1 条文原文
令和8年12月1日施行の公益通報者保護法(平成16年法律第122号。令和7年法律第62号による改正後)第15条の2は、次のとおりである。
(勧告及び命令等) 第十五条の二 内閣総理大臣は、第十一条第一項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を除く。)の規定に違反していると認めるときは、事業者に対して、その違反を是正するために必要な措置をとるべきことを勧告することができる。
2 内閣総理大臣は、前項の規定による勧告を受けた者が、正当な理由がなく、当該勧告に係る措置をとらなかったときは、当該勧告を受けた者に対し、当該勧告に係る措置をとるべきことを命ずることができる。
3 内閣総理大臣は、前項の規定による命令をした場合には、その旨を公表することができる。
4 内閣総理大臣は、第十一条第一項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合に限る。)及び第二項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定の施行に関し必要があると認めるときは、事業者に対して、勧告をすることができる。
5 内閣総理大臣は、第十一条第二項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を除く。)の規定に違反している事業者に対し、前項の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者が、正当な理由がなく、当該勧告に係る措置をとらなかったときは、その旨を公表することができる。
本条は第4章「雑則」に置かれ、第15条(助言及び指導)と第16条(報告及び検査)に挟まれる位置を占める。第15条が最も緩やかな関与であり、第15条の2が是正を求める段階、第16条が事実解明のための調査権限である。
条文の意味を確定するには、引用先である第11条第1項から第3項までを併せて読む必要がある。
第十一条 事業者は、第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報を受け、並びに当該公益通報に係る通報対象事実の調査をし、及びその是正に必要な措置をとる業務(第十二条において「公益通報対応業務」という。)に従事する者(第十二条において「公益通報対応業務従事者」という。)を定めなければならない。
2 事業者は、前項に定めるもののほか、公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため、第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者等に対するその周知その他の必要な措置をとらなければならない。
3 常時使用する労働者の数が三百人以下の事業者については、第一項中「定めなければ」とあるのは「定めるように努めなければ」と、前項中「とらなければ」とあるのは「とるように努めなければ」とする。
第11条第3項は、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者について、第1項と第2項の義務を努力義務に読み替える規定である。第15条の2は、この読替えの有無を括弧書きで指定することにより、権限の射程を精密に切り分けている。すなわち「同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を除く」とあれば301人以上の事業者の法的義務を、「読み替えて適用する場合に限る」とあれば300人以下の事業者の努力義務を、「読み替えて適用する場合を含む」とあれば両者をそれぞれ指す。この括弧書きの読み分けが、本条を理解する最初の関門となる。
罰則との連結も確認しておく。
2 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、三十万円以下の罰金に処する。 一 第十五条の二第二項の規定による命令に違反したとき。
これは第21条第2項第1号である。さらに第23条第1項第2号は「第二十一条第二項 同項の罰金刑」と定め、法人にも同額の罰金刑を科す両罰規定を置く。
権限の帰属主体については第19条が定める。
第十九条 内閣総理大臣は、この法律による権限(政令で定めるものを除く。)を消費者庁長官に委任する。
条文上の主語は内閣総理大臣であるが、実際に勧告・命令・公表を行うのは消費者庁長官である。事業者が受領する文書の名義も消費者庁長官となる。
適用除外は第20条による。
第二十条 第十五条から第十六条までの規定は、国及び地方公共団体には、適用しない。
第15条の2は「第十五条から第十六条まで」に含まれるため、国及び地方公共団体には適用されない。この点は後述する。
2 新旧対照
令和7年改正による変更を、条文単位で対照する。
| 項目 | 改正前(令和2年法律第51号による改正後) | 改正後(令和8年12月1日施行) |
|---|---|---|
| 第15条の見出し | 報告の徴収並びに助言、指導及び勧告 | 助言及び指導 |
| 第15条の権限 | 報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる(第11条第1項・第2項の双方、規模を問わず) | 助言又は指導をすることができる(第11条第1項・第2項の双方、規模を問わず) |
| 第15条の2 | 規定なし(新設) | 第1項=301人以上の従事者指定義務違反への是正勧告/第2項=命令/第3項=命令の公表/第4項=その他の場合の勧告/第5項=301人以上の体制整備義務違反に係る勧告不服従の公表 |
| 公表の根拠 | 第16条(勧告に従わなかったときの公表) | 第15条の2第3項及び第5項 |
| 第16条 | 公表 | 報告及び検査(報告徴収に立入検査を追加) |
| 命令 | なし | 第15条の2第2項に新設 |
| 命令違反の罰則 | なし | 第21条第2項第1号(30万円以下の罰金)、第23条第1項第2号(法人も同額) |
| 第20条 | 第十五条及び第十六条の規定は、国及び地方公共団体に適用しない | 第十五条から第十六条までの規定は、国及び地方公共団体には、適用しない |
改正前の第16条は「内閣総理大臣は、第十一条第一項及び第二項の規定に違反している事業者に対し、前条の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかったときは、その旨を公表することができる」と定めていた。改正後の第15条の2第5項は、この規定を引き継ぎつつ、対象を第11条第2項の法的義務違反に絞り、かつ「正当な理由がなく」という要件を付加した。事業者側から見れば、公表の発動要件が一段階厳格化されたことになる。
