1 条文原文
(行政機関がとるべき措置) 第十三条
通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関は、公益通報者から第三条第一項第二号及び第六条第一項第二号に定める公益通報をされた場合には、必要な調査を行い、当該公益通報に係る通報対象事実があると認めるときは、法令に基づく措置その他適当な措置をとらなければならない。
2 通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関(第二条第四項第一号に規定する職員を除く。)は、前項に規定する措置の適切な実施を図るため、第三条第一項第二号及び第六条第一項第二号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとらなければならない。
3 第一項の公益通報が第二条第三項第一号に掲げる犯罪行為の事実を内容とする場合における当該犯罪の捜査及び公訴については、前二項の規定にかかわらず、刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の定めるところによる。
第13条を読み解くために不可欠な関連条文を併せて掲げる。
(目的) 第一条 この法律は、公益通報をしたことを理由とする不利益な取扱いの禁止等並びに公益通報に関し事業者及び行政機関がとるべき措置等を定めることにより、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする。
4 この法律において「行政機関」とは、次に掲げる機関をいう。 一 内閣府、宮内庁、内閣府設置法(平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項若しくは第二項に規定する機関、デジタル庁、国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項に規定する機関、法律の規定に基づき内閣の所轄の下に置かれる機関若しくはこれらに置かれる機関又はこれらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員 二 地方公共団体の機関(議会を除く。)
二 通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合又は通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると思料し、かつ、次に掲げる事項を記載した書面(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録を含む。次号ホにおいて同じ。)を提出する場合 当該通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関等に対する公益通報
(教示) 第十四条 前条第一項の公益通報が誤って当該公益通報に係る通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有しない行政機関に対してされたときは、当該行政機関は、当該公益通報者に対し、当該公益通報に係る通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関を教示しなければならない。
(適用除外) 第二十条 第十五条から第十六条までの規定は、国及び地方公共団体には、適用しない。
2 令和7年改正による新旧対照
第13条について令和7年法律第62号が加えた変更は、引用条項の指示先を改める形式的なものにとどまる。改正法本文の改め文は、第13条第1項及び第2項中の「第三条第二号及び第六条第二号」を「第三条第一項第二号及び第六条第一項第二号」に改めるというものであり、第3項には手が加えられていない。
| 項 | 令和8年11月30日まで | 令和8年12月1日から | 変更の性質 |
|---|---|---|---|
| 第1項 | 「第三条第二号及び第六条第二号に定める公益通報」 | 「第三条第一項第二号及び第六条第一項第二号に定める公益通報」 | 第3条・第6条が項立てとなったことに伴う引用整理 |
| 第2項 | 同上の引用のほかは同文 | 引用のみ変更 | 同上 |
| 第3項 | 変更なし | 変更なし | ― |
もっとも、条文が動かないことと、条文の意味するところが動かないこととは別である。第13条第1項及び第2項の義務は「第3条第1項第2号及び第6条第1項第2号に定める公益通報」を受けたことを引き金とする。令和7年改正は第2条第1項第3号に特定受託業務従事者を加え、同項第4号の範囲を労働者等及び特定受託業務従事者に広げた。すなわち、2号通報を行い得る者の外延が拡張された結果、第13条の義務が発動する場面が増える。条文の字面が形式改正であっても、名宛人である行政機関の負担は実質的に増加する。
第13条の実質を作ったのは令和2年法律第51号である。公益通報ハンドブック(改正法準拠版)が掲げる沿革表示も「令二法五一・旧第十条繰下・一部改正、令七法六二・一部改正」となっており、令和2年改正が原始法第10条を第13条に繰り下げるとともに第2項の体制整備義務を新設したことを示している。
3 立法沿革と趣旨
3-1 原始法第10条──調査・措置義務の創設
平成16年法律第122号(以下「原始法」という。)は、第10条第1項において、権限を有する行政機関が2号通報を受けた場合の調査義務及び措置義務を定めた。同条第2項が犯罪捜査及び公訴についての刑事訴訟法特則である。第1条が「公益通報に関し事業者及び行政機関がとるべき措置等を定めること」を法律の手段として掲げているとおり、行政機関の対応は、当初から通報者保護と並ぶ制度の二本柱の一方であった。
消費者庁の逐条解説は、第1項の趣旨を、2号通報を端緒として活用し、行政機関による監視・是正機能の一層の発揮を期し、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図る点に求めている。事業者の自浄作用に期待する1号通報の系統と、社会的告発に期待する3号通報の系統との中間に、行政の監督権限を接続する回路を置いたのが2号通報の制度設計である。
3-2 令和2年改正──自主的取組から法律上の義務へ
原始法は、2号通報を受けた行政機関がどのように対応するかについて規定を置かなかった。窓口を設けるか、通報者に通知するか、通報者の秘密をどう守るかは、行政機関の自主的な取組に委ねられた。消費者庁は原始法施行後、国の行政機関向け及び地方公共団体向けのガイドラインを策定し、2号通報を受け付ける窓口の設置と仕組みの周知、公益通報者に関する情報の適切な管理を推奨してきた。
しかし消費者庁自身が認めるとおり、原始法制定時に期待された自主的な取組は適切に行われず、2号通報を行おうとする者が行政機関の対応に疑念や不安を抱いて通報に消極的になるおそれが生じた。行政機関が通報を端緒として監視・是正機能を発揮する機会が失われることへの懸念である。そこで令和2年改正は、2号通報に適切に対応するために行政機関がとるべき措置を自主的取組に委ねることをやめ、法律上の義務とした。これが現在の第2項である。
義務化の対象が「調査・是正措置」そのものではなく「その適切な実施を図るための体制」である点に、この改正の設計思想が表れている。個別事案の処理は既存の監督権限の行使であって各法律の所管に属する。法が横断的に義務づけ得るのは、通報が届き、受け止められ、処理される仕組みの側である。
