1 条文原文

令和8年12月1日施行の公益通報者保護法(平成16年法律第122号。令和7年法律第62号による改正後)第16条は、次のとおりである。

(報告及び検査) 第十六条 

内閣総理大臣は、第十一条第一項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を除く。)の規定の施行に必要な限度において、事業者に対し、報告をさせ、又はその職員に、事業者の事務所その他の事業場に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させることができる。

2 内閣総理大臣は、第十一条第一項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合に限る。)及び第二項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定の施行に必要な限度において、事業者に対し、報告を求めることができる。

3 第一項の規定により職員が立ち入るときは、その身分を示す証明書を携帯し、関係者に提示しなければならない。

4 第一項の規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。

本条は第4章「雑則」に置かれる。第15条が助言及び指導、第15条の2が勧告・命令・公表、第16条が報告徴収及び立入検査を定め、この三箇条が行政措置の体系を構成する。

条文の理解に必要な範囲で、引用される第11条第1項から第3項までを掲げる。

第十一条 事業者は、第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報を受け、並びに当該公益通報に係る通報対象事実の調査をし、及びその是正に必要な措置をとる業務(第十二条において「公益通報対応業務」という。)に従事する者(第十二条において「公益通報対応業務従事者」という。)を定めなければならない。 2 事業者は、前項に定めるもののほか、公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため、第三条第一項第一号及び第六条第一項第一号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者等に対するその周知その他の必要な措置をとらなければならない。 3 常時使用する労働者の数が三百人以下の事業者については、第一項中「定めなければ」とあるのは「定めるように努めなければ」と、前項中「とらなければ」とあるのは「とるように努めなければ」とする。

権限の委任、適用除外、罰則に関する各条は次のとおりである。

第十九条 内閣総理大臣は、この法律による権限(政令で定めるものを除く。)を消費者庁長官に委任する。

第二十条 第十五条から第十六条までの規定は、国及び地方公共団体には、適用しない。

第二十一条 第三条第一項の規定に違反して解雇等特定不利益取扱いをしたときは、当該違反行為をした者は、六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。 2 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、三十万円以下の罰金に処する。 一 第十五条の二第二項の規定による命令に違反したとき。 二 第十六条第一項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は同項の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避したとき。

第二十三条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本項の罰金刑を科する。 一 第二十一条第一項 三千万円以下の罰金刑 二 第二十一条第二項 同項の罰金刑 2 前項(第一号に係る部分に限る。)の規定は、国及び地方公共団体には、適用しない。

第二十四条 第十六条第二項の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、二十万円以下の過料に処する。


2 新旧対照

令和7年法律第62号による第16条の改正は、条の全部改正である。官報登載条文の改正沿革欄には「令七法六二・全改」と付されている。

項目改正前(令和2年改正後)改正後(令和8年12月1日施行)
見出し(公表)(報告及び検査)
規定内容勧告に従わなかった場合の公表報告徴収及び立入検査
項数1項4項
報告徴収の根拠旧第15条(第16条には規定なし)第16条第1項及び第2項
立入検査規定なし第16条第1項に新設
対応する罰則旧第22条(旧第15条の報告に係る過料20万円)第21条第2項第2号(罰金30万円)、第23条第1項第2号(両罰)、第24条(過料20万円)

改正前の第16条は、次のとおりであった。

第十六条 内閣総理大臣は、第十一条第一項及び第二項の規定に違反している事業者に対し、前条の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかったときは、その旨を公表することができる。

改正前の第15条は、次のとおりであった。

第十五条 内閣総理大臣は、第十一条第一項及び第二項(これらの規定を同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定の施行に関し必要があると認めるときは、事業者に対して、報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる。

改正前の第22条は、次のとおりであった。

第二十二条 第十五条の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、二十万円以下の過料に処する。

改正前の第20条は、次のとおりであった。

第二十条 第十五条及び第十六条の規定は、国及び地方公共団体に適用しない。

条の移動を整理すると、次の三つの流れが同時に起きている。第一に、旧第15条にあった報告徴収が第16条第1項及び第2項へ移った。第二に、旧第16条にあった公表が第15条の2第3項(命令をした場合の公表)及び同条第5項(勧告不服従の場合の公表)へ移り、しかも公表の要件が「勧告に従わなかったとき」から「正当な理由がなく、当該勧告に係る措置をとらなかったとき」へと改められた。第三に、立入検査が新たに設けられた。旧第16条の内容が他の条へ抜けた跡地に、旧第15条の報告徴収と新設の立入検査が入居した形である。

旧第22条は新第24条へ繰り下がったが、対象規定が旧第15条から第16条第2項へ改められている。旧法では報告徴収の担保は過料一本であったのに対し、改正法は報告徴収を二つの項に分割し、第1項の報告に係る違反だけを刑事罰へ引き上げ、第2項の報告に係る違反は従前どおり過料に据え置いた。

第20条の改正は、第15条の2が新設されて適用除外の対象条文が三箇条になったことに伴う引用の技術的調整であり、適用除外の実質的範囲は動いていない。


3 立法の沿革と趣旨

3-1 原始法には行政調査の規定がなかった

平成16年に制定された原始法は、公益通報を理由とする解雇の無効と不利益取扱いの禁止という民事的効果を中心に構成され、事業者に体制整備を義務付ける規定を持たなかった。義務がない以上、義務の履行状況を調べる権限も必要とされない。消費者庁は民間事業者向けガイドラインによって自主的取組を促すにとどまり、事業者の内部通報制度に立ち入る法的根拠は存在しなかった。

3-2 令和2年改正による報告徴収の導入

令和2年法律第51号は、常時使用する労働者の数が三百人を超える事業者に従事者指定義務と体制整備義務を課した。義務を課す以上、履行状況を把握する手段が要る。そこで旧第15条は、助言・指導・勧告と並べて報告徴収を規定し、旧第22条がこれに過料二十万円を接続させた。

もっとも、令和2年改正の調査手段は報告徴収に限られていた。事業者が提出する報告の内容を、行政の側から独立に検証する手立てはない。報告が実態と食い違っていても、過料二十万円が科され得るにとどまる。過料は刑罰ではなく秩序罰であり、前科とならず、非訟事件手続法に基づく決定によって科される。抑止力としての強度は限定的であった。