第20条の変更は、条文の引用範囲を第15条から第16条までに拡げたにすぎず、国及び地方公共団体を行政措置の対象外とする実質は維持されている。第15条の2という条文が第15条と第16条の間に挿入されたことに伴う技術的な改正である。
3 立法経緯と趣旨
3-1 令和2年改正が残した課題
令和2年法律第51号は、常時使用する労働者の数が300人を超える事業者に対し、従事者指定義務(第11条第1項)と体制整備義務(同条第2項)を課した。しかし、その履行確保手段は報告徴収・助言・指導・勧告と、勧告不服従時の公表にとどまり、罰則の裏づけがなかった。
消費者庁に設置された公益通報者保護制度検討会は、令和6年12月27日に報告書「制度の実効性向上による国民生活の安心と安全の確保に向けて」を公表した。同報告書は、従事者の守秘義務違反には刑事罰が規定されている一方で事業者の従事者指定義務違反には刑事罰がなく、これが義務履行のディスインセンティブになっていること、実態調査から従事者指定義務の履行が徹底されておらず義務を履行する意識が低い事業者が一定程度存在することを指摘した。数値としては、非上場の義務対象事業者の10.7パーセントが従事者指定の義務を知りながら担当者を指名していないと回答し、その理由の約半数が上司などに情報が共有されており特段不都合もないためを選択していたことが挙げられている。
これを受けた対応として、同報告書は、現行法の報告徴収、指導・助言、勧告、勧告に従わない場合の公表に加え、立入検査権や勧告に従わない場合の命令権を規定し、是正命令を行っても違反が是正されない場合には刑事罰を科すべきであるとした。あわせて、命令違反時に刑事罰を規定する副次的効果として、従事者指定義務違反の事実が法の通報対象事実となり、義務を履行していない事業者に関する内部の労働者等からの公益通報が増えることが見込まれるとして、消費者庁において十分な法執行体制を確保すべきことにも言及している。
この最後の指摘は実務上見過ごせない。第21条第2項第1号が新設された結果、第15条の2第2項の命令に違反する行為は「犯罪行為」となり、公益通報者保護法自体が別表第1号ないし第8号に相当する対象法律として機能する構造が完成する。自社が命令に違反している状態は、それ自体が自社の労働者による公益通報の対象事実となり得る。
3-2 法案提出から成立まで
政府は令和7年3月4日に法案を国会に提出した。同年4月15日の衆議院消費者問題に関する特別委員会における提案理由説明は、第一の柱として、従事者指定義務に違反する事業者に対して勧告に従わない場合の命令権及び命令違反時の罰則を定めるとともに、事業者に対する立入検査権限等を定めることを掲げている。
参議院の議案要旨は、本条の内容を次のように整理する。内閣総理大臣は、公益通報対応業務従事者を定める義務に違反していると認めるときは、事業者に対し、その違反の是正のために必要な措置をとるべきことを勧告することができるものとするとともに、勧告を受けた者が、正当な理由がなく、勧告に係る措置をとらなかったときは、勧告に係る措置をとるべきことを命じ、公表することができるものとする、というものである。
法案は衆議院において検討規定の見直し時期を施行後5年から施行後3年に短縮する修正を受け、令和7年4月24日に修正議決、同年6月4日に参議院で可決成立し、同月11日に令和7年法律第62号として公布された。
3-3 附帯決議に示された運用上の要請
衆参両院の消費者問題に関する特別委員会は、それぞれ附帯決議を付した。第15条の2の運用に直接関わるのは次の二点である。
第一に、両院とも第七項において、消費者庁は、内部通報体制整備義務の履行を徹底し、新設された立入検査権を実効性あるものとするため、同庁内部の人材育成・人員増強・必要な予算の確保を行うとともに、将来的に本法の規定に違反した事業者に対する行政措置を十分に担うことのできる体制を整えるための組織的基盤の強化を図ることを求めた。参議院の附帯決議は、これに加えて、公益通報対応業務従事者指定義務以外の体制整備義務についても、立入検査権の対象化及び刑事罰の導入を検討することを求めている。第15条の2が従事者指定義務と体制整備義務とで権限の強度を分けたことは、立法時点での限界として意識されていた。
第二に、両院とも第五項において、昨今の地方公共団体における公益通報制度に係る事案を念頭に、消費者庁は地方公共団体に対する地方自治法に基づく技術的助言を行うとともに、地方自治の本旨を踏まえ、本法第二十条にある国及び地方公共団体への除外規定の在り方についての検討を行うことを求めた。第20条を存置したことは、将来の見直し課題として明示されている。
3-4 本条の趣旨
以上を踏まえると、第15条の2の趣旨は次の三点に整理できる。
第一に、内部公益通報対応体制の中核をなす従事者指定義務について、行政指導の段階(第15条の助言及び指導、第15条の2第1項の勧告)から、法的拘束力を伴う命令(第2項)、さらに刑事罰(第21条第2項第1号)へと至る段階的な履行確保手段を用意し、義務違反状態の放置を許さない仕組みを設けたこと。
第二に、命令という強力な手段については、構成要件の明確性と事業者の予測可能性を確保する観点から、勧告を前置し、かつ勧告不服従に「正当な理由がなく」という限定を付したこと。命令はいきなり発せられるものではない。
第三に、体制整備義務については、その具体的内容が指針に委任され、事業者の規模や業態によって求められる措置が異なり得ることから、命令と罰則になじみにくいと判断し、勧告と公表という間接的な手段にとどめたこと。指針の解説が、指針において定める事項は、法第11条第1項及び第2項に定める事業者の義務の内容を、その事業規模等にかかわらず具体化したものであると述べつつ、事業者がとるべき措置の個別具体的な内容は各事業者において主体的に検討すべきものとしていることが、この判断の背景にある。
4 用語解説
4-1 内閣総理大臣
本条の主語である。第19条により、この法律による権限(政令で定めるものを除く。)は消費者庁長官に委任される。したがって、勧告書・命令書・公表の名義人は消費者庁長官となる。事業者が受領した文書の名義が消費者庁長官であっても、根拠条文は第15条の2である。
4-2 常時使用する労働者の数が三百人以下の事業者