3-3 令和7年改正が第13条に手を触れなかった理由
令和7年改正は、事業者側について従事者指定義務違反に対する命令権及び刑事罰、立入検査権限、通報妨害の禁止(第11条の2)、通報者探索の禁止(第11条の3)を新設した。他方、行政機関側の第13条には実体的変更を加えていない。
理由は制度構造にある。第15条から第16条までの行政措置及び報告徴収・立入検査は、第20条により国及び地方公共団体には適用されない。すなわち、内閣総理大臣が行政機関を名宛人として是正を強制する回路は法律上存在しない。第13条の履行を担保するのは、消費者庁による助言・情報提供、ガイドラインという技術的助言、国会及び議会による統制、住民監査請求・住民訴訟、そして国家賠償請求という外部的な仕組みである。この構造を変えるには行政組織法上の設計変更を要するため、令和7年改正の射程には入らなかった。
4 用語解説
新任担当者が最初につまずく語を、条文上の位置とともに整理する。
| 用語 | 定義の所在 | 内容 |
|---|---|---|
| 2号通報 | 第3条第1項第2号・第6条第1項第2号 | 通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関等に対する公益通報。外部通報の一種 |
| 行政機関 | 第2条第4項 | 国の府省庁等及びその法律上独立に権限を行使することを認められた職員、並びに地方公共団体の機関(議会を除く) |
| 行政機関等 | 第2条第1項の括弧書 | 権限を有する行政機関及び当該行政機関があらかじめ定めた者 |
| 処分 | 第2条第1項の括弧書 | 命令、取消しその他公権力の行使に当たる行為 |
| 勧告等 | 第2条第1項の括弧書 | 勧告その他処分に当たらない行為 |
| 真実相当性 | 第3条第1項第2号前段 | 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があること |
| 書面提出要件 | 第3条第1項第2号後段 | 思料に加えて、氏名等・内容・理由・措置がとられるべきと思料する理由を記載した書面を提出すること |
| 権限を有しない行政機関 | 第14条 | 当該通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を持たない行政機関。教示義務のみを負う |
用語のうえで注意を要するのは「行政機関」と「行政機関等」の使い分けである。2号通報の通報先は「行政機関等」であり、権限行政機関があらかじめ定めた者(外部委託先の窓口等)に対する通報も保護要件を満たせば公益通報となる。これに対し、第13条第1項及び第2項の義務の名宛人は「行政機関」に限られる。あらかじめ定めた者に通報が到達した段階では、法律上の調査・措置義務は当該行政機関の側に留保されている。委託契約において受付情報の引継ぎを義務づけておかなければ、保護要件を満たす通報が法律上の義務発動に接続しない空白が生じる。
5 第1項の逐語的解釈
第13条第1項は、①義務の主体、②発動要件、③義務の内容の三つの部分から成る。
5-1 主体──「処分又は勧告等をする権限を有する行政機関」
主体は、通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関に限定される。消費者庁逐条解説は、この限定の理由を第14条との対比から説明する。いずれの通報対象事実についても権限を有しない行政機関は、常に第14条の教示をすることとなり、第13条第1項の調査・是正措置をとることはない。したがって第1項及び第2項の措置の主体は、権限を有する行政機関に限定された。
主体の判定には三つの実務論点がある。
第一に、権限の有無は通報対象事実ごとに判定される。一通の通報書に複数の法令違反が記載されている場合、ある違反については権限を有し、別の違反については権限を有しないという分割が生じる。この場合、権限を有する部分については第13条第1項、権限を有しない部分については第14条が同時に適用される。国及び地方公共団体向けガイドラインが受理後の教示について定めを置き、権限が他の行政機関にあることが受理後に明らかになったときにも教示を求めているのは、この分割と時間差に対応するためである。
第二に、地方公共団体については第2条第4項第2号が「地方公共団体の機関(議会を除く。)」と定める。議会は行政機関に当たらないため、議会に対する通報は2号通報とならない。他方、知事部局、教育委員会、警察本部、消防、公営企業管理者などはいずれも機関であり、それぞれの権限に応じて第13条の主体となり得る。自治体の内部規程を設計する際、通報窓口を首長部局に一本化しつつ、行政委員会が有する権限に係る通報については当該委員会に引き継ぐ経路を明示しておく必要がある。
第三に、第2条第4項第1号後段は「これらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員」を行政機関に含める。検察官や海上保安官がこれに当たる。消費者庁逐条解説は、これらの職員も2号通報を受けた場合は当該権限の主体として調査・是正措置をとらなければならないとする。第1項の名宛人からは除外されていない点に注意を要する。
5-2 発動要件──「公益通報者から……公益通報をされた場合」
第1項は「公益通報者から」の通報を要件とする。すなわち、第2条第1項各号に掲げる者による、不正の目的でない通報であって、第3条第1項第2号又は第6条第1項第2号の保護要件を満たすものでなければならない。単なる情報提供や、通報対象事実に当たらない法令違反の申出は、条文上は第13条第1項の適用対象外である。
もっとも、実務はこの限定を運用で埋めている。国及び地方公共団体向けの外部通報ガイドラインは、法に基づく公益通報以外の通報であっても、事業者の法令遵守を確保する上で必要と認められるその他の者が保護要件を満たして通報した場合、及び通報対象事実以外の法令違反の事実について保護要件を満たして通報された場合には、法に基づく公益通報に準ずる通報として、法第13条第1項に規定する必要な調査を行い、法令違反の事実があると認めるときは法令に基づく措置その他適当な措置をとるものとしている。窓口の入口で法適用の有無を厳密に選別するのではなく、まず受け付けたうえで対応の必要性を検討する設計である。
保護要件の充足判断についても、ガイドラインは踏み込んだ指示を置く。真実相当性の要件は、通報内容を裏付ける内部資料や関係者の供述の存在のみならず、通報者本人による供述内容の具体性、迫真性等によっても認められ得ることを十分に踏まえ、柔軟かつ適切に対応するものとされる。加えて、真実相当性を満たすかどうかが直ちに明らかでない場合であっても、個人の生命、身体、財産その他の利益に重大な影響を及ぼす可能性が認められる場合には同様に対応するものとされる。証拠が薄いことを理由に門前払いすることを戒める趣旨である。
5-3 「必要な調査を行い」──新たな権限の付与ではない
消費者庁逐条解説は、第1項の「必要な調査」及び「法令に基づく措置その他適当な措置」について、本条によって行政機関に対し新たな調査・措置権限を付与するものではなく、行政機関は既存の権限に基づき調査を行い、措置をとることとなると明言する。第13条は権限規範ではなく行為規範である。