3-3 令和7年改正における立入検査権の新設

公益通報者保護制度検討会報告書(令和6年12月27日)は、従事者指定義務の履行が徹底されていないことを立法事実として挙げた。同報告書は、令和5年度の消費者庁の実態調査に基づき、非上場の義務対象事業者の10.7パーセントが従事者指定の義務を知りながら担当者を指名していないと回答し、その約半数がその理由として上司などに情報が共有されており特段不都合もないためを選択したことを指摘した。義務違反の事実を事業者自身の報告のみによって把握しようとする限り、こうした事業者から正確な情報を引き出すことは期待しがたい。

同報告書は、対応として次のように述べた。

従事者指定義務の履行徹底に向けて、消費者庁の行政措置権限を強化すべきである。具体的には、現行法の報告徴収、指導・助言、勧告、勧告に従わない場合の公表に加え、立入検査権や勧告に従わない場合の命令権を規定し、事業者に対し、是正すべき旨の命令を行っても違反が是正されない場合には、刑事罰を科すこととすべきである。

立入検査権と命令権は、この提言をそのまま条文化したものである。消費者庁が公表した改正概要も、改正の内容を、上記事業者に対する現行法の報告徴収権限に加え、立入検査権限を新設するとともに、報告懈怠・虚偽報告、検査拒否に対する刑事罰を新設すると整理し、根拠条文として第16条、第21条、第23条を挙げている。

3-4 第1項と第2項に書き分けた理由

立入検査は、行政職員が事業者の事業場に立ち入り、帳簿書類を閲覧する権限である。事業者に対する侵害の度合いは、報告徴収とは質的に異なる。これを努力義務にとどまる三百人以下の事業者にまで及ぼせば、義務の強度と調査手段の強度が均衡を失する。

そこで第16条は、第1項の対象を「第十一条第一項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を除く。)」に絞り、第2項の対象を「第十一条第一項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合に限る。)及び第二項(同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)」とした。第1項は法的義務としての従事者指定義務だけを対象とし、第2項は努力義務としての従事者指定と、法的義務・努力義務の双方を含む体制整備義務を対象とする。

旧第15条は「これらの規定を同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を含む。」という一つの括弧書きで四つの権限を一括して受けていたため、権限ごとに対象を書き分けることができなかった。令和7年改正が旧第15条を三箇条に割ったのは、この書き分けを可能にするための立法技術上の要請でもある。

公益通報ハンドブック(改正法準拠版・令和8年6月30日)は、この二本立てを事業者向けに次のように説明する。従事者指定義務については、消費者庁による報告徴収、立入検査や助言、指導、勧告、是正命令等の権限が規定されており、虚偽報告や検査忌避等を行った場合や是正命令違反を行った場合、過料や罰金が科されることがあるとする。他方、体制整備義務については、消費者庁による報告徴収や助言、指導、勧告等の権限が規定されており、虚偽報告等を行った場合、過料が科されることがあるとする。

指針の解説(令和8年3月31日最終改正)も、第1「はじめに」において、内閣総理大臣が指針を定め、必要があると認める場合等には事業者に対して助言・指導・勧告・命令等をすることができる旨を述べ、その根拠として法第15条、第15条の2及び第16条を並記している。改正前の解説が根拠として法第15条のみを挙げていたのと対照的であり、行政措置が三箇条体制へ移行したことが解説の冒頭段落にも反映されている。


4 用語解説

用語意義規定の位置
報告をさせ事業者に対し、義務の履行状況に関する事項の報告を命ずること。名宛人に作為義務を課す下命であり、行政処分に当たる第16条第1項
報告を求める第1項と同じく報告を命ずる権限。第24条の過料が担保する第16条第2項
立入検査職員が事業場に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査すること。権力的事実行為であり、相手方の受忍義務を伴う第16条第1項
事務所その他の事業場事業活動が行われる場所。本社、支社、工場、営業所のほか、内部公益通報受付窓口の運営場所を含み得る第16条第1項
帳簿書類その他の物件紙媒体の文書に限られず、電磁的記録及びこれを記録した媒体を含むと解される第16条第1項
読み替えて適用する場合第11条第3項により、三百人以下の事業者について義務規定を努力義務規定に読み替えて適用する場合第11条第3項
間接強制調査相手方の抵抗を実力で排除することはできず、拒否に対して罰則を科すことによって間接的に実効性を確保する行政調査第16条第1項、第21条第2項第2号
両罰規定従業者等の違反行為について、行為者のほか法人又は人にも罰金刑を科する規定第23条第1項
過料秩序罰。刑罰ではなく、前科とならない。非訟事件手続法の定めるところにより裁判所が科す第24条

5 第1項――従事者指定義務に係る報告徴収及び立入検査

5-1 主体と権限の委任

条文上の主体は内閣総理大臣である。第19条により、この法律による権限は政令で定めるものを除いて消費者庁長官に委任される。実際に報告を命じ、職員に検査をさせるのは消費者庁長官であり、事務は消費者庁参事官(公益通報・協働担当)が所掌する。

第1項の「その職員」は、内閣総理大臣の職員、すなわち権限委任後は消費者庁の職員を指す。事業者の職員ではない。この点は条文を初めて読む際に誤読が生じやすい箇所であり、第3項が「第一項の規定により職員が立ち入るときは」と受けていることからも、行政側の職員であることが確認できる。

5-2 「同条第三項の規定により読み替えて適用する場合を除く」の意味

第11条第3項は、常時使用する労働者の数が三百人以下の事業者について、第1項の「定めなければ」を「定めるように努めなければ」と読み替える。したがって、読替え適用を「除く」第1項の従事者指定義務とは、常時使用する労働者の数が三百人を超える事業者に課された法的義務としての従事者指定義務を指す。

第16条第1項の報告徴収及び立入検査は、この法的義務の施行に必要な限度でのみ行うことができる。三百人以下の事業者に対しては、第1項に基づく立入検査をすることができない。体制整備義務については、三百人を超える事業者であっても、第1項ではなく第2項の対象となる。立入検査の射程は、従事者指定義務という一点に絞られている。