第11条第3項の読替対象を画する基準である。「常時使用する労働者」は、雇用形態を問わず、事業者に常態として使用される労働者を指し、正社員のほか、パートタイム労働者や有期契約労働者も、常態として使用されていれば算入される。派遣労働者については、派遣元事業者において算入するのが原則である。役員及び特定受託業務従事者は労働者ではないため算入されない。
301人か300人かの境界は、命令と刑事罰が及ぶか否かを分ける決定的な意味を持つ。人員の増減が境界付近にある事業者は、算定方法と算定基準日を内部規程で明記しておくべきである。
4-3 「規定に違反していると認めるとき」(第1項)
第1項の発動要件である。第15条や第15条の2第4項が「施行に関し必要があると認めるとき」という緩やかな要件を採るのに対し、第1項は義務違反の存在の認定を要求する。従事者を一人も定めていない場合が典型であるが、指針の解説は、事業者は、コンプライアンス部、総務部等の所属部署の名称にかかわらず、上記指針本文で定める事項に該当する者であるか否かを実質的に判断して、従事者として定める必要があるとしており、形式的に窓口担当者を指定していても、実質的に公益通報対応業務を行い公益通報者を特定させる事項を伝達される者が従事者とされていなければ、違反と評価される余地がある。
4-4 「その違反を是正するために必要な措置」(第1項)
勧告の内容である。従事者指定義務違反であれば、指針が求める範囲の者を従事者として定めること、及び指針が求める方法によりその地位を本人に明らかにすることが「必要な措置」の中身となる。指針第3の1は、事業者は、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者を、従事者として定めなければならないと定め、同第3の2は、事業者は、従事者を定める際には、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くこと(それに伴い法第12条に定める守秘義務が課されること及び法第22条に定める罰則の適用対象となり得ることを含む。)が従事者となる者自身に明らかとなる方法により定めなければならないと定める。勧告の内容は、この二つの指針本文に対応するものとなると考えられる。
4-5 「正当な理由がなく」(第2項・第5項)
勧告を受けた事業者が措置をとらなかったことについて、命令又は公表を免れさせる事由である。法文上の定義はないが、勧告に係る措置をとることが客観的に不可能ないし著しく困難であった事情、又は勧告が前提とした事実認識に誤りがあった事情などが想定される。単に社内調整に時間を要したという事情は、勧告時に是正期限が示されている以上、原則として正当な理由には当たらないと解される。事業者としては、期限内に是正できない事情がある場合、その事情と是正計画を書面で消費者庁に説明し、記録を残しておくことが肝要である。
4-6 勧告・命令・公表の行政法上の性質
勧告は、名あて人が任意にこれに従うことを期待して行われる働きかけであり、行政手続法第2条第6号にいう行政指導としての性質を有するのが原則である。もっとも、第1項の勧告は第2項の命令の法律上の前提要件とされているため、単なる行政指導と同視できるかには議論の余地がある。この点は第7章で扱う。
命令は、特定の者を名あて人とし、直接に義務を課す処分であり、行政手続法第2条第4号の不利益処分に当たる。抗告訴訟の対象となる行政処分であることに争いはない。
公表は、それ自体としては相手方の法的地位を変動させない事実行為である。しかし、名誉・信用に対する影響は大きく、国家賠償法上の違法性が問題となり得る。
5 各項の逐条解析
5-1 第1項――301人以上の事業者の従事者指定義務違反に対する是正勧告
第1項は「第十一条第一項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を除く。)の規定に違反していると認めるとき」を要件とする。括弧書きが読替適用の場合を除くとしているため、対象は常時使用する労働者の数が301人以上の事業者に限られる。300人以下の事業者の従事者指定は努力義務であり、努力義務の不履行を「違反」として是正勧告することは想定されていない。
勧告の内容は「その違反を是正するために必要な措置をとるべきこと」である。第4項の勧告が内容を特定していないのに対し、第1項の勧告は是正措置の内容を含むものでなければならない。後続する第2項の命令が「当該勧告に係る措置をとるべきこと」を命ずる構造を採る以上、勧告の段階で命ずべき措置が特定されていなければ命令も特定できない。実務上、勧告書には、違反と認定された事実、根拠条文、とるべき措置の内容、履行期限が記載されることになると考えられる。
「することができる」という文言から、勧告を行うか否かは行政庁の裁量に委ねられる。ただし、この裁量は無限定ではない。違反状態が重大で、公益通報者の保護に具体的な危険が生じているにもかかわらず、合理的な理由なく権限を行使しない場合には、権限不行使の違法が問題となり得る。
5-2 第2項――命令
第2項は「前項の規定による勧告を受けた者が、正当な理由がなく、当該勧告に係る措置をとらなかったとき」に、命令を発することができるとする。三つの要件がある。第1項の勧告が先行していること、勧告に係る措置がとられていないこと、そのことに正当な理由がないことである。
命令の内容は「当該勧告に係る措置をとるべきこと」に限定される。勧告の内容を超えた措置を命ずることはできない。勧告と命令の内容の同一性は、命令の適法性を争う際の主要な論点となり得る。
命令に違反した場合、第21条第2項第1号により当該違反行為をした者は30万円以下の罰金に処せられ、第23条第1項第2号により法人にも同項の罰金刑が科される。両罰規定の対象は法人と人であり、第23条第2項が国及び地方公共団体を除外しているのは第21条第1項に係る部分に限られるが、そもそも第20条により第15条の2が国及び地方公共団体に適用されない以上、命令違反による処罰が公的部門に及ぶ余地はない。
罰金額の水準については、公益通報を理由とする解雇又は懲戒に対する第21条第1項の罰則が法人重課として3000万円以下の罰金刑を定めているのと比べ、著しく低い。命令違反は手続的な不服従であり、不利益取扱いのような直接の権利侵害とは性質を異にするという整理によるものであるが、抑止力としての実効性は、罰金額よりも、命令の公表(第3項)と、命令違反という事実が刑事事件として立件され得ることの社会的影響に依存する面が大きい。
5-3 第3項――命令をした場合の公表
第3項は、命令をした場合に、その旨を公表することができると定める。公表の要件は命令をしたことのみであり、命令に従わなかったことは要件ではない。命令を発した時点で公表が可能となる構造である。
