. 委託先・指定管理者の従業員に対する通報窓口の周知方法が定められているか

服務・人事

  1. 地方公務員法第34条の守秘義務に関する説明が、公益通報を萎縮させる内容になっていないか
  2. 退職手続において、口外禁止を求める書類が用いられていないか
  3. 退職前研修で、退職後1年以内は公益通報の主体となり得ることが説明されているか
  4. 懲戒処分の指針・標準例に、通報妨害を行った職員の取扱いが位置づけられているか

周知

  1. 通報妨害及び通報者探索の防止に関する措置の内容が、職員への周知事項に加えられているか
  2. 周知の対象に、会計年度任用職員、派遣労働者、業務委託先の従事者が含まれているか
  3. 管理職研修の内容に、口止めの禁止が組み込まれているか
  4. 庁内イントラネット等の掲示内容が令和7年改正に対応して更新されているか

組織統制

  1. 組織の長その他幹部の対外的な発言について、通報者探索や不利益予告と受け取られる表現を避ける確認手順があるか
  2. 内部からの情報流出が疑われる場合の調査手順が、通報者の特定を目的としない形で設計されているか
  3. 通報対応体制の運用状況の評価・点検項目に、通報妨害の防止措置が追加されているか
  4. 第15条の2及び第16条の適用除外により行政措置が及ばない分、内部統制と議会・監査による統制で担保する設計となっているか
  5. 施行前に締結済みの示談書・合意書について、施行後に援用しない方針が共有されているか

15 次回

次回は第11条の3(通報者探索の禁止)を扱う。第11条の2と同時に新設された規定でありながら、令和2年改正時の指針に既に防止措置の定めがあった点、罰則を見送った理由づけが通報妨害とは異なる点、そして「特定することを目的とする行為」という主観的要素を含む構成要件の解釈が独自の論点となる。調査に伴って結果的に通報者が判明する場合との切り分け、匿名通報における連絡先の確認、情報漏えい調査の適法性についても、消費者庁が示す整理を踏まえて検討する。


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