したがって、通報を受けた行政機関が採り得る調査手段は、各根拠法が定める報告徴収、立入検査、質問、資料提出要求などに限られる。根拠法上の調査権限が及ばない範囲については、任意の協力要請にとどまる。この点は、通報者に対する説明でも押さえておくべき事項である。行政機関が動かないように見える事案の相当部分は、意欲の問題ではなく権限の射程の問題である。
調査の程度についても、消費者庁逐条解説は、どのような調査が必要かやどのような措置が適当かについては個別の事案に応じ、当該調査・措置権限を有する行政機関に一定の裁量が認められ、本条により調査や特定の措置が一律に義務づけられるものではないとする。同解説は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第45条第2項の「必要な調査をしなければならない」の解釈を参照し、どの程度の調査活動を行うべきかは公正取引委員会の裁量に委ねられ、その判断には専門的・経験的判断を要するとの学説を引いている。
裁量が認められることと、裁量が無制約であることとは異なる。調査を全く行わない、あるいは通報の内容を検討した形跡すら残さないという対応は、裁量の踰越又は濫用として違法評価を受け得る。ガイドラインが受理・不受理の判断とその理由の通知を求め、通報事案を幹部が適宜確認する管理を求めているのは、裁量行使の過程を記録として残させる仕組みでもある。
5-4 「法令に基づく措置その他適当な措置」の範囲
消費者庁逐条解説は、「その他適当な措置」を「法令に基づく措置」に類する措置であって法令に基づかないものと定義し、再発防止のための行政指導を例示する。同時に、通報者に対する通知や、通報に関する秘密保持・個人情報保護は「その他適当な措置」には含まれないと整理する。
この整理は一見すると通報者に冷たく映るが、条文解釈としては筋が通っている。第1項が命じているのは通報対象事実の是正であって、通報者との関係の管理ではない。もっとも、原始法制定時の国会審議において衆参双方の内閣委員会が附帯決議を行い、いずれも行政機関による公益通報者への通知を求めた。衆議院内閣委員会の附帯決議(平成16年5月21日)は、公益通報を受けた事業者及び行政機関が公益通報者の個人情報を漏らすことがあってはならない旨を述べ、参議院内閣委員会の附帯決議(平成16年6月11日)は、公益通報者の氏名等個人情報の漏えいが不利益な取扱いにつながるおそれがあることの重大性に鑑み、公益通報を受けた者が個人情報の保護に万全を期するよう措置することを求めた。これを受け、国の行政機関向け外部通報ガイドラインに、調査結果や措置の内容を通報者に通知するよう努める旨、及び通報に関する秘密や通報者の個人情報の適正な取扱いを確保する旨の規定が置かれた。
条文の外側に置かれた通知と秘密保持が、実務上は第13条の履行の質を決める。第2項の体制整備義務が「前項に規定する措置の適切な実施を図るため」の措置と定義されていることに照らせば、通知と秘密保持は第2項の体制の内容として法的に取り込まれていると解するのが素直である。第1項の「措置」からは外れるが、第2項の「必要な措置」には入る。この二段構えの理解が、条文と実務の乖離を埋める。
5-5 行政不服審査・抗告訴訟の可否
通報者が「行政機関が動かない」ことを争えるかは、実務相談で頻出する論点である。
消費者庁逐条解説は、第1項について、行政不服審査法における不服申立適格を基礎づける「法律上保護された利益」を付与しているとまではいえないことから、行政機関に対し第1項を根拠として行政不服審査の申立てをすることはできないものと考えられる、との立場を示す。第13条第1項は公益の実現を目的とする客観法上の義務であって、通報者個人の権利を創設するものではないという理解である。
抗告訴訟についても、通報に対して調査を行わない旨の回答は、通報者の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定するものではないから、処分性が認められない可能性が高い。第13条第1項に基づく義務づけ訴訟も、行政事件訴訟法第37条の2又は第37条の3の要件を満たすことは容易でない。
残された救済経路は国家賠償である。規制権限の不行使が国家賠償法第1条第1項の適用上違法となる場合があることは、最高裁が繰り返し認めてきた。すなわち、権限を定めた法令の趣旨・目的、権限の性質等に照らし、具体的事情の下において権限の不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使は違法となる。宅地建物取引業法上の監督権限に関する最一小判平成元年11月24日民集43巻10号1169頁が定式を示し、筑豊じん肺訴訟に関する最二小判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁、水俣病関西訴訟に関する最三小判平成16年10月15日民集58巻7号1802頁、泉南アスベスト訴訟に関する最一小判平成26年10月9日民集68巻8号799頁が、生命・身体に対する危険が具体化していた事案において権限不行使を違法と評価した。
第13条第1項は、通報という形で行政機関が危険を認識する契機を法定した規定である。通報によって危険の認識可能性が具体的に生じていた事実は、権限不行使の違法性判断において行政機関に不利に働く。第13条自体が請求権の根拠にならないとしても、国家賠償の枠組みの中で、通報の存在は「知り得た」ことの立証を容易にする。行政機関の側から見れば、通報を受理しながら放置した記録は、後日の訴訟における最も不利な証拠となり得る。
6 第2項の逐語的解釈──体制整備義務
6-1 義務の内容
第2項は、権限を有する行政機関に対し、第1項の措置の適切な実施を図るため、2号通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとることを義務づける。事業者に対する第11条第2項と対をなす規定であり、文言も類似する。
もっとも、両者には決定的な差がある。第11条第2項には内閣総理大臣が定める指針(第11条第4項)があり、指針の解説がその内容を四層構造で具体化し、第15条以下の行政措置が履行を担保する。これに対し、第13条第2項には指針が存在せず、行政措置も適用されない(第20条)。
6-2 指針を定めないこととされた理由
消費者庁逐条解説は、この差の理由を明示している。第11条の措置については、各事業者の事業や組織の実情が様々であるため柔軟性を確保しなければならないという要請がありつつも、事業者がとるべき事項、目標とすべき事項、配慮すべき事項等に共通するものがあると考えられることから、内閣総理大臣は法定指針を定めるものとされた。
他方、第13条第2項の措置は、通報対象事実に係る法律の処分又は勧告等の規定による権限の行使に関わるものであり、当該権限をどのように行使して調査・是正措置をとることが適当であるかについては、当該法律の趣旨を踏まえ、一義的には当該権限を有する行政機関の責任で判断されるべき事項である。したがって、消費者庁の主任の大臣である内閣総理大臣として各行政機関に対して指針として示すことのできる事項は限定的なものにとどまる。そこで、第13条第2項の措置については指針を定めるものとされなかった。
