一 条文原文
(遺言の効力の発生時期)
第九百八十五条 遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。
2 遺言に停止条件を付した場合において、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、遺言は、条件が成就した時からその効力を生ずる。
二 趣旨・立法背景
1 「成立」と「効力発生」が分かれる
契約であれば、申込みと承諾が合致した時に成立し、同時に効力も生じるのが通常である。遺言はこれと異なり、成立の時点と効力発生の時点が制度上分離している。
遺言が成立するのは、民法が定める方式(自筆証書であれば968条、公正証書であれば969条)をすべて満たした瞬間である。自筆証書遺言について、最高裁は全文・日付・氏名の自書と押印がそろった時に成立するという前提に立ち、作成日付と押印日が食い違った事案でも遺言を無効としなかった(最判令和3年1月18日)。
これに対し、その内容が現実の権利変動を生むのは遺言者が死亡した時である。本条1項がこれを定める。遺言書を書いた時点では、受遺者にも相続人にも何も起こらない。
2 なぜ死亡時なのか
第一に、遺言者の最終意思を実現するためである。民法1022条は、遺言者がいつでも遺言の方式に従って遺言の全部または一部を撤回できると定める。書いた時点で効力が生じてしまうと、この撤回の自由が機能しない。生前は効力を留保し、死亡によって最後に残った意思だけを実現する仕組みが、撤回自由の裏付けとなっている。
第二に、死亡と同時に効力が生じる点にも意味がある。受遺者の承認を待つ構成も立法論としてはあり得たが、民法はこれを採らなかった。遺贈は遺言者の死亡によって当然に効力を生じ、受け取りたくない受遺者は事後に放棄する(986条)という順序である。放棄の効力は遺言者の死亡時にさかのぼる(同条2項)。財産の帰属を宙に浮かせず、まず確定させてから調整する設計である。
3 停止条件付遺言(2項)
遺言も意思表示である以上、条件や期限を付けることができる。2項は、停止条件を付した遺言について、条件成就が遺言者の死亡後であれば、その成就の時から効力が生じると定める。民法127条1項の一般原則を遺言の場面に確認したものといえる。
条文が「遺言者の死亡後に成就したとき」と限定している点は読み落とされやすい。条件が遺言者の生存中にすでに成就していれば、2項の出番はなく、1項に戻って死亡時に効力が生じる。
なお、2項の書きぶりは、条件成就まで遺言そのものが法的に無であるかのようにも読める。学説では、遺言の効力は死亡時に発生し、受遺者はその時点で停止条件付きの権利(民法128条・129条による保護を受ける期待権)を取得すると説明するのが一般的である。条件成就前に受遺者が死亡すると遺贈が失効する(994条2項本文)という帰結は、条文の文言からも学説の構成からも導かれる。
解除条件を付けることも、始期・終期を付けることも可能である。始期付遺贈であれば、遺贈自体は死亡時に効力を生じ、履行請求ができるのが期限到来後となる。
三 用語解説
遺言者
遺言をした本人。15歳に達していれば遺言ができる(961条)。
受遺者
遺言によって財産を与えられる者。相続人でも第三者でも法人でもよい。遺言者の死亡以前に受遺者が死亡していれば遺贈は効力を生じない(994条1項)。
遺贈義務者
遺贈を実行する義務を負う者。原則として相続人だが、遺言執行者がいる場合は遺言執行者が履行の相手方となる(1012条2項)。
停止条件
成否が不確実な将来の事実にかからせ、その事実が発生した時点まで効力の発生を止めておく約定。「孫が大学を卒業したら」「長女が結婚したら」といった定め方をする。
解除条件
いったん生じた効力を、将来の不確実な事実の発生によって失わせる約定。「受遺者が同居をやめたときは遺贈の効力を失う」といった定め方になる。
負担付遺贈
受遺者に一定の義務を負わせる遺贈(1002条)。停止条件と外形は似るが、負担付遺贈は死亡時に効力が生じ、受遺者は目的物を取得したうえで義務を負う。義務を履行しないときは相続人が催告のうえ家庭裁判所に遺言の取消しを請求できる(1027条)。停止条件付遺贈では、条件が成就するまで受遺者は履行を請求できない代わりに、条件の実現を法的に強制されることもない。