この絞り込みは、事業者にとって重い意味を持つ。窓口の設置状況や周知の実施状況は第2項の報告徴収の対象にとどまり、検査によって裏付けを取られることはない。他方、誰を従事者として定めたか、どのような方法で定めたかについては、書面の現物を職員が確認し得る。

5-3 「施行に必要な限度において」

第15条が「施行に関し必要があると認めるとき」と定めるのに対し、第16条第1項及び第2項は「施行に必要な限度において」と定める。前者は発動の契機を、後者は権限行使の範囲を画する文言である。

「必要な限度」は、行政調査一般に妥当する比例原則の実定法上の表現である。義務の履行状況を確認するという目的との関係で必要とされる範囲を超えて、報告を命じ、又は検査をすることは許されない。例えば、従事者指定の有無を確認するために内部公益通報の個別事案の全記録を無限定に提出させることは、目的との均衡を欠くと評価される余地がある。とりわけ内部公益通報の記録には公益通報者を特定させる事項が含まれ得るのであるから、第12条の守秘義務の趣旨に照らしても、調査範囲の設定には慎重さが求められる。

第15条の2第1項の勧告が「違反していると認めるとき」を要件とするのに対し、第16条第1項は違反の認定を要しない。報告徴収及び立入検査は、違反の有無を確かめるための手段であるから、違反認定を要件とすれば手段と目的が逆転する。事業者の側から見れば、報告徴収や立入検査を受けたこと自体は違反の認定を意味しない。

5-4 報告をさせること

「報告をさせ」は、事業者に報告義務を課す下命である。求められる報告の内容は、従事者指定義務の履行状況に関する事項に限られる。実務上は、従事者を定めているか、定めているとすれば何人か、どのような方法で指定したか、指定を記録した書面が存在するか、といった事項が想定される。

報告の方法及び期限について第16条は規定を置かない。行政実務では、報告命令書を交付し、提出期限と提出方法を指定する運用が一般的である。期限内に報告がなければ「報告をせず」に当たり、事実と異なる報告をすれば「虚偽の報告」に当たる。

5-5 立入検査の客体

立入りの場所は「事業者の事務所その他の事業場」である。事業者が支配する事業活動の場所を広く含む。内部公益通報受付窓口の運営を外部に委託している場合、委託先は独立した別の事業者であるから、委託元に対する第1項の権限をもって委託先の事業場に立ち入ることはできない。委託先が自ら三百人を超える労働者を使用する事業者であれば、その者に対する権限として別途行使され得るにとどまる。外部窓口の運営状況を把握しようとするならば、委託元に対する報告徴収によって委託契約書等の提出を求める方法が現実的である。

検査の客体は「帳簿書類その他の物件」である。文言は紙の帳簿・書類を例示しつつ「その他の物件」で受けており、電磁的記録及びこれを記録した媒体も含まれると解される。従事者指定通知書、内部規程、従事者名簿、指定日を記録した台帳、研修記録などが対象となり得る。

「検査」は、閲覧し、内容を確認する行為である。物件の占有を取得する押収や、施錠された場所を開扉する実力行使は含まれない。相手方が任意に提示しない物件を実力で取り上げることはできず、そうした場合は「検査を拒み」に当たるものとして罰則の適用が問題となる。

5-6 罰則の接続

第21条第2項第2号は、第16条第1項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は同項の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避したときは、当該違反行為をした者を三十万円以下の罰金に処すると定める。第23条第1項第2号により、法人にも同項の罰金刑が科される。

構成要件は五つの行為態様からなる。報告をしないこと、虚偽の報告をすること、検査を拒むこと、検査を妨げること、検査を忌避することである。「拒み」は明示的な拒絶、「妨げ」は検査の実施を困難にする積極的な行為、「忌避」は不在を装うなど検査を免れる行為を指すと解するのが、同種の規定に関する一般的な理解である。

罰則の名宛人は「当該違反行為をした者」であり、法人そのものではなく、現実に違反行為をした自然人である。第23条第1項の両罰規定によって、その者が属する法人又は人にも罰金刑が科される。第23条第2項は同項第1号に係る部分についてのみ国及び地方公共団体への不適用を定めるにとどまるが、そもそも第20条により第16条自体が国及び地方公共団体に適用されないから、第21条第2項第2号の適用場面も生じない。

過料から罰金への引上げは、担保手段の性質の変更を伴う。過料は非訟事件手続法に基づき裁判所が科す秩序罰であるのに対し、罰金は刑罰であり、捜査機関による捜査、検察官による公訴提起、刑事訴訟手続を経て科される。事業者にとっては、前科の有無、公表の可能性、取引先や金融機関に対する説明責任の点で、実質的な負担が大きく変わる。


6 第2項――体制整備義務等に係る報告徴収

6-1 対象規定

第2項の対象は、第11条第1項のうち読替え適用に限る場合、すなわち三百人以下の事業者の従事者指定努力義務と、第11条第2項の全体、すなわち規模を問わないすべての事業者の体制整備義務である。第1項と第2項を合わせると、報告徴収は第11条第1項及び第2項の全体に及び、規模による限定がない。

三百人を超える事業者は、従事者指定義務については第1項の、体制整備義務については第2項の対象となる。一つの事業者に対して二つの項が並行して適用され、違反時の効果が異なる。報告命令書がいずれの項に基づくものかによって、報告懈怠や虚偽報告の効果が罰金となるか過料となるかが分かれるため、受領した文書の根拠条項を確認することが実務上の出発点となる。

6-2 「報告をさせ」と「報告を求める」

第1項が「報告をさせ」、第2項が「報告を求める」と書き分けられている。旧第15条は「報告を求め」と規定しており、第2項は旧法の文言を引き継いだものである。

文言の差異が権限の性質の差異を意味するかについては、条文の構造から否定的に解すべきである。第2項の報告についても第24条の過料が接続しており、任意の協力要請にとどまるものではない。第17条が「関係行政機関に対し、照会し、又は協力を求めることができる」と定めるのと異なり、第2項の名宛人は事業者であり、義務の履行状況の把握という目的も第1項と共通する。両項とも報告義務を課す下命と解するのが整合的である。文言の差は、立入検査と併記される第1項の文型に合わせた技術的なものと理解される。