指針がないことは、義務の内容が空白であることを意味しない。空白を埋めているのが、国の行政機関向け及び地方公共団体向けの外部通報ガイドライン(令和8年5月29日最終改正)である。両ガイドラインは、いずれも冒頭で、法が権限を有する行政機関に対し外部通報に応じ適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとることを義務づけている旨(法第13条第2項)を掲げ、自らを同項の義務の具体化として位置づけている。地方公共団体向けガイドラインは、さらに地方自治法第245条の4第1項の規定に基づく技術的な助言として位置づけられることを明記し、各団体が一層充実した仕組みを整備することや、規模等の実情に応じた取組を行うことを妨げないと述べる。
6-3 主体から除外される職員
第2項の主体からは「第二条第四項第一号に規定する職員」が除外される。法律上独立に権限を行使することを認められた職員、すなわち検察官や海上保安官などである。
消費者庁逐条解説は、この除外の理由を次のように説明する。通報窓口の設置のように、これらの職員に対する2号通報に適切に対応するためにとるべき措置については、これらの職員が属する機関において、これらの職員を監督しつつ実施すれば足りるものであり、個々の職員に直接に義務を課す必要はない。
除外の効果は限定的である。第1項の調査・措置義務は当該職員にも及ぶ。除外されるのは体制整備義務のみであり、しかもその体制は所属機関が整備する。個々の検察官に窓口設置を命ずるのが不合理であるという、技術的な整理にすぎない。
6-4 体制整備義務の履行水準
指針がない以上、履行水準はガイドラインの各項目に照らして判定するほかない。国及び地方公共団体向けの外部通報ガイドラインが求める中核的な要素を整理すると、次のとおりとなる。
| 区分 | ガイドラインが求める内容 |
|---|---|
| 仕組みの整備 | 幹部を責任者とし、部署間横断的に通報に対応する仕組みを整備し、適切に運用する |
| 内部規程と公表 | 通報対応の仕組みについて内部規程(地方公共団体では条例を含む)を作成し、ウェブサイト等により外部の労働者等に公表する |
| 出先機関 | 地方支分部局・出先機関等においても適切に通報対応を行うための周知、体制整備その他必要な措置をとる |
| 窓口設置 | 通報窓口及び相談窓口を、通報者等に明確になるよう設置する |
| 小規模団体の特例 | 人員・予算の制約により専用窓口の設置が困難な地方公共団体は、総合窓口・公聴窓口・消費生活センター等を活用でき、単独設置が困難な場合は協議会の設置、機関等の共同設置、事務の委託又は代替執行等により他団体と連携して設置できる |
| 担当者 | 通報対応に必要な適性及び能力を有する担当者を配置し、教育・研修を十分に行う |
| 秘密保持 | 対応関与者の秘密保持、個人情報のみだりな開示・不当利用の禁止、遵守事項の事前取決めと周知 |
| 情報管理の具体策 | 共有範囲及び共有情報の必要最小限化、通報者等の特定につながり得る情報の被調査事業者への非開示、範囲外開示時の明示の同意取得、同意取得時の説明、通報者本人への情報管理の重要性の理解徹底 |
| 利益相反 | 職員は自らが関係する通報事案への対応に関与せず、各段階で利益相反の有無を確認する |
| 匿名通報 | 可能な限り実名通報と同様に取り扱うよう努め、通報者と担当者が情報伝達を行い得る仕組みを整備するよう努める |
| 受付と説明 | 正当な理由なく受付又は受理を拒まない。秘密保持・個人情報保護、手続の流れを説明する |
| 受領通知 | 到達を確認できない方法による通報には、速やかに受領した旨を通知するよう努める |
| 受理・不受理の通知 | 受理したときは受理した旨、受理しないときは不受理の旨及び理由を遅滞なく通知する |
| 教示 | 権限を有しないときは権限を有する行政機関を遅滞なく教示する。受理後に判明したときも同様とし、支障のない範囲で自ら作成した資料を通報者に提供する |
| 調査 | 受理後に必要な調査を行う。通報者が特定されないよう十分に留意しつつ、遅滞なく、必要かつ相当と認められる方法で行う |
| 進捗管理 | 幹部等が調査について適宜確認を行う等の方法により通報事案を適切に管理する |
| 通報者への通知 | 適切な法執行の確保及び利害関係人の営業秘密・信用・名誉・プライバシー等の保護に支障がある場合を除き、進捗を適宜通知し、調査結果を遅滞なく通知する |
| 措置と通知 | 法令違反等の事実があると認めるときは速やかに措置をとり、その内容を支障のない範囲で遅滞なく通知する |
| 標準処理期間 | 受理から終了までに要する標準的な期間を定め、又は必要と見込まれる期間を遅滞なく通知するよう努める |
| 意見・苦情 | 通報者等からの意見又は苦情の申出に迅速かつ適切に対応するよう努める |
| 職員への措置 | 正当な理由なく秘密を漏らした職員、個人情報をみだりに知らせ又は不当な目的に利用した職員に対し、懲戒処分その他適切な措置をとる |
| フォローアップ | 通報者が通報を理由として事業者から不利益な取扱いを受けていることが明らかになった場合、消費者庁の公益通報者保護制度相談ダイヤル等を紹介するなど必要なフォローアップを行うよう努める |
| 資料管理 | 対応に係る記録及び関係資料について適切な保存期間を定め、適切な方法で管理する |
| 周知 | 職員への定期的な研修等による周知、区域内又は所管事業に係る事業者及び労働者等への広報等 |
| 契約相手方等への働きかけ | 契約の相手方又は補助金等の交付先について法令遵守及び不正防止を図る必要が認められる場合、法・指針・指針の解説に基づく取組の実施を求めることなどに努める |
| 協力 | 他の行政機関等から調査等の協力を求められたときは正当な理由がある場合を除き協力する。権限を有する行政機関が複数ある場合は連携する。権限を委任等している場合は情報共有・助言等を行う |
| 評価・改善 | 運用状況に関する情報(受付件数、事案概要、調査結果概要、とった措置、対応期間等)を定期的に公表し、職員及び中立的な第三者の意見等を踏まえて定期的に評価・点検を行い、継続的に改善する |
| 消費者庁・都道府県の役割 | 消費者庁は助言・情報提供・調査公表・研修等を行う。都道府県は区域内市区町村の連絡調整及び助言等を行うよう努める |
義務規定として書かれている項目(「とる」「行う」「しなければならない」)と努力規定として書かれている項目(「努める」)とが混在している点に注意を要する。監査や点検の際は、両者を区別したうえで、義務規定の未実施を優先的に是正すべきである。
7 第3項──犯罪の捜査及び公訴についての特則
第3項は、第1項の公益通報が第2条第3項第1号に掲げる犯罪行為の事実を内容とする場合における当該犯罪の捜査及び公訴について、第1項及び第2項の規定にかかわらず刑事訴訟法の定めるところによるとする。
消費者庁逐条解説は、その趣旨を次のように説明する。公益通報が第2条第3項第1号に掲げる犯罪行為の事実を内容とする場合には、犯罪行為に対する捜査又は公訴の提起の権限を有する行政機関として検察官、検察事務官及び司法警察職員が通報先に含まれることとなる。これらの者に対して犯罪行為の事実を内容とする公益通報がされた場合にとられる措置としては当該犯罪の捜査や公訴が考えられるが、これらについては一般の行政調査等と異なり刑事訴訟法において独自の手続が定められているため、捜査及び公訴については刑事訴訟法の定めるところによる旨が明示された。