期待権
将来権利を取得できる地位。停止条件付権利は民法128条・129条によって処分や保全の対象となる。これに対し、遺言者が生存している間の受遺者の立場は、後述のとおり法的な期待権にすら達していない。
四 判例・裁判例
1 遺言者の生存中、受遺者は何も持っていない
最判昭和31年10月4日(民集10巻10号1229頁)は、遺言者の生存中における受遺者の地位について判断した。遺贈は遺言者の死亡によって初めて効力を生じ、遺言者はいつでも撤回でき、死亡以前に受遺者が死亡すれば遺贈は効力を生じない。したがって遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言から法律関係が生じることはなく、受遺者とされた者は、将来遺贈の目的物である権利を取得できるという事実上の期待を有する地位にあるにとどまる。
2 遺言者の生存中に遺言無効確認の訴えは起こせない
最判平成11年6月11日(判時1685号36頁)は、この帰結を訴訟法の場面で徹底した。事案は、遺言者Y1が甥Y2に土地建物の持分を遺贈する遺言をし、その後Y1が精神上の障害により回復の見込みのない状態となったところ、唯一の推定相続人である養子XがY1の生存中に遺言無効確認の訴えを提起したというものである。
第一審は訴えを却下したが、控訴審は、遺言の撤回や変更の可能性がないことが明白な場合には例外的に確認を求められるとして差し戻した。最高裁は原判決を破棄し、控訴を棄却した。受遺者とされた者の地位は確認の訴えの対象となる権利または法律関係に当たらず、遺言者が心神喪失の常況にあって回復の見込みがなく、撤回または変更の可能性が事実上ない状態であっても、その地位の性質は変わらないと述べている。
遺言能力に疑いがある遺言について、生前に決着をつけることはできない。争いは相続開始後に持ち越される。
3 「相続させる」旨の遺言も死亡時に直ちに効力を生じる
最判平成3年4月19日(民集45巻4号477頁)は、特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言について、遺言書の記載から遺贈であることが明らかであるか、遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺産分割方法の指定と解すべきであり、当該遺産は何らの行為を要せずして被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継されると判示した。
遺産分割協議も分割審判も要しない。本条1項の効果が最も端的に現れる場面である。
4 受取人が先に死亡した場合
最判平成23年2月22日(民集65巻2号699頁)は、「相続させる」旨の遺言により遺産を承継するとされた推定相続人が遺言者より先に死亡した事案である。被相続人Aには子XとBがおり、Aは遺産全部をBに相続させる遺言をしていたが、BがAより先に死亡した。Bの子らが代襲して全遺産を承継するかが争われた。
最高裁は、遺言者が推定相続人の代襲者などに遺産を相続させる意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生ずることはないとした。本件では遺言書の条項が2か条しかなく、B以外の者に承継させる意思をうかがわせる記載もなかったとして、特段の事情を否定している。
遺贈について994条1項が定める帰結が、「相続させる」旨の遺言にも実質的に及ぶことになる。効力発生は死亡時であり、その時点で受取人が存在しなければ実現しないという構造は共通している。
5 停止条件が付いているかどうかの判定
富山地判昭和34年11月20日は、自筆証書遺言について、それが停止条件付きのものであるかどうかは、遺言の要式性から考えて証書の記載内容自体に即して判断すべきであるとした。当該事案では、受遺者に非行があることを停止条件とする趣旨は読み取れないとして、条件の存在を否定している。