第5項の公表が勧告不服従という事業者の態度を要件とするのに対し、第3項の公表は行政庁の行為(命令)を要件とする。この違いは、第3項の公表が、制裁というよりも、命令という行政処分の存在を社会に知らせる情報提供としての性格を帯びることを示唆する。もっとも、公表される内容が「従事者指定義務に違反し、是正命令を受けた事業者」である以上、名指しされた事業者が受ける不利益は制裁と変わらない。
公表の方法・範囲・時期は法文上定められていない。消費者庁が事前に公表要領を定め、事業者に予見可能性を与えることが望ましい。
5-4 第4項――その他の場合の勧告
第4項は、第11条第1項(読替適用の場合に限る)及び第2項(読替適用の場合を含む)の施行に関し必要があると認めるときに、勧告をすることができると定める。対象は次の三つである。
一つ目は、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者の従事者指定に関する努力義務。二つ目は、301人以上の事業者の体制整備義務。三つ目は、300人以下の事業者の体制整備に関する努力義務。
要件は「施行に関し必要があると認めるとき」であり、第1項のように義務違反の認定を要しない。努力義務の履行状況に照らして勧告を行うことも、条文上は可能である。もっとも、努力義務にとどまる事業者に対して現実に勧告が発せられる場面は限定的であろう。
第4項の勧告には命令が続かない。この勧告に従わなくとも、第2項の命令は発せられず、罰則も適用されない。第4項の勧告は、第5項の公表の前提となる場合を除き、純然たる行政指導である。
5-5 第5項――301人以上の事業者の体制整備義務違反に係る公表
第5項は、第11条第2項(読替適用の場合を除く)に違反している事業者に対し、第4項の勧告をした場合において、勧告を受けた者が正当な理由がなく勧告に係る措置をとらなかったときに、その旨を公表することができると定める。
三重の限定がある。対象事業者が301人以上であること、第4項の勧告が先行していること、勧告不服従に正当な理由がないことである。したがって、300人以下の事業者の努力義務については、第4項の勧告があり得るのみで、公表の対象にはならない。この点は、旧第16条が第11条第1項及び第2項の規定に違反している事業者を対象としていたのと比べ、対象範囲が明確化された。
「正当な理由がなく」の追加は、旧第16条にはなかった要件である。旧法の下では勧告に従わなかったという事実のみで公表が可能であったが、改正法では事業者の事情を考慮することが法文上要求される。
5-6 権限の射程を一覧する
以上の分析を整理すると、次のようになる。
| 義務の種類 | 規模 | 助言・指導(第15条) | 勧告 | 命令 | 公表 | 罰則 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 従事者指定義務(第11条第1項) | 301人以上 | 可 | 可(第15条の2第1項) | 可(第2項) | 可(第3項) | 命令違反につき第21条第2項第1号 |
| 従事者指定の努力義務(第11条第1項・第3項読替) | 300人以下 | 可 | 可(第15条の2第4項) | 不可 | 不可 | なし |
| 体制整備義務(第11条第2項) | 301人以上 | 可 | 可(第15条の2第4項) | 不可 | 可(第5項) | なし |
| 体制整備の努力義務(第11条第2項・第3項読替) | 300人以下 | 可 | 可(第15条の2第4項) | 不可 | 不可 | なし |
指針の解説は、この構造を踏まえ、内閣総理大臣は、これらの事項に関する指針を定め(同条第4項)、必要があると認める場合等には事業者に対して助言・指導・勧告・命令等をすることができる(法第15条、第15条の2及び第16条)と記述している。改正前の解説が第15条のみを引用して「勧告等」としていたのと比べ、命令が加わった点が改正の核心である。
5-7 調査権限との関係
第15条の2の権限行使には、事実の解明が前提となる。改正後の第16条第1項は、第11条第1項(読替適用の場合を除く)の施行に必要な限度において、事業者に対し、報告をさせ、又はその職員に、事業者の事務所その他の事業場に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させることができると定める。立入検査の対象は301人以上の事業者の従事者指定義務に限られ、体制整備義務については同条第2項の報告徴収にとどまる。
報告懈怠・虚偽報告・検査拒否は第21条第2項第2号により30万円以下の罰金の対象となる一方、第16条第2項の報告に係る懈怠・虚偽報告は第24条により20万円以下の過料にとどまる。第15条の2が従事者指定義務と体制整備義務とで強度を分けた発想は、調査権限と罰則の設計にも一貫している。
5-8 境界問題と解釈上の課題
第一に、従事者指定義務違反と体制整備義務違反が重なる場合の処理である。従事者が一人も定められていない事業者は、通常、内部公益通報受付窓口も設置していないか、設置していても実効性を欠く。この場合、第1項の勧告(従事者指定)と第4項の勧告(体制整備)を並行して行うことになると考えられるが、命令が可能なのは前者に係る部分のみである。勧告書における違反事実と是正措置の切り分けが、後続する命令の適法性を左右する。
第二に、実質的判断と法的安定性の緊張である。指針の解説は、内部公益通報の受付、調査、是正に必要な措置の全て又はいずれかを主体的に行う業務及び当該業務の重要部分について関与する業務を行う場合に「公益通報対応業務」に該当するとし、また、それ以外の部門の担当者であっても、事案により指針本文で定める事項に該当する場合には、必要が生じた都度、従事者として定める必要があるとする。この「都度指定」の要請は、義務の輪郭を事案依存的にする。刑事罰に連なる命令の前提となる義務の内容が、指針及びその解説に委ねられている構造は、罪刑法定主義との関係で慎重な運用を要求する。命令は、勧告で特定された措置の不履行を対象とするため、勧告段階で措置内容が具体的に特定されていることが、この緊張を緩和する制度的な担保となる。
第三に、外部委託の場合の帰責である。指針の解説は、従事者を事業者外部に委託する際においても、同様に、従事者の地位に就くことが従事者となる者自身に明らかとなる方法により定める必要があるとしている。窓口を法律事務所等に委託している事業者が、受託者側の担当者を従事者として指定していない場合、義務違反の名あて人はあくまで委託元の事業者である。委託契約において従事者指定の手続と記録の授受を明記しておく必要がある。