刑事訴訟法側の対応規定としては、司法警察職員の捜査義務(第189条第2項)、検察官の捜査権(第191条)、任意捜査の原則(第197条)、逮捕(第199条、第201条、第203条)、公訴権(第247条)、起訴便宜主義(第248条)、不起訴処分の告知(第259条)、告訴人等への処分通知(第260条)及び理由の告知(第261条)、付審判請求(第262条、第264条)が挙げられる。
実務上の含意は明快である。刑事事件性のある通報を警察又は検察に対して行った通報者に対しては、公益通報者保護法の枠組みによる進捗通知等ではなく、刑事訴訟法の枠組みが適用される。告訴・告発として受理されたのであれば第260条・第261条の通知・理由告知の対象となるが、単なる情報提供にとどまるのであればその対象にもならない。自治体の窓口担当者が刑事事件性のある通報を受けた場合、警察への引継ぎと併せて、通報者に対し以後の手続が刑事訴訟法に従うことを説明しておくと、後日の不満や苦情を減らせる。
なお、第3項が「前二項の規定にかかわらず」と規定する以上、体制整備義務についても、捜査及び公訴に関する限りは刑事訴訟法の定めが優先する。警察本部が2号通報を受け付ける仕組みを整備する義務自体は残るが、受理後の捜査手続を第13条第2項の体制で規律することはできない。
8 第11条・第14条との関係整理
行政機関は二重の立場に立つ。事業者としての立場と、監督権限の主体としての立場である。この二つを混同すると、規程設計を誤る。
| 観点 | 第11条(事業者としての立場) | 第13条(権限主体としての立場) |
|---|---|---|
| 対象となる通報 | 1号通報(内部公益通報) | 2号通報(外部通報) |
| 通報者 | 当該行政機関の職員、退職者、派遣労働者、特定受託業務従事者、取引先の労働者等、役員 | 監督対象である事業者の労働者等 |
| 義務の内容 | 従事者指定、体制整備、労働者等への周知 | 調査・措置、体制整備 |
| 指針 | 内閣府告示第118号(令和8年3月31日一部改正)及び指針の解説(令和8年3月31日最終改正) | 指針なし。国・地方公共団体向けガイドライン(外部の労働者等からの通報)が具体化 |
| 従事者の刑事罰 | 第12条違反につき第22条(30万円以下の罰金) | 第12条の適用はない。国家公務員法第100条第1項・地方公務員法第34条第1項の守秘義務及びその罰則による |
| 行政措置 | 第15条・第15条の2。ただし第20条により国及び地方公共団体には第15条から第16条までを適用しない | もともと適用なし |
第12条の刑事罰付き守秘義務は「公益通報対応業務従事者」を名宛人とするところ、公益通報対応業務は第11条第1項の括弧書により1号通報に係る業務と定義されている。したがって、2号通報を受け付けた行政機関の職員は、第12条の従事者ではない。2号通報者の氏名等を漏らした職員に適用されるのは、国家公務員法第100条第1項及び第109条第12号、又は地方公務員法第34条第1項及び第60条第2号である。法定刑はいずれも1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金であり、第22条の30万円以下の罰金より重い。行政機関向けガイドラインが、秘密を漏らした職員に対する懲戒処分その他適切な措置を求めているのも、この枠組みを前提とする。
第14条との関係は、第13条第1項の裏返しである。権限を有しない行政機関に誤って2号通報がされたときは、当該行政機関は権限を有する行政機関を教示しなければならない。教示は義務であり、努力義務ではない。ガイドラインは、受付時の教示(権限を有しないとき)と受理後の教示(受理後に他機関が権限を有することが判明したとき)を書き分け、後者については自ら作成した資料の提供までを求めている。第14条は次回の主題であるため、詳細はそちらで扱う。
9 施行状況──数字で見る第13条の現在地
消費者庁「行政機関における公益通報者保護法の施行状況調査」(令和6年4月公表、令和5年12月から令和6年2月にかけて実施、府省庁35機関・都道府県47機関・市区町村1,741機関を対象、有効回答率95%)は、第13条の履行状況を測る唯一の全国調査である。
外部の労働者等からの通報の受理件数及び是正措置を講じた件数は、平成29年度から令和4年度にかけて増加した。府省庁(外局を含まない)の受理件数は、平成29年度7,694件、平成30年度10,759件、令和3年度13,686件、令和4年度24,460件と推移し、是正措置件数は同じ順に4,862件、6,774件、7,556件、12,833件である。令和4年度の増加は、令和2年改正法の施行(令和4年6月1日)と時期を同じくする。
府省庁別に見ると、厚生労働省の受理件数が令和3年度13,502件、令和4年度24,133件で突出しており、府省庁全体のほぼ全量を占める。次いで個人情報保護委員会、消費者庁、公正取引委員会、金融庁が続くが、いずれも二桁から三桁の水準にとどまる。都道府県及び市区町村の受理件数は各年度とも数百件台である。
この分布から読み取れることは二つある。第一に、2号通報の受け皿としての実務は、労働基準監督機関という既存の申告処理体制に大きく依存している。第二に、地方公共団体は第13条第2項の名宛人でありながら、受理実績がきわめて乏しい。窓口が存在しないか、存在しても知られていないか、あるいは受け付けたものを2号通報として整理していないかのいずれかである。
内部通報側の数値も参考になる。府省庁(外局を含まない、24機関)及び都道府県(47機関)の内部通報窓口設置率は100%であるのに対し、市区町村(1,741機関)の設置率は70%(1,214機関)にとどまる。従業員数300人超の市区町村(975機関)に限っても89%(869機関)である。従事者指定率は、府省庁100%、都道府県96%に対し、市区町村は54%(945機関)、従業員数300人超の市区町村でも73%(710機関)である。内部規程の制定率は、府省庁100%、都道府県98%に対し、市区町村48%(838機関)、300人超の市区町村68%(664機関)である。
さらに、従業員300人超の行政機関に勤める公務員のうち、勤め先の内部通報窓口を認知している割合は45%にとどまり、窓口の存否が不明な者が44%に達する。他方で、職員等に研修を実施している行政機関の割合は7%にすぎず、周知・研修等を実施していない行政機関が22%に上る。窓口はあるが知られていないという状態が、統計上も裏づけられている。
内部体制の脆弱さは、外部通報対応の質にも波及する。自らの職員からの通報を適切に処理できない組織が、監督対象事業者の労働者からの通報を適切に処理できると考える理由はない。令和8年12月1日の施行に向けて、地方公共団体はまず第11条の内部体制を固め、その延長として第13条第2項の外部通報体制を設計するのが順序として合理的である。
10 判例・裁判例
10-1 規制権限不行使の違法性
第13条第1項の不履行を直接の請求原因とする裁判例は乏しい。しかし、通報を受けながら規制権限を行使しなかった場合の国又は地方公共団体の責任は、規制権限不行使に関する判例法理の枠内で処理される。
最一小判平成元年11月24日民集43巻10号1169頁は、宅地建物取引業法上の知事の監督処分権限の不行使について、権限の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときでない限り国家賠償法第1条第1項の適用上違法の評価を受けないとの枠組みを示し、当該事案では違法性を否定した。この定式が出発点である。