6-3 過料二十万円

第24条は、第16条第2項の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、二十万円以下の過料に処すると定める。行為態様は報告懈怠と虚偽報告の二つであり、第2項に立入検査がない以上、検査拒否等の態様は規定されていない。

過料は秩序罰であり、非訟事件手続法第119条以下の過料事件の手続により、裁判所が決定によって科す。刑罰ではないため、両罰規定の適用はなく、法人に対して直接に科されるのが通常である。前科とはならず、刑事訴訟手続も経ない。

第1項の違反に罰金と両罰を接続させ、第2項の違反を過料にとどめた設計は、従事者指定義務の系統だけが命令と刑事罰まで貫通し、体制整備義務の系統は公表と過料で止まるという改正法の骨格に対応している。


7 第3項――証票の携帯及び提示

7-1 規定の趣旨

第3項は、立入検査をする職員に対し、身分を示す証明書の携帯と関係者への提示を義務付ける。行政調査に共通して置かれる規定であり、二つの機能を持つ。第一に、立入りを受ける側が、立入る者が正当な権限を有する職員であることを確認できるようにする。第二に、権限のない者による立入りや、権限を装った詐欺的行為から事業者を保護する。

「関係者に提示しなければならない」とあり、提示は義務である。相手方の求めを待たずに提示すべき義務と解される。提示の相手方である「関係者」は、立入りを受ける事業者の側で応対する者を広く含む。

7-2 証明書の様式を定める内閣府令

証明書の様式は内閣府令で定められる。消費者庁は「公益通報者保護法第十六条第一項の規定による立入検査をする職員の携帯する身分を示す証明書の様式を定める内閣府令(案)」について意見公募手続を実施し、令和8年6月23日にその結果を公表した。改正法の施行日である令和8年12月1日に向けて、様式の整備が進められている。

事業者の実務としては、立入検査を受ける際に、提示された証明書が当該内閣府令の定める様式によるものであるかを確認し、職員の氏名、所属、証明書番号を記録に残す手順を定めておくことになる。

7-3 提示義務違反の効果

第3項に違反して証明書を携帯せず、又は提示しないまま立入りが行われた場合の効果について、条文は規定を置かない。二つの局面に分けて考える必要がある。

第一に、事業者が立入りを拒んだ場合である。証明書の提示を欠く立入りの求めは第16条の要件を満たさない適法でない権限行使であるから、これを拒んでも第21条第2項第2号の検査拒否には当たらないと解される。

第二に、提示を欠いたまま検査が実施された場合である。手続の瑕疵が検査の結果得られた資料の利用可能性に影響するかは、瑕疵の程度と当該資料が後続の処分の基礎とされた程度に応じて判断されることになる。証明書の提示は事業者の権利保護のための手続要件であり、その欠缺は軽微とは言いがたい。


8 第4項――犯罪捜査目的の解釈禁止

8-1 規定の意味

第4項は、第1項の立入検査権が犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと定める。行政調査に置かれる標準的な規定であり、行政目的の調査と刑事手続とを制度上切り離す機能を持つ。

この規定が置かれる理由は、憲法との関係にある。憲法第35条は、住居、書類及び所持品について侵入、捜索及び押収を受けることのない権利を保障し、令状主義を定める。憲法第38条第1項は、何人も自己に不利益な供述を強要されないと定める。行政調査は令状によらずに行われ、拒否には罰則が接続するから、これが実質的に犯罪捜査として機能するならば、憲法上の保障を潜脱することになる。第4項は、立入検査権をそのように用いてはならないことを明文で確認する。

8-2 川崎民商事件との関係

最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(川崎民商事件)は、旧所得税法の質問検査に関し、憲法第35条及び第38条第1項の保障が刑事手続以外の手続に及ばないわけではないとしつつ、当該質問検査は、公益上の必要性と合理性が認められ、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結び付く作用を一般的に有するものではないとして、憲法に違反しないと判断した。

この判断枠組みを第16条に当てはめると、第4項が置かれていること、立入検査の目的が従事者指定義務の履行状況の確認に限定されていること、検査に押収や実力行使が伴わないこと、罰則が三十万円以下の罰金という比較的軽度のものにとどまることが、合憲性を支える要素として働く。逆に、消費者庁が第16条第1項の立入検査を、第21条第1項の解雇等特定不利益取扱いの罪や第22条の守秘義務違反の罪の証拠収集の目的で用いるならば、第4項に反する違法な権限行使となる。

8-3 荒川民商事件と調査の必要性判断

最決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(荒川民商事件)は、質問検査の範囲、程度、時期、場所等について、法律上、一律の要件が定められているものではなく、権限ある職員の合理的な選択に委ねられていると判示した。事前通知や調査理由の個別的告知も、実施のための法律上一律の要件とはされていないとした。

第16条についても、報告徴収及び立入検査の具体的な時期、範囲、方法に関する定めは条文上存在しない。もっとも、この判断は無限定な裁量を認めるものではなく、「必要な限度において」という文言による制約と、行政調査一般に妥当する比例原則の枠内でのものである。事業者の営業を著しく妨げる時間帯や方法を選択することは、裁量の逸脱として違法となり得る。

8-4 第13条第3項との対比

第13条第3項は、行政機関に対する公益通報が犯罪行為の事実を内容とする場合における当該犯罪の捜査及び公訴について、刑事訴訟法の定めるところによると規定する。こちらは、公益通報の対象となった事実そのものが犯罪である場合に、行政機関の調査義務と刑事手続との関係を整理する規定である。

第16条第4項は、これとは異なる場面を扱う。事業者の従事者指定義務の履行状況を調べるための立入検査が、犯罪捜査の手段に転用されることを禁じるものである。前者は通報された事実の側、後者は調査手段の側に着目した規定であり、両者を混同すべきではない。