遺言者が口頭で述べていた思惑や、家族が理解していた前提は、条件の有無の判断材料にならない。条件を付けるのであれば書面に書き切るほかない。
6 条件か、単なる希望か
宇都宮家庭裁判所栃木支部昭和43年8月1日審判は、祖先の祭祀を主宰すべき者と指定された者について、系譜・祭具・墳墓の所有権を承継する(897条)ことがあるだけで、祭祀を営むべき法律上の義務を負うものではないと述べた。祭祀を行うかどうかは個人の信仰や徳義に関することであり、法律上強制できないという理由である。
「祭祀を続けること」「墓守をすること」といった文言は、遺言者にとっては切実な条件でも、法的には義務とも条件とも構成しにくい。停止条件として機能させたいのであれば、成否を客観的に判定できる事実に落とし込む必要がある。
7 死因贈与との対比
死因贈与も贈与者の死亡によって効力を生じる(554条)。最判昭和47年5月25日(民集26巻4号805頁)は、死因贈与について遺言の撤回に関する民法1022条が、その方式に関する部分を除いて準用されるとした。契約でありながら、贈与者の最終意思を尊重する点で遺言に近い扱いを受ける。
もっとも、死因贈与は契約であるため受贈者の承諾を要し、方式の制約もない。遺言と死因贈与のどちらを選ぶかは、効力発生時期の共通性だけでなく、撤回の可否や登記手続の違いを踏まえて決めることになる。
五 改正の経緯
明治民法にも本条と同旨の規定が置かれていた。昭和22年法律第222号による第5編相続の全面改正の際に条文番号が現行の第985条となり、以後、文言の実質的な変更はない。
平成30年法律第72号による相続法改正では、自筆証書遺言の方式緩和(968条2項)、遺言執行者の権限の明確化(1012条以下)、配偶者居住権の創設など広範な見直しが行われたが、本条は改正の対象になっていない。
令和8年法律第45号「民法等の一部を改正する法律」(令和8年6月17日成立、同月24日公布)は、成年後見制度の見直しとあわせて遺言制度を改正した。法務省が公表した資料によれば、遺言関係で改正されたのは、保管証書遺言を創設する968条の2・968条の3、死亡危急時遺言の新方式を加える976条の2、船舶遭難者遺言に関する979条・979条の2、証人の欠格事由を受遺者の被用者などに広げる974条、押印を任意化する968条・970条・976条・979条・980条、および法務局における遺言書の保管等に関する法律の各条である。本条は改正対象に含まれていない。
施行は内容ごとに三段階に分かれる。押印の任意化は公布から1年を超えない範囲内で政令が定める日、保管証書遺言の創設はシステム改修を要するため公布から3年を超えない範囲内で政令が定める日、成年後見制度の見直しは公布から2年6か月を超えない範囲内で政令が定める日である。
新設される保管証書遺言についても、効力が発生するのは遺言者の死亡時である。作成方法がデジタル化されても、本条1項の原則は動かない。法務局から指定者への通知は遺言の存在を知らせる仕組みであって、効力の発生とは別の話である。
六 実務上の留意点
1 生前の紛争予防には限界がある
親が判断能力を失いかけている状況で、特定の親族に有利な遺言が作られたと知っても、他の推定相続人が生前に打てる法的手段はない。無効確認の訴えは前掲最判平成11年6月11日により封じられ、受遺者とされた者を相手に地位不存在の確認を求めることもできない。仮登記による保全を認めた下級審裁判例はあるが、学説の支持は薄い。
現実的な対応は、遺言能力を裏付ける、あるいは疑わせる資料を将来の訴訟に備えて確保しておくことである。医療記録、介護認定の資料、日常のやり取りの記録が、相続開始後の遺言無効確認訴訟における中心的な証拠となる。
2 予備的遺言を必ず入れる
最判平成23年2月22日が示したとおり、受取人が先に死亡すれば遺言は原則として空振りに終わる。財産は遺言がなかったものとして遺産分割の対象に戻る。
これを避けるには、「Bが遺言者より先に死亡したときは、当該財産をBの長男Cに相続させる」という補充条項を置く。受取人が高齢である場合、受取人が一人だけの場合、遺言書の条項数が少ない場合は特に手当てが要る。
3 停止条件は「判定できる事実」で書く