6 経過措置
改正法(令和7年法律第62号)附則は、次のように定める。
附則第1条は、この法律は、公布の日から起算して一年六月を超えない範囲内において政令で定める日から施行すると定め、これを受けた政令により施行日は令和8年12月1日とされた。
附則第2条は経過措置の原則として、改正後の公益通報者保護法の規定(罰則を除く)は、附則に特別の定めがある場合を除き、施行前にされた改正前の法第2条第1項に規定する公益通報にも適用すると定める。
附則第6条は、報告及び勧告に関する経過措置として、施行前に旧法第15条の規定により報告を求められ、かつ、施行の際現に報告がされていないものについては、なお従前の例によるとし(第1項)、施行前に旧法第15条の規定による勧告を受けた事業者が当該勧告に従わなかった場合における公表については、なお従前の例によると定める(第2項)。
附則第7条は罰則に関する経過措置として、施行前にした行為及び附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によることとされる場合における施行後にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例によると定める。
これらから導かれる実務上の帰結は三点である。
第一に、第15条の2の権限は施行日である令和8年12月1日以後に行使される。施行日前に旧法第15条に基づき勧告を受けていた事業者について、その勧告を根拠として新法第15条の2第2項の命令が発せられることはない。旧勧告に対する不服従の効果は、附則第6条第2項により、旧第16条の公表として処理される。
第二に、施行日以後に新たに第15条の2第1項の勧告が行われ、これに正当な理由なく従わない場合に初めて命令が発せられる。命令を経て刑事罰に至るまでには、勧告の履行期限と命令の履行期限という二段階の猶予が置かれる。
第三に、施行日の時点で従事者を定めていない301人以上の事業者は、施行日当日から第11条第1項違反の状態にある。附則には従事者指定義務の履行を猶予する規定は置かれていない。令和8年12月1日を待って着手するのでは遅く、施行日前に指定を完了しておく必要がある。
なお、改正法附則第9条は、政府は、この法律の施行後三年を目途として、新法の施行の状況を勘案し、新法の規定について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとすると定める。衆議院における修正で5年から3年に短縮されたものである。参議院附帯決議第七項が求めた、体制整備義務への立入検査権の対象化及び刑事罰の導入は、この検討の対象となる。
7 判例・裁判例
第15条の2は新設条文であり、直接の裁判例はまだ存在しない。しかし、勧告・命令・公表という行政手法については、行政法上の判例の蓄積があり、本条の解釈と運用を検討する上での指針となる。
7-1 勧告の処分性――最判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁
医療法(平成9年法律第125号による改正前のもの)第30条の7に基づき都道府県知事が病院を開設しようとする者に対して行った病院開設中止の勧告について、最高裁第二小法廷は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると判断した。同判決は、当該勧告が医療法上は任意の服従を期待してされる行政指導として定められていることを認めつつ、勧告に従わない場合には相当程度の確実さをもって保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすこと、病院経営における保険医療機関の指定が持つ意義を併せ考えて、処分性を肯定した。
この判例法理を第15条の2第1項の勧告に当てはめると、判断は微妙である。第1項の勧告に従わない場合、直ちに法的地位が変動するわけではなく、第2項の命令という別個の処分を経て初めて義務が課される。命令の段階で取消訴訟や執行停止の機会が確保されている以上、勧告の段階での出訴を認める救済上の必要性は、医療法の事案ほど高くない。したがって、第1項の勧告の処分性は否定される可能性が高いと考えられる。もっとも、勧告と同時に第3項又は第5項の公表が予告される運用がされる場合には、勧告不服従が確実に公表に結びつく関係が生じ、平成17年判決の射程が及ぶ余地が生じる。
処分性が否定される場合、勧告は行政手続法第2条第6号の行政指導として同法第4章の規律に服する。事業者は、同法第35条第3項により勧告の内容等を記載した書面の交付を求めることができ、同法第36条の2により、法律に根拠のある行政指導が当該法律に規定する要件に適合しないと思料するときは、当該行政指導の中止その他必要な措置をとることを求めることができる。
7-2 行政指導への不服従を理由とする不利益取扱いの限界――最判昭和60年7月16日民集39巻5号989頁
品川マンション事件として知られる判決である。最高裁第三小法廷は、建築主が建築確認申請に係る紛争につき話合いによる解決を求める行政指導を受けてこれに応じていた場合でも、その後、処分が留保されたままでは行政指導に協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明して直ちに応答すべきことを求めたときは、行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで処分を留保することは国家賠償法第1条第1項所定の違法な行為となるとした。
第15条の2第4項の勧告は、命令に連なる第1項の勧告と異なり、純然たる行政指導である。事業者が勧告に従わない意思を明確に表明した場合に、行政庁が勧告を反復し、あるいは他の許認可等の場面で不利益な取扱いをすることは、行政手続法第32条第2項が定める、行政指導に従わなかったことを理由とする不利益な取扱いの禁止に反する。もっとも、第5項の公表は法律が明文で認めた効果であるから、同項の要件を満たす限り、これを不利益取扱いの禁止に反するものと評価することはできない。
7-3 不利益処分の理由提示――最判平成23年6月7日民集65巻4号2081頁
最高裁第三小法廷は、一級建築士免許取消処分について、処分の原因となる事実及び処分の根拠法条が示されているのみで、公にされていた処分基準の適用関係が全く示されていない場合には、名あて人において、いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることができず、行政手続法第14条第1項本文の定める理由提示の要件を欠き違法であるとした。