9 行政法上の位置づけ

9-1 処分性

第16条第1項及び第2項の報告徴収は、特定の事業者に対し報告義務を課す下命であり、公権力の行使に当たる行為として処分性を有する。行政事件訴訟法第3条第2項の処分に当たり、取消訴訟の対象となる。行政不服審査法に基づく審査請求も可能である。

立入検査は権力的事実行為である。相手方に受忍義務を課し、その不履行に罰則が接続する点で権力性を有する。もっとも、検査は短時間で完了するため、取消訴訟を提起しても訴えの利益が失われるのが通常であり、争訟としては国家賠償請求が現実的な手段となる。

この点は第15条の助言・指導と対照的である。助言・指導は行政指導であって処分に当たらず、取消訴訟の対象とならない。第15条の2第1項の勧告についても処分性の有無が議論の対象となるが、報告徴収については、義務を課し罰則で担保するという構造から、処分性を否定する余地はない。

参考となるのが、最判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁である。同判決は、医療法上の病院開設中止勧告について、勧告に従わない場合には相当程度の確実さをもって保険医療機関の指定を受けられなくなるという法的仕組みを考慮して、処分性を肯定した。勧告という名称でも、後続する法的不利益との結び付きによって処分性が認められ得ることを示した判断である。報告徴収は、名称にかかわらず義務を直接課す行為であるから、この検討を経るまでもなく処分性が肯定される。

9-2 行政手続法の適用除外

行政手続法第3条第1項第14号は、報告又は物件の提出を命ずる処分その他その職務の遂行上必要な情報の収集を直接の目的としてされる処分及び行政指導について、同法第2章から第4章の2までの規定を適用しないと定める。

第16条の報告徴収及び立入検査は、まさに情報の収集を直接の目的とする処分であり、この適用除外に該当する。したがって、報告徴収に際して行政手続法第13条第1項の意見陳述手続(聴聞又は弁明の機会の付与)を経る必要はなく、同法第14条第1項の理由の提示も義務付けられない。処分基準の設定・公表を定める同法第12条も適用されない。

これは、事前手続を尽くしていては調査の目的を達し得ないという情報収集処分の性質に由来する制度設計である。事業者の側から見れば、報告命令や立入検査に対しては、事前に反論の機会が与えられないことを前提として対応を組み立てる必要がある。

これに対し、第15条の2第2項の命令は不利益処分であり、行政手続法第3条第1項第14号の適用除外には当たらない。命令に先立っては、同法第13条第1項第2号により弁明の機会の付与を要し、同法第14条第1項により理由の提示を要する。調査段階と処分段階とで手続の厚みが大きく異なる点は、実務上の要所である。

9-3 行政不服審査法及び行政事件訴訟法

行政不服審査法第7条第1項は審査請求の適用除外を列挙するが、報告徴収はこれに含まれない。したがって、報告命令に不服がある事業者は、消費者庁長官の処分について審査請求をすることができる。もっとも、報告の提出期限は通常短く、審査請求の裁決を待っていては期限を徒過するため、実務上の救済手段としての実効性は限られる。

取消訴訟についても同様の制約がある。執行停止(行政事件訴訟法第25条)の申立てによって報告義務の履行を暫定的に免れる道はあるが、報告徴収による損害が「重大な損害」に当たるかの判断は容易ではない。

9-4 第15条・第15条の2・第16条の役割分担

改正後の行政措置の体系は、権限の強度と適用対象の広狭が反比例する構造をとる。

権限根拠対象となる義務対象事業者不服従等の効果
助言・指導第15条第11条第1項及び第2項(読替え適用を含む)規模を問わない全事業者なし
報告徴収・立入検査第16条第1項第11条第1項(読替え適用を除く)三百人超第21条第2項第2号により罰金三十万円、第23条第1項第2号により両罰
報告徴収第16条第2項第11条第1項(読替え適用に限る)及び第2項(読替え適用を含む)全事業者第24条により過料二十万円
勧告第15条の2第1項第11条第1項(読替え適用を除く)三百人超第2項の命令に接続
命令第15条の2第2項同上三百人超第21条第2項第1号により罰金三十万円、第23条第1項第2号により両罰
命令の公表第15条の2第3項同上三百人超
勧告第15条の2第4項第11条第1項(読替え適用に限る)及び第2項(読替え適用を含む)三百人以下の努力義務、及び全規模の体制整備義務第5項の公表に接続し得る
勧告不服従の公表第15条の2第5項第11条第2項(読替え適用を除く)三百人超

事案の進行を時系列で見ると、消費者庁はまず第16条の報告徴収によって事実を把握し、第15条の助言・指導によって是正を促し、応じない場合に第15条の2の勧告へ移行し、なお是正されなければ命令に至るという流れが標準となる。第16条第1項の立入検査は、この流れの入口において、報告の内容を裏付けるために用いられる。報告と検査の順序について条文は定めを置かないから、報告を経ずに直ちに立入検査をすることも法文上は妨げられない。


10 判例・裁判例

第16条は令和8年12月1日施行の新設規定であるから、同条に関する裁判例はまだ存在しない。解釈の指針となるのは、行政調査一般に関する判例と、公益通報者保護法の体制整備がなぜ問われるに至ったかを示す通報者保護の裁判例である。

10-1 最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(川崎民商事件)

旧所得税法に基づく質問検査を拒んだ者が処罰された事案である。最高裁は、憲法第35条の保障が刑事責任追及を目的としない手続にも及び得ることを認めたうえで、当該質問検査は、所得税の公平確実な賦課徴収という公益上の目的があり、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結び付く作用を一般的に有するものではないとして、令状によらないことが憲法第35条に違反しないとした。憲法第38条第1項との関係についても、当該質問検査が実質上刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結び付く作用を一般的に有するものではないとして、供述拒否権の保障が及ばないと判断した。

第16条第4項の解釈禁止規定は、この判断枠組みを条文の側から担保する装置である。立入検査が事実上の犯罪捜査として運用されるならば、同判決の判断の前提が崩れることになる。

10-2 最決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(荒川民商事件)