最二小判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁(筑豊じん肺訴訟)は、鉱山保安法上の省令制定権限の不行使について、通商産業大臣が粉じん対策に係る規制権限を行使しなかったことが著しく合理性を欠くとして違法と判断した。最三小判平成16年10月15日民集58巻7号1802頁(水俣病関西訴訟)は、水質二法及び県漁業調整規則に基づく規制権限の不行使を違法とした。最一小判平成26年10月9日民集68巻8号799頁(泉南アスベスト訴訟)は、労働基準法及び労働安全衛生法に基づく省令制定権限の不行使を違法とした。
これらの判例に共通する判断要素は、①被害法益の重大性(生命・身体)、②危険の切迫性、③行政庁の予見可能性、④結果回避可能性、⑤被害者による自衛の困難性である。2号通報は、このうち③の予見可能性を決定的に基礎づける事実となる。書面による通報を受け、内容が具体的で、根拠資料が添付されていたにもかかわらず、調査に着手しないまま重大な被害が発生した場合、行政機関が予見可能性を争うことは困難である。
第13条第1項が請求権を創設しないという消費者庁逐条解説の整理と、通報の存在が国家賠償責任の成否に影響するという理解とは、両立する。第13条は請求権の根拠ではなく、権限不行使の合理性を判定する際の考慮要素を法定した規定と位置づけるのが正確である。
10-2 通報者を特定させる情報の漏えい
通報を受けた側が通報者を特定させる情報を漏らした事案として、東京地判令和3年3月23日労判1244号15頁がある。生命保険会社のライフプランナーが同僚の内部規程違反行為を支社長に伝えたところ、支社長が通報者を特定する情報を漏らしたうえ虚偽の事実を伝達し、通報者が同僚から嫌がらせを受けた事案であり、裁判所は虚偽の事実を伝達した点を不法行為に該当すると判断した。民間事業者の事案ではあるが、通報の受け手が通報者情報を取り扱う際の注意義務の水準を示すものとして、行政機関にも参照価値がある。
行政機関の場合、通報者を特定させる情報の漏えいは、国家公務員法第100条第1項又は地方公務員法第34条第1項の守秘義務違反として懲戒処分及び刑事罰の対象となるほか、国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償責任を生じさせる。ガイドラインが、通報者等の特定につながり得る情報として、氏名や所属といった典型的な個人情報のほか、調査が通報を端緒としたものであること、通報者等しか知り得ない情報を明示的に列挙している点は、実務上の要諦である。「通報があったので調査に来た」と被調査事業者に告げた瞬間に、通報者は事実上特定される。立入検査の名目を定期監査とするか通報端緒とするかは、通報者保護の観点から選択されなければならない。
10-3 公益通報者保護法制定以前からの系譜
行政機関への通報を理由とする不利益取扱いについては、法制定前から労働法の一般法理による救済が積み重ねられてきた。トナミ運輸事件(富山地判平成17年2月23日判時1889号16頁)は、ヤミカルテルを社外に告発した従業員に対する長期間の不利益処遇について、会社の不法行為責任を認めた。オリンパス事件(東京高判平成23年8月31日労判1035号42頁。上告不受理により確定)は、内部通報を理由とする配転命令を人事権の濫用として無効とした。京都市児童福祉施設事件は、通報者の特定情報が漏えいしたことによる被害の深刻さを示す事案として、自治体実務でしばしば参照される。
これらはいずれも通報者と事業者との関係を扱うものであり、第13条の直接の先例ではない。しかし、行政機関が通報者情報の管理を誤れば、その帰結として事業者による不利益取扱いが生じ、通報者は上記の枠組みで事業者を訴えることになる。行政機関の情報管理の失敗は、通報者の被害という形で外部化される。
11 企業実務──2号通報される側としての備え
第13条の名宛人は行政機関であるが、企業にとっても他人事ではない。2号通報は、社内の通報窓口を経由せずに監督官庁に情報が届く経路である。企業側の実務課題は次の三点に整理できる。
11-1 1号通報が選ばれる状態を作る
第3条第1項第2号の保護要件は、真実相当性があるか、又は思料に加えて所定事項を記載した書面を提出するかのいずれかである。1号通報の「思料」のみで足りる要件と比べれば重いが、書面提出という代替経路が用意されている以上、通報者にとっての障壁は高くない。労働者が社内窓口ではなく監督官庁を選ぶ理由は、要件の軽重ではなく、社内窓口への不信である。
指針の解説は、内部公益通報対応体制の実効性を高めるための取組として、独立性の確保、利益相反の排除、是正措置等の通知、通報者への不利益取扱いの防止、範囲外共有の防止を挙げる。令和8年3月31日の指針改正は、組織の長その他幹部からの独立性確保措置等の対象範囲を拡大し、防止措置が必要とされる不利益な取扱いの具体例を明記した。これらの措置は、通報の外部流出を抑える最も直接的な手段である。
11-2 行政機関から接触を受けたときの対応
監督官庁から通報端緒の調査を受けた場合、企業が最も避けるべきは通報者の探索である。令和8年12月1日施行の第11条の3は、正当な理由なく公益通報者である旨を明らかにすることを要求することその他の公益通報者を特定することを目的とする行為を禁止する。行政機関の調査を受けたことを契機に社内で「誰が言ったのか」を詮索すれば、第11条の3違反となる。
ガイドラインは、通報者等の特定につながり得る情報を調査等の対象となる事業者に開示しないことを行政機関に求めている。したがって、企業が行政機関から通報者情報の開示を受けることは原則としてない。開示がない以上、社内で推測を巡らせる余地は存在しないと整理し、その旨を役員及び管理職に周知しておくべきである。
11-3 行政機関の契約相手方・補助金交付先としての立場
国及び地方公共団体向けガイドラインは、行政機関が契約の相手方又は補助金等の交付先について法令遵守及び不正防止を図る必要が認められる場合に、当該事業者に対して法、指針及び指針の解説に基づく取組の実施を求めることなどに努めるものとする。必要と認められる場合として、過去に不正が発生し同種事案の再発防止の必要性が高い場合、事業者の専門性に大きく依存する事業など外部からの監督だけでは不正の発見が困難な場合、不正が発生すると個人の生命、身体、財産その他の利益が侵害されるおそれがある場合が例示されている。
公共調達に参加する事業者、補助金の交付を受ける事業者は、内部公益通報対応体制の整備状況を発注者から問われる可能性がある。常時使用する労働者の数が300人以下であって第11条第1項及び第2項が努力義務にとどまる事業者であっても、契約上の要求として体制整備を求められる場面が生じ得る。
11-4 行政対応の実例
中古車販売事業者に対する保険金不正請求問題では、従業員からの情報提供が損害保険会社を通じて表面化し、その後に監督官庁が動いた。国土交通省は令和5年7月以降、当該事業者の全国130事業場に対して道路運送車両法に基づく監査を実施し、法令違反が認められた事業場に順次行政処分等を行った。同省は令和6年3月29日、監査結果と併せて、車体整備の消費者に対する透明性確保に向けたガイドラインの策定、及び本社に起因する法令違反が確認された場合に関連事業場に対して一括して監査を行うこと等を内容とする監査手法の見直しを公表した。