第15条の2第2項の命令は行政手続法第2条第4号の不利益処分に当たるから、同法第14条第1項により理由の提示が必要である。消費者庁が同法第12条に基づく処分基準を定めて公にした場合には、平成23年判決の趣旨に照らし、命令書において当該処分基準の適用関係を示すことが求められる。事業者としては、命令書の理由記載が不十分であれば、それ自体が取消事由となり得ることを念頭に置き、記載内容を精査すべきである。
なお、命令は名あて人の資格又は地位を直接に剥奪する不利益処分ではないため、行政手続法第13条第1項第2号により弁明の機会の付与が原則的な意見陳述手続となる。事業者は、弁明書において、正当な理由の存在、勧告と命令の内容の同一性、事実認定の誤りなどを主張することになる。
7-4 行政による公表と国家賠償――東京高判平成15年5月21日判時1835号77頁
平成8年に堺市で発生した病原性大腸菌O157による集団食中毒に関し、厚生大臣(当時)が中間報告を記者会見で公表した行為について、東京高等裁判所は、中間報告の疫学的判断及び結論に不合理な点は認められないとしつつ、公表の方法において、原因食材と断定するに至らない曖昧な内容をそのまま公表し、特定の食材が原因食材であると疑われているとの誤解を広く生じさせた点に違法があるとして、国家賠償請求を一部認容した。国の上告受理申立ては受理されなかった。
第15条の2第3項及び第5項の公表は法律に根拠を有するが、根拠があることは公表の態様が常に適法であることを意味しない。公表の内容が事実に反する場合、又は事実に反しないとしても表現が不正確で受け手に過剰な誤解を与える場合には、国家賠償法上の違法が問題となり得る。消費者庁の側では、公表文の記載を、認定された違反事実、勧告又は命令の内容、事業者の対応状況に限定する運用が求められる。事業者の側では、公表前に弁明の機会を通じて事実関係の誤りを是正しておくことが、事後的な救済に頼るよりも実効的である。
公表がされる前にこれを阻止するには、行政事件訴訟法第37条の4の差止めの訴えの利用が考えられるが、公表が処分に当たるかという論点があり、当たらないとすれば同法第4条後段の実質的当事者訴訟としての差止請求によることになる。いずれにせよ、重大な損害を生ずるおそれの疎明が必要となり、容易ではない。
7-5 内部通報者に対する不利益取扱い――東京高判平成23年8月31日(平成22年(ネ)第794号、最決平成24年6月28日により確定)
オリンパス事件として知られる。社内のコンプライアンス通報窓口に上司の行為を通報した従業員が、その後三度にわたり配置転換を受けた事案である。東京高等裁判所は、通報に反感を抱いた者が業務上の必要のない配転を行ったものであり動機が不当であるとして、配転を無効とし、会社及び上司に損害賠償を命じた。この判決は、窓口の担当者から通報内容が通報対象者である上司に伝わったことを背景事実としている。
本件は第15条の2の直接の先例ではないが、従事者指定義務が置かれた理由を具体的に示す事例である。指針の解説は、法第11条第2項において事業者に内部公益通報対応体制の整備等を求め、同条第1項において事業者に従事者を定める義務を課した趣旨は、公益通報者を特定させる事項について、法第12条の規定により守秘義務を負う従事者による慎重な管理を行わせるためであると述べる。窓口に届いた情報が通報対象者に流れる事態を防ぐことが従事者制度の目的であり、その履行を確保する手段として第15条の2が置かれている。
8 企業実務への影響
8-1 施行日までに完了すべき事項
常時使用する労働者の数が301人以上の事業者は、令和8年12月1日の時点で従事者指定を完了していなければ、その日から第11条第1項違反の状態に置かれる。準備すべき事項は次のとおりである。
従事者の範囲の実質判断。所属部署名ではなく、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行い、かつ当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者に該当するかで判断する。窓口担当者だけでなく、調査を主体的に行う者、是正措置の決定に重要部分で関与する者が含まれ得る。
指定方法の書面化。個別の通知書によるほか、内部規程において部署・部署内のチーム・役職等の特定の属性で指定する方法も認められるが、後者の場合も従事者の地位に就くことを本人に明らかにする必要がある。指針の解説は、従事者指定の事実を記録する観点から、従事者の氏名・所属部署・従事者に指定した日等を記載した書面を作成・管理しておくこと等が考えられるとしており、この記録が報告徴収や立入検査の際の疎明資料となる。
都度指定の運用ルール。事案により従事者として定める必要が生じた場合に、誰の決裁でいつまでに指定するかを内部規程に定める。指定の遅れが違反と評価されないよう、指定手続を簡素にしておく。
外部委託先の取扱い。窓口を外部に委託している場合、受託者側の担当者について従事者の地位に就くことが本人に明らかとなる方法により定める必要がある。委託契約に、受託者が担当者に対して従事者指定の事実を明示する義務、及びその記録を委託元に提出する義務を定めることが考えられる。参議院附帯決議第八項は、事業者が公益通報の受付や事実関係の調査等を法律事務所等に外部委託する場合には、中立性・公正性に疑義が生じるおそれ又は利益相反が生じるおそれがある法律事務所等は避けるべきことを周知徹底することを求めており、委託先選定の段階から利益相反の確認が必要である。
労働者数の算定管理。301人の境界付近にある事業者は、算定方法と基準日を内部規程で定め、境界を超えた場合に速やかに義務対象へ移行できるようにしておく。
8-2 報告徴収・立入検査を受けた場合
第16条第1項の報告徴収と立入検査は、第15条の2第1項の勧告の前段階として行われる。報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した場合、第21条第2項第2号により30万円以下の罰金が科され、第23条第1項第2号により法人も同額の罰金刑を受ける。
備えとして、従事者指定に関する書面、内部規程、周知資料、窓口の運用実績記録を、提出可能な形で一元管理しておく。立入検査に際しては、職員が身分を示す証明書を携帯し関係者に提示しなければならない旨が第16条第3項に定められており、対応者はこれを確認する。第16条第4項は、立入検査の権限は犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと定めるが、報告・検査に関する義務違反自体が刑罰の対象である以上、対応記録は正確に残す。