質問検査の必要性の判断、範囲、程度、時期、場所の選択について、権限ある職員の合理的な選択に委ねられているとした決定である。事前通知や調査理由の個別的告知が法律上一律の要件ではないことも示された。

第16条の運用においても、消費者庁が立入検査の日時や範囲を事前に告知すべき法律上の義務は存在しない。事業者としては、予告なく検査が行われ得ることを前提に、日常的に文書を整えておく必要がある。

10-3 最大判昭和37年5月2日刑集16巻5号495頁

道路交通取締法令に基づく交通事故の報告義務が憲法第38条第1項に違反するかが争われた事案である。最高裁は、報告義務の内容が事故の態様に関する事項に限られ、刑事責任を問われるおそれのある事故の原因その他の事項に及ぶものではないと解して、憲法に違反しないとした。

行政法規に基づく報告義務が供述拒否権との緊張関係に立つ場合、報告事項の限定によって調整を図るという発想を示した判断である。第16条の報告徴収においても、報告を求め得る事項が第11条の義務の履行状況に限られること、すなわち「施行に必要な限度において」という文言による限定が、この調整機能を担う。

10-4 最判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁

前述のとおり、勧告の処分性に関する判断である。行政庁の行為の名称ではなく、後続する法的効果との結び付きによって処分性を判断する枠組みを示した。第15条の助言・指導、第15条の2の勧告、第16条の報告徴収それぞれの争訟可能性を検討する際の基準となる。

10-5 トナミ運輸事件(富山地判平成17年2月23日労判891号12頁)

原始法の制定前の事案であるが、内部告発を理由として長期間にわたり昇進・昇格から排除され、教育研修所での隔離的な処遇を受けた労働者について、不法行為の成立を認め、損害賠償を命じた判決である。事業者の内部に通報を受け止める仕組みが存在しないことが、通報者に対する報復を放置する結果を招いた典型例として、公益通報者保護法の立法過程で繰り返し参照された。

第16条が問おうとしているのは、まさにこの仕組みの有無である。従事者を定めているか、内部規程を策定しているかという形式的な確認が求められる背景には、仕組みの不在が通報者の犠牲に直結してきたという事実の蓄積がある。

10-6 オリンパス事件(東京高判平成23年8月31日労判1035号42頁)

取引先の従業員引抜きに関する社内通報をした労働者が、通報後に配置転換を受けた事案である。東京高裁は、配転命令が通報に対する報復的な動機によるものであるとして人事権の濫用に当たると判断し、原判決を変更して配転命令の無効と損害賠償を認めた。

同事件では、通報を受け付けた部署の担当者が通報者を特定させる情報を被通報者側に伝達したことが、その後の不利益取扱いの端緒となった。この経緯が、令和2年改正における従事者指定義務と守秘義務の導入につながっている。第16条第1項の立入検査が従事者指定義務に絞られたのは、従事者制度が体制の中核であるという評価に基づく。

10-7 京都市保育士事件

地方公共団体の職員が公益通報をしたことを理由として不利益な取扱いを受けたと主張した一連の事案である。第20条により、地方公共団体には第15条から第16条までの規定が適用されないから、仮に地方公共団体が従事者指定義務に違反していても、消費者庁が報告を徴収し、立入検査をすることはできない。公的部門における義務の担保が制度上空白であることを示す例として位置付けられる。


11 企業実務への影響

11-1 立入検査で確認され得る文書

第16条第1項の検査は従事者指定義務の履行状況に向けられる。指針第3の2は、従事者の定め方について次のように規定する。

事業者は、従事者を定める際には、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くこと(それに伴い法第 12 条に定める守秘義務が課されること及び法第 22 条に定める罰則の適用対象となり得ることを含む。)が従事者となる者自身に明らかとなる方法により定めなければならない。

指針の解説は、この点について、従事者指定の事実を記録する観点から、従事者の氏名・所属部署・従事者に指定した日等を記載した書面を作成・管理しておくこと等が考えられるとする。これらの記録は、検査において最初に確認される類型の物件である。

指針第4の3(2)イは、内部公益通報への対応に関する記録を作成し、適切な期間保管することを求める。指針第4の3(6)は、指針において求められる事項について内部規程において定め、当該規程の定めに従って運用することを求める。これらも第16条第2項の報告徴収の対象となり得る。

11-2 報告徴収への対応手順

報告徴収を受けた場合、事業者が最初に確認すべきは、報告命令の根拠条項が第16条第1項か第2項かである。第1項に基づくものであれば、報告懈怠及び虚偽報告は罰金と両罰の対象となる。第2項に基づくものであれば過料の対象である。

次に、報告事項の範囲が「施行に必要な限度」を超えていないかを確認する。とりわけ内部公益通報の個別事案に関する記録の提出が求められた場合には、公益通報者を特定させる事項が含まれる可能性があるから、第12条の守秘義務との関係を整理し、必要に応じて当該事項を除いた形での提出が可能かを消費者庁に照会することが考えられる。

報告内容の正確性については、社内の複数部署にまたがる確認を経る体制を用意しておく必要がある。虚偽の報告は、報告を作成した担当者個人が罰金の対象となり、法人にも罰金刑が科される。担当者が善意で事実と異なる記載をした場合であっても、故意の有無が争点となり得る以上、確認手続の記録を残しておく意義は大きい。

11-3 弁護士との通信に関する留意

日本法上、行政調査の場面において、事業者と社外弁護士との通信に一般的な秘匿特権は認められていない。独占禁止法上の確約手続等における限定的な取扱いは存在するが、公益通報者保護法には対応する規定がない。内部公益通報に関する法律意見書や調査報告書が、第16条の検査又は報告徴収の対象となる可能性を想定した文書管理が求められる。

11-4 施行日までに整えるべき事項

改正法の施行は令和8年12月1日である。附則第1条により、改正後の規定はこの日から適用される。従事者指定を書面によって行っていない事業者、指定の記録を保管していない事業者、内部規程に従事者の指定に関する定めを置いていない事業者は、施行日までに整備を完了させておく必要がある。