この事案が示すのは、個別事業場単位の監督では本社主導の組織的不正を捕捉できないという、監督手法の構造的限界である。第13条第1項の「必要な調査」の内容は、通報が示唆する不正の構造に応じて設計されなければならない。事業場単位の書面確認を機械的に繰り返しても、本社の営業目標設定に起因する不正には到達しない。
12 地方公共団体における適用
12-1 二つのガイドラインの使い分け
地方公共団体には、「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」と「同(外部の労働者等からの通報)」の二つが適用される。いずれも令和8年5月29日に最終改正された。前者は第11条の履行、後者は第13条第2項の履行を具体化する。
窓口を分けるか統合するかは各団体の判断に委ねられるが、少なくとも規程上は根拠条文を書き分けるべきである。内部通報については従事者指定(第11条第1項)と第12条の刑事罰付き守秘義務が及ぶのに対し、外部通報にはこれらが及ばない。窓口を統合したまま規程を一本化すると、従事者指定の範囲が不明確になり、第11条第1項違反のリスクを負う。
12-2 小規模団体の現実解
外部通報ガイドラインは、人員、予算等の制約により専用の通報窓口又は相談窓口を設置することが困難な地方公共団体について、通報に関する秘密保持及び個人情報保護に留意した上で、当該団体に設置された総合窓口、公聴窓口、消費生活センター又は消費生活相談窓口等を通報窓口又は相談窓口として活用することができるとする。さらに、単独で設置することが困難な団体については、協議会の設置、機関等の共同設置、事務の委託又は代替執行等を活用して他の地方公共団体と連携して窓口を設置することができるとする。
地方自治法上の連携手法が明示された意義は小さくない。町村規模の団体において、公益通報の受付・相談という専門性の高い事務を単独で維持することは現実的でない。一部事務組合や広域連合の枠組み、あるいは都道府県による支援を通じた共同処理が、実務上の解になる。同ガイドラインは、各都道府県が区域内市区町村における通報対応の仕組みの適切な整備及び運用並びに個別事案への適切な対応を確保するため、市区町村相互間の連絡調整及び必要な助言、協力、情報の提供その他の援助を行うよう努めるものとしており、都道府県には調整役としての役割が期待されている。
12-3 議会及び行政委員会の位置づけ
第2条第4項第2号は「地方公共団体の機関(議会を除く。)」と定める。議会は行政機関に当たらないため、議員に対する情報提供は2号通報とならない。3号通報の要件を満たす場合に保護され得るにとどまる。
他方、教育委員会、選挙管理委員会、監査委員、人事委員会、公安委員会等の行政委員会は機関に含まれる。これらの委員会が固有の処分・勧告権限を有する事項については、当該委員会が第13条の主体となる。首長部局が一元的に受け付ける設計を採る場合であっても、委員会の権限に係る通報を委員会に引き継ぐ経路と、その際の情報管理のルールを定めておく必要がある。
12-4 兵庫県における文書問題
令和6年に表面化した兵庫県における告発文書をめぐる一連の事案は、行政機関が通報を受ける側と通報の対象となる側の双方の立場に立った場合の問題を浮き彫りにした。県は、県幹部が作成した告発文書について、通報者の探索と特定を行ったうえで懲戒処分に及んだと報じられ、令和7年3月に第三者調査委員会の報告書が公表された。
同事案については、法的評価をめぐって関係者間及び専門家間で見解の対立があり、第三者委員会の評価自体も議論の対象となっている。したがって本稿は、確定した法的評価としてではなく、制度設計上の教訓を導くための素材として扱う。
第一の教訓は、通報対象事実に組織の長が関与している場合、当該組織の内部窓口は機能しないという点である。指針の解説が組織の長その他幹部からの独立性確保措置を求め、令和8年3月31日の改正でその対象範囲を拡大したのは、この構造への対処である。
第二の教訓は、通報者探索の禁止が令和8年12月1日から第11条の3として法律上の禁止規範となる点である。従前は指針上の要請にとどまっていたが、施行後は法律違反となる。地方公共団体も第2条第1項各号に定める事業者に該当するため、同条の名宛人である。
第三の教訓は、2号通報と3号通報の区別が実務上必ずしも明瞭でないという点である。組織の長の非違行為について、当該組織の外部にどこへ通報すれば保護されるのかは、権限行政機関の特定という難問を伴う。ガイドラインが受付時及び受理後の教示を義務づけているのは、この難問の負担を通報者ではなく行政機関に負わせる趣旨と解される。
13 経過措置
令和7年法律第62号の附則は、施行期日について公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日からとし、政令により令和8年12月1日と定められた。
経過措置の原則を定める附則第2条は、改正後の公益通報者保護法(新法)の規定(罰則を除く。)は、附則に特別の定めがある場合を除き、この法律の施行前にされた改正前の公益通報者保護法第2条第1項に規定する公益通報についても適用する旨を定める。改正法は原則として施行前になされた公益通報にも適用される遡及的な構造を採っている。
第13条について、附則に特別の定めは置かれていない。したがって、令和8年12月1日より前に権限行政機関に対してなされた2号通報についても、同日以後は新法第13条が適用される。もっとも、第13条の実質は改正前後で変わらないため、この遡及適用の実務的な意味は限定的である。施行日をまたいで継続中の調査案件について、根拠条項の引用を「第3条第2号」から「第3条第1項第2号」に改める必要が生じる程度である。
留意を要するのは、附則第2条が「罰則を除く」としている点、及び附則第7条が、施行前にした行為及び附則第3条第1項の規定によりなお従前の例によることとされる場合における施行後にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例によるとしている点である。第13条には罰則がないため直接の影響はないが、同一事案について第12条違反や第21条違反が問題となる場合には、行為時法が適用されることになる。
なお、施行日前になされた通報であっても、施行日以後に通報者の範囲拡大の効果が及ぶかは別問題である。特定受託業務従事者を公益通報者に加える改正(第2条第1項第3号)についても附則第2条の原則が及ぶが、不利益取扱いの禁止に関する附則第3条から第5条までの特則との関係を個別に確認する必要がある。行政機関の窓口担当者としては、施行日前後にまたがる案件について、通報者の属性と通報日を記録上明確に区別して管理しておくのが安全である。
14 実務チェックリスト
14-1 民間事業者向け(26項目)
- 監督官庁がどの法令のどの条項について自社に対する処分又は勧告等の権限を有するかを一覧化しているか
- 消費者庁の「公益通報の通報先・相談先 行政機関検索」により、自社の事業に関係する通報先を確認したか
- 2号通報の保護要件(真実相当性、又は思料+所定事項記載書面の提出)を社内研修で正確に説明しているか
- 1号通報が選択されるよう、内部公益通報受付窓口の独立性を確保しているか
- 令和8年3月31日改正後の指針が求める、組織の長その他幹部からの独立性確保措置の対象範囲拡大に対応したか
- 是正措置等の通知を通報者に行う運用が定着しているか