8-3 勧告を受けた場合
勧告書を受領したら、まず、指摘された違反事実の有無、勧告に係る措置の内容、履行期限を確認する。措置をとる場合は、期限内に完了し、完了報告を書面で提出する。期限内の完了が困難な場合は、その事情と具体的な是正計画・完了予定時期を書面で説明する。正当な理由の主張は、命令の適法性を争う際の中核となるため、その時点で記録化しておくことに意味がある。
勧告の内容に不服がある場合、第1項の勧告について取消訴訟が認められるかは前述のとおり不確実である。行政手続法第36条の2に基づく中止等の求めを行い、その回答を記録に残すことが現実的な対応となる。
8-4 命令を受けた場合
命令は不利益処分であるから、事前に行政手続法第13条第1項第2号の弁明の機会が与えられる。弁明書では、事実認定の誤り、勧告と命令の内容の不一致、正当な理由の存在を具体的に主張する。
命令が発せられた場合、取消訴訟(行政事件訴訟法第3条第2項)と執行停止(同法第25条)を検討することになる。ただし、命令の内容は従事者を指定せよというものであり、これに従うこと自体の負担は大きくない。命令に従った上で、公表による信用毀損について国家賠償を求めるという構成のほうが、実際には選択されやすい。
命令に違反すれば、法人と行為者の双方が罰金の対象となる。ここでいう行為者は、命令の履行を決定する権限を持ちながら履行しなかった者であり、代表者に限られない。
8-5 事例に学ぶ
近年、従業員数が数千人を超える事業者においても内部通報制度が十分に機能せず、外部通報によって重大な不祥事が発覚した例がある。検討会報告書は、その中には、事業者が従事者指定義務や体制整備義務を一切履行せず、不正について内部で指摘があったものの、特段の対処をせず、是正までに時間を要した事案があったと述べている。改正法の下では、こうした事案において、消費者庁は立入検査によって従事者指定の不履行を確認し、是正勧告を経て命令を発し、命令の事実を公表することができる。不祥事の公表に加えて、行政措置の公表が重なる構図となる。
内部通報窓口の年間受付件数が0件であるという状態も、検討会報告書が課題として挙げた事象である。内部通報制度を導入していると回答した事業者の30.0パーセントが年間受付件数を0件と回答し、従業員数3000人超の事業者であってもその12.3パーセントが年間受付件数を0件又は1から5件又は把握していないと回答していた。受付件数の少なさそれ自体は義務違反ではないが、周知の不足を示す指標となり得る。令和7年改正で第11条第2項に労働者等に対する周知が明示された以上、周知の不履行は第15条の2第4項の勧告、さらに第5項の公表の対象となり得る。
9 地方公共団体への適用
9-1 第20条による適用除外
第20条は、第15条から第16条までの規定は、国及び地方公共団体には、適用しないと定める。第15条の2はこの範囲に含まれるため、消費者庁長官は、地方公共団体に対して是正勧告も命令も公表もすることができない。報告徴収・立入検査(第16条)も同様である。
もっとも、義務そのものが免除されるわけではない。指針は「事業者」に国・地方公共団体などの公法人も含まれると明記しており、地方公共団体は第11条第1項の従事者指定義務と同条第2項の体制整備義務を負う。常時使用する労働者の数が301人以上であれば法的義務である。第12条の守秘義務を負う従事者が正当な理由なく公益通報者を特定させる事項を漏らせば、第22条により30万円以下の罰金の対象となる。適用が除外されているのは、義務の履行を確保するための行政措置と、命令違反に係る罰則である。
9-2 代替する統制手段
行政措置が及ばない領域を補うのが、地方自治法第245条の4第1項に基づく技術的な助言である。消費者庁は、この規定に基づき「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」を策定しており、令和8年5月29日に最終改正された。同ガイドラインは、各地方公共団体は、従事者を定める際には、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くこと(それに伴い法第12条に定める守秘義務が課されること及び法第22条に定める罰則の適用対象となり得ることを含む。)が従事者となる者自身に明らかとなる方法により定めると規定し、指針と同内容の対応を求めている。
同ガイドラインは消費者庁の役割として、消費者庁は、地方公共団体における内部公益通報対応体制の適切な整備及び運用並びに個別の通報事案に対する適切な対応を確保するため、各地方公共団体に対して必要な助言、協力、情報の提供その他の援助を行うものとすると定め、あわせて、法の施行状況を把握するため、各地方公共団体における内部公益通報受付窓口の設置及び運用状況、通報への対応状況、職員等への研修の実施状況等について調査を行い、その結果を公表するとしている。勧告や命令の代わりに、施行状況調査とその公表が事実上の統制手段として機能する構造である。
都道府県については、同ガイドラインが、各都道府県は、当該都道府県の区域内の市区町村における内部公益通報対応体制の適切な整備及び運用並びに個別の通報事案に対する適切な対応を確保するため、当該市区町村相互間の連絡調整及び当該市区町村に対する必要な助言、協力、情報の提供その他の援助を行うよう努めると定めている。市区町村に対する第一次的な支援は都道府県が担う。
このほか、消費者庁は令和7年5月22日付けで「行政機関における公益通報者保護法に係る対応の徹底について」と題する通知を、国の行政機関宛て及び地方公共団体宛てに発出している。
9-3 事例と国会での議論
令和5年度の行政機関における公益通報者保護法の施行状況調査では、301人以上の職員を擁し窓口設置の法的義務を負うにもかかわらず窓口を設置していない市区町村が存在した。改正法を審議する国会において、消費者庁が該当する市区町村に個別に連絡した結果、審議の時点では義務対象の市区町村のすべてで窓口が設置済みである旨が説明されている。行政措置権限を欠く中でも、調査と個別の働きかけによって一定の是正が実現した例である。
他方、個別の通報事案への対応をめぐっては、地方公共団体の対応の適否が社会的な議論の対象となった事例がある。兵庫県の告発文書をめぐる事案では、県が設置した第三者調査委員会が令和7年3月19日に報告書を公表し、県の対応が公益通報者保護法に違反すると結論づけた一方、県側からは異なる見解も示され、評価は一致していない。本稿の主題との関係で確認しておくべきは、仮に地方公共団体の対応が法の求める体制整備を欠くものであったとしても、第20条により消費者庁が是正勧告や命令を行う法的根拠がないという点である。この構造への問題意識が、衆参両院の附帯決議第五項において、地方自治の本旨を踏まえつつ第20条の除外規定の在り方についての検討を求める文言となって表れている。