施行後、消費者庁が直ちに全事業者に対して立入検査を行うことは、執行体制の制約から現実的ではない。実際の運用は、内部の労働者等からの公益通報や、報道等を通じて把握された事案を端緒として、個別に権限を行使する形になると見込まれる。検討会報告書が、命令違反時に刑事罰を規定することの副次的な効果として、従事者指定義務違反の事実が法の通報対象事実となり、義務を履行していない事業者に関する内部の労働者等からの公益通報が増えることが見込まれると述べていることは、この点で注目に値する。従事者を指定していないという事実そのものが、公益通報の対象となり、それが立入検査の端緒となる構造が生まれる。


12 地方公共団体における適用

12-1 第20条による適用除外

第20条は、第15条から第16条までの規定を国及び地方公共団体には適用しないと定める。「第十五条から第十六条まで」には、条文の配列上、第15条、第15条の2、第16条が含まれる。

国の行政機関及び地方公共団体は、指針第2にいう事業者に含まれ、第11条第1項の従事者指定義務及び同条第2項の体制整備義務を負う。しかし、これらの義務の履行について、消費者庁から報告を求められることも、立入検査を受けることもない。義務は課されるが行政的な担保手段は用意されていないという構造である。

第16条についていえば、市区町村が従事者を一人も指定していなくても、消費者庁は報告を徴収する権限を持たない。この空白は、令和7年改正によっても埋められなかった。

12-2 代替する統制手段

第20条によって生じる空白を、実務上は次の仕組みが補っている。

第一に、地方自治法第245条の4第1項に基づく技術的な助言としてのガイドラインである。公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)(平成29年7月31日制定、令和8年5月29日最終改正)が、これに当たる。技術的な助言は、地方公共団体の自主性及び自立性への配慮を定める地方自治法第245条の3の下で、従うべき法的義務を伴わない関与である。

第二に、消費者庁による施行状況調査と公表である。同ガイドラインは消費者庁の役割について次のように定める。

② 消費者庁は、法の施行状況を把握するため、各地方公共団体における内部公益通報受付窓口の設置及び運用状況、通報への対応状況、職員等への研修の実施状況等について調査を行い、その結果を公表する。

調査は法的な報告徴収ではなく、回答は任意である。ただし、結果が公表されることにより、事実上の是正圧力として機能する。令和5年度の施行状況調査では、三百人を超える職員を擁し窓口設置の法的義務を負いながら窓口を設置していない市区町村が存在したが、同調査の後、消費者庁が当該市区町村に連絡した結果、改正法の国会審議の過程では、窓口設置の法的義務を負う市区町村のすべてにおいて窓口が設置済みであることが明らかにされた。行政措置が及ばない相手方に対して、調査と個別の働きかけが機能した実例である。

第三に、都道府県による市区町村への援助である。同ガイドラインは、各都道府県が、区域内の市区町村における通報対応の仕組みの適切な整備及び運用並びに個別の通報事案に対する適切な対応を確保するため、市区町村相互間の連絡調整及び市区町村に対する必要な助言、協力、情報の提供その他の援助を行うよう努めるものとしている。

12-3 兵庫県の事案が示すもの

令和6年に表面化した兵庫県の文書問題は、地方公共団体における通報対応の仕組みが機能しなかった事例として広く報じられた。第三者調査委員会の報告は、通報を受けた側が通報者の特定に動き、通報内容の調査に先立って通報者に対する処分がなされた経緯を指摘した。

仮に同種の事案が民間の三百人超の事業者で生じていれば、消費者庁は第16条第1項に基づき従事者指定義務の履行状況について報告を求め、必要に応じて立入検査をし、違反が認められれば第15条の2の勧告及び命令に進むことができた。地方公共団体であるがゆえに、これらの手段はいずれも用いることができない。改正法の国会審議において、行政機関に対する実効性確保が課題として指摘され、衆参両院の附帯決議が公的部門における制度の実効性確保を求めたのは、この構造を踏まえたものである。

12-4 地方公共団体の三つの立場

地方公共団体は、この法律との関係で三つの立場に立つ。第一に、職員からの内部公益通報を受ける事業者としての立場であり、第11条の義務を負う。第二に、区域内の事業者に関する通報を受ける行政機関としての立場であり、第13条の調査義務と第14条の教示義務を負う。第三に、区域内の事業者及び労働者等に対して制度を周知する立場であり、ガイドラインが努力義務として定める。

第16条は、このうち第一の立場についてのみ関係する条文であり、そして第20条によりその適用が除外される。担当職員としては、第16条を自らに適用される条文としてではなく、区域内の事業者に適用される条文として理解し、事業者からの相談に応じる際の知識として備えておくことになる。


13 経過措置

令和7年法律第62号の附則は、次のように定める。

第二条 この法律による改正後の公益通報者保護法(以下「新法」という。)の規定(罰則を除く。)は、この附則に特別の定めがある場合を除き、この法律の施行前にされたこの法律による改正前の公益通報者保護法(附則第六条において「旧法」という。)第二条第一項に規定する公益通報にも適用する。

(報告及び勧告に関する経過措置) 第六条 この法律の施行前に旧法第十五条の規定により報告を求められ、かつ、この法律の施行の際現に報告がされていないものについては、なお従前の例による。 2 この法律の施行前に旧法第十五条の規定による勧告を受けた事業者が当該勧告に従わなかった場合における公表については、なお従前の例による。

(罰則に関する経過措置) 第七条 この法律の施行前にした行為及び前条第一項の規定によりなお従前の例によることとされる場合におけるこの法律の施行後にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による。

附則第6条第1項は、施行前に旧第15条により報告を求められ、施行の際に未提出の報告について、なお従前の例によるとする。したがって、施行日をまたぐ報告命令については、根拠規定は旧第15条のままであり、報告懈怠及び虚偽報告に対する制裁も旧第22条の過料二十万円である。施行日以降に報告を提出したからといって、第21条第2項第2号の罰金が遡って適用されることはない。附則第7条が、附則第6条第1項によりなお従前の例によることとされる場合における施行後の行為についても従前の例によると重ねて定めているのは、この点を確認する趣旨である。