- 書面による1号通報から20日以内に調査開始を通知する運用を整備しているか(第3条第1項第3号ホの3号通報要件を満たさせないため)
- 範囲外共有の防止措置を規程化し、違反時の懲戒事由として明記しているか
- 通報者探索の禁止(第11条の3)を規程に明記し、役員及び管理職に周知したか
- 通報しない旨の合意を求める行為の禁止(第11条の2)に照らし、退職合意書・和解書の条項を点検したか
- 監督官庁から立入検査・報告徴収を受けた際の対応手順を定めているか
- 検査対応の場で通報の有無を職員が詮索しない旨を明記しているか
- 監督官庁の調査を契機とした社内調査において、通報者の特定につながる質問を行わない設計としているか
- 監督官庁から通報端緒の指摘を受けた場合に、社内で該当部署の人事措置を直ちに講じない運用としているか
- 公共調達・補助金申請の要件として体制整備の実施状況を求められる可能性を想定しているか
- 常時使用する労働者数が300人以下であっても、取引上の要求に備えて最低限の体制を整備しているか
- 監督官庁からの是正指導・行政処分を受けた場合の公表対応方針を定めているか
- 是正措置の内容を、事業場単位ではなく本社起因の要因まで遡って設計する体制があるか
- 通報対象事実に該当する法令(別表及び政令)の最新版を確認しているか
- 別表第8号の政令に令和8年6月1日以降追加された法律を確認したか
- 役員による2号通報(第6条第1項第2号)の要件である調査是正措置の努力について、取締役会規程との整合を確認したか
- 特定受託業務従事者(フリーランス)に対して通報窓口を周知しているか
- 取引先の労働者からの通報を受け付ける経路を設けているか
- 通報記録の保存期間を定め、監督官庁の調査に備えているか
- 内部通報件数、調査件数、是正件数を経営層に定期報告しているか
- 監督官庁への2号通報が行われた場合を想定した危機対応手順を策定しているか
14-2 地方公共団体向け(24項目)
- 自団体が処分又は勧告等の権限を有する法令を、通報対象事実に該当するものを含めて一覧化しているか
- 権限が知事部局、教育委員会、警察本部、消防、公営企業のいずれに属するかを整理しているか
- 外部の労働者等からの通報窓口を設置し、ウェブサイト等で公表しているか
- 内部通報窓口(第11条)と外部通報窓口(第13条第2項)を規程上区別しているか
- 従事者指定の範囲が内部公益通報に係る業務に限定されていることを規程上明確にしているか
- 幹部を責任者とする部署間横断的な通報対応の仕組みを整備しているか
- 出先機関等における通報対応の周知と体制整備を行っているか
- 専用窓口の設置が困難な場合、総合窓口・公聴窓口・消費生活センター等の活用を検討したか
- 単独設置が困難な場合、協議会の設置、機関等の共同設置、事務の委託又は代替執行等による広域連携を検討したか
- 通報対応に必要な適性及び能力を有する担当者を配置し、研修を実施しているか
- 通報者等の特定につながり得る情報の範囲(氏名・所属のほか、調査が通報端緒であること、通報者しか知り得ない情報を含む)を規程に明記しているか
- 被調査事業者に対して通報端緒であることを開示しない調査手法を確立しているか
- 範囲外開示を行う場合の書面又は電子メール等による明示の同意取得手順を定めているか
- 利益相反関係の確認手順を各段階に組み込んでいるか
- 匿名通報について実名通報と同様の取扱いを可能とする情報伝達の仕組みを整備しているか
- 受付時の説明、受領通知、受理・不受理の通知とその理由の通知を運用に組み込んでいるか
- 権限を有しない場合の教示(第14条)及び受理後に判明した場合の教示・資料提供の手順を定めているか
- 真実相当性の判断について、供述の具体性・迫真性による認定を許容する運用としているか
- 調査の進捗通知及び結果通知を、支障のない範囲で行う運用としているか
- 受理から終了までの標準的な期間を定め、又は必要と見込まれる期間を通知しているか
- 秘密を漏らした職員に対する懲戒処分その他適切な措置の基準を定めているか
- 通報者が事業者から不利益取扱いを受けた場合の消費者庁相談ダイヤル等の紹介手順を定めているか
- 運用状況(受付件数、事案概要、調査結果概要、とった措置、対応期間等)を定期的に公表しているか
- 職員及び中立的な第三者の意見を踏まえた定期的な評価・点検の仕組みを設けているか
15 次回予告
次回は第14条(教示)を扱う。権限を有しない行政機関に誤って2号通報がされた場合の教示義務は、条文としては一文にすぎない。しかし、権限の所在が通報者に判別困難であるという構造的問題を行政機関の側に引き受けさせる規定であり、たらい回しの防止という制度の生死に関わる。第13条第1項の適用範囲との境界、教示の方法と時期、受理後に権限の不存在が判明した場合の処理、教示義務違反の法的効果を検討する。
16 参考資料
- 公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(令和3年8月20日内閣府告示第118号。令和8年3月31日一部改正内閣府告示第15号)
- 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(令和8年3月31日最終改正)
- 「公益通報者保護法を踏まえた国の行政機関の通報対応に関するガイドライン(外部の労働者等からの通報)」(平成17年7月19日関係省庁申合せ。令和8年5月29日最終改正)
- 「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(外部の労働者等からの通報)」(平成29年7月31日。令和8年5月29日最終改正、消費者庁)
- 「公益通報者保護法を踏まえた国の行政機関の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」(令和4年6月1日一部改正)
- 「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」(令和4年6月1日一部改正)
- 消費者庁「令和5年度 行政機関における公益通報者保護法の施行状況調査 結果概要」(令和6年4月)
- 消費者庁「内部通報に関する意識調査(就労者1万人アンケート)」(令和6年2月)
- 衆議院内閣委員会「公益通報者保護法案に対する附帯決議」(平成16年5月21日)
- 参議院内閣委員会「公益通報者保護法案に対する附帯決議」(平成16年6月11日)
- 国土交通省「ビッグモーターに対する行政処分等及び同種事案の再発防止について」(令和6年3月29日報道発表資料)
- 最一小判平成元年11月24日民集43巻10号1169頁
- 最二小判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁(筑豊じん肺訴訟)
- 最三小判平成16年10月15日民集58巻7号1802頁(水俣病関西訴訟)
- 最一小判平成26年10月9日民集68巻8号799頁(泉南アスベスト訴訟)
- 東京地判令和3年3月23日労判1244号15頁
- 東京高判平成23年8月31日労判1035号42頁(オリンパス事件)
- 富山地判平成17年2月23日判時1889号16頁(トナミ運輸事件)
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