条件を付ける場合、次の点を遺言書の中で完結させておく。
- 条件の内容を、成否を客観的に判定できる事実にすること。「立派に働くこと」「親孝行すること」では判定できない。「〇〇大学を卒業したとき」「婚姻の届出をしたとき」であれば判定できる。
- 条件成就までの期限を切ること。期限を定めないと、条件の成否が確定しないまま財産が長期にわたって宙に浮く。
- 条件が成就しなかった場合の帰属先を定めること。定めがなければ、その財産は相続人に帰属する(995条本文)。
- 条件成就前の目的物を誰が管理するかを定め、遺言執行者を指定すること。
条件とするか負担とするかの選択も検討に値する。受遺者に確実に何かをさせたいのであれば、財産を先に渡して義務を負わせる負担付遺贈のほうが実現可能性は高い。1027条による取消請求という担保もある。
4 停止条件付遺贈と相続税
条件成就前の段階では、遺贈の目的財産は受遺者に帰属していない。国税庁の相続税法基本通達11の2-8は、停止条件付の遺贈があった場合において条件の成就前に相続税の申告書を提出するときは、当該遺贈の目的となった財産について、相続人が民法900条から903条までの規定による相続分によって取得したものとして課税価格を計算するものとしている。ただし、相続分と異なる分割が行われ、それを基礎として申告があった場合には、その申告を認めても差し支えないとされる。
条件が成就した後の扱いも通達に手当てがある。相続税法基本通達27-4は、申告書の提出期限の起算日となる「相続の開始があったことを知った日」について、停止条件付の遺贈によって財産を取得した者は当該条件が成就した日によるとしたうえで、注記において、課税価格に算入すべき価額は相続開始の時における価額によることに留意すべきものとしている。条件成就時の時価ではない点は取り違えやすい。
条件成就により取得財産が減る相続人は、相続税法32条の更正の請求の特則により、事由が生じたことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求ができる。この4か月は経過すると救済されにくい。条件成就を確認したら、まず日付を押さえることになる。
5 相続登記の申請義務との関係
令和6年4月1日から、相続(遺言を含む)により不動産の所有権を取得した相続人は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に登記の申請をしなければならない(不動産登記法76条の2第1項)。正当な理由なく怠れば10万円以下の過料の対象となる(同法164条1項)。
「所有権を取得したことを知った日」が起算点であるから、停止条件付きで不動産を承継させる遺言の場合、起算点は条件成就を知った日となる。条件成就までは登記できず、成就後に3年の期間が動き出す。条件成就の日を記録に残しておく実務上の意味は、相続税の期限管理と登記の期限管理の双方にある。
期間内に遺産分割がまとまらない場合には、相続人申告登記(同法76条の3)により義務の履行とみなされる扱いがある。
6 遺言執行者の指定
死亡と同時に効力が生じるとはいえ、不動産の登記、預貯金の払戻し、有価証券の名義書換えは誰かが動かなければ進まない。遺言執行者を指定しておけば、遺言の内容を実現するために必要な一切の行為をする権利義務を持つ(1012条1項)。停止条件付遺贈では、条件成就の確認と、成就までの財産の保全という役割も加わる。
七 参考資料
- 国税庁「第11条の2《相続税の課税価格》関係」 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/sozoku2/02/01.htm
- 国税庁「第27条《相続税の申告書》関係」 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/sozoku2/04/01.htm
遺言の効力発生時期は、書いた時点では何も起きないという一点に尽きるように見えて、予備的条項の有無、条件の書き方、税と登記の期限管理まで波及する。
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