立入検査については、経過措置の規定がない。新設の権限であるから、施行日である令和8年12月1日以後に初めて行使が可能となる。施行前の事実関係を対象として、施行後に立入検査をすることは妨げられない。もっとも、施行前の従事者指定義務違反に対して第15条の2の命令をすることができるかは別問題であり、附則第6条第2項が旧第15条の勧告に係る公表についてのみ従前の例によるとしていることからも、施行前の勧告を根拠として施行後直ちに命令をすることはできないと解される。

附則第2条は、罰則を除く新法の規定を施行前にされた公益通報にも適用するとする。第16条は罰則そのものではないから、施行前にされた公益通報に関する事業者の対応状況を対象として、施行後に報告徴収及び立入検査を行うことが可能である。


14 実務チェックリスト

14-1 民間事業者(常時使用する労働者の数が三百人を超える事業者)

  1. 従事者を書面により指定しているか。指定書の写しを保管しているか。
  2. 従事者の氏名、所属部署、指定日を記載した台帳を作成し、更新しているか。
  3. 従事者に対し、第12条の守秘義務と第22条の罰則の適用対象となり得ることを明示しているか。
  4. 部署・チーム・役職等の属性による包括指定を行っている場合、指定を受ける者本人に地位を明らかにする方法を併用しているか。
  5. 人事異動に伴う従事者の追加指定・解除の手続を定めているか。
  6. 外部窓口を委託している場合、委託先の担当者を従事者として指定する取決めを契約書に明記しているか。
  7. 内部規程に従事者の指定に関する条項を置いているか。
  8. 内部公益通報への対応記録を作成し、保管期間を定めているか。
  9. 記録へのアクセス権限を限定し、権限解除の手続を定めているか。
  10. 労働者等、役員、退職者、特定受託業務従事者に対する周知の実施記録を保管しているか。
  11. 内部公益通報対応体制の定期的な評価・点検を実施し、その結果を記録しているか。
  12. 報告徴収を受けた場合の社内対応手順(受領窓口、根拠条項の確認、回答案の作成・承認、期限管理)を定めているか。
  13. 立入検査を受けた場合の対応手順(証明書の確認と記録、立会者の指名、提示物件の記録、写しの保存)を定めているか。
  14. 報告内容の正確性を検証する部署横断の確認プロセスを設けているか。
  15. 従事者指定義務の不履行が第16条第1項の対象、体制整備義務の不履行が第2項の対象であることを、担当役員が理解しているか。
  16. 虚偽報告及び検査拒否が罰金三十万円と法人への両罰の対象であることを、対応担当者に周知しているか。
  17. 内部公益通報の個別記録に含まれる公益通報者を特定させる事項について、報告提出時の取扱い方針を定めているか。
  18. 施行日である令和8年12月1日までに、上記の整備を完了する工程表を作成しているか。

14-2 常時使用する労働者の数が三百人以下の事業者

  1. 従事者の指定と体制整備が努力義務であることを理解したうえで、第16条第2項の報告徴収の対象となることを認識しているか。
  2. 立入検査の対象外であることと、報告徴収の対象であることを混同していないか。
  3. 報告徴収に対する報告懈怠・虚偽報告が過料二十万円の対象であることを認識しているか。
  4. 努力義務の履行状況を説明できる程度の記録(窓口の有無、周知の方法、規程の有無)を残しているか。

14-3 国の行政機関及び地方公共団体

  1. 第20条により第15条から第16条までが適用されないことと、第11条の義務自体は負うこととを区別して理解しているか。
  2. 消費者庁の施行状況調査に対し、正確な回答を期限内に提出する体制を整えているか。
  3. 調査結果が公表されることを前提に、窓口の設置状況、運用状況、研修実施状況を継続的に記録しているか。
  4. 従事者の指定を書面により行い、指定日を記録しているか。
  5. 内部規程に従事者の指定、記録の保管、範囲外共有の防止に関する条項を置いているか。
  6. 都道府県においては、区域内市区町村に対する助言・情報提供の仕組みを設けているか。
  7. 区域内の事業者から第16条に関する相談を受けた際に、第1項と第2項の対象の違いを説明できる職員を配置しているか。
  8. 行政機関としての立場(第13条・第14条)と事業者としての立場(第11条)を、組織内で別の所管として整理しているか。

15 次回予告

次回は第17条(関係行政機関への照会等)を取り上げる。内閣総理大臣がこの法律の規定に基づく事務に関し、関係行政機関に対し照会し、又は協力を求めることができる旨を定める規定であり、第16条の事業者に対する調査権限と対比して、行政機関相互の情報連携の枠組みを扱う。令和2年改正で新設され、令和7年改正では改正されなかった条であるが、通報対象法律が約五百本に及び処分権限が多数の府省庁に分散している現状において、制度の実効性を左右する条文である。


参考資料

  • 公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(令和3年8月20日内閣府告示第118号。令和8年3月31日一部改正内閣府告示第15号)
  • 公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説(令和3年10月13日消費者庁。令和8年3月31日最終改正)
  • 公益通報者保護制度検討会報告書――制度の実効性向上による国民生活の安心と安全の確保に向けて(令和6年12月27日)
  • 公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)(平成29年7月31日制定。令和8年5月29日最終改正)
  • 公益通報者保護法を踏まえた国の行政機関の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)
  • 公益通報者保護法第十六条第一項の規定による立入検査をする職員の携帯する身分を示す証明書の様式を定める内閣府令(案)に関する意見募集の結果(令和8年6月23日公表)
  • 行政手続法(平成5年法律第88号)第3条第1項第14号、第13条、第14条
  • 行政不服審査法(平成26年法律第68号)第7条
  • 行政事件訴訟法(昭和37年法律第139号)第3条第2項、第25条
  • 地方自治法(昭和22年法律第67号)第245条の3、第245条の4第1項
  • 非訟事件手続法(平成23年法律第51号)第119条以下
  • 最大判昭和37年5月2日刑集16巻5号495頁
  • 最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(川崎民商事件)
  • 最決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(荒川民商事件)
  • 最判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁
  • 富山地判平成17年2月23日労判891号12頁(トナミ運輸事件)
  • 東京高判平成23年8月31日労判1035号42頁(オリンパス事件)

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