9-4 担当職員が備えるべき事項
地方公共団体の担当職員にとって、第15条の2は直接適用される条文ではない。しかし、次の三点で無関係ではない。
第一に、地方公共団体が事業者としての立場で第11条の義務を負う点は民間事業者と同じであり、従事者指定の書面化と記録管理は同様に必要である。行政措置がないことは、義務が緩やかであることを意味しない。
第二に、地方公共団体は、区域内の事業者に対する周知啓発の担い手でもある。令和8年12月1日から民間事業者に命令と罰則が及ぶことを、商工団体等を通じて周知する役割が期待される。
第三に、地方公共団体は、通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関として、第13条の調査・措置義務と体制整備義務を負う。第15条の2の適用除外は、第13条の義務には影響しない。
10 実務チェックリスト
10-1 民間事業者向け
- 常時使用する労働者の数を算定し、301人以上か300人以下かを確定したか。算定方法と基準日を内部規程に定めたか。
- 内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行い、かつ公益通報者を特定させる事項を伝達される者を、部署名ではなく実質で洗い出したか。
- 従事者の指定を、書面その他本人に地位が明らかとなる方法で行ったか。守秘義務と罰則の適用対象となり得ることを本人に伝えたか。
- 従事者の氏名・所属部署・指定日を記載した記録を作成し、保管しているか。
- 事案ごとに従事者を追加指定する場合の決裁権者と手続を内部規程に定めたか。
- 窓口を外部委託している場合、受託者側担当者の従事者指定について契約上の手当てをしたか。委託先の中立性・公正性と利益相反の有無を確認したか。
- 令和8年12月1日より前に従事者指定を完了する工程表を作成したか。
- 体制整備の内容と労働者等への周知の実施状況を記録し、報告徴収に応じられる形で保管しているか。
- 立入検査を受けた際の対応手順(証明書の確認、対応者、記録の作成)を定めたか。
- 勧告を受けた場合の社内エスカレーション経路と、履行期限管理の担当を定めたか。
- 勧告に期限内に対応できない場合に、事情と是正計画を書面で説明する運用を定めたか。
- 命令に対する弁明の機会において主張すべき事項(事実認定、勧告と命令の同一性、正当な理由)を整理する体制があるか。
- 公表がされた場合の広報対応方針を、あらかじめ検討しているか。
- 従事者指定義務違反が第21条第2項第1号の命令違反を通じて通報対象事実となり得ることを、経営層に説明したか。
10-2 国及び地方公共団体向け
- 職員数を算定し、第11条第1項及び第2項が法的義務となるか努力義務となるかを確定したか。
- 従事者を書面により指定し、守秘義務と第22条の罰則の適用対象となり得ることを本人に明示したか。
- 従事者の指定記録を作成し、人事異動時の再指定手続を定めたか。
- 地方公共団体ガイドライン(内部の職員等からの通報)の令和8年5月29日最終改正版に沿って、内部規程を点検したか。
- 内部公益通報受付窓口の設置と周知が、職員等に届いているかを確認したか。
- 組織の長その他幹部に関係する事案について、独立性を確保する措置を定めたか。
- 内部公益通報対応体制の運用状況(受付件数、事案の概要、調査結果の概要、とった措置、対応期間等)を定期的に公表する仕組みを整えたか。
- 消費者庁の施行状況調査に正確に回答できる記録管理を行っているか。
- 第20条により行政措置が及ばないことを理由に対応を後回しにしていないか。議会・監査委員・住民監査請求という別の統制が働くことを踏まえているか。
- 都道府県にあっては、区域内市区町村への連絡調整と助言の体制を整えたか。
- 通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関として、第13条第2項の体制整備を別途行っているか。
- 区域内の民間事業者に対し、令和8年12月1日から命令と罰則が及ぶことを周知する取組を計画したか。
11 次回予告
次回は第16条(報告及び検査)を扱う。令和7年改正により報告徴収に立入検査が加えられ、報告懈怠・虚偽報告・検査拒否が第21条第2項第2号の罰金の対象となった一方、第16条第2項の報告については第24条の過料にとどまる。この二層構造の意味、立入検査の対象範囲、身分証明書の携帯・提示義務、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない旨の規定の意義を、第15条の2との連結を踏まえて解説する。
12 参照資料
- 公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(令和3年8月20日内閣府告示第118号、令和8年3月31日一部改正内閣府告示第15号)
- 公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説(令和3年10月13日、令和8年3月31日一部改正、施行日令和8年12月1日、消費者庁)
- 公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)(平成29年7月31日、令和8年5月29日最終改正、消費者庁)
- 公益通報者保護制度検討会報告書――制度の実効性向上による国民生活の安心と安全の確保に向けて(令和6年12月27日)
- 衆議院消費者問題に関する特別委員会附帯決議(令和7年4月24日)、参議院消費者問題に関する特別委員会附帯決議(令和7年6月2日)
- 参議院議案情報「公益通報者保護法の一部を改正する法律案」議案要旨・関連資料
- 行政機関における公益通報者保護法に係る対応の徹底について(令和7年5月22日、消費者庁)
- 最判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁
- 最判昭和60年7月16日民集39巻5号989頁
- 最判平成23年6月7日民集65巻4号2081頁
- 東京高判平成15年5月21日判時1835号77頁
- 東京高判平成23年8月31日(平成22年(ネ)第794号、最決平成24年6月28日により確